最終話 心は青空と共に
あれから世界はというと、不思議な動きを見せた。
まず、示し合わせたかのように国境線が引き直された。
それはオレが定めたものに極めて酷似していて、こちらの顔色を窺ってるように思える程だ。
富の再分配も自発的に行われた。
と言っても、グランが膨大な金銀財宝を吐き出しただけだが。
聞いた話によると、倉を造っても造っても追い付かず、街には数えきれない程の宝物庫があるとの事。
グラン城のものは全て消失しているにも関わらず、各国各地域には賠償金として、金貨換算で数万枚規模のものが支払われた。
それでもグランには十分な財が残るというのだから、グロウはどれほどかき集めたのだろうか。
バカなんじゃないか?
いや、バカだったな。
「さきほど準備が完了いたしました。領主様のご依頼通り、全て銀貨で用意させました」
「そうかい。ありがとよ」
窓の外には荷車が置かれ、その上には大きな麻袋が置かれていた。
中身は全て銀貨で、その数はなんと4万枚。
人を圧殺しうる財は運ぶだけでも大変だった事だろう。
実際、作業に従事したアランは、体を荷台に預けて息を整えているという有様だった。
面倒な仕事を気軽に押し付けてスマンかったと思う。
「それにしても面妖ですな。お嬢様方と対面するというのは。瓜二つとはこの事でしょうか」
「オレに言わせてもらえば、300年近く生き続けてるお前の方がよっぽど妖しいんだがな」
「私は増えませんでした。何故でしょうか?」
「知るかよ」
正直なところ、クライスが増殖せずにホッとしている。
仮にコイツが2人も居たとしたら大変だ。
世界中の砂糖が食い尽くされるのは確実で、甘味限定のイナゴと呼ぶべき男は、唯一無二の存在でなくてはならない。
「さてと、そろそろ行くかな」
「おや。どちらへ?」
「孤児院。久々に顔を出したい」
そこまで言った所で、オレの左肩からシンディ、右肩からシルヴィアが飛び降りた。
お出掛けの際は常に2人を連れている。
どちらもオレと離れることを嫌がるし、仮に片方だけ連れて行ったりすると、残された方は物凄く怒るのだ。
更に言えば、2人はライバル関係。
この場面では、どちらがより大人らしく振る舞えるか、という勝負となる。
「クライスおじさん、さよおなら」
シンディが丁寧なお辞儀をした。
言葉も明瞭で、年齢を思えば満点だろう。
「クライスおじさま。ごきげんよお」
シルヴィアは更に上を行った。
スカートの裾を指先でつまみ、微笑みながらの挨拶を告げたのだ。
シンディはそれを見て、驚き戸惑っている。
視線に気づいたシルヴィアは勝ち誇った笑みを返した。
勝負あり……という事なんだろうか。
成長を見守る親としては、どちらの顔も味わい深いものだ。
胸が暖かくなるのを感じつつ、部屋を後にした。
それからは大荷物と共に孤児院へ向かった。
荷車を手で牽いて行き、院の敷地内に置いた。
調度そのころ、カンド院長が出迎えてくれた。
柔らかくて暖かな笑みは善良そのもので、こちらも自然と微笑んでしまう。
「ライル。よくいらっしゃいました。随分と大きな荷物を持っているのですね」
「うんうん。今日は院長に返そうと思ってな」
「返す……? はて、心当たりがありませんが」
「忘れてるかもしれないが、旅立ちの時に言ったろ。餞別の銀貨4枚は、万倍にして返すと」
「なんと! ではこの中身は……」
「もちろん。全部銀貨で4万枚だ。約束は果たしたぞ」
例の言葉は、その場の勢いから出たものだ。
真面目に支払おうものなら、大変な騒ぎとなってしまう額だ。
なのであの時は、軽口として受け止められたのだ。
だが、今回はあぶく銭が大量に手に入ったので、思い付き半分で持ってきたという訳だ。
カンド院長は袋を開き、中身を確認すると再び微笑んだ。
そして、10に満たない数だけ取りだし、袋を閉じた。
「子供1人につき1枚、これだけで十分です。残りはお返ししましょう」
「マジかよ。別に気を遣わなくて良いんだぞ? 最近は結構稼げてるしさ」
稼ぎ頭はグレン・アーサー両名の細工物だが、わざわざ言う必要は無い。
「クライス卿の治世は素晴らしく、かつての如く困窮する事がありません。故に、多量のお金をいただく訳には参りません。私には子供たちへ、清貧の美徳を伝えるという責務がありますので」
「清貧、ねぇ。オレにはそういうのを教えるのには向いてないなぁ」
「それで宜しいのですよ。もし仮に世界の指導者が、私のような人ばかりとなれば大変です。世の中から活気が消え、貧乏臭くなってしまうでしょう。導き方は人それぞれであるべきです」
「それぞれの導き方、それぞれの……理想?」
「ええ。人の数だけ夢や理想があるから、世界は面白いと言えます」
「なるほどねぇ。それぞれの道ねぇ……」
その時、ふと閃いた。
大量に余らせた銀貨の使い途について。
思い付いたならスグ実行に移したいが、今は孤児院にやって来たばかりだ。
流石に門前で帰るのは失礼すぎるだろう。
「フフ……ライル。何か名案が浮かんだようですね」
「うん。分かる?」
「今にも走り出しそうな顔になりましたよ。そして、それからは思案顔に。我々に気遣いは無用ですから、どうぞお気の向くままになさってください」
「す、すまねぇ! 次こそはゆっくり話に来るからさ!」
「前にも申しましたが、ここはあなたの家でもあります。いつでもお越しください」
「ありがとう。また来るから。元気でな!」
「それでは。ごきげんよう」
麻袋を荒縄で厳重にくくりつけてから、空に向かって飛び立った。
予定外の流れに娘たちは困惑した。
「おとさん、どっかいくの?」
「おとさん、森のおウチにかえらないの?」
「ちょっと寄り道だ。それよりも、これから人を見かけたら教えてくれないか?」
「わかったの。シンディがおしえるの」
「シルヴィのが、いっぱい見つけるもん!」
やる気十分となった2人のおかげで、道行く人々を探す作業は捗った。
人影を見つけるなり、空から銀貨をばら蒔く。
街道で、各地の村々で、もちろん大きな街でもだ。
空からお金が降ってくるとあって、あちこちで人々が大興奮となった。
念のため喧嘩の禁止だけ告げてから、次の場所へと向かうという事を繰り返した。
「おとさん。なにしてるの?」
「うーん。お祝い、かな」
「みんなに、おくばりするの?」
「流石に大陸全員に配る分はないけどな。でも何か夢があるだろ? ある日空からお金が降ってくるなんてさ、面白いと思うんだよねぇ」
「ピカピカのおかね。キレイなの」
「シルヴィアも要るかい?」
「ほんと? もらっていい?」
「良いよ、あげる。じゃあシンディも……」
「シンディはいらないの。イイコだから」
「あ……ッ!?」
知らないうちに新たな勝負が始まっていた。
今度はシンディに軍配が上がったらしい。
シルヴィアは驚愕に顔を歪め、シンディは先ほどの負け分も取り返すかのように、過分な程に勝ち誇った。
「まったく。もう少し仲良くしなさいよねっと」
シンディのポケットに銀貨を押し込み、それから上空へと昇っていった。
2人とも空が大好きだ。
この時ばかりは争いを止め、本当に子供らしく振る舞ってくれる。
「おとさん! やま! やまがちっこいの!」
「おとさん、シマがあるの! あっちのほう!」
右を向いても左を向いても、娘による満面の笑みだ。
そして、その後ろには晴天が広がっていた。
いつだったかアシュリーが言ってたっけ。
曇り空の方が安心する、と。
オレは当時から快晴の方が好きだったし、今改めて再認識した。
やっぱり抜けるような青空の方が気分が良い。
「おそらは、きもちいいね!」
「おそらは、たのしいね!」
曇りの無い世界に包まれて、オレは思う。
大事な人の為に、もう少しだけ仕事を頑張ろうと。
これから千年くらいの間は。
ー魔王様はダラダラしたい! 完ー




