3ー76 最強の戦力
扉の向こうは謁見の間だった。
地上を映し出す巨大な水晶板に、驚きのあまりか窓に寄りかかって悲鳴をあげる家来達の姿が見える。
そして、最奥の玉座でふんぞり返る男。
コイツこそがグラン皇帝のグロウなのだろう。
グロウはオレたちの方を見やり、薄ら笑いを浮かべると、独りで拍手をした。
乾いた音が寂しそうに、そして断続的に響く。
居並ぶ家来たちでさえも、思考が付いていかないのか呆然とするばかりだ。
「さすがは旧支配者ども。誇れ。移動要塞の砲や防御機能、さらには水晶兵の猛攻すらも突破し、ここへと辿り着いたのだから」
「随分と余裕をかましてくれてんなぁ? もはやチェックメイト。テメェらのお祭りもお終いって事なんだぜ?」
クエスは「腐敗の風」を巻き起こし、敵に向けて吹き付けた。
黒鉄による守りはない。
その風を浴びた人間の体は、瞬く間に崩れていった。
「な、なんだ! 今の風は!?」
「嫌だぁぁ! 死にたくない、死にたくなぁぁいッ!」
驚愕と、助命を乞うような声が入り交じり、辺りはにわかに騒がしくなった。
それでも皇帝は涼しげな顔を覗かせるばかり。
その素振りは叫び声が聞こえなくなるまで、ずっと変わらなかった。
「グラン皇帝。これでお前を守るものは1人も居なくなった。覚悟するんだな」
「覚悟?」
「すっとぼけんな! まさかオレらが、パーティに呼ばれて来たとでも思ってんのか?」
「そうか……そなたたちは私を追い詰めた気になっていたのだな。失敬。理解が遅れた」
「気取ってんじゃねぇ! 今すぐ同じ目に遭わせてやるからな!」
「フフ、教えてやろう。そなたたちが追い詰めたのではない。私に誘き出されたのだ!」
「ライル! 早くアイツを殺して! きっととんでもないことを企んで……」
「もう遅いッ!」
グロウが足元の管を引きちぎると、それを自身の腹に挿した。
すると目の前の男は、寒気がするほどに魔力を増大させていった。
膨大、おびただしい、などという言葉すら生易しい。
オレやクエスですら比較にならず、かつて遭遇したものたちを遥かに凌駕するものだった。
「フフフ……。これで私は、グラン城と力を同期させた。こうなったが最後、そなたらには死が待つのみだ」
「ライル! クエス! 全力だ! 全力で撃ち倒して!」
「どうせコケ脅しだ、くたばれ!」
「貫け、清龍ッ!」
左右から清龍、魔龍が放たれた。
発動の余波であらゆる飾りが、嵐の真っ只中に置かれたようにして、吹き飛んでは弾けていく。
皇帝は防具すら身に付けておらず、薄絹をまとっているだけだ。
この攻撃を受けたなら、きっと肉片すら残らないだろう。
そう思えたのだが……。
「ハッハッハ! そよ風にもほど遠いわ!」
2匹の龍は、グロウの皮膚に触れる事すら出来ない。
討ち滅ぼされたような残像を残して、掻き消されてしまった。
「何だと! 人間ごときに防げるはずが……」
「今度は私の番だ。簡単に死んでくれるなよ?」
「クエス、気持ちを切り替えろ! 来るぞ!」
グロウの手のひらから魔法2つが放たれた。
それは城が放つ砲撃に酷似していて、威力も相応のもので、オレとクエスにそれぞれが襲いかかった。
オレは咄嗟にミレイアを構え、切っ先で貫くようにして迎え、迫り来る魔法に備えた。
凄まじい圧力。
直撃を許したなら、跡形もなく消えてしまうかもしれない。
どうにか防御には成功したが、しばらく悪寒が止まらなかった。
クエスも魔法防御に転じるが、一手遅かったのか。
半身が貫かれ、左肩から先を失ってしまった。
「ぐぁあ! 痛ぇぇえ!」
「クエス、大丈夫か!?」
「ライル。心配いらないよ。クエスの性質として、自動回復というのがある。魔力が残されてる限りは、あらゆる傷が修復して……」
「さ、再生が始まらねぇ! 何でだぁッ!」
「そんな、どうして!?」
悶絶しながらクエスが叫んだ。
モコも想定外であったのか、続けて驚きの声をあげた。
その言葉の通り、血こそ止まっているものの、消えた腕が甦る事は無かった。
そこへ嘲笑う声が重なる。
勝利を確信したことを、言外に伝えるようにして。
「なにも鉄ばかりが魔力を無効化するのではない。私は長年の研究により、多くの事象を解明した。先程の砲撃も、対象者の魔力に介入し、著しく守りを弱める事を可能としている」
「魔力に介入……?」
「そなたらが理解する必要はない。今後、人族以外はこの世に残らぬのだから」
「ヘッ! 偉そうに講釈を垂れやがって。ご自慢の攻撃も月明は防いだぞ! 今だって隣のヤローが凌いだばかりじゃねぇか!」
「野蛮人には解らぬだろうが、研究に終わりなどない。究明すべき事、想定外の結果とは星の数ほどあるものだ。グランの科学は今も発展の途上。だが、これより先の文明を、人族の進化をそなたらが知ることはない!」
再びグロウの手が光った。
狙いはクエスだ。
オレはその間に割って入り、初撃と同様に防いだ。
「クエス、立てるか!?」
「あ、あぁ。すまねぇ。それにしても、お前はどうして平気なんだ?」
「別に平気じゃねぇよ。こちとら毎度必死になんだぞ?」
「オレだって防ごうとしたんだよ! でもダメだった……まるで紙切れで雪崩を止めようとするかのようだった」
「クエス……」
聞いててちょっと思った。
『何だその例え話は?』と。
お前は実際に雪崩を前にして、紙切れなんかで難を凌ごうとしたのか、と。
最初の『パーティがどうの』ってのも微妙だったが、今のはとことん酷い。
もちろん、今は真面目な場なので、わざわざ揚げ足をとるような真似はしないが。
「クエス。お前は、物の例え方がへったクソだな」
「うるせぇ揚げ足とんな! そんな事より、どうやってあのヤローを倒すんだ! まさか逃げるとか言わねぇよな!?」
「オレが防御を引き受ける。そんで、お前には攻撃を任せたいが……」
「そうするしかねぇか。だが、オレ1人で倒せるかどうか。悔しいが、荷が重てぇな」
「フフフ。敵前で作戦会議とは、お粗末な連中だ。よほど追い詰められた……」
その時だ。
部屋の窓ガラスが割れた。
何者かが突入してきたんだが、それは見覚えがある男だった。
「お前……ディストルか!」
「ふむ。揺るがす者に、定める者か。久しいな」
「ディストル! 君はてっきり眠りに就いてるものだとばかり思ってたよ」
「いや、生み出す者よ。お前は間違えてはいない。揺るがす者に葬られてより、長きにわたって眠らされていた」
そこでディストルは言葉を区切り、グロウを見た。
無感情な視線と酷薄な笑みがぶつかる。
「その結果、世界は面倒な事になっているな」
「まだ他にも厄介者が居たのですね。わざわざ集まって貰えて嬉しいですよ。手間が省けますから」
鈴が揺れて、微かに高い音が鳴る。
コイツの存在をすっかり忘れていた。
かつてオレが、殺すつもりで戦っても勝つことの出来なかった、ムカつくくらい強い男。
消し去るものディストル。
この場において、コイツ以上に頼もしい援軍なんか有りはしないだろう。
「世界の理をねじ曲げる愚か者よ。その力は貴様には過ぎたるものだ。今この場で消し去ってくれよう」
格好良い。
これでもかってくらい格好良い。
オレが年頃の娘だったら惚れてるくらいには。
「ディストル、隊列に加わって! 今回ばかりは一致団結しなきゃ勝てないよ!」
「……ふむ。生み出す者がそう言うなら、見立てに間違いはあるまい。そうさせて貰おう」
この土壇場になって、ようやく揃った。
生み出す者モコ。
消し去る者ディストル。
揺るがす者クエス、そして定める者であるオレ。
現状考える中での最強戦力が、今ここにある。
つまりはこの戦に負けたとしたら、オレたちに未来はなく、グロウが支配する暗黒の時代が訪れてしまう。
悲壮な決意のもとで、最後の決戦を挑んだ。




