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承2-⑤

 千道の掛け声を聞くと、拓也は呼吸を整え、千気を一気に放出した。その千気は京介がこれまで知っていたものを明らかに凌駕しており、京介を圧迫するような重々しい千気だった。京介はそれに怯みながらも対抗して千気を放出したが、力負けしているのは一目瞭然で、真っ向勝負では歯が立たないだろうと思った。拓也はそんな京介の様子を見て取ると、右手を床に付いて低く腰を落とした。そして挨拶代わりと言いたげに、自分の身体を固め、弾丸のように京介めがけて突っ込んだ。それは前回の月例大会のときに見せた沙希への突進以上のスピードだった。京介は予想外のスピードと迫力に一瞬身体を硬直させたが、その突進はしっかりと見えており、間一髪で右側へ受け身を取りながら回避した。拓也は『ギギギィィ!』と嫌な音を出しながら足で踏ん張って停止し、京介の方へ振り返った。拓也の足元には薄らと黒ずんだ跡が見え、周囲には焦げ臭い匂いが立ち込めた。


 京介は拓也の突進を回避すると、冷や汗がどっと出てきた。あれをもらったら京介の防御力ではどうにもならず、一発でお終いだったのだ。もちろん絶対にもらってはいけないのだが、京介はそれに対してどうしたらよいか全く分からず、焦りが徐々に募っていった。そんな京介をよそに、拓也は首の骨をバキバキ鳴らして口を開いた。


「どんどん行くぞ、京介!」


 すると拓也が右手を付いて腰を落とし、再び京介に突っ込んで来たのだが、京介は一度見た攻撃だったので次は余裕を持って回避することができた。しかし京介が回避した直後、『ドッ!!』と激しい音が京介の後方から聞こえたかと思うと、次の瞬間には千道の横で見ていた沙希が大声で叫んだ。


「京介君、後ろ!」


 京介は回避後の片膝を付いた状態からその音の方へ振り返って見ると、拓也が両足でがっちり床を掴み、踏ん張っているところだった。そして瞬時に体勢を立て直すと、間髪入れずに再び京介に突っ込んだ。突進の連続攻撃だ。京介はやばいと思い、不安定な状態から強引に伏せるような恰好を取ると、拓也の突進は京介の頭上わずか数センチのところを通過していった。京介は二回目の突進を辛うじて回避し、安堵していると、再び『ドンッ!!』という音が聞こえた。まさかと思ってその音の方を向くと、拓也が再び突進せんとする構えを見せていたので、京介は跳ね起きて再び回避する態勢を取った。そのとき千道は拓也の新しい攻撃を見て、目をカッと見開き、興奮を隠しきれないといった様子だった。


 その後、京介はただ無我夢中で拓也の突進を回避し続けた。一歩間違えれば大怪我は免れない状況だったが、京介の判断力や回避行動は突進のたびに鋭さを増していき、突進が二十回に到達するころには拓也の方からあきらめて突進の攻撃を止めた。そして拓也は少し驚いた表情を浮かべて言った。


「おい京介、なかなかやるじゃねーか。」


 すると京介は上がった息を整えて言った。


「それはどうも。」

「じゃあ、これはどうだ?」


 拓也はそう言って、何の前触れも無く京介との間合いを一気に詰めた。そして右腕を素早く下方へ振りかぶり、京介の腹めがけて拳を繰り出した。不意を突かれた京介は一歩初動が遅れたため、千気での防御は間に合ったが、拓也の拳が腹に直撃した。その瞬間まるで打ち上げ花火を腹の目の前で爆発させたような音と衝撃が腹近傍に広がった。京介は激痛とともに数メートル程後ろへ吹っ飛び、背中から「ドスン」と床に落ちた。その様子を見ていた沙希は溜まらず大声で叫んだ。


「京介君、大丈夫?」


 京介は沙希の声を聞くと、腹を抑えながら立ち上がり、右手を沙希の方に差し出してグーサインを作った。すると拓也が笑いながら話し出す。


「防戦一方だな、京介。このままやられっぱなしで降参するか?」


 拓也に挑発されてしまった京介だったが、実際のところ、拓也の強力な千気を前にして攻撃の目を見出せずにいた。おそらく京介の攻撃力では、千武会一の千気密度、つまり千武会一の防御力を持つ拓也にはダメージを与えられないが、それでも勝つためには攻撃しなければならない。そう考えた京介は腹を括り、とにかく拓也を攻撃することに決めた。


「拓也さん、行きます。」


 拓也は京介の真剣な表情を見て、千気を激しく放出する。


「来い、京介。」


 京介は床を掴むように千気を足に集中させると、一気に拓也との間合いを詰めた。そして先ほどの拓也と同じように拓也の腹に拳を繰り出したが、拓也はその拳を冷静に腕で防御した。京介は攻撃を防御されてしまったが、それにかまわず攻撃を続けた。上下左右から拳と蹴りを打ち込んだが、ことごとく拓也に防御され、運よく拓也の鳩尾に入った拳も強靭な千気によって阻まれた。京介は一旦後方に飛んで拓也との間に距離を取った。後退する京介を見て、拓也は物足りないといった様子で口を開いた。


「もう終わりかよ?」


 京介は大きなプレッシャーを感じつつ戦ったせいか、すでに全身に疲労が蓄積していた。まともに動ける時間はあと少ししかない。加えて拓也への攻撃も通用しない。そのような状況に置かれ、もう打つ手が無いかもしれないという思いが京介の脳裏をよぎった。ど素人が強敵相手にここまで善戦したのだから、もう十分だろう。このままギブアップしても誰も文句は言うまい。そんな思考が京介を少しずつ支配していったが、一方であきらめたくない自分がいるのも確かだった。その思いが京介の心を支え、辛うじて前方に押し返していた。


 京介の心がそんな風に揺れているまさにそのとき、京介の視界にたまたま沙希の姿が入った。すると突然、京介は組手前に沙希に言われたことを思い出した。それは「千気の新しい面を理解するために、千気に耳を傾けること」だった。京介はこれに賭けるしかないと直感した。


 京介は静かに息を整えると、拓也との組手中にもかかわらず、大胆にも目を閉じて全神経を千気に集中した。するとまるで千気の一粒一粒が主張し、京介に語りかけて来るように感じられ、次の瞬間には自分の千気の状態に加え、他人の千気の状態までが手に取るように把握できたのだ。京介はそれにびっくりしたが、慌てず次のやるべきことに取り掛かった。


 京介はその状態を保ちながら、自分なりに千気の声を聞いてみた。今は千気が全身を覆っている状態だ。試しに千気を全く放出しない状態にしてみる。この状態でも微かに千気は放出されているようだ。次にもう一度千気を放出させてみる。すると千気を放出した直後だけ千気の密度が少し高くなったような気がした。京介は確認のためもう一度同じことをやってみたが、やはり千気を放出した直後は千気の密度が少し高くなっていた。間違いない、これは千気の新しい面だと京介は思った。京介がそれを見つけたとき、拓也は京介に話しかけた。


「目を閉じて修行でもしてんのか?今さら何やっても無駄だぜ。」


 その言葉に千道が口を開いた。


「拓也、少し黙って見ててやれ。」


 千道の言葉に拓也が口を紡ぐと、京介は千気を放出していない状態から、今度は千気をより高速に放出させてみた。すると放出直後の千気の密度は先ほどよりもさらに高くなっていたのだ。つまり千気を高速に放出すればするほど、放出直後の千気の密度はより高くなり、その瞬間だけは自身の千気の最高密度を上回る密度で攻撃できるようだ。


 それに気付いた京介は、目を開いて拓也を鋭く見つめた。そして千気を放出していない状態から、自分が出せる最高の速度で千気を一気に放出した。するとその放出より、『ドンッ!』という音と同時に道場全体の空気が激しく震えたのだ。それを間近で体験した拓也はポカンと口を開け、沙希や他の人たちも拓也と同じ表情で京介を見ているだけだった。千道でさえ微動だにせず、ただにやりと笑っただけだ。そして京介は改めて攻撃の構えを作ると、拓也に向かって力強く言った。


「拓也さん、次は本気で行きますよ。」


 京介の言葉に拓也は動揺したが、何とか持ち直し、自身の出せる最高の千気密度で迎え撃った。


「来いよ、京介!」


 拓也の叫び声を聞くと、京介は腰を低く落とし、千気を高速に放出しながら拓也に突っ込んだ。その突進の速度は先ほど拓也が京介に突っ込んだ速度をかなり上回っており、拓也は京介の突進を目で追うことしかできなかった。京介は猛烈な速度で拓也に近づき、まさに拓也にぶつかる直前、身体を丸く固めながら再び千気を高速で放出した。そして凄まじい密度の千気を纏いながら、京介は拓也に激突した。激突された拓也は京介と一緒に後方へ数メートル吹っ飛び、転がりながら壁に『ゴン!』と激突した。


 道場がしんと静まり返る。皆は目の前の出来事に意識を奪われ、次に何をすべきかと考える論理的な思考が停止していた。しかしそのような状況において、最初に声を上げ、動き始めたのは沙希だった。


「二人とも、大丈夫?」


 沙希が叫ぶと、その声に反応して他の人たちも一斉に二人のもとへ駆け寄った。千道がまず二人の意識を確認する。


「おい、お前たち、意識はあるか?」


 その呼びかけに対して二人とも何かしらの反応を示した。それに皆が安堵すると、さらに千道は二人に話しかけた。


「お前ら、怪我は無いか?」


 二人は朦朧とした意識の中で千道の言葉を聞くと、同時にグーサインを頭上に掲げた。そのとき沙希は二人のグーサインにほっとしながらも、二人を介抱している千道の背中をじっと見つめていた。

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