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起2ー①

 毎日やりたいほど情熱を注げるものがあると言う人が世の中に一定数いるようだが、京介はそう言う人のことを全く信じていなかった。彼らは自分の見たい部分しか見ておらず、偏った捉え方をしているだけだと思っていたのだが、京介はその考えを変えざるを得ない状態になっていた。というのも、京介は武司に例の「妖気」を調べると宣言して以来、時間があれば秘密基地に行き、ひたすら「妖気」と向き合っていたのだ。しかもそれをすることは苦ではなく、むしろ進んでやりたい気持ちが強かった。つまり、理由はよく分からないが、京介自身が彼らに近づいてしまったようだ。


 京介が行っている「妖気」調査のアプローチは大きく分けて二つだ。一つは感覚的なアプローチで、「妖気」の感覚はどういうもので、周りの環境により「妖気」の感じ方がどう変化するのか、また身体にどんな変化があるか、などを調べるものだ。もう一つは物質的なアプローチで、どのような物質が身体のどの部分に作用し、「妖気」が生じているか、また「妖気」とはそもそもどういう物質なのか、などを調べるものだ。京介は手っ取り早くできる感覚的なアプローチで調査を始めていて、その最初のステップが「妖気」の感覚はどういうものかを観察することだった。


 京介は大学の授業が終わった後、いつものように大学を出て秘密基地に向かった。すでに秘密基地に通い詰めて二週間が経っていて、自分でもよくこんなことを続けているなと呆れるときもあったが、止める気は全くなかった。しかし「妖気」の感覚は複雑であり、京介は依然としてその詳細な部分まで感じ取ることができず、そのことに少なからず焦りを感じていた。


 秘密基地に到着すると、京介は入口から入って左の壁際にある枯れ木に腰を下ろした。枯れ木の周辺は綺麗に整えられ、雑草もほとんど見当たらない。座って左手の壁には簡易な棚が備え付けられ、京介の好きなプラモデルや小物がずらりと並んでいる。京介は家から持って来たネズミのぬいぐるみを取り出し、その棚の上に置いた。


 身体を正面に戻すと、そこには壁の穴を隠すようにロックバンドのポスターが貼られ、ピアス付きの舌を出したボーカルが挑発的な表情を浮かべている。ポスターの横には年季の入ったクラシックギターが置かれていて、まるでロックバンドのボーカルを呆れた目で見ているようだった。


 二週間の間に秘密基地は居心地の良い場所に変わっていた。京介は枯れ木に座ったまま静かに目を閉じる。そして、また何も成果を出せずに終わるのではないかという不安の中、いつものように自分の「妖気」に集中した。


 ところが集中し始めてすぐ、京介はこれまでと何かが違うのを感じ取った。本当に微かな、意識していなければ見落としかねないほどの違和感だ。新しい発見につながるかもしれない、そう思った京介の右手は自然とガッツポーズの形を作っていた。


 京介はゆっくりと立ち上がり、その違和感を明らかにしようとした。しかしこれがなかなか難しい。なぜなら、京介に感じられる「妖気」は多くの感覚が複雑に絡み合って一つになったようなもので、その絡み合った感覚の中から変化のあったものだけを特定しなければならないからだ。その作業はまるで、ラーメンのスープを飲み比べただけで使われた材料や調理条件の違いを特定するようなものだった。


 そこで京介は、「妖気」の中で観察する視点を三つに分けることにした。一つ目は身体の内側、二つ目は身体の皮膚感覚、三つ目は身体の外側だ。


 まずは身体の内側に意識を集中した。そこは京介にとって観察するのが最も難しい場所で、複雑さの大半が身体の内側と関わっていたのだ。しかし武司譲りの直感が働いたのか、京介は最初にそこを何とかしなければならないと思った。


 そこで京介の取った方法は、観察する時間を微小な間隔に区切って、その区切られた時間ごとに全身を写真に収めたようにイメージし、感覚を静止した一枚の全体写真として見る、というものだった。まずは長めの時間間隔から始めて、要領を掴んで来たら少しずつそれを短くするように観察を行ってみた。すると、複雑だと思っていた内側の感覚は、まるでルービックキューブの各色が一列ずつ揃うようにはっきりしてきたのだ。この発見に京介は興奮を覚えたが、違和感を特定するのに不要だと判断し、すぐに自分を抑えた。


 京介の感じた内側の感覚はこのようなものだった。身体全体には、筋肉を動かす動力源となるような熱が漂っているように感じられ、その熱は心臓を中心に四肢の先端に向けてゆっくりと流れているようだ。また身体の一部分に注目すると、その流れから筋肉などにエネルギーが供給され、そこから力が漲ってくるかのように感じられた。しかしながら、そういった内側の感覚の中には、京介の探している違和感を見つけ出すことはできなかった。


 次に京介は身体の皮膚感覚に意識を集中した。すでに内側の感覚がはっきりしていたので、身体の皮膚感覚に対してはそれほど苦戦しなかった。


 京介の感じた身体の皮膚感覚はこのようなものだった。身体全体がぬるま湯に浸かっているようであるが、ただ浸かっているだけではなく、まるでそれに身体が守られているように感じられる。また、そのぬるま湯はとても流動的であると同時に、自分の意思を持っているかのように京介の皮膚の上を自由に漂っている。一方で京介が身体を動かしたときは、そのぬるま湯が身体の動きを妨げているようにも感じられる。しかしこのような身体の皮膚感覚の中にも、京介の探していた違和感を見つけ出すことはできなかった。


 最後に残されたのは身体の外側で、それを例えるなら誰かに見られているような感覚のことだ。皮膚感覚に交じって分かりにくいのだが、確かに皮膚の外側で感じられている。京介は慎重にそこへ意識を集中させてみた。すると突如として先ほどの違和感が姿を現し、より明確な形を持って京介に干渉するのだった。


 京介は突然の変化に怯みつつも、気分を落ち着かせ、違和感の正体を突き止めようとした。見られている感覚の質の違いなのか、それとも感覚の強弱が影響しているのか。京介はいろいろと思考を巡らせてみたが、一向に答えは出て来なかった。そんなとき、ふと論理的なアプローチでは駄目かもしれないという思いが京介の頭に浮かんで来たので、京介はあれこれと考えるのを止め、ただ違和感の流れに身を任せることにした。京介は頭を空にすると、躊躇すること無く違和感の中に飛び込んでいった。


 するとその直後、京介はある不思議な感覚に包まれた。まるで現実と夢の裂け目に落ちてしまったようで、そこには秩序と呼べるものが無く、時間さえも進む方向を見失っているようだった。しかし京介はそんな場所にいながらも全く恐れてはいなかった。足を前に踏み出しさえすれば、必ずゴールにたどり着けるという確信があったのだ。京介は周囲の無秩序を跳ね返し、一歩前に進み出ると、あるはずのゴールへ向かって裂け目の中を一直線に走り出した。すると周りを満たしているものに自然と秩序が生まれ、京介の感覚はそれにつれて徐々に鋭くなっていった。そしてどんどん速度を増していき、ついには時間の流れにさえ秩序が戻り始めたとき、京介は突然その違和感の正体に気付いたのだ。その正体とは、ただ誰かに見られている感覚だけだったのが、見られている方角も分かるようになった、という変化だった。


 京介はそれに気付いた途端、急に疲れを感じてその場に座り込んだ。これ以上の調査はできそうにない。周りを見るとすでに太陽も沈み始めているようだ。京介はしばらく休んだ後、何かを達成したという満足感を抱きつつ家路についた。


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