起4ー②
翌朝には太陽が顔を出していたので、武司は湯川とともに車で千台遺跡に向かった。千台遺跡は変電施設の建設に伴って発見された遺跡で、多良岳の裾野に位置していた。大規模な集落跡や巨大な建造物跡が相次いで見つかり、地元ではすでに有名な場所になっていた。
湯川が運転する車は約二十分ほどで千台遺跡に到着した。集合時間まではもう少しあったが、すでに多くの作業員が現場で待機していて、発掘作業の準備をしているようだ。二人は車を降りて、朝礼の行われる集合場所に向かった。前の日の大雨でぬかるんだ場所が途中にいくつもあったが、武司は何とか発掘作業ができそうだなと思った。
「それでは、安全第一でやっていきましょう。今日もよろしくお願いします。」
朝礼が終わると、作業員の人たちは各自の持ち場へ散って行った。武司と湯川はまず例の柱を見に行くことにした。その柱はちょっとした高台になっている集落の東側に位置し、集合場所からは徒歩で五分程の距離にあった。二人はぬかるみに注意しつつ歩き始めた。
しばらくして高台に到着すると、湯川は足を止めて武司の方を見た。
「原田先生、ここです。」
湯川が手で示した先には、直径二メートルほどの穴が四つ掘られていた。武司はそのうちの一つの穴を覗いてみると、深さ一.五メートル程の穴の奥底に、黒くて丸い塊が周囲の水溜まりから顔を出しているのが確認できた。
「あれが柱か。確かに直径七十センチはありそうだな。」
武司は興奮した様子で湯川に言った。
「はい。この柱が最大の直径を有していて、約七十センチです。他の三つの柱なんですが、痛みがひどくて直径約六十センチ程度になっています。」
武司は他の柱も確認すると、湯川の方を向いてしみじみ言った。
「ずいぶん立派なものを立てたもんだな。おそらく十メートルを超えるような堀立柱建物がここには立っていたわけだ。」
「ええ、そうですね。全く昔の人々には頭が下がります。」
二人はその後しばらく他の調査員や作業員の人たちと話し込んだ。するといつの間にか三十分以上経っていて、それに気付いた湯川は武司の方を見て言った。
「原田先生、そろそろ次の場所に行きましょう。見せたいものがまだまだ沢山ありますから。」
それからお昼近くまでの間、湯川はこれまでに見つかった遺物や遺構のところへ武司を連れて回った。そして最後に武司を連れて行った場所は、集落の北側で新しく見つかった例のお墓だった。湯川は目の前のお墓を見ながら武司に説明した。
「これが、昨晩少し話しましたお墓です。このように長方形に縁どられたところが棺の側面に当たる部分になっていまして、側面部分は拳より少し大きいサイズの石を緻密に並べて作られています。棺のサイズは縦幅が約二メートル、横幅が約一メートルで、そこまで大きいものではないのですが、棺の中には複数人の人骨がこのように重なるようにして埋められています。こちらの頭蓋骨は成人した男性もしくは女性のものと思われますが、こちらの頭蓋骨は明らかに小さいので、子供のものと思われます。」
武司はそのお墓を見たとき、そこに埋葬されている人骨に対して気味の悪い印象を持った。見た目は普通の人骨なのだが、周囲に漂っている空気はピリッと張り詰めていて、まるで神経をチクチクと逆撫でるように武司の知覚に干渉してきたのだ。しかもそれまでに経験したことの無い感覚だったのか、武司の身体はある種の拒絶反応を示したように鳥肌を立て、ブルブルと小刻みに震え始めた。武司はその変化に酷く動揺し、頭から血の気が引いて行くのを感じた。
「原田先生、どうかしましたか?顔色が良くないですよ」
隣にいた湯川は武司の異変に気付いて言った。武司は湯川の言葉で我に返った。
「あ、ああ、ちょっとな。この暑さのせいかもしれない。すまないが、少し休ませてもらえるか?」
「もちろんです。今日はかなり暑いですからね。あそこのテントが休憩室になっていますので、そこで十分に休んでください。」
武司はフラフラと休憩室まで歩いて行き、そこで冷たいお茶をもらって一息付いた。しかし休憩室に着いても身体の異常は収まらず、武司はそれに激しい恐怖を覚えたのだが、冷たいお茶を飲むたびに異物が体外へ押し出されていくように感じられ、それとともに武司の身体は平静を取り戻していった。武司はそのことに安堵すると、相変わらず頭は混乱していたが、ひとまず最悪の状態は回避できたなと思った。
心も身体もだいぶ落ち着いたころ、武司は意を決してもう一度その墓を見てみることにした。お茶を飲み干して休憩所を出ると、武司はゆっくりあの墓に近づいていった。そして恐る恐る埋葬された人骨を覗いてみたが、先ほどのようなことはもう起こらなかった。武司はホッと胸を撫で下ろすと、いつものようにそのお墓を観察し始めた。
それから三週間の間、武司は自身の研究や後輩への指導などを精力的に行った。そして武司が千台遺跡にやって来て四週間目が始まったころ、ようやく集落の北にある例のお墓が全て掘り起こされた。その掘り起こされた遺物は洗浄され、整理された後、仮設の保管所に保存された。武司と湯川はそれを見るために保管所に来ていた。
「あのお墓から発見されたものは、ここにあるもので全部です。」
湯川が示した場所には、五体の人骨と、大きな縄文土器が一つ、勾玉が三つ、二十個ほどの装身具が並べられ、その横には人骨が埋葬されていた石の棺が元の形を保ったまま置かれていた。武司はこうして発見されたものを眺めてみると、それらの遺物、特に五体の人骨は心底面白い発見だなと思った。武司は吸い寄せられるように五体の人骨に近づいた。
「男女四人と子供一人が石の棺に入っていたわけだな。立派な縄文土器や多くの装身具と一緒に。」
武司はゆっくりと確認するように言った。湯川は「はい」と返事を返した。
「とすると、やはり五人は特別な人たちだったんだろう。だが、縄文時代で石の棺に埋葬されている事例は数えるほどしかないし、副葬品がこんなに沢山入っているのは初めてだろうな。」
「過去の例と一緒だと決めつけない方が良いですね。」
湯川の言葉に同意を示すと、武司は振り返って一番身体の大きな人骨を眺めた。その人骨は損傷が最も少なく、また他の四体の人骨の一番上に覆いかぶさった恰好で出土されたようだ。武司は目を移し、次に子供の人骨を眺めた。その人骨は一番身体の大きい人骨と異なり、損傷の度合いがかなり大きかった。骨は至る所で折れていて、特に頭部と左腕の状態が酷かった。他の三体に関しても頭部が酷く損傷していた。武司は後者四体の死因と頭部の損傷に何か関連がありそうだと思った。
「原田先生、そろそろ十二時になるので、お昼に行きましょうか。」
湯川は腕時計を確認して言った。武司は集中していてすっかり時間感覚を失っていた。
「もうそんな時間?そうだな、お昼にしよう。」
武司はそう言うと、五体の人骨に対してますます強まる好奇心を感じながら、湯川と共に保管所を後にした。




