マンイーターを食べてみよう
たくさんの木々に囲まれた森に声が響く。
「むう、あれはいけるか?」
中年らしき男が呟く。
「いや、無理じゃないですかね。あれ、人食い植物代表のマンイーターじゃないですか」
若い女性が嫌そうに答える。
「しかし、植物である以上は蜜を採ったり、油を採ったり、料理できるかもしれん。いくぞ、エレナ!美味しく食べようではないか!」
「嫌だあ!変な植物やモンスターばっかり食べたくないよー!普通の食べ物がいいよう!!」
エレナと呼ばれた女性は泣きそうな声を上げた。
「エレナよ、俺の旅について来る以上食事の大半は自給自足、そしてモンスターだといったはずだぞ?それがハンター兼モンスター研究家であるアルバートの旅だ!」
男は自慢げに胸を張った。
「あうう、わかってますけど、もう少し美味しそうなモンスターにしましょうよう。マンイーターは人間を食べてるかもしれないんですよ?」
エレナは心底嫌そうにアルバートに進言した。
「まあ、人間を食べたかどうかは、倒して中身をみればわかるだろう。まずは仕留めるぞ、援護を頼む」
アルバートはそういうとマンイーターに向かっていった。
「うう、アル様のわからず屋!」
半泣きで手に持っていた弓を構え、矢をマンイーターに向けて放った。
矢はヒュッと音を立てて、まっすぐに飛んでいく。そして、マンイーターの胴体に深々と突き刺り、大きな穴を穿った。
痛みがあるのか、マンイーターは蔦を振り回し、暴れ始めた。
「さすがエレナ、いい腕をしているな」そう言いつつ、腰に携えていた長剣を抜き、蔦を切り払っていく。
「マンイーターは傷を負うと、蔦を振り回すだけで、その場から動かなくなるからな、もらったあ!」
アルバートの剣がマンイーターを真っ二つに切り裂いた。少しの間、蔦がもがいていたがすぐに動かなくなった。
「エレナ、こっちに来てみろ」
アルバートは遠巻きに見ているエレナを手招きしつつ呼んだ。
「縦半分に切ったが骨などもないし、なにかを食べた形跡はないな。基本はモンスターとはいえ、植物だ。光合成をして生きているからな」
「ということは、つまり・・・」
エレナが苦い顔をする。
「レッツ、クッキング!!」
嬉しそうにアルバートが叫ぶ。
「もう、好きにして!」
エレナも叫んだ。
「マンイーターを使っての料理だが、一応植物なので今回はフリッターにしようかと思う」
「フリッターですか、確かに植物寄りですし、野菜だと思えばフリッターとして食べられるかもしれませんね。まあ、生とか丸焼きじゃないだけいいです」
「よし、フリッターに決定だ。とはいえ、色々な部位があるから、他にも作ってみるとするかな」
「ところで、どこの部位を使うのですか?あまり変な部位を使うのはちょっと・・・」
不安そうにエレナが言った。
「そうだなあ、今回は胴体と蔦とにしてみるか。中身は少し怖いもんな」
「私としてはその二つの部位でも十分冒険ですけどね」
「さて、胴体は食べやすいサイズに切り分けて、蔦は乱切りにでもするかな」
包丁を手に取ったアルバートは手際よくマンイーターを切り分けていく。
おそらく、アクも多く含まれているだろうと思い、まずは茹でることにした。
「とりあえず茹でて水で締めるかな、蔦は煮込んでみるか。エレナはなにかリクエストはあるか?」
石の上で座って待っているエレナに声を掛けた。
「美味しければ何でもいいですよ、美味しければ」
今まで食べたモンスターの中には激不味の物もあり、軽くエレナのトラウマになっている。
特に最近食べたキラーバットは、とにかく臭い上に筋張っていてものすごく不味かった。
調理がどうこうではなく、素材の時点で駄目だったのだ。
「不味かったら容赦なく捨てますからね、私」
真顔でエレナが話す。
「まあまあ、食べてみないとわからないからな。楽しみにしようぜ?」
アルバートは無邪気そうにそう言うと、鍋の湯を捨て、代わりに調味料を入れて蔦を煮込み始めた。
あえて触れなかったが、湯の色は灰色だった。
「煮物はこれでいいだろう、あとは煮えるまで待てばいい。よし、次はフリッターを作るとしよう」
煮物の調理を終え、フリッターの準備に取りかかる。
座っていたエレナが立ち上がり、アルバートに話しかけた。
「アル様、フリッターなら私でも作れますので任せてもらえませんか?」
エレナはそう進言した。
ただ待っているだけというのも嫌だったのだろう、そんなエレナの気持ちを知ってか知らずか、アルバートは頷き、
「うむ、エレナもモンスター食に興味が出てきたと言うことだな、感心感心」
モンスター食を理解してくれたと思い、とても嬉しそうにしている。
「そうじゃないんですけど・・・」
複雑な気持ちを抱えつつ、エレナはフリッターの準備に取りかかることにした。
フライパンに多めに油を注ぎ、フリッターの衣を用意した。
あとは油が高温になるまで待って、衣につけて揚げるだけだ。
材料がマンイーターなので不安ではあるが・・・
「よしエレナ、そろそろ揚げていけ。煮物もいい感じに出来てきたからな、ちょうどいいだろ」
「わかりました、楽しみですねえ?」
精一杯の笑顔で応えようとしたが、失敗したようだ。 ひきつった笑顔になってしまっている。
そんな彼女をスルーし、アルバートは煮物を器に盛っていく。
エレナも油の中にマンイーターの胴体を入れ、調理していく。
パチパチと美味しそうな音を立てて、こんがりきつね色にマンイーターが揚がっていく。
「美味しそうだなあ、マンイーターじゃなければなあ」
ボソッとエレナが呟く。
「おお!美味しそうじゃないか、早く盛り付けて食べよう。もう待てん!」
アルバートのテンションは全開のようで、エレナが皿に盛るのを心待ちにしている。
「はいはい、ほら出来上がりましたよ」
そう言うと、エレナは皿に盛り付けたフリッターを差し出した。
「よーし、さあ食べよう!」
アルバートは先に準備しておいた折り畳みの机の上に煮物とフリッターを置いていく。
「材料を知らなければ普通の煮物とフリッターに見えるんですけどね、マンイーターだということを知ってますからねえ」
エレナが残念そうに笑う。
「まあ、何はともあれ食べてみようぜ、超激ウマかもしれないぜ?」
「そうですね、作った以上は食べないとマンイーターにも失礼ですね」
「そういうことだ。では、いただきます!」
「いただきます・・・」
まずはアルバートが先陣を切った。揚げたてのフリッターを口に運ぶ。
サクサクッといい音を立てて、フリッターが口の中でくだけていく。
「うむ、これはうまい!少し青臭さはあるが独特のヌメリと甘味がなんとも言えん」
アルバートが称賛の声をあげた。
「本当ですか?では私も」
恐る恐る、エレナも口に運んでみる。
「あれ、思ったより美味しいですね。粘りのある野菜みたいな味がしますね。」
「ああ、これはうまいな、この調子なら煮物も期待できそうだ」
そう言うと、アルバートは煮物を口に運び食べてみる。
「・・・・・・」
無言になったアルバートに不安になったエレナが声を掛ける。
「・・・不味いんですか?」
「食べてみればわかる」
エレナも口に運んでみる。
パクリ。箸が手から転げ落ちる。
「うええ!苦い、辛い、酸っぱい!」
「ああ、すごいな。初めてだよこの味は」
「よくこんな味に耐えられますね!み、水!」
あまりの不味さに水を飲みまくるエレナ。
そんなエレナにアルバートが一言、
「まあそんなこともあるさ、ははは」
笑って誤魔化そうとするアルバートに、エレナも一言言わずにいられない。
「アル様の、アル様のばかあ!」
エレナの悲痛な叫びが森中に響き渡った。