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2話「修復しがたい関係に、一筋の光明を。」

 


「ほよ? 団長だ」

「来てと言ったのはあなたよミスティ」

 昼食を摂り、午後一番にミスティの下へ。午前中に片付かなかった書類は今夜、睡眠時間を犠牲にして終わらせるしかない。

 医療部隊は戦いの時にも最後方に配置される部隊。戦闘技能の訓練は重点的には行わず、医療知識を学び、時には実際に負傷した騎士の治療を行うことが基本的な訓練になる。ゆえに訓練で外に出ることは少ない。

 とはいえ実際の戦場では負傷者を運ぶ、時には駆け回るなど、ある程度筋力やスタミナも求められる為、完全に屋内訓練のみというわけでもないけれど。

 ミスティは近くにいた騎士に一声かけ、私達を連れて部屋の外へ出た。

「来てくれてありがと。お客さんも連れて来たんだ?」

 お客さんというのはもちろん、セレネのこと。彼女は深いお辞儀を見せる。一応主人として、紹介するのは私の仕事だ。主人が口を開く前に従者が口を開くなど、緊急時でもなければ許されることではない。

 もっとも、私はそこまで厳格にしようなんて思っていない。当然よ。変わってしまったとはいえ、あの日の憧れの人本人なんだもの。

「お父様が勝手に雇った専属メイドのセレネよ。十八歳からは専属の従者を一人つけるなんて独自ルール、すっかり忘れてたわ」

「セレネ・ローランドと申します」

 形式ばった堅苦しい挨拶をするセレネとは対照的に、ミスティは軽い調子。

「ボクはローリス王国騎士団の副団長、ミスティ・ライライラ。よろしくね」

「はい。ミスティ様」

「あは、いいよボクにはかしこまらなくて。エリカは堅苦しくて息が詰まっちゃうもん。ボクくらいはね」

「えっ、と……?」

 ごく自然な動作で手を。初対面の人に、普通に握手を求めていた。副団長という肩書きを持っているとはとても思えない軽薄さのミスティに戸惑いながらも、セレネは差し出された手を握る。

 実に嬉しそうに、ミスティは八重歯を覗かせて笑った。

「えへ、その内エリカ抜きで遊びに行こうね」

「い、いえ、そういうわけには……」

「すぐじゃないよ、もっと仲良くなったらね」

 そういうことではないと思うのだけれど。

 ミスティはこういう、気に入った相手にはすぐ、素直に好意を示す傾向がある。私の時もそうだった。

 入ったばかりの頃の私は周りを全部敵だと考えていて、騎士団内で孤立していた。けれどミスティだけはそんな私に話しかけてきて。結局、私と周囲とを繋いでくれていたのはミスティだ。

 弱っている気持ちを敏感に察知して元気づけるとか、そういうことが自然に出来る子。気持ちの使い方や、人との接し方が上手いのだ。騎士というよりアイドル的だけれど、確かに魅力的な子だと思う。

「エリカは意地悪だからね、いじめられたらボクにすぐ言うんだよ?」

「は、はぁ……」

 セレネがちらと私を見たのを私は見逃さなかった。雇われていきなりあんなことをされたのだから、怖がっていて当然。心の距離で言えば、圧倒的にミスティの方に傾いている。

 私に対して嫌なことがあれば、迷わずミスティを頼ってちょうだい。そう、心の中でこっそり祈った。

「それで、医療部隊の何が問題だと言うの?」

「あぁ、うんとね」

 こほんとそれっぽい咳払いを一つ。

「こっそり覗いてみてよ」

 訝りながらも、扉の隙間から部屋の様子を窺う。

 今は座学の時間だったのか、新人達は机に向かっている。しかし誰も勉強をする気がないようで、小声ながらも雑談に興じているようだった。咎めるべき立場の先輩騎士でさえ、同じように私語に参加している。

 扉をそっと閉め、一言。

「これはどういうことかしら?」

「普段はこうじゃないんだよ? ただ今は、ボクが席を外してるから……」

「……詳しく話してちょうだい」

 扉の向こうに声が漏れないよう、小声で説明し始めた。

「ほら、この春でフェリシア教官が退役したでしょ?」

「ええ。医療部隊の管理を一手に担ってくれていた、偉大な方だったわ」

 フェリシアは七十歳を超える大ベテランで、ずっと新人教育と新しい医療知識の仕入れとを担当していたけれど、今年退役した。

 本人のやる気はあったのだけれど、身体の方が限界だったようだし、周囲から「残りの時間は自分の為、穏やかに使って欲しい」という強い希望もあって、長きに渡る功績を称える勲章を賜った後、無事に職務を終えたのだ。

「うん。ボクも尊敬してる。……でもね、あの人は偉大すぎたんだ。とてもじゃないけど、あの人のしていたことを代わるには、ボクじゃ力不足だよ」

「あなた後方支援部隊ほとんど全部兼任だものね」

 自分で言っていて、おかしな話だと思う。副団長の有能さに誰よりも頼りきっているのは、他ならぬ私なのかもしれない。

「他は全部やっても構わないよ。団長もかなり受け持ってくれてるし。でもあの人の執務だけは独特すぎて理解出来ないよ。情報量が多すぎる上に研究が進んでどんどん入れ換わるのに、教育方針とかが全然体系化されてない。メモの一つもない。フェリシア教官はそれで出来てたんだろうけどさ、そんなのあの人にしか無理だよ」

 それは実際に目にしていないからわからないけれど、ミスティが無理と言うなら無理なんでしょう。

 つまり、今回の問題に関する結論は。

「フェリシア教官に代わる、医療部隊専属の教官が必要と、そういうことね?」

「そういうこと」

 そもそも、指揮官教育というもの自体が存在していない。私もミスティも、今まで騎士団内で地位を得た人はほぼ全員がそうだろうけれど、兵卒としての騎士からそのまま上がっている。

 けれど、物を教える、管理するというのは、兵卒としての仕事がこなせることとはまた別の技能が必要になると私は考えている。事実、団長が書類仕事ばかりになるなんて想像もしていなくて私も戸惑ったもの。

 ただ、今のシステムを否定し、壊すのであれば、新しいシステムを提案することが必要になる。それは当然、咄嗟に思いつくようなものではなくて、今は現状を打開しておきたい。これではミスティが倒れてしまうだけで崩壊だ。

「代わりの誰かを探しておくわ。あるいは、あなたが受け持っている仕事を他に割り振って、医療部隊をあなたに任せるかもしれないけれど」

「んー、まぁそれでもいいや。それだけに集中出来るなら、一からボクなりにカスタムすればいいし。エリカに任せるよ」

 今年の入団希望者の人数は多かったし、人事は問題ないと思っていたけれど……どうやら認識を改める必要があるみたいね。一から洗い出したら、他にも多くの問題が発覚しそうな気がする。

 ……ただ、そういう情報をまとめるのもミスティにお願いすることになるのは心苦しいけれど。

 思わず、ため息が漏れた。

「はぁ……ダメね、優秀な人がいると無意識に頼りすぎて」

「フェリシア教官のこと? まーねー。気持ちはわかるよ。難問があっても解決してくれそうで、つい最初に声かけちゃうんだよねー」

「……あなた、変なところで鈍いのだけは治した方がいいわ」

「ほえ? どういうこと?」

 すると、くすくすと笑う声がした。私とミスティは笑い声の主、セレネに視線を向ける。

 注目を浴びた彼女は赤くなり、肩をすくめて縮こまる。

「も、申し訳ございません……エリカ様にもミスティ様にも大変な失礼を……」

 恥ずかしいだけでなく、失礼に当たったと思ったらしい。別に私は気にしないどころか、もう少し気楽にして欲しいと考えているし、それはミスティだって同じ考えだと思う。

「いえ、別にいいわよそれくらい」

「だいじょうぶ。エリカは意地悪だけど、基本的に優しいから。ちょっとくらい失礼でも許してくれるもん」

 あなたはもう少し私を敬ってもいいと思うわ。……とは言わなかった。

 セレネは驚いた顔で私達を交互に見た。

「……」

 こういう時、セレネになんと声をかけ、どんな接し方をするのが正解なのか。どうしたら気を張らずにいてくれるのか。それが私にはわからない。

 なのに、その答えをあっさりと出すのがミスティ・ライライラという人物。もうすっかり打ち解けた間柄みたいに、にこやかに問う。

「で、セレネはなんで笑ってたの?」

「えっと……その……」

 やはり、私を目端に捉える。先ほどのことで深く傷ついて怖がっているのか、職業柄そうするべきだと教え込まれたのかは知らない。知らないけれど。

 不要だと言われても逐一私の顔色を窺うその態度は、仲良くしたいのはミスティとだけで、私のことは邪魔だとでも言うかのようだった。

 ……正直、面白くない。私は、ずっとあなたのことを想って来たのに。

(っ、いけない。それが原因で傷つけたばかりじゃないの。関係はリセットされてる。昔のことは忘れなきゃいけないのよ)

 被害妄想と邪な感情を振り切り、主人として許可を出す。今はそれが最善の対応だ。

「ミスティの言う通りよ。あなたは少し遠慮がすぎるわ」

「……で、では言わせていただきます」

 まだ固いと思ったけれど、そんな野暮は言わない。

「お二人は、とても仲がよろしいのですね。お互いのことをよくわかってらっしゃるみたいですし」

 ミスティが対応するかと思って黙って聞き流そうとしたけれど、何故か「えへへー」と笑うだけで何も言わない。少し不自然な態度を妙に思いながらも、口を開く気はなさそうだから、代わりに私が対応する。

「同期なのよ。もう四年近くになるかしら」

「ではお二人とも、たった四年で団長と副団長に?」

「そういうことになるわね。就任したのは去年だけれど」

 口元を押さえ、上品に驚いて見せるセレネ。ある意味一番直接的に褒められたからか、ミスティも満足そうに照れ笑いしていた。

 とはいえ、彼女の反応は概ね正しい。たった三年、それも十六という若さで団長を務めるなど尋常な速度ではないし、どうやら前例もないらしい。

 五歳の頃からこの地位を目指していた私と違って、ミスティは最初副団長を辞退しようとしていたし、最初から興味なんてなかったと言っていた。化け物じみた天才性だと思う。

「すごい……お二人とも、本当にすごい方なのですね」

 セレネは私達を通してどこか遠くを見ながら、遠い世界のことのように、そう呟いた。

「……うん。エリカはね、すごいんだよ」

「ミスティ?」

 突然、優しげな声で話し出す。いつもの調子はどこに置いてきてしまったのか。

「どうしたのよ急に真面目な声出して。熱でもあるの?」

「ちっがうよ! ボクだって真面目に話すことくらいありますぅー!」

「具合が悪いんじゃないのね。ごめんなさい。続けて」

「もう……こほん」

 咳払い未満の何かで仕切り直し。

「エリカはずっと頑張ってる。入った時から団長になるんだって言って、周りの人をみんなライバル視してたんだよ」

 何を言い出すのかと思えば、さっき私自身思い出していた、昔の話だった。

 黒歴史的なところはあるし恥ずかしいけれど、セレネは真剣に耳を傾けているようだし、止めることはしなかった。

「どうしてだと思う?」

「えっ……あ、もしかして……?」

 あの日の約束を思い出した風ではなかったけれど、彼女は鋭かった。さっき私が言ったことを覚えていて、それがきちんと彼女の中で繋がっている。

 私が騎士団長になりたかったのは、強くなりたかったのは、セレネと肩を並べたかったから。憧れたあの人に、少しでも近づきたかったから。

「ずっと一人の人を想って十年以上も頑張るなんて、誰にでも出来ることじゃない。でもエリカはそれをまるで苦にしなかった。それくらい大事だったんだよ。セレネのこと」

 その通りなのだけれど、確かにその通りなのだけれど。見逃せない大きな違和感に、待ったをかける。

「ちょっと待ってちょうだい。彼女のことを目標にしてきたなんて、私は言っていないのだけれど」

「え? うん」

 あざとく小首を傾げるミスティ。そして、さも当然と言わんばかりに言い放った。

「でも見てたらわかるよ。エリカ、ずっと見えない誰かの背中を追っかけてるみたいだったし、今日はセレネの方ばっか見てる。なんか嬉しそうだし。つまり、そういうことでしょ?」

「なっ……!」

 無意識だった。面と向かって指摘されると、熱を持った羞恥が胸を打つ。

 冷静さを欠いていることは自覚出来たけれど、それを取り戻すことは叶わなかった。まるでミスティみたいな所作でそっぽを向く。

「だ、大体さっきからエリカエリカって呼びすぎよ。団長と呼びなさいって言っているでしょう」

「あ、話逸らした」

「うるさい。問題点は見えてきたから、もうここに用はないわ。行くわよセレネ」

「あ……はいっ」

 セレネは早足で歩き出した私の後を慌てて着いてくる。ミスティにお辞儀を欠かさなかったのが印象的だった。

 すたすたと歩きながら、爪を噛む。

 ……仕方ないじゃない。互いの姿も関係も、何もかもが変わってしまって、それでもなお、気になるのだから。

「……はぁ」

 胸の奥に溜まる熱は、ため息に乗せて吐き出した。




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