キーノッコを食べてみよう
良く晴れた、朝の事だった。
アルバートとエレナが森の中を進んでいく。
「きのこ狩り♪きのこ狩り♪」
エレナが嬉しそうにスキップしながら道を進んでいく。
「そんなに楽しみなのか?」
アルバートが呆れたような声を出す。
そんなアルバートに、エレナがにっこりと微笑む。
「はい!カシタケ、ユウタケ、マルタケ、他のきのこも大好きです!」
「そうか、なら大丈夫だな」
「何がですか?」
「いや、気にしないでくれ。エレナはきのこ狩りを楽しんでくれればいいよ」
「勿論楽しみますよ♪今日は誘って頂いて本当にありがとうございます」
エレナが深々とお辞儀をする。
「エレナにはいつも助けてもらってるからな。たまにはお礼をしないとな」
そう言うと、アルバートもにっこりと微笑む。
・・・アルバートがにっこりする時は、大体ろくなことがない。
しかし、きのこ狩りが楽しみだからかエレナは気付かなかった。
「もう少しで目的地だ、行くぞ」
早足で歩くアルバートに、エレナも遅れまいと付いていく。
「さあ、着いたぞ」
アルバートがエレナの顔を見る。
「アル様?きのこはどこに?」
「ほら、そこにいるだろ」
「・・・いる?」
アルバートの指差した所を見てみる。
何か蠢いている。
「あれが、キーノッコだ。話に聞く所によると旨いらしい」
確かにきのこの形をしたモンスターがそこにはいた。
もう一度言っておこう、モ・ン・ス・タ・ーがいた。
「きのこじゃない!モンスターだよ!」
怒りながらエレナが叫ぶ。
「はっはっは、俺はきのこ狩りとは言ってないぞ?キーノッコ狩りと言ったんだ」
確かにモンスター食をこよなく愛するアルバートが、普通のきのこ狩りにいくとは思わなかったが・・・
「詐欺ですよ、うう・・・」
怨念じみた表情を、エレナがアルバートに向ける。
「まあまあ、味はきのこと同じらしいからな。さほど気にはならんさ」
「なるにきまってます!きのこは植物、あれはモンスターです!」
正確には植物ではなく菌類だが、そんなことは関係ない。
エレナの文句を、涼しい顔でアルバートが無視する。
「さて、そこそこ大きいから二人で倒すとしよう。エレナも手伝ってくれ」
「私の反論は無視ですか。わかりましたよ、はあ」
「いつも通り俺が斬りかかるから、援護を頼む」
「はあい、了解で~す」
キーノッコに向かっていくアルバートに、エレナが援護の矢を放つ。
矢はアルバートをかすめ、キーノッコに一直線に進んでいく。
キーノッコには目や口などはなく、のっぺらぼうである。
見たり、嗅いだり、聴いたり等することが出来ない彼らが、どの様に相手を認識しているのかは、いまだに謎とされている。
そんなキーノッコの弱点はカサである。
勿論脳みそはないが、頭に該当するカサから指示を出しているらしく、カサにダメージを与えると途端に動きが鈍くなるのである。
また、足を狙っても動きが鈍くなるが、それだけでは倒せないので、やはりカサを狙うのが得策だと思われる。
エレナの放った矢が、カサの少し下に深々と突き刺さる。
キーノッコが仰け反った隙を、アルバートは逃さない。
彼の剣が勢いよく振り下ろされる。
避けられなかったキーノッコは、縦半分にきれいに両断された。
切り口はまさにきのこで、白く美味しそうに見える。
ただ、カサが赤色なのとサイズが大きいことを除いてだが。
「うん、見た目は完全に毒きのこだな」
アルバートが両断したキーノッコを両脇に挟みながら、にこやかに危険な言葉を放つ。
言わないで欲しかった、とばかりにエレナがうなだれる。
「まあ、食べられると書いてあるから大丈夫だろう。直ぐに調理しないとな♪」
アルバートが嬉しそうにスキップして走っていく。
エレナも恨めしそうに睨みながら、彼の後を追っていった。
調理しやすそうな場所を探していると、いい感じの切り株を見つけた。
物を置いたりするには最適な大きさだった。
切り株の上にキーノッコを置くと、いつものようにまな板と包丁を用意した。
そして、これまたいつものようにアルバートが火をおこす。
準備が出来ると、アルバートが今回の料理について話始めた。
「今回はきのこだ。つまり、シンプル、イズ、ベストがいいと思う」
「はあ、ということは?」
「枝に刺して、串焼きにしようと思う。味付けは塩のみだ」
「本当に食べられるんですよね?絶対ですよね!?」
エレナがアルバートに詰め寄る。
「まあまあ、本には食べられると書かれていたし、多分大丈夫だろう。仮にあたっても君なら大丈夫さ」
「失礼な!」
怒るエレナを無視して、アルバートがキーノッコを食べやすい大きさに切っていく。
アルバートに串代わりの枝を渡され、エレナがブスッとしながら枝に刺していく。
しばらくすると結構な数が出来上がった。
「よし、これくらいでいいだろう」
「確かに、二人で食べるには十分な量ですね」
アルバートがそう言うと、エレナが串に刺すのをやめた。
とはいえ、せいぜい半身程度であり、まだ半分以上キーノッコは残っている。
「残りは干して乾物にしよう。それも試したいからな」
アルバートは残りのキーノッコを薄く切ると、袋にしまった。
「さあ、塩を振りかけて焼いていこう。多めにしたほうが美味しそうだな」
串に刺したキーノッコに塩を振ると、火の近くに串を置き、直火で焼いていく。
少しすると、ジュワーっと音をたて、香ばしい匂いが辺りに広がり始める。
「うわあ、いい匂い。これは高級なマルタケに負けない香りですよ、すごく楽しみです」
エレナが嬉しそうに串焼きを見つめている。
そんなエレナをアルバートも嬉しそうに見ている。
「うむ、キーノッコ狩りに連れてきて正解だったな。そんなに嬉しそうにされると、照れてしまうよ」
「何言ってるんですか、アル様にではなく、私はこんないい匂いを出すキーノッコに感謝してるんですぅ」
「全く、素直じゃないなあ~」
焼けるまでの間、笑い声が広がる話をして、二人は過ごした。
「さあ、そろそろいいだろう」
アルバートはこんがりと焼けたキーノッコ串を一本取り出すと、躊躇することなく、それを口に運んだ。
モグモグ・・・
「どうですかアル様、お味は?」
モグモグ・・・ゴクン。
「・・・美味い。文句なく美味い!」
アルバートの言葉を聞いたエレナも、キーノッコにかぶりつく。
モグモグ・・・
「ん、こ、これは?マルタケより美味しいのでは!?」
まさか、味よし、香りよしのマルタケよりも美味しいとは思っていなかったため、二人は驚きを隠せなかった。
「エレナもそう思うか?こんなにも美味いとはな、驚きだ」
「はい、美味しすぎます!これならたくさん食べれますよ♪」
そう言うと、エレナは次々にキーノッコを平らげていく。
「君はきのこや野菜が本当に好きだなあ。よかったら、俺のも食べるといい」
「わ~い、では遠慮なくいただきますね」
それをエレナが食べ始めると、アルバートが何かメモを書き始めた。
どうやら、キーノッコについて書いているようだった。
「モグモグ・・・アル様、何書いてるんですか?」
エレナの問い掛けに、ペンを置き、アルバートが答える。
「キーノッコなんだが、こんなに美味しいのに流通しないなんておかしいと思わないか?それと本には食べられるとは書いてあるが、無毒とは書いてない」
「・・・つまり?」
「まあ、有毒ということかな。舌がピリピリしなかったか?」
そう言われると、確かに痺れる感じはあったような気はする。
「ヤバイ毒なんですか・・・これ」
「いや、食べられると書いてある以上、生死には関わらないのだろう。ということは・・・」
アルバートが最後まで話しきる前に、エレナに異変が訪れた。
「あええ、何ら痺れうよ?」
体が痺れ、エレナは地面に倒れてしまった。
「予想通りだな。痺れるか、眠くなるか、幻覚を見るかのどれかだと思っていたからな」
そんなもの食べさせるな!と言いたかったが、体が動かない。
「だからこそ、俺は食べる量を少なくしたんだがな」
動けないエレナから怨念じみたものが伝わってくる。
プルプル震えているようにも見える。
「食べた量が多かった分、痺れが強いのかもしれんな。とはいえ今回は少しばかり悪いと思っている」
そう言うと、アルバートはエレナをひょいっと抱き抱え、お姫様だっこしてみせる。
震えていたエレナの顔が、みるみる真っ赤になっていく。
「しばらく痺れは取れないだろうから、近くの町まで俺が運ぶとしよう」
恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちと腹立たしい気持ちの中で、身動きの取れないエレナはこう思った。
たまにはお姫様扱いも悪くないと。