表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

孫の手には神様が宿る

その日は雨が降っていた。


西本家にある四つの部屋の内、唯一の和室にそれがいた。


整った顔立ちと、やや細身で子供くらいの身長で


話しかけても、一度振り向いただけで雨を眺めている。





俺はこの西村家の長男で、名前は冷士だ。


そして…


「美鈴、お前また俺のわらび餅食っただろ!」


「冷蔵庫の中に入れて置く方が悪いんだもん! 私はちゃんと名前を確認したけど無かったよ!」


この妹が美鈴…、俺が買ってきたお買い得のわらび餅を食べた悪い妹だ。


「なーに、また喧嘩? あんまり煩くしないでよね…」


こっちは姉の深鈴、とにかくめんどくさがり屋だ。


しかし、この姉妹は学校では成績が常に上位なのである。


毎回最下位争いをしている俺は、この家でのヒエラルキーが家畜以下となっている。


とは言っても、家族仲は至って良好で


父と母もそこそこ稼いでいるので、借金に追われるような生活をしているわけでもない。


ガチャリ、と玄関のドアが開くと


「ただいま、お風呂沸いてる?」


と、父が帰ってきた。


それを出迎えるのは母だ。


「お帰りなさい、沸いてるわよ。 ゆっくり暖まってきてね」


朗らかに笑う母と父、きっと幸せな家族というのは我が家の事を言うのだ。


「急に降り出してきてな、全く酷い雨だったよ…。 ん…? なあ、あの子は誰の友人だ?」


最初にその子供を見つけたのは父だった。


玄関からすぐ右手の襖が開いており、その和室の奥


障子にもたれ掛かるように外を眺めている子供がいた。


どう見ても小学生くらいの身長で、美鈴よりも背が低い。


美鈴は背が低いながらも、今年入学したての高校一年生である。


なので、この家には小学生の友人を持つ者はいないのである。


「まさか深鈴姉…」


「違うわよ! 私が好きなのは男の娘であってショタではないわ! そこは間違えないでよね!」


怒らせてしまった…。


「なあ、お前どこの子だ? 名前くらい教えてくれよ」


俺が話しかけると、その子は一度こちらを振り向いてから俺の目を見つめて


数秒の後に、再び窓の外へと視線をそらした。


「まあまあ、いいじゃないか。 何か事情があって家出をしたのかもしれないしな! 今日の所は家で預かろうじゃないか!」


父が言うのであれば、と


警察に電話をしてから、親族が来るまで預かることとなった。


異変が現れたのは、それから一年後だった。


深鈴姉が高校を卒業し、大学へと進学が決まった頃に


深鈴姉が妊娠していることが分かったのだ。


父が相手を確かめようとしたのだが、深鈴姉の交友関係は女性ばかりで


深鈴姉本人ですら、その様な行為は行っていないと言う。


深鈴姉の腹部は大きく膨らんでいるが、レントゲンを撮ってもそこは空洞であった。


医師も、おかしいと首を捻っている。


家に帰ると、あの子が待っていた。


玄関にスリッパを並べて待っていてくれた。


その翌日、あの子が我が家から消えた。


親御さんの元へと帰ったのか、或いは我が家が飽きてしまったのか。


念のため、警察へと連絡を入れて様子を見ることとなった。


深鈴姉は和室を好み、一日の多くをそこで過ごすようになった。


深鈴姉の言葉数が日に日に減っていく。


妊娠発覚から一月後、深鈴姉はおかしな笑いをするだけで


言葉を話すことは無くなった。


「ケヒッ…ケヒッ…クケケ…」


既に産まれてもおかいくないと診断を受けてから一月だ。


だが、深鈴姉のお腹は膨らんだまま…。


不思議なこともあるものだと、医師の判断で入院させることとなった。


しかし、翌日。


深鈴姉を訪れると、身体が縦に半分になった深鈴姉がベッドに横たわっていた。


そこに血は流れていない。


俺たち家族は、突然の悲しみに襲われた。


立ち直るまでは時間が掛かるだろう。


だが、深鈴姉の残した子供を大切にしようと家族会議で決めた。


深鈴姉の死から二月、赤ちゃんが笑うようになった。


それは、可愛らしい笑いではなく深鈴姉と同じ笑い方で…。


「ケヒッケヒックケケ…」


俺はその子と目があった時、家に居候していたあいつを思い出した。


一緒だったのだ。


瞳の奥の方で闇が蠢いている。


恐ろしかった。


人間の目ではないと思ってしまった。


それから俺は、三日ほどおばあちゃんの家にお世話になることを決めた。


深鈴姉の残した宝を恐れてしまったのだ。


少し頭を冷やそうと、家を発った。


美鈴がついてきたのは意外だったが、久しぶりのおばあちゃんの家は楽しかった。


一緒に畑で野菜を収穫したり、おじいちゃんと釣りをしたり。


のんびりとした時間が、荒れた心を癒してくれた。


「孫の手にはね、神様が宿るんだよ」


と、おばあちゃん。


美鈴と一緒に笑い飛ばすが、おじいちゃんも同じ事を言っていた。


「孫の手はな、欲しいところに手が届くんだ。 ほらな? まるで天国だ!」


成る程、背中が痒くなるのは分からないが


美鈴と俺は、おじいちゃんの幸せそうな顔をみて納得した。


三日という時間はあっという間で、別れを惜しみながらもおばあちゃんの家を後にした。


そして、家に帰ると…


お腹を大きく膨らませた母と、血を流して倒れている父と


倒れた父に喰らいついている子供がいた。


「母さん! 何があったんだ!」


俺が問いかけても、母は放心しているのかまるで声が届いていなかった。


「お母さん! お母さん、しっかりして!」


「違うの…私…浮気なんてしていないの…」


言い争いで揉めたのだろう。


だが、あの子供は別だ。


深鈴姉の子…。


「ケヒッケヒッ」


悪魔だ。


きっとあの時、あの迷い込んだ子供を受け入れたとき。


あそこから全てが始まったんだ…。


父の葬式も終わり、深鈴の子が姿を消した。


母を通院させていたが、医師がおかしな事を言い出した。


「恐ろしくていえなかった事があります。 最初は機材のトラブルだとも思いましたが、毎日続いているのです…。 聞いてもらえますか…?」


医師の顔は真っ青だった。


俺と美鈴も、ここ半年で散々恐ろしい体験をしてきたのだ。


「お願いします」


と、先を促した。


「実は…」


医師の言う話とは、俺たちの想像していた以上に恐ろしく


そして、悲しいものだった。


数日前から、母の心臓は動いていなかったのだ。


しかし、現在も多少の受け答えは出来ている。


心配になり、母の病室へと足を運んだ。


そこには、赤子を抱き微笑む母がいた。


おかしい。


おかしいと思った。


美鈴と目が合い、一度こちらを見て二人で頷きあった。


「母さん…」


「あら、冷士きてたの? 美鈴ちゃんまで!」


いつもの母さんだ。


すぐに退院させて、家で療養させることとなった。


母は、姉が好んだ和室で一日の多くを過ごした。


二年程は何も起きなかった。


新しい弟も可愛いし、母も優しく妹も俺にべったりだ。


「お兄! わらび餅買って来たよ! わらび餅! 抹茶味だよ!」


「わら「ワラビモチ…ワラビモチ…マッチャアジ…」


俺の声ではない。


もっと禍々しい声だった。


「お…おにい…助け…て…」


俺に助けを求めてきたのは母だった。


どうして?


だって、母は俺のことは名前で呼ぶはずなんだ。


「美…鈴…なのか?」


「うん…今度は私の番みたい…。 お母さんが…お母さんが…」


母は深鈴姉の時と同じように、身体が縦に割られていた。


「ごめんね。 ごめんね、おにいちゃん…わたし…わたし…ケヒッ…いやだよおおおおおおおおおお!!!!」


美鈴は和室へと逃げ込んだ。


そこでソファーで寝転がり、俺に言った。


「また続くんだ。 頭に流れてくるの、深鈴おねーちゃんとお母さんの記憶。 お願い、私を殺して! 今此処で!!!」


泣きながら殺してくれと言う。


でもどうやって…。


「お…にいちゃ…ん。 孫の手…」


孫の手には神様が宿る。


おばあちゃんの家で聞いた言葉だった。


そんなはずが無い、でも美鈴がそうやって言うのなら…。


「わかった、これでいいんだな! いいんだな、美鈴…!!」


「うん、ありがとう!」


俺は孫の手を取りに行って、美鈴に確認した。


そして、そのまま美鈴の腹に差し込んだ。


血は出ない。


だが、そんなことはどうでも良かった。


あの子供がただただ憎かったのだ。


美鈴の命は繋ぐ事は出来なかった俺は、現在おばあちゃんの家に住んでいる。


あの子供が何だったのかは分からない。


ただ、孫の手を差し込んだ美鈴の腹からは


真っ黒なヘドロの様なものが詰まっていたらしい。


願わくば、我が家族があっちでも仲良く暮らしているようにと


俺は毎日仏壇へとお祈りしている。


こんな悪夢が二度と起こらぬようにと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ