スライムを食べてみよう
「ふふふ、天気もいい、気温もいい、まさに絶好のモンスター食日和だとは思わないかね、エレナ君」
「ええ、全く思いません」
アルバートの言った事を、エレナがバッサリと切り捨てる。
「草原に来たのはいいですけど、ここにはスライムしかいませんよ?」
エレナが不思議そうな顔をした。
見渡す限り、緑色のたくましい草たちが所狭しと生えている。
比較的人里に近い場所だからか、ここにはスライムが生息しているだけである。
スライムは固いゼリーみたいなモンスターだが、倒すと液体になってしまうため、食べれる要素は無さそうに見える。
そんなエレナを見て、アルバートがニヤリとした。
「エレナが思っているように、一見スライムは食べれなさそうに見える。だが、こいつはゼラチンを多く含んでいる事が最近の研究で明らかになっている。ここまで言えばわかるよな?」
アルバートがエレナに問い掛ける。
「まさかとは思いますが・・・ゼリー?」
答えるエレナに、アルバートが嬉しそうに親指を立てた。
「さすが、私の助手だな。わかってくれて嬉しいよ」
スライムゼリー・・・嫌な予感しかしてこない。
「美味しいのでしょうか、それ」
不安そうなエレナを、アルバートは容赦なく突き放した。
「わからん!わからないから作ってみるんだ。まあ、死にはしないだろう」
(ああ、また得体のしれないものを食べるのか・・・)
エレナはぼんやりと、遠くを見始めた。
「さあ、まずはスライムを集めないとな。なるべく新鮮に作りたいから、出来るだけ生け捕りにしてくれ」
「ふあ~い、了解しました~」
やる気のない返事をするエレナを放って、アルバートが草むらを掻き分けていく。
スライムは保護色からか、草原では緑色、山では茶色といった、その場所に適した色をしている。
食べている物も、そこにあるものに準じている。
草原なら草花、森ならキノコや苔、川辺なら魚のような水棲生物、洞窟に至ってはコウモリだったりと、多岐にわたる。
そこの食物によっては毒を持つ個体もいるため、戦うにせよ食べるにせよ、安全とは言い切れないモンスターでもある。
だがそんなことなどお構い無しに、アルバートはスライム捕獲のために、草むらを掻き分け続けている。
すると、プルンとした物が勢いよく草むらからとび出してきた。
緑色の丸い体、スライムだ。
スライムは左右に激しく揺れている。
この行動をした後、スライムは体当たりをしてくるため、一説にはこの行動は威嚇ではないかと言われているが確証がない。
理由としては脳にあたる器官がスライムにはないことから、威嚇をするような複雑な知能は持ち合わせていないと言われているためである。
アルバートが身構えると、スライムは予想通り、アルバート目掛けてとびこんできた。
アルバートはひらりと身を交わすと同時に、右手でスライムを鷲掴みにすると、持っていた袋に素早く投げ込んだ。
「先ずは一匹目。さて、次々」
見つけ次第、次々とスライムを袋に投げ込んでいく。
10分もしない内に、袋は一杯になった。
一方のエレナはというと。
・・・スライムに遊ばれていた。
どうやら、スライムの体当たりを受けたのか気絶し、草むらに転がっていた。
取り敢えず、エレナにくっついていたスライムを蹴りで吹き飛ばす。
蹴られたスライムは四散し、地面に染みていった。
アルバートは頭をポリポリ掻くと、エレナの口に黒い欠片を突っ込んだ。
刹那、エレナの体がすごい勢いで跳ね上がった。
「苦ああ!!」
あまりの不味さに、転がり回るエレナ。
「こいつは、この間作った巨大なトゲトゲシェルの塩茹、の干した物だ。ヤバイだろ?干したら苦さも凝縮されたみたいでな、気付け薬にはぴったりなんだ」
説明するアルバートの声はエレナに届かない。
「し、死ぬうぅ~」
「仕方ないなあ、ほら」
エレナの口に飴玉を放り込んだ。
・・・しばらくすると、エレナが落ち着きを取り戻した。
「死ぬかと思いましたよ!」
怒るエレナのおでこを、アルバートが指で弾いた。
「スライムにやられるお前が悪い。いくらスライムとはいえ、油断するとは言語道断だ」
そう言われてしまうと、エレナは何も言い返せなかった。
「まあ、過ぎた事だからいいが、次からは気を付けろよ」
軽くエレナを叱ると、アルバートはすぐに料理の準備に取り掛かった。
「取り敢えず、お湯を沸かすとしよう。今回はスライムゼリーを作るために、寸胴を持って来たからな」
そう言って火を着けると、水の入った寸胴を火にくべた。
「あれ?少し水が少なくないですかね?」
寸胴にはスライムが浸かる程度の水しか入っておらず、足りていないように思われる。
「大丈夫、お湯に入れるとスライムは溶けて液体になるから、少しずつスライムを足していけば嵩は増えていくよ」
水が沸騰すると、アルバートは一匹目のスライムを湯に放り込んだ。
スライムは数秒程プルプルすると、ふにゃあっと潰れ、溶けて液体となった。
アルバートは、スライムが溶けて嵩を増す度に次のスライムを放り込んでいった。
全てのスライムを入れ終わると、寸胴の半分程の量になっていた。
「意外と増えましたね」
そう言ったエレナにアルバートが答える。
「ああ、だがここから少し煮詰めたいから、最終的にはこの半分になるな」
焦げないよう、長い棒で混ぜ続ける。
しばらくすると煮詰まってきたようで、少しずつ匂いが出てきた。
「何だか、青臭いですね」
エレナが顔をしかめる。
確かに大量の草を煮だしたような、強烈な匂いがしてくる。
「ふむ、ここのスライムは草を食べているからかも知れないな」
アルバートが興味深そうに答えた。
二人が会話をしている間に、どんどん煮詰まり、遂に濃い緑色の液体が完成した。
「これはまた・・・綺麗ですけども、食べれるんですか?」
なんというか、毒々しいほどに緑緑している。
「わからん、取り敢えず砂糖でも入れてみよう。多めにと」
バサッ!バサッ!と砂糖を入れていく。
グルグルとかき混ぜ、用意しておいた型に流し込んでいく。
見た目は濃すぎるお茶のゼリーといった所だろう。
「あとは冷やせば完成だ。手早く冷やすためにこいつを使おう」
アルバートが懐から青い石を取り出した。
「あ、それ冷招石ですね。私知ってますよ」
エレナが石を見て、どや顔で答える。
冷招石とは、冷気を呼び起こす魔石であり、涼しい風程度の物から、吹雪まで、石の大きさによって強さは様々である。
どや顔のエレナを無視して、アルバートが石に魔力を注いでいく。
少しずつ石の周りが冷えてくる。
ゼリーを冷やすために、石の近くに置いてみる。
とはいえ、直ぐには冷えないので時間を置かなければならない。
「よし、少し散歩するか」
アルバートがエレナを誘う。
「良いですね~行きましょう♪」
嬉しそうにアルバートについていく。
爽やかな風が二人の頬を撫でる。
「う~ん天気も良い、風も気持ち良い、確かに良い日ですね」
エレナがアルバートに話し掛ける。
「だろ?こんなに良い日はなかなかないぞ。俺の言った通り、モンスター食・・・」
「それはないです」
アルバートの言葉を遮り、エレナが否定する。
「・・・まあ良い、どちらにせよ食べる事に変わりはないからな」
そう言うと、アルバートはさっさと先へ進んでいく。
向かう先には一本の木が立っていた。
「変わった木ですね。真っ黒ですけど、大丈夫ですか?」
エレナがアルバートの顔を見る。
「こいつはこういう木なんだ。真っ黒でちょい不安になるが、これがこの木の色なんだ」
本体だけでなく、葉っぱや実まで真っ黒な木を、アルバートが触りながらエレナに説明する。
「そんでもってお目当てはこいつだ」
アルバートは、手の平サイズの真っ黒な実をもぎ取ると、エレナに投げて渡した。
「おっとと」
エレナが落としそうになりながら、実を受け取る。
「話に聞いた所、この実は珍しい味がするという」
「珍しい味ですか・・・」
エレナが首を傾げる。
「うむ、美味しいか不味いかわからん、不思議な味だと」
「食べるのが怖くなってきましたよ・・・」
不安そうなエレナの肩をポンと叩くと、満面の笑顔で一言。
「さあ、同時にいこうぜ!」
笑顔のアルバートにエレナは早々にあきらめ、実をまじまじと見てみた。
黒い・・・とにかく黒い。食べて大丈夫なのだろうか?
ちらっとアルバートの方を見てみる。
彼は・・・待っていた。
ニコニコしながら、私が食べるのを今か今かと待っていた。
「はあ、せーのでいきましょう」
ため息をつきながら、アルバートに伝える。
「せーの」パクっと実を噛ってみる。
見た目ほど固くなく、むしろ軟らかい。
軟らかい割には水分がほとんどなく、ボソボソしている。
肝心の味はというと。
「・・・これは」
「ああ、間違いないな」
二人は顔を見合わせると、同時に感想を言った。
「無味無臭!」
真っ黒な実は、その見た目からの予想を大きく裏切った。
苦いでもなく、甘いでもなく、ましてや辛いでもなく、ただただ無味無臭であった。
「まあ、確かに珍しい味ではあるのか」
「いやいや、珍しい味以前に味がないのですが?」
納得しようとするアルバートをエレナが引き留める。
「う~ん、俺が聞いた話と違うんだよな。違った実を食べたのかなあ?」
ブツブツ言っているアルバートにエレナが話し掛ける。
「不味くはなかったから良いじゃないですか。美味しくもありませんでしたけど」
そう言うエレナに、アルバートも「確かにな」と言いたげな表情を向ける。
「まあいいか、また今度詳しく調べて見るとしよう。そろそろゼリーも出来上がっている頃だろう」
そう言って、来た道を戻って行くアルバート。
エレナも一緒に戻って行った。
来た道を戻って行くと、少しひんやりしてくる。
冷招石によって、周りの空気が冷やされているからだろう。
「おお、エレナも見てみろ、しっかり固まってゼリーになってるぞ!」
上手く固まったゼリーを手に取り、アルバートが嬉しそうに声を弾ませる。
「こんなきれいに固まるんですね。問題は味ですね・・・」
冷えたからか、色はより濃くなっている。
プルン!と弾み、ゼリーらしい動きはしているが、美味しそう・・・には見えない。
「見た目はあれだが、味は旨いかもしれんぞ。さあ、食べてみよう」
アルバートはそう言うと、スプーンを取り出し、エレナに手渡した。
(う~ん、苦そうだなあ。正直食べたくないけど、食べないと3日は口聞いてくれないからなあ、アル様)
色々と考えているエレナなどお構い無しに、アルバートが元気一杯に声をだす。
「いただきます!」
仕方ない、とばかりにエレナも続く。
「・・・いただきます」
スプーンを入れると、スッとゼリーに滑り込む。
弾力はあるが軟らかく、見た目以外は美味しそうなゼリーだ。
意を決して口に運ぶ。
モグモグ・・・
「あれ、苦くない。むしろ、甘くて美味しい?」
意外な展開に、エレナが困惑する。
「む、砂糖を入れたとはいえあの色だ、かなり苦いかと思ったが甘く仕上がったな」
アルバートも少しばかり驚いているようだ。
「これなら食べれますね♪」
エレナがパクパクと、どんどん食べていき完食した。
一方のアルバートはというと。
珍しく残しており、半分ほど残っていた。
「あれ、アル様が残すなんて珍しいですね。口に合いませんでしたか?」
「そうじゃないんだが、う~ん、良かったら食べるか?」
「いただきます。私これなら美味しく食べれます♪」
そう言うと、アルバートのゼリーを受け取り食べるエレナ。
美味しそうに食べるエレナを他所に、アルバートが何か考えている。
「ごちそうさまでした!」
エレナが満足そうに手を合わせる。
アルバートはまだ考えている。
「あ!」突然、アルバートが声をあげた。
「ど、どうしました、アル様?」
心配そうにエレナがアルバートの顔を見る。
「ゼリーがあんなに甘い理由がわかった!」
「砂糖をたくさん入れたからでは?」
「いや、そうじゃないんだ。さっき黒い実を食べただろ、あれが理由なんだ」
「あの無味無臭の実ですか?」
エレナは、よくわからないといった表情をしている。
「あの実は【味騙しの実】と言われていて、俺はてっきり変わった味がするのだと思っていたんだ。だがそうじゃなかった」
「つまり、どういうことなんですか?」
エレナがアルバートに問う。
「簡単に言うと食べた物の味を騙すんだ。甘い物なら苦く、苦い物なら甘くなるんだ」
「という事は、あのゼリーは本当は苦いんですか?」
エレナがびっくりした表情をしている。
「そういう事だ。ただ、今は口の中は甘いだろ?」
アルバートの言葉にエレナが頷く。
「実はな、思い出したんだ。すっかり忘れてた」
「何をですか?」
エレナが尋ねる。
「10分なんだ」
「10分?何がですか?」
「実の効力が切れる時間・・・すまん」
そう言って顔を背けるアルバート。
刹那、エレナの口内を凄まじい苦味が襲った。
「あえうえ、うええぇぇ!?」
最早、言葉にはならない。
実の効力が切れ、甘味が苦味に変わったのだ。
アルバートのゼリーも食べたので、より多くの苦味がエレナを苦しめる。
「アル様!飴を、私に飴を!!」
救いの眼差しをアルバートに向ける。
「悪い、食べちゃった・・・てへ」
空っぽの袋をヒラヒラさせるアルバートに、エレナが飛び掛かる。
「てへ、じゃねえ!ふざけんな!!」
飛び掛かるエレナを避けるアルバート。
「さっきの実を食べれば収まるかな?急げ急げ」
アルバートは実のあった場所を目指し、駆け抜けていく。
「まあぁぁてぇぇ!」
エレナが鬼の形相で追い掛けていく。
いつものように、今日も過ぎていくのだった。