承2-②
数日後、京介は午前中から道場に向かっていた。その数日間、京介は毎日道場に通って千道とマンツーマンで修行を行っていたが、とにかく千気の使用による疲労が激しいことに驚いた。修行がどんどん楽しくなっていたので、京介はもっと長く修行をしたいと思ったが、一日に三時間が限界だった。その原因としては、千道が言うには、京介が千気のコントロールをあまりにも上手く行えてしまうので、それによる疲労が膨大になり、千気を使用するスタミナが未熟な京介にとっては大きな負担になっている、とのことだった。その原因を千道から聞いたとき、京介は千気の修行においてバランスを考えることがとても重要だと痛感した。一部の能力だけ高くても、それによるプラス面とマイナス面が必ずあり、そういったことも踏まえた全体を見る視点を常に持って修行をすることが必要なのだ。
もう一つ京介が驚いたことがあった。それは千武会に対する京介の意識だ。過去に遡れば千武会との間接的な出会いは沙希と初めて話した研究室見学の日になるだろうが、直接的な出会いとしては千道と初めて会ったバーベキューの日だ。後者の日からはまだ一週間と経っていないにもかかわらず、京介はなぜか千武会には随分昔から入会しているような気がした。まるで千武会における文化のようなものが元々京介のDNAに刻み込まれていたかのようであり、しかもそのようなことを感じるのは京介にとって嫌ではなく、むしろ心地良くすらあった。千気という特殊なものによって繋がれた同族意識がそうさせるのかもしれないと京介は思った。
そんなことを考えているうちに道場へ到着し、京介がいつものように挨拶をして中に入ると、すでに千道、拓也、沙希の三人が修行をしているようだった。これまでの数日間は京介と千道の二人だけの修行だったので、他の人の修行風景が見れるのは京介にとって非常に興味深く感じられた。
道場に入って来た京介に気付くと、沙希は修行を中断して京介に近づいた。
「おはよう、京介君。修行はどんな感じ?」
「おはよう。千気は本当に面白いな。扱うのはめちゃくちゃ難しいけど。そんなわけで毎日楽しく修行させてもらってるよ。」
「それは良かった。」
京介の前向きな返事を聞いて、沙希は嬉しそうに言った。二人の様子を見ていた千道も修行を止めて二人の方に近づいた。
「今日は早く来たな、京介。」
「おはようございます。早く修行の続きがやりたくて午前中に来ちゃいました。」
すると千道は満面の笑みを浮かべた。
「そうかそうか。ということは、もうお前も俺と同じで千気中毒になったみたいだな。」
千道にそう言われてしまった京介だったが、正直その通りだと思った。修行がとても楽しみだったので、前の日の夜は子供みたいに興奮して寝つきが悪くなっていた。
「否定はしませんよ。」
千道はそれを聞いて大声で笑った。二人の話しを聞いていた沙希も口を開いた。
「千道さん、京介君の千気はどんな感じですか?」
「京介は千気のコントロールが滅茶苦茶上手い。加えて感知能力もずば抜けて高いぞ。沙希と似たようなタイプだな。」
千道が沙希に関することを話したので、京介は気になって千道に尋ねた。
「沙希の千気も俺の千気と似たような感じなんですか?」
「ああ。沙希は千気の力強さはそこまで高くないが、千気のコントロールが抜群に上手い。お前、先週の月例大会で沙希が拓也の右腕に肘打ちを入れたのを覚えているか?あれだけの速い動きができるやつは沙希くらいなもんだ。」
京介は月例大会での沙希の動きを思い出してみた。確かにあの動きは速すぎてほとんど目で追うことができなかった。二人のタイプが似ていると千道に言われたが、京介は正直沙希と同じような動きができるようになるとは到底思えなかった。
「千気のコントロールを高めれば、俺もあんな動きができるようになるんですかね?全くできるようになる気がしませんが。」
「心配するな。お前の成長速度は沙希を遥かに上回ってるから、すぐにできるようになるよ。」
すると沙希は京介の成長速度が気になったので千道に尋ねた。
「千道さん、京介君の修行はどの辺りまで進んでいますか?」
「京介の成長具合が気になるか?おい京介、昨日までの修行の成果を見せてやれよ。」
京介は千道の提案に対して一瞬ためらった。というのも、他人の前で修行の成果を見せるのがどこか気恥ずかしく感じられたからだ。しかし同時に沙希に見てもらいたい気持ちもあったので、腹を括って修行の成果を見せることにした。
「分かりました。」
そう言うと京介は持って来た荷物を置いて裸足になった。千道と沙希が見守る中、少し手足をほぐして心身を整えると、前日の感覚を思い出しながらゆっくりとしゃがみ込んだ。そして足を纏う千気に全神経を集中し、一気に足を伸長させて上空へ飛び上がると、京介の身体は三メートルを超える高さまでふわりと浮き上った。その飛び上がっている姿には身体の力みや偏りはほとんどなく、むしろリラックスしているように見えたので、まるでしゃがんだ状態からごく自然に立ち上がっただけのように見えた。それがたまたま勢い余って飛び上がってしまった、そんな印象だった。
京介の存在に気づいていながら修行を続けていた拓也は、京介が空中をまさに舞っているときに偶然京介の方を向いており、その京介の跳躍を見て愕然とした。そして大きな舌打ちをすると、壁の方を向いて再び修行に集中した。千道はそんな拓也の様子を横目で見ていたのだった。
京介が元の位置に着地すると、沙希は小走りで京介に駆け寄った。
「京介君、信じられない。たった数日の修行でそこまで飛び上がれるなんて。」
「上手くできてたかな?ちょっと緊張したんだけど。」
「完璧。見た感じ、京介君の今の千気密度を最大限有効に使って跳躍できてたと思う。」
相変わらず不敵な笑みを浮かべていた千道も話に加わった。
「すげーだろ?沙希。ここまでのもんを見せつけられるとは思っても見なかったよ。」
千道はそう言った後、拓也にも聞こえるような声でさらに続けた。
「このままだと、京介が沙希の次くらいに強くなるのは時間の問題だな。一ヶ月もあれば十分か。」
京介が沙希の次に強くなるということは、拓也より上になるという意味だ。千道のそんな挑発ともいえる話しを遠くで聞いていた拓也は、さすがに頭に来て千道に食って掛かった。
「おい、千道さん。そいつはまだ入って来たばかりだぜ。そんなやつに一ヶ月かそこらで俺が負けるわけないだろ。」
千道は面白がってさらに言った。
「ほう、そうか。それじゃあ試してみようじゃないか。おい京介、お前来月の月例大会で拓也と勝負しろ。」
京介は千道の提案を聞いたとき、一瞬耳を疑った。一ヶ月修行したところで、拓也のような鍛えられた使い手とはまともな勝負になるはずがない。そう思って京介が困惑の表情を浮かべていると、沙希が慌てて口を開いた。
「千道さん、それはいくらなんでも無茶です。危険です。」
沙希の意見を聞いた千道だったが、沙希を無視するように京介と拓也を交互に睨み付けた。
「うるせーな、沙希。大丈夫だから黙ってろ。」
沙希が千道の剣幕に口を塞ぐと、千道はまず拓也の目を鋭く睨んだ。拓也はそれに一瞬怯んだが、呑まれないように負けじと睨み返した。
「なぁ拓也、お前は最近修行に身が入ってないみたいだから、下から迫られてるっていう危機感くらいはっきりと意識する方が良いだろ?」
千道の問いを聞いて、拓也は嫌な汗が全身から噴き出して来るのを感じた。千道は次に京介を鋭く睨んだ。
「そういうわけで、京介、拓也のために組手をやってくれよ。」
すると京介は何もされていないのに一歩後ろに退き、そしてすぐさま大きく一度頷いた。拓也は京介が頷くのを見ると、内から湧き上がる悶々をかき消すように叫んだ。
「わかったよ!やってやる!」
そして拓也は千気を爆発させるように放出した。それはドスッと身体の芯に響くような千気であり、京介は気圧されてさらに一歩退いた。
「京介、来月の月例大会は覚悟しとけ。ボコボコにしてやる。」
拓也は京介を睨み付けながら叫ぶと、道場の隅へ行って自分の修行に戻った。萎縮していた沙希の横で、千道は京介と拓也を交互に見ながら微笑んでいた。




