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承1-③

 千道と沙希の組手が終わり、月一の月例大会は終了した。千武会では、皆がこうして集まった際には、修行の締めくくりとして皆でクールダウンを行っているようだった。すると千道が道場の中心に出て来て言った。


「よし、それじゃあ皆ペアを作ったらクールダウンを始めてくれ。京介はとりあえず沙希とペアを組んで、教えてもらいながらやってくれ。」


 千道に言われたとおり、京介は沙希とペアを組んでクールダウンを始めることにした。


「それで、何をすればいいの?」


 京介が沙希に尋ねると、沙希は恥ずかしそうに右手を前に出した。


「クールダウンは二つのパートに分かれてる。まずは千気のクールダウンから。京介君、右手を出して。」


 沙希に言われたとおり京介が右手を差し出すと、沙希は京介の右手を握手する形で力強く握った。


「この状態で、お互いのリラックスした千気を相手の中へ静かに介入させる。そうすると、相手の千気によって自分の千気が相対化され、結果として千気のクールダウンになる。またそれによって、自分の千気の新たな面に気付いたりもする。一石二鳥の修行。」

「なるほどね。それで俺はどうすればいい?」

「最初は私から千気を流すから、京介君はそれを感じてみて。」


 沙希がそう言って目を閉じたので、京介もそれに合わせて目を閉じた。すると間もなく温かいものが右手から流れ込んで来て、身体の中に広がっていった。しかしそれはただ温かいだけでなく、スルスルとすべるような滑らかさだったり、ポワッとするような心地良さを含んでいて、とにかく京介の身体によく馴染んでくる千気だった。京介はしばらくその気持ち良さに浸っていると、沙希が不意に口を開いた。


「千気はその人の本質を表す。千道さんがそう言ってた。特にこのクールダウンで感じられる千気は、それを強く反映した純粋な千気みたい。」


 京介はそれを聞き、納得した様子で言った。


「だとしたら、沙希はきっと優しくて、思いやりがあって、周りの人たちを穏やかな気持ちにさせる人なんだろうな。」


 沙希はその言葉にハッとして顔を赤らめた。握っている手も熱くなる。


「そ、そんな風に言われたのは初めて。」

「そうなの?まぁ、人によって感じ方は違うだろうからな。でも、俺は本当にそう思ったよ。」


 沙希はいつもの状態と違っているかもしれないと思い、慌てて自分の千気を観察してみたが、おかしなところは特に見つからなかった。ただ恥ずかしくて少しざわついているだけだ。


「沙希、どうしたの?次は何をする?」

「あ、ごめんなさい。次は京介君が千気を送ってきて。まずは適当で大丈夫。」


 そう言われたので京介は適当に千気を放出し、ちらっと沙希の方を見た。すると沙希は目を合わせて小さく頷いた。


「それで大丈夫。今度はその千気を少しずつ弱めてみて。千気が感じられるぎりぎりのポイントを探すことが大事。」

「わかった。」


 京介はゆっくり千気を弱めていった。しかしまだうまく千気のコントロールができないので、弱まっていく速度にムラがあった。京介は急に千気が弱くなったりしていたので、ぎりぎりのポイントを探すのが難しいなと思ったが、それでも慎重に千気を弱めていくと、あるとき千気の流れが変わっていることに気付いた。先ほどまでは千気を「出している」イメージだったのが、微量の千気が自然と湧き出るようなイメージになっていた。


「ぎりぎりのポイントに来たかも。」


 沙希はそれを聞いて千気の状態を確認すると、びっくりした様子で言った。


「さすが京介君、たぶんできてると思う。これもあっという間に習得しちゃった。」

「誰よりも千気の才能に溢れてるからね、俺は。」


 そう言って京介は笑った。沙希はその笑顔を見たとき、自分の千気が少し乱れるのが分かった。


「よし、千気のクールダウンは終わり。次に身体のストレッチをしてくれ。」


 しばらくして千道が大声で言った。京介は千気のクールダウンを止めて沙希に尋ねた。


「次は普通のストレッチをするの?」

「うん、普通のやつ。」


 京介は特に身体を使ったわけではなかったが、皆と一緒にストレッチを始めた。すると不意に沙希の蹴られた顔面が気になったので、アキレス腱を伸ばしながら尋ねた。


「そういえば千道さんの蹴りを顔面にもらってたけど、本当に大丈夫なの?」


 開脚をしていた沙希は京介を見上げて言った。


「うん。千道さんの蹴りは見えてたし、千気による防御も間に合ってた。身体だけが反応できなかった。」

「なるほどね。」

「千道さんも手加減してくれたと思う。本気で蹴られたらたぶん死んでた。」


 沙希は冗談っぽく言ったが、京介は本気で蹴られていた場合を想像してゾッとした。それだけ千道の強さは圧倒的なのだ。


「千道さんは誰よりも千気を熟知しているし、強さも二番手の私でさえ遠く及ばない。だから、千気のことは安心して千道さんに任せておけば大丈夫。」


 京介は沙希の話しを聞いて、沙希の千道に対する信頼感はかなりのものだなと思った。沙希の性格にもよるだろうが、やはり千道の一番弟子だという部分が大きいのだろう。


「むしろ、一番危ないのは未熟な千武会員。今までに何度か大きな事故が起きてる。未熟な者は我を忘れて千気を振り回し、相手を破壊してしまう。一番大事なのは千気に呑まれないこと。私たちは千気によって身体を凶器に変え、それを人に対して振りかざしていることを忘れてはいけないと思う。」


 沙希は股関節を伸ばしながら語気を強めた。沙希の表情からも自然と厳しさが滲み出ており、京介はそんな沙希の一面に興味を持った。沙希の中には千気や千武会に対する熱い思いが芽生えているようだ。


「俺も沙希が正しいと思う。千気は色々な意味で危険なものだし。」

「そう。だから千道さんは誰を仲間にするかに細心の注意を払っている。仲間にするのは絶対的に信頼できる人だけだって言ってた。ただ、仲間を選ぶ際には具体的な判断基準があるわけではなくて、直感に従って判断しているだけみたい。学歴フィルターなんかないぞ、って言ってた。」

「なるほど。だから俺も理由はよく分からず合格しちゃったのか。」


 京介はそう言って千道の判断基準をあれこれと想像してみたが、どういうものか全然見当が付かなかった。


 二人の身体が十分に伸びたころ、千道が皆を道場の中央に集めた。


「今日の修行はこれで終わり。お疲れさん。色々気付いたことがあったと思うから、各自それをよく反芻して、自分のものにしとけよ。」


 皆が千道に返事をすると、すでに興味が別のことに移っているように京介は感じた。すると千道は「パンッ」と両手を打ち鳴らして言った。


「よし。それじゃこの後は千武会夜の部に移るぞ。参加するやつは車に乗れ。」

「りょーかい!」


 松下はそう叫んで帰り支度を始めた。他の人たちもそれに続いた。


「おい京介、お前はこの後朝まで時間空いてるんだろ?俺ん家で飲むから来いよ。何せお前が主賓だからな。」


 京介は千道にそう言われてしまったので、断ることができなかった。ただ京介自身、千武会の人たちと飲んでも良いような気持ちになっていた。


「ちょうど朝まで暇だったんで、もちろん参加しますよ。」


 京介の返事に千道は満足そうな表情を浮かべた。京介も他の人たちと一緒に帰り支度を始めた。

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