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魔王様はダラダラしたい!  作者: おもちさん
第二部
192/313

2ー62  ヤポーネのお国柄

まおダラ the 2nd

第62話 ヤポーネのお国柄




私たちはヤポーネへとやってきた。

気分転換を兼ねた、月明さんのお見舞いだ。

ヤポーネでは今サクラという花が咲いていて、言葉にならないくらい綺麗らしい。



ーーそれでこうして目の当たりにしたのだけど……。



それは「綺麗」どころじゃなかった!

木々も草原もあちこちが桃色に染まっている光景なんて、生まれて初めて見た。

呆然と立ち尽くす私たちのもとに、ヒラヒラと花びらが舞い降りてくる。

子供の唇のような、綺麗なピンク色だ。



「すげぇーッス、これ全部花びら?!」

「そうみたいだねぇ……塗料とかじゃ無さそう」

「わぁーっ わぁーっ! わぁぁああー!!」

「ケビン、あまりはしゃぐと転ぶよー?」

「わぁぁーーッ!」



案の定、ステンと転ぶ。

それでも泣いたりはせず、しきりに周りをキョロキョロ見渡している。

かと思えば地面の花びらをかき集め、空に投げたりしている。

どうやら気に入ってくれたらしい。



「花がなんだというのでしょう。そんなものを愛でても腹は膨れません」



フランの平たい声が水を差した。

ため息混じりの言葉が妙に響く。

ダンゴというお菓子で口を汚しながら言うから、説得力も強烈だ。

どうやら彼女はお気に召さなかったらしい。



しばらく道沿いに進むと、懐かしい顔を見つけた。

花の神様だ。

彼女はいつものように、花占いをしているようだった。

既に嫌な予感がするんだけども。

具体的に言うと、落とし穴にでも落ちそう。



「今日は良いことある、ある、ある、ない、ある、ある、ある……。あらぁー、無いんですかぁ」

「花の神様ー、遊びに来たよー!」

「まぁ、お懐かしい。シルヴィアさんは大きくなりましたねぇぇえぇーー……」

「やっぱり予想通りだッ!」

「えぇーー……」



花の神様が坂を滑り落ちていった。

水しぶきのように花びらを撒き散らし、坂を下り終わるとそのまま地面を滑っていく。

表情は良く見えないけど、笑っているようだ。



「今のが神様って、マジですか?」

「うん。そうらしいよ。みんなそう呼ぶし」

「そんでもって、その神様は何してんスか?」

「私も知らないよ。占いの結果が悪かったんじゃない?」

「あそこを見てくださいよ、地面に弓の的みたいなのが描いてあるッス」



テレジアが言うように、大きな丸がいくつも描かれていた。

外側の丸から5、10、50点と、三段階に分かれている。

これはスポーツか何かなの?


話が進まないので、急ぎ手を貸して救出した。

5点の円の中から坂の上へと。



「すみませんー、助かりましたー」

「いいんだけどさ。今のはなぁに?」

「最近は落とし穴じゃなくて、坂を滑っちゃうんですねー。それでただ滑るのもつまらないのでー」

「遊び要素を加えた、と?」

「ですですー」



相変わらずドジな人だなぁ。

きっと日に何度も転げ落ちてるんだろう。

本人は楽しそうだから良いけどさ。



「ところで皆さん、本日は観光ですかー?」

「それもあるけど、月明さんは居る? ハナミをしてるって聞いたけど」

「いらっしゃいますよー、こちらへドゾー」



案内された所に月明さんが一人で居た。

視線を高くしつつ、ゆっくりとマスというコップを傾けている。

ハナミって宴会だと聞いたけど、随分と静かなもんだね。



「月明さん、こんにちは」

「おぉ、娘御ではないか。ようこそヤポーネへ」

「傷の方はどう? アシュリー姉さんから薬を預かってきたの」

「いやはや、有り難いと同時に情けなくもあるのぅ。仮にも神を名乗るものが」



彼女は右腕を少し不自由そうに扱いながら、ポツリと呟いた。

それがなんとも寂しそうで、かける言葉が出てこない。



「それはさておき、今日は良い日に来られたもんじゃ。何も用意はしておらんが」

「ううん。この景色だけで十分だよ! すごいよねぇー」

「気に入ってもらえたか。年に一度のものじゃ、堪能していってくれ」



私は月明さんの隣に腰を降ろした。

そのまま背中を幹に預け、空を見上げてみる。

良く晴れた青空に、サクラの枝が重なり、風に揺れている。

そしてハラリハラリと、時々花びらが落ちてくるのだ。



「こんな花があるんだねぇ。力強くて、美しくて」

「我が国屈指の名物じゃ。ヤポーネの民は人生になぞられるほど、この花を愛しておるぞ」

「へぇ、どんな風に?」

「じっと耐えて時期を待ち、その日が来たら懸命に咲き誇り、最後は潔く散る。桜の季節になる度に、民は命の儚さを学ぶのじゃ」

「儚さ……かぁ」



どれほど強くても、どんなに美しくても、いつの日か消えていく。

風に舞う花びらが何処かへ連れ去られるように、魂も知らない世界へ運ばれていくんだろうか。

お父さんの事が自然と思い出された。



「そうだよね。いつの日かはお別れしなきゃいけないんだよね。お父さんと同じでさ」

「魔王殿の話か? あの方は付喪神になったのであろう?」

「ツクモガミって、なあに?」

「おう知らぬのか。付喪神とはな……」

「わぁぁああーー……」



その時、ケビンが視界から消えた。

あそこは花の神様が落ちたところだ。

きっとケビンも坂を転げ落ちてるに違いない。

私はすぐに立ち上がり、駆け出した。



「ケビン! 大丈夫?!」

「ぁぁあーー……」

「あらぁー、坊やは上手ですねぇー。いきなり得点ですかぁ」

「おおぅ、10点ッスか! 坊っちゃんすげぇッスよ!」

「もっかいやるー、お姉ちゃんもやるのー」

「良いッスよ、次は負けないんスから!」



遊びだったのかッ!

事情を知らない私からしたら、冷や汗ものだったよ。

次からは一声かけてもらおうか。


それからもケビンとテレジアは何度も坂を滑り落ちていった。

ちょっと危ないけど、楽しそうではある。



「フランはやらないの?」

「私を安く見ないでください。子供だましのようなお遊びなど、興味ありませんから」

「……背中にいっぱい花びら付いてるよ」

「これは違いますぅ。勝手に集まってきたんですぅ」



いつもに増して面倒なフランだな。

これは予想だけど、上手く滑れなかったとか。

点数の所まで行けなかったのかもしれない。

まぁ真相は何でも良いか、聞いても答えないだろうし。



「ママもやろうよー、たのしいよー」

「待って、引っ張らないでぇぇーー……」



ケビンが突然私の腕を引っ張った。

そのまま坂下りに突入だ。

転がりそうになるのを堪えて、何とかお尻から着地。

ケビンを膝に置いて滑っていく。

思っていたより速く、そして長い。

中々下まで降りる事ができなかった。



「ママー、これきれいでしょー?」



巻き上がる花びらが視界の中で踊る。

それが青空に良く映えた。

うん、確かに綺麗。

そんでもって……楽しい!


滑り終えると、私は円の中まで進めなかった。

『問題外』と書かれた文字が目に入る。



「あぁお嬢様。平気ッスか?」

「全然。ところでテレジアは試したの?」

「えぇ。先程まで何回か」

「何点だった?」

「ええと、5点ッス」

「花の神様は?」

「私も5点ですぅー」

「ママ! ボクはね、ボクはね、10てんだよ!」



笑顔で飛び付くケビンを撫でつつ、私は考えた。

自分だけが『問題外』だと。

ふぅん、そっかぁ。

私だけねぇ。



「もう一回やるよ! 次こそ点数取るからね!」

「ぼくもやるーッ!」

「あらぁシルヴィアさん、ハマりましたねぇー」

「お嬢様って、意外とアツくなるタイプなんスね。やる気十分じゃないッスか」



繰り返される滑走。

まくれ上がる裾。

こすれる背中。

我を忘れて遊んだのはいつぶりだろう。


私がようやく『5点』に届いた頃には、ケビンは『50点』を叩き出していた。

きょ、今日はこの辺で勘弁してやるか。


みんなで坂を登ってる所に、フランから声をかけられた。

その言葉を待つまでもなく、彼女が呆れかえってる事がよくわかった。



「何という時間の浪費。もっと有意義に過ごしたらどうです?」

「うん。十分に有意義だったよ」

「うまく伝わってないようですね。易しい言い方にかえましょうか?」

「大丈夫だよ、ちゃんとわかってる」



バカにしないでくださる?

これでも森の家で勉強したんだからね。

成績はまぁ、ボチボチだったけどさ。



「ではお尋ねしましょう。そうやって泥まみれになる事の、何が有意義であるかを」

「思い出作りだよ。これだけ楽しめば忘れないもの」

「はぁ。思い出にどれほどの意味がありますか」

「人や物って、いつかは無くなるでしょ。でも記憶は忘れない限り消えないじゃない。今日の事だって、サクラを見る度に思い出すだろうしね。いつの日か私が死んだとして、ケビンは記憶の中の私と会えるんだよ。だからこれは無駄じゃない。大事なことなの」

「……短命な種族の考えることはわかりません」

「そうね、あなたに比べたら短いよね。でも精一杯やるよ! 楽しいことも、辛いこともね」



ーーサァァアッ。


坂の下から風が吹き上がってきた。

煽られた花びらが空を舞う。

そのうちの一枚が、私の方にヒラヒラと降りて止まった。

それだけで私の心は暖かくなるのだった。

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