起2ー③
高木は最後の説明を終えると、二人に向かって言った。
「それじゃあ、今日はこれで終わり。二人ともご苦労さん。見学はどうだった?」
「とても楽しかったです。さらに超電導に興味を持ちました。」
「そうか。京介は?」
「僕も楽しかったです。ありがとうございました。」
「うん、楽しんでもらえたなら結構。またいつでも来てくれよ。」
見学を終えると、二人は一緒に本館へ向かった。その途中、京介は沙希と不思議な出来事との関係を考えていた。まず沙希と目が合って例の親しさを覚え、次に見学中にその親しさが強まったのを感じ、直後に沙希と肩がぶつかってあの異変と「妖気」が発生した。それに未だ「妖気」は身体の中に残っている。これはつまり、沙希をきっかけとして一連の出来事が起こったと言えなくもない。
京介は色々と考えているうちに、沙希が何かを知っているように思い始めた。そこで、まだ誰にも詳しく話していない「妖気」のことを、思い切って沙希に話してみることにした。
「渡辺さん、これからおかしな話をするんだけど、冗談半分で聞いてくれる?」
京介が歩きながら沙希に尋ねると、沙希はどぎまぎした様子で京介を見た。
「う、うん。何?」
「実は最近、ある不思議な感覚を感じるようになったんだ。どういう感覚かは聞かないでね、うまく答えられないから。それで、その感覚っていうのは特定の場所でしか感じられなかったんだ。そこ以外の場所では全く無しだよ。でもね、今日渡辺さんと見学しているとき、突然その感覚を感じちゃったんだ。」
京介がここまで話したとき、落ち着かなかった沙希の表情が突然鋭くなった。そして京介に尋ねる。
「あのしゃがみ込んだとき?」
「そう。それでね、実は俺今日のお昼に食堂で渡辺さんと目が合ったんだよ。渡辺さんは気付いてた?」
その問いかけに沙希は恥ずかしそうに頷いた。それを見て京介も恥ずかしくなったが、話を先に進めた。
「そのときにね、これも理由は分からないんだけど、まるで親友に対して感じるような親しさを渡辺さんに感じたんだ。俺たち今まで一度も話したこと無かったのに、だよ。それで、見学の説明中にその親しさが強く感じられて、直後に渡辺さんと肩がぶつかった。そのとき激しい頭痛や動機とともに不思議な感覚を感じたんだ。今もその感覚だけは身体に残ってる。だから、渡辺さんが無関係とはどうしても思えなくて、その感覚のことを話してみた。」
京介が話し終えたとき、沙希は顔を赤らめて言った。
「じ、実は、目が合ったとき私も親しさのようなものを感じた。」
その言葉に京介は目を見開いた。
「そうだったの。それじゃあなおさら関係がありそうだ。実は俺、その感覚のことをいろいろ調べていてさ、よかったら渡辺さんにも協力してもらいたいんだけど、良いかな?」
「もちろん。」
沙希は二つ返事で引き受けた。
「ありがとう、渡辺さん。」
京介がお礼を言うと、沙希は身体をもぞもぞと動かし始めた。そして言いにくそうな様子で口を開く。
「さ、沙希でいい。渡辺さんって呼ばれるの、あまり好きじゃないから。」
「わかった。じゃあおれのことも苗字じゃなくて名前で呼んでね。」
沙希はそれに頷いて応えると、急に何かを思い出したように付け加えた。
「あと、このことは二人だけの秘密にした方が良いと思う。いきなりこんな話しをしても、誰も信じてくれないと思うし。」
「それもそうだな。」
京介はそれに承諾すると、新しい仲間を見つけた気分で構内を本館まで歩いた。
後日、京介と沙希は例の秘密基地に来ていた。
「この不思議な感覚、とかって毎回言うの面倒くさいから、適当に「妖気」って名前で呼ぶことにするけど…」
京介がそう言ったとき、沙希が突然話しに割り込んできた。
「何で「妖気」?すごく気になったから聞きたい。」
沙希の疑問を聞いて、京介は昔好きだった漫画から取って付けた経緯を話した。すると沙希は興奮気味に言った。
「その漫画って、魔界大戦争?」
「そうだよ。女の子なのに良く知ってるね。」
「私は兄の影響で、そ、そういうのに詳しくなった。だから性根が男っぽくなって、挙句の果てに研究者まで目指してしまった。いい迷惑。」
沙希はそう言って膨れていたが、京介は研究室見学中の沙希を思い返すと、本当は進みたくてその道を選んだのだろうなと思った。
「沙希は研究者に向いてると思うけど。」
京介が感じたことをそのまま伝えると、沙希はハァと溜め息を付いて言った
「私もそう思う。くやしいけど。ごめんなさい、話がだいぶそれてしまった。本題に戻ろう。」
「ああ。現在分かっていることとして、まずこの「妖気」は領域に分解して捉えることができる。大きな分類としては体内と体外で、体外がさらに皮膚感覚と外部に分解される。それぞれの領域で「妖気」の感じ方に特徴があるんだ。次に分かったこととして、その外部の感じ方は他人の視線みたいに感じられるんだけど、その見られている方向が識別できる。つまり、どの方角からの視線が強いかってことが分かるんだ。」
「要するに、「妖気」の感覚は体内、皮膚、外部の視線に分けられて、外部の視線に関しては、その方向も分かる。」
沙希は京介の話しを淡々と要約したのだが、その様子が京介には少し意外だった。もっと不思議に思われてもいい内容のはずだ。しかし京介はあまり気にせず話を続けた。
「そう。それで、沙希と一緒に見学したときに、ここでしか感じられなかった「妖気」を感じ始めた。感じた領域は体内と皮膚のみで、外部からの影響は特に無い。今は集中すればどこでも自由に体内と皮膚の「妖気」を感じることができる。」
「なるほど。他には?」
「その他だと、自由に「妖気」を感じられるようになったのは、おそらく沙希に対して感じたあの親しみが影響しているってことくらいかな。」
京介の話しを聞き終わると、沙希は驚いた顔を京介に向けた。
「いろいろと調べてて、すごい。」
「まあね。」
「ところで、ここにいなくても自由に「妖気」を感じられるなら、ここでの感じ方とここ以外での感じ方を比べてみれば、何か違いが分かるかも。」
「確かにそうだな。ちょっとそれを調べてみよう。」
それからというもの、二人は「妖気」の調査を進める一方、大学でもしばしば話しをするようになった。ある日、京介がお昼に食堂でくつろいでいると、その横に沙希がやって来た。
「今日は午後から授業?」
「うん。午後一から物性の授業が入ってる。」
「わ、私も。今回の課題は難しかった。」
「あれは難しすぎるよ。俺は途中でギブアップして、友達に教えてもらった。」
それを聞いて、沙希は幾分真面目な表情をした。
「自分でやらないと駄目。悩んで答えを出すから、思考が深まる。」
京介は突然の言葉にタジタジしながら言った。
「途中までは自力でやったから、それで勘弁して。」
京介と沙希がしばらく話していると、その近くを偶然知美が通りかかった。知美は沙希に気付かず京介に話しかけた。
「京ちゃん、あ、渡辺さんと一緒?」
「ああ、この前大野先生の研究室見学で一緒になったんだ。」
沙希は知美を見ると、急に立ち上がって頭を下げた。
「わ、渡辺沙希です。」
「長谷川知美です。こうして普通に話すのは初めてだね。」
沙希は二、三回大きく頷いた。知美はそんな沙希に笑顔を見せると、京介の方に向き直った。
「京ちゃん、ちょっといい?聞きたいことがあって。」
「ああ、いいよ。」
京介はそう言って席を立つと、沙希の方を向いて言った。
「それじゃ、また後でね。」
沙希は京介を見て再び大きく頷いた。二人が沙希のもとを離れると、不意に知美が話し始める。
「研究室見学ってこの前のやつだよね?そこで偶然一緒になるなんですごいね。」
「ああ、おれもびっくり。沙希は思ったより普通の人みたい。」
「えっ、沙希?渡辺さんのこと沙希って呼んでるの?」
「ああ。本人からそう呼んで欲しいって言われた。」
「ふーん。」
知美は遠くを見ながら呟いた。
京介と沙希は、その後もさらに「妖気」の調査を進めていった。そこで分かってきたことは、どうやら身体をまとっているぬるま湯みたいなものが、直接的に物質に作用することだ。「妖気」を感じている状態でぬるま湯が実体のある物に触れると、何かしらの作用がそれに起きるのだった。
自室のベッドに転がりながら、京介は一か月程の間に発見された「妖気」の特徴を振り返っていた。始めた当初はここまでのことがわかるとは思っていなかったので、京介としては驚きの結果だった。心地良い満足感に浸りながら、京介は眠りに落ちていった。