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3話「合わせたい歩調に、持ち得る強さを。」

 


 ――どちらへ行かれるのですか?

 そんな、簡単な問いさえ投げかけてこない。セレネは沈黙を守り通し、私の三歩後ろを着いて歩くばかり。メイドとしては正しいけれど、私は居心地が悪くて仕方がなかった。

 だから、特別話題があるわけでもないのに、つい口を開いてしまう。

「悪いわね。帰るまで私と一緒に行動してもらうことになって」

「ずっと着いて回るのが、正しい在り方ですから」

 やっぱり、私といるのは嫌だったりするのかしら。肯定されるのは怖いし、そうでなくても気に病ませてしまいそうで、とても訊けない。

 ミスティなら、もっと上手く話せるのだろう。そんな弱気が頭をよぎる。

 ……ダメね。さっきからずっとこんな調子で。

 それを払拭する場所に、今から行くのだけれど。

 私達は棟の外へ出て、広い演習場へと歩みを進める。遮られることのない日射しは、ずっと室内にいた私を心地よくあたためてくれる。こっそり盗み見たところ、セレネの髪は陽光を反射してキラキラと輝いていた。

 演習場では騎士達が剣術の型の訓練中。型なんてしばらくやっていないけれど、思い出そうとすると意外と身体は覚えていて、染み付いた感覚に小さく笑った。

 教官役の男性騎士の一人が、私に気づく。手を上げて返答。彼はこちらに駆け寄ってきた。

「お疲れ様であります!」

 四十を過ぎても衰えない筋力。高い背丈に、広い肩幅。ハキハキとした口調に、模範的な敬礼。ミスティに「仕事中は堅苦しい」と評される私をもってして、なお「堅苦しい」と思わせる大男。

 前線に出る部隊全般の訓練、管理――いわば前線部隊におけるミスティの役割だ――を行ってくれている、ドネル・ヘルバイマンだ。

「訓練中なのに邪魔してごめんなさい」

「いえ! 急務でありますか!」

「ちょっと声が大きいわ」

「む、失礼しました」

 セレネが大声に驚き、巨躯と圧迫感に引いている。悪い人ではないし、むしろ真面目すぎるくらいなのだけれど、初対面で誤解されて怖がられやすいのは少し哀れね。

 気を取り直し、用件を伝える。

「新人達、どうかしら」

 大男は「よくぞ訊いてくれた」とばかり、にやりと口角を上げる。

「今年は豊作と言えますな。血気に溢れ、やる気に溢れ、野心にも溢れたものが例年より多いようで。内乱が起きようと、他国との戦が始まろうと、臆病風に吹かれることはないでしょうな」

「縁起でもないこと言わないでちょうだい。騎士の出番なんかない方がいいに決まってるのよ」

「む。確かにその通りですな」

 いずれにしても、戦力としては期待出来そう、と。まだ一ヵ月も経っていないとはいえ毎日見ているのだから、彼の言葉を信じましょう。

 それに、血気盛んなのは今の私にとって非常に都合がいい。その為に来たのだから。

「じゃあ、私を紹介してもらえる? 顔を出すのが遅くなってしまったけれど」

「団長が視察に来られるのは、今年度に入ってから初めてでしたか。そうですな。ぜひともその麗しいお姿を披露して下され」

「あなた、それ私以外に言ったらセクハラよ」

 親子ほど歳の差があるのだから気を付けて欲しい。悪気がないのはわかっているから、忠告程度にとどめておくけれど。

「以後、気を付けるであります。……ところでそちらの方は?」

「あぁ、今日雇われた私の専属メイドのセレネよ。邪魔はさせないから許してちょうだい」

 適当に紹介を済ませ、訓練中の騎士達の下へ。

 ドネルがその大声を遺憾なく轟かせる。

「しゅうごーーう!」

 たった一言で、新人ベテランを問わず、訓練中だった騎士が一斉に集まってくる。まさに鶴の一声。

 壮観だけれど、戦になったらこれに殺気が混ざって迫りくるのかと思うと、これに相対する者の恐怖心はいかばかりか。

 彼らは十数秒とかからず集合と整列を完了した。集をかけたドネルは一歩引いて私に発言権を譲り、先ほどから空気に圧倒されっぱなしのセレネは、そのさらに数歩後ろで佇んでいた。

 最後尾まで通るよう、少し声を張る。

「訓練を中断させてごめんなさい。ここにいる多くは私を知っているでしょうけど、今年入団した騎士達にも顔を知っておいてもらおうと思ってね」

 沈黙の中から、いくつか妙な視線を感じる。刺さるような視線に不快感はないから、おそらくドネルが言う「野心に溢れた者」なのだろう。

「ローリス王国騎士団長、エリカ・フランベルよ。私から指示を出す機会もいずれあるでしょう。把握しておいてちょうだい」

 一斉に敬礼。誰一人として、遅れも乱れもない。背後でセレネが息を呑む音だけが聞こえた。

「さて、今年入団した新入り達……その中で、私の席を狙っている者はいるかしら?」

『……』

 にわかに、気配がざわついた。

「もちろん、騎士になったのには様々な理由があるでしょう。それは自由よ。ただ、現時点で団長になりたいと、王国騎士の頂点に立ちたいと考えている者はいるのか。何も悪いことはないし、正直に言ってくれて構わないわ」

 返答は、思っていた以上に早かった。

 最前列に立っていた一人の新人騎士が、一歩を前に出る。私と同じくらいの歳の彼は、私を威嚇するように睨みつけ、低く唸る。……緊張感のない表現をするなら、髪型も含めてライオンみたいな子ね。

「騎士ってのは身体張って誰かを守る仕事だ。昔みてえに金持ちさんの警護だけじゃねえ。時には人間を殺しもする。市民の安全も、戦争の道具も俺達自身だ。……そのトップがアンタみたいな若い女に務まるとは、到底思えねえ」

「貴様! 団長に対し不敬であるぞ!」

「いいのよ。私が訊いたのだから。……彼だけではないでしょう? 私が団長を名乗ることに不満を覚えているのは」

 新人達は周囲と顔を見合わせ、その内の三人がゆっくりと前に出た。実際には彼らだけでなく、疑問を得た者はいるようだけれど。この場で私を打ち倒そうと思ったのはこの四人。

 楽しくなりそうじゃない――!

 期待と興奮を抑え込みながらも、笑みにわずかばかり滲んだのは仕方のないことだ。

「私に勝てたら、団長の座を譲ってあげてもいいわ」

『は……?』

 その場にいた全員が、呆気に取られたような声を上げた。意味がわからない、という顔をしていない者は誰一人としていない。

 私は肩を回し、準備運動とストレッチに入りながら再度繰り返す。

「だから、今ここで私に勝てたら団長にしてあげるって言うのよ」

 私の突飛な発言に特に慌てたのは、ドネルとセレネだった。

「何を仰るのですか団長! 正気ですか!」

「そ、そうですエリカ様! 負けたらどうするおつもりですか!」

「負けたら私は団長じゃなくなるのよ。何度も言わせないで」

 断言。あの人との再会を果たして、団長になった姿は見せた。だからもう、私がこの地位にしがみつく理由なんて何もない。

 第一、安全な場所から指示をするとか、書類にサインをするなんて根暗な仕事より、外で身体を動かしてる方が好きなのよ、私は。

「それに、新入りに負けるような団長は私が許せないわ」

 言いながら、髪を束ねようと手をかけると、セレネが金色の髪を揺らしながら急いで駆け寄ってくる。

「エリカ様。髪はわたしが」

「え? いえ、別に自分でやるわよ」

「そう、ですか……かしこまりました」

 断られたセレネは肩を落とし、露骨に落ち込んでいた。すごすごと引き下がる背中が哀愁に満ちている。そんなに大事なことだったのかしら? 私の髪が触りたかったとか?

 と、私はそこで思い至る。

 彼女はメイド。つまり、私の世話をするのが仕事だ。健気で真面目そうな彼女のことだ。断られたことで、存在意義を否定されたように感じたのかもしれない。無論私はいつもの癖で、自分のことは自分でやる、くらいにしか思っていなかったのだけれど。

 呼び止める。

「セレネ。やっぱりあなたにお願いするわ」

「っ、はい!」

 その笑顔は、心から嬉しそうで。心臓が一瞬止まったかと思った。

 生真面目なドネルが新人達にもストレッチをさせる中、私のメイドは上機嫌な様子で髪を結う。あの人が触っているのだと思うと、撫でられる髪と心がこそばゆい。

 私は、静かに問うた。

「ねぇ、セレネ」

「なんでしょう?」

「……私のこと、嫌いではないの?」

 躊躇った私に対し、彼女は即答。

「嫌いではありません」

「それはあなたが私の所有物だと考えているから? だから、仕方なくそう答えているの?」

 言ってから、胸が痛くなるほど後悔した。悪質で、意地の悪い問いかけだ。自分で思っている以上に、私は彼女に対して大きな不安を抱えているのかもしれない。

 けれど、セレネは言った。

「正直に申し上げますと、先ほどまで、怖い方だと思っていました。ですが、今はそうは思いません」

「どうして? また癇癪を起こして暴力を振るうかもしれないじゃない」

 気になる。不安になる。本音を隠して、気丈に振る舞っているんじゃないかって。だから、疑うように何度も何度も訊いてしまう。

 身体は強くなったけれど、私の心はまだ、弱いままだ。

「それは……少し怖いですけど。でも、ミスティ様と話されるエリカ様を見て、悪い人でないことはわかりましたから」

 あんなことをしてしまったのに。出会いは最悪の形だったのに、そう言ってくれる。私のことを、わかろうとしてくれる。

 人の後ろを歩くようになったけれど、彼女の心はまだ、強いままだ。

「……そう」

 嫌いじゃない。無闇に怖くはない。それは所詮、マイナスがゼロになっただけのこと。プラスに持っていく、その下地が出来ただけ。

 私はこれから、少しずつ彼女と信頼関係を築かなければならない。おそらくこの先、ずっと一緒にいることになるのだから。……一緒にいたいから。

 髪はずいぶんと高い位置で括られた。真っ当なポニーテールなんていつ以来だろう。

「セレネ」

「はい」

 上手く話せない私だけど。せめて、思っていることくらいは素直に。

「ここで勝って、仕事を終えて、家に帰ったら。きちんと話しましょう。私が思っていること。あなたの出来ること。これからの私達の関係のこと。全部」

 あの日と同じ瞳と、まっすぐに向き合う。同じはずなのに、何もかもが変わってしまった、憧れの瞳と。

 と、こっちは真面目な話をしているのに、彼女は何故かくすくすと笑い出した。目の前で吹き出すように笑われると、頬が熱くなる。

「な、なによ。恥ずかしいじゃない」

「ふふっ。なんだか、これから死地に赴くみたいな言い方でしたから」

「まさか。私は勝つわ」

 あなたが見ているんだもの。負けるわけにはいかない。

 主従とか、所有物とか、そんな関係じゃなくて、私はあなたと対等な関係になりたい。そう、そうよ。ずっとそう望んできた。それだけを見てここまで走ってきた。いつの間にか追い越していて、危なくコースアウトしてしまうところだったけど。また出会えたのだから、ここからゆっくり、彼女と歩いていけばいい。

 彼女が変わってしまったのなら、変わることの出来た私が、守ればいい。

 その強さを脅かそうとする有象無象を、顧みる。

「さて、準備はいいかしら? 少し機嫌がいいから……四人まとめて相手してあげるわ!」

 ――結論から言うと。

 情けないことに、彼らは私に一太刀を入れることさえ叶わなかった。私の地位と体裁は保たれたけれど、これはこれで、心配なことだ。




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