2ー55 アリーナ席
まおダラ the 2nd
第55話 アリーナ席
「行けッ そこだ! やっちまえ!」
戦場の空の上。
観戦するには絶好のロケーションだ。
こんな近場から眺めるなんて、初めての経験だった。
きっと前人未踏の世界だろうな。
「ねぇ……」
「おおスゲェ! 目にも止まらぬ早さの連撃!」
ひときわ図体のでかい男が、一人相手に完全に翻弄されている。
まさに手も足も出ないってヤツだ。
苦し紛れに出た大振りの斧も見切られていて、掠りもせずに避けられる。
そして、結果はその瞬間に明らかとなった。
「よっしゃぁあー! 大将首もろたでぇーッ」
「ねぇ、聞いてよ」
「かなりの遣い手だとは思ってたが、まさか倍近い体格のヤツを物ともしないとはなぁ。さすがシルヴィアは可愛い! 強い! 勇ましい!」
「アルフってば!」
なんだようるせぇ。
特等席での保護者参観に水を差すなよ、モコこの野郎。
皮をひん剥いて楽器にするぞオウ?
「なんで君は成仏しないかなぁ? どうして浮き世に居座るかなぁ?」
「いや知らねえよ。こっちだって生まれ変わる気満々だったんだぞ」
あれはオレが死んだときの事。
モコと最後の時間を過ごした後、光にビャーッて包まれた。
目を瞑って身を委ねてたら、パァンってなってポインと弾かれた。
それから気がつくと、豊穣の森に居たっつう話だ。
オレに落ち度はないのに責められるだなんて心外だっての。
「前に話したろ、ポイィンってされたんだよ」
「その時の説明では、ポウゥーンと言ってたよ」
「うるせぇ。論点はそこじゃねえだろ」
「……そうだね。まぁ、失敗した理由に見当はついてるけど」
そこで止めて、ポリポリと首を掻きやがる。
最後まで言えよ、気になって不眠症になっちまうだろ?
まぁ、寝る必要なんか無いんだがな。
「知ってることは全部吐け、洗いざらい出しちまえよ」
「ええとね、君のマナとラナが……」
「おっと、それ系の話は勘弁な。もういいぞ」
コイツは隙あらば『ラナマナ』とうるさい。
そんなに博学さをひけらかしたいと?
普段ならここで話は止まるが、今回はそうならなかった。
収まりのつかないモコが、苛立ったような声で耳元で叫ぶ。
まぁ耳なんかないけどさ。
「大事な話だから聞いて! 死者は本来あらゆる力を失うものなの」
「うん」
「ここでいう力とは2種類。マナは肉体依存の魔力、ラナは精神依存の魔力ね。君は体がないからマナは当然ゼロ」
「うん、うん。ギリギリ理解できてる」
「もう少しだけ頑張って! それでラナの方だけど、何故か生前と保有量が変わってないんだ」
「ふぅん。それの何が悪いんだ?」
「悪い、というか異常なんだよ」
そこまで言って口を濁す。
なんでも知ってそうに見えて、意外と穴だらけだよな。
「んでよ、問題は何だ」
「このままだと君は転生できない。魔力がある状態じゃ、異物だと判断されて弾かれちゃうよ」
「じゃあどうすんの。適当に魔法でも打てってのか?」
「うん。それで良いと思うよ」
「ちょっと待て、魔法使えんの?!」
「もちろん、ラナ依存のものに限定されるけど」
おいおい、冗談で言ったのに肯定されたぞ?
つうことは……今回の戦争にも介入できるじゃねえか!
魔力砲の一発でグランを全滅させる事も簡単だ。
父親から娘への最後のプレゼントが贈れるってもんだ。
オレが死んでから騒ぎだした連中が憎いってのもあるしな。
ド派手なヤツをドォーンとやっちまいますか!
「その代わり、攻撃はダメね。特に命を奪うほどの強力なヤツは厳禁だよ」
「ハァッ? なんでだよ!」
「殺した相手の怨念が君に乗り移るから。本来なら肉体が精神を守るけど、もはやそれが無いからね。きっと数人手にかけただけで、君は悪霊に成り下がるだろうさ」
「おっかねぇ……。悪霊になったらどうなる?」
「誰彼構わず襲うようになるよ。見知らぬ人から想い人まで」
「オッケー、無し! オレは平和主義者だからな!」
「頼むよ本当に。悪霊化しちゃったら、転生どころじゃ無くなるからさ」
ドカンと大花火を打ち上げる案は、満場一致で否決。
そもそも殺しは禁止とのこと。
こんな状況下で、娘にしてやれることは何か。
オレは眼下の喧騒を余所に、延々と思考を巡らせた。
「あぁ……今回の君はなんて面倒なんだろう。まさか死んでまで手を焼かされるなんてさ」
「恨み言をぶつけるのはお門違いだぞ。オレは流れに身を任せつつ、懸命に生きただけなんだからな」
「加護の組み合わせが問題なのか、それとも変異体というやつなのか。僕が研究者なら涙して喜んでる所だろうね」
「じゃあじっくり観察しててくれよ。その変異体とやらを間近でな」
「そうするよ。君のようなヘンィタイは見てて飽きないもの」
「おい、今なんで『異』だけ小声になった? 焼き殺すぞ」
ンフーッという、モコのいつもの溜め息が頬にかかる。
至近距離でやられると不快感が倍増するな、クソが。
ーーーーーーーー
ーーーー
夜の陣屋の空気が重たい。
今日の戦いが終わり、私たちは作戦会議している最中だった。
結果が思わしくないようで、アーデンさんは不機嫌さを隠そうとすらしていない。
「死者32名、戦闘不能が26名、軽傷者110余名。前衛だけの衝突にしてはまずまずの結果でしょうな」
「おいクライス。それは冗談だよな? 裏を返せば、満足に動ける槍兵が300ちょいしか居ねぇって事だぞ」
「グランにも少なくない損害を与えています。戦果は五分でしょう」
「それじゃあダメなんだよ! オレらの方が数はずっと少ねぇんだ。倍の結果くらい出してなきゃ負けなんだ!」
アーデンさんの拳で机が揺れる。
その怒りを宥めるような報せは、今のところ無さそうだ。
「レジスタリアの真の力は幅の広さです。明日からは我らが強みである、魔法戦に傾倒したいですな」
「でも、魔法は効果が無かったじゃない。何か良い案でもあるの?」
「リタ殿。私やアーデンは槍並べ、矢を射かける事には詳しくとも、魔法に関しては無知蒙昧です。故に、あなた方から提案いただきたい」
「結局は丸投げじゃないですか。無責任すぎません?」
「いえいえ。最終的な作戦の立案は我らがやりますので。原案のようなものと考えていただければ」
「何でですかねぇ。釈然としないのは」
「まぁそう仰らずに。魔王軍とレジスタリア軍は一蓮托生なのですから」
アシュリー姉さんの不満は何となくわかる。
クライスおじさんのふてぶてしさが癪に触るんだろう。
それなりに筋が通ってる当たりがまたイラッとくるのかもしれない。
「ともかく、早いところ話をまとめましょ。まずは魔法防御についてね」
「後方に魔法兵が居ましたけど、リタの魔法を防ぐには少人数すぎましたよね」
「大水晶とか、強化アイテムを持ち込んでるんじゃない?」
「もしかしてだけど、それが真水晶だっていう可能性は?」
「無いと思うわ。それだけの品が手元にあるなら、防御に徹するのは不自然よ」
「私もそう思います。真水晶は生半可な力じゃないですからね」
姉さんたちの見解は一致しているみたいだ。
嫌な予感が付きまとうけども、今は信じるしかなさそうだ。
私自身が魔法に疎い訳だし。
「魔法だけで、というか私の隊だけで成果を残すのよね? アシュリーは防御要員だから」
「一応テレジアも魔法を使えるよ?」
「いや、まぁ、そうッスけども。狐人様の力でダメなら、アタシごときが加わっても……」
「力の上乗せをしても望み薄かしら。もっと根本的に変えないと、今日の二の舞になるわよ」
「根本的にかぁ」
「リタは精神魔法も使えましたよね。そっちならどうです?」
「たぶん結末は一緒ね。そもそも士気の高い敵には効きにくいし」
みんな厳しい顔をしながら俯いてしまった。
打開策どころか、別の戦法すら出てこない。
私はというと、知識がないものだから、口数そのものが減っていると思う。
というより、疑問点が気になって頭が回らなかった。
このタイミングでちょっとだけ聞いてみようかな。
「ねぇ、リタ姉さん。魔法防御と魔力コートって同じものなの?」
「ううん、別物よ。物理、魔法、魔法薬。相手の攻撃方法に応じて使い分けるのよ」
「今日の敵も魔力コートしてた?」
「たぶん、やってないと思うわ。私たちって魔法薬を使って戦ったことないから、対策もしてないだろうし」
「シルヴィ、その気づきは素晴らしい! そっか、魔法薬を使えば良かったんですね」
「アシュリー、何かアイディアでもあるの?」
「ありますあります。急ぎ調合するんで、みなさんは材料集めをお願いしますね。クライスさん、元気な人たちを駆り出してください」
「わかりました。弓隊から選出するとします」
「さぁさぁ、これから忙しくなりますよー?」
アシュリー姉さんの顔はイタズラッ子のように、或いは悪巧みをしてるかのように歪んだ。
いったい何を思い付いたのやら。
「アシュリー、私たちは具体的にどうしたらいいの?」
「ええと、薬品に必要な野草とか集めてください。忘れ草、即死草、食っちゃいけねぇ草、デロデロ樹液、カブレルきのこ……」
アシュリー姉さんが特徴を紙に書き出していく。
みんなは食い入るようにそれを見た。
そして、担当の振り分け作業が始まる。
陣屋の中の重苦しさは、いつの間にか消えていた。