80話 守る為ならば
宿の中異形に襲われたメル達。
しかし、おかしなことに魔物は大きくとてもじゃないが部屋の中に入れる訳が無かった。
困惑するメル達の元へ悲鳴を聞き駆けつけた店主アイビー、彼女の後ろからはどうやって宿に入ったのかが分かる光景があり、一度は奇襲を避けるもののリリアは異形の手により部屋の中へと引きずり込まれてしまうのだった。
「だ、だがお前は一人……どうやらアイツは部屋に入ってくる様子は無いみたいだしな!」
剣を構え対峙するメルに対し少女はそう言うが……。
確かに……魔物とこの人……一見二対一に見える。
だけど、魔物の方はあれから動きを見せていない……手を伸ばして掴むという単調な動きしか出来ない? 油断するのは危険……でも――!!
「本当は勝てないって分ってるはずだ……そして、もうお前は逃げられない」
少女の口元はぐにゃりと形を変え、人とは思えない程に唇が裂けていた……まるで魔物の様な大きな口にはメルの腕など簡単に噛み千切れるだろう歯が生えている。
だが、メルはそんな事よりも――。
今は……リリアちゃんを助けるために勝たないと!
だから……逃げられないと言われても――あの歯で噛まれても!!
「関係ない!」
先程無理に動いたからだろう、身体は悲鳴を上げている。
だが、メルは再び床を蹴ると魔物の少女へと向けアクアリムを振るう。
「っと! なんだ余裕で避けられるじゃないか」
万全な状態のそれならば当てられただろう……だが、銀線は虚しく描かれるだけだった。
「――っ!!」
「そして、隙だらけだ!!」
その声と共に聞こえたのは刃が鞘から抜ける音……見た目からしてその歯が武器だと思っていたメルは驚き表情を変える。
魔物の少女が腰に剣を身に着けていなかったことから恐らくは短剣かなにかだろうそれがメルへと振り降ろされ――。
「お姉ちゃん!!」
目の見えぬはずの少女は叫び声をあげ、メルの身を案じ……その声にメルはハッとし表情を引き締めると避けるそぶりを見せず――ただ真っ直ぐに異形を捕らえる。
「あははははは!! 終わりだ!! ユーリの娘ぇぇぇぇぇえええええ!!」
その叫び声に身体の動きが泊りかけたメルは何故魔物が母の名前を知っているのか気になった。
しかし、今はその時ではないと考えを隅っこへと追いやると剣を構えた。
今動けばギリギリその攻撃を剣で防ぐことは出来るはずだ。
だが、メルはロクに狙いが定められていないというのにアクアリムで再び銀色の線を描く――
「あははははははははははははは!! 何処を斬ってる!」
「――キャァァァァァアアアアアア!!」
それと同時に女性の悲鳴が轟く……それを聞くと魔物の少女は一瞬視線をずらし……。
「え?」
悲鳴の正体へと目を向ける。
そこには水の刃を受け傷を負った魔物の姿があり、それが注意を引く為でもあると気が付いた魔物の少女は慌ててメルへと瞳を戻し――刃を振り下ろす、が――
「マテリアルショット!!」
メルの声が部屋に響き――少女は思わず身構えた。
そう、彼女は自身に魔法が飛んでくると思い身を護ったのだ……だが――予想通りのその行動にメルは思わずニヤリと口元をほころばせる。
「がっ!? ぅぅ!!」
その後に聞こえたのはメルの呻き声で――。
うぅ……痛い、なんて物じゃないよ……これ、ナタリアの魔紋が無かったら折れるどころで済まなかったかも……。
そう、メルは自身に向けて魔法のかかった椅子を右腕に当て自身の身体を無理やり動かしていた。
そして、目の前にメルが居なくなったことに気が付いた魔物へと向かい――。
「う、嘘だろ? 魔法で自分を――!?」
「ぁぁぁぁあああああ!!」
咆哮と共に左手に握りしめていたアクアリムに魔力を通わせ水の刃を放つ――!!
自分自身に魔法を当てる。
下手をしたら死が待っているであろう、そんな馬鹿げた事をやってのけたメルの行動に驚き固まっている魔物は当然隙だらけだ。
メルは勝機を感じ取り、続けて水の刃を飛ばす。
「――――――ッ――!」
その刃は見事に吸い込まれていき、魔物の少女は鮮血を撒き散らす……。
部屋の中、リリアの他にゆらりと立つのは一人の影――彼女は剣を鞘へと納めると痛みが残る右腕を擦る。
「ナ、ナタリアに魔紋を掘ってもらって良かったぁ……」
メルはそう口にし苦笑いを浮かべると少女リリアの方へと目を向け……。
彼女を拘束していた魔物はすでに水の刃により切られており、息絶えたのだろう力が抜けきっていた――メルはそれを見て安堵をし、ゆっくりと彼女へと近づいて行った。
「ごめんね? 少し怖がらせちゃったね……」
メルがリリアにそう語りかけるとリリアはよろよろとメルの方に歩み寄り、リリアが転ばない様にとメルも近づこうとした時――。
「キャッ!? 痛っ!?」
メルは目の前に現れたモノに驚くと魔物の死体に頭をぶつけ思わず声を上げてしまう。
「お、お姉ちゃん!?」
メルの事を心配するリリアの声が聞こえると同時に風が吹きメルの前に現れたのは……。
「シ、シルフ?」
眉を吊り上げ怒っている様子を隠す事の無い精霊……シルフだった。
「ひ、酷いよいきなり叩くなんて……」
実際には叩かれている訳ではない、だが、それが出来ない故にシルフがメルを脅かし、頭をぶつけさせたのだと気づいた彼女はその事を訴える。
『だってメルがユーリと同じことするから!』
シルフは相当怒っているのだろう、手を腰に当てまるで子供を叱るような態度でメルにそれを告げた。
「え? ユーリママと?」
だが、メルは思い当たらなかったのだろう首を傾げ……。
『自分の魔法を自分に当てて、もし何かあったらどうするの!?』
「あ……」
シルフの訴えでようやく合点が行ったメルはそう声を漏らし……。
「あれはほら!右腕には魔紋が……ね?」
『…………』
しどろもどろになりつつもシルフにそう告げると首を傾げているリリアへと目を移す。
「次からはなるべくしないよ、私自身もうあんな避け方はしたくないし……」
そしてそう告げるのだが……。
『ユーリはそう言ってしたけど?』
「ぅぅ……それは、その……約束は出来るか分からないけど……なるべくしないよ?」
シルフにじとりと睨まれ、メルは明後日の方向へと瞳を向けた。
時間は少し遡り……。
メルが部屋に飛び込んだのを確認し、リアスはずるずると出て来る異形の魔物を睨む――。
――彼は針をしまい込むとボロボロのフードローブの中から短い棒をいくつか取り出すとそれを組み合わせ一本の棒を構える。
「そ、そんな武器で大丈夫? 何かすぐに折れそうだけど……」
「見た目よりはかなり丈夫なんだ……そう簡単に折れたりはしない」
リアスはそう言うと迫って来ていたもう片方の手に向けその棒を振るい――鈍い音と共に異形の手はあらぬ方向へと折れ曲がる。
「ちょ!? い、いまバギゴギって……感じの……」
「も、脆いな?」
人を捕まえようとしていたにしては脆い、リアスはそんな疑問を浮かべつつもメルによって縫い付けられた手を見て――
「良く見てみるとリリアを攫った奴と微妙に違うのか?」
彼女の妹を攫ったその腕と微妙に違う事に気が付いたが――。
「だが、倒す事には変わりがない……これが効くなら――!!」
しっかりと握り直した棒を這い出てきた新たに頭に向け振り上げる。
それは再び鈍い音を響かせるとその音と共にずるりと異形の身体が闇の中から引きずり出され……
「ひっ!? き、気持ち悪……」
アイビーが思わず吐き気を催すほどそれは歪な姿だった。
頭から胸の当たりまでは異形……だが、それより下は人……
「何だこの魔物……いや、変身か? いやでも……それじゃどうやって闇の中から」
時折痙攣するソレへ目を奪われつつリアスは思考していたがすぐにそれどころではないと思い出し部屋の中へと目を移す。
「メル!」
そこには大怪我をしたはずのメルが剣を構え少女に斬りかかっている姿が見え――慌てて部屋へと入ろうとするリアスだったが――。
「な……!? 入れない……」
扉も無いのに部屋の中へ足を踏み入れることが出来ず、彼は困惑し辺りを探すが何も無く……。
「結界か……」
彼は苦悶の表情を浮かべた。
すると――。
「ね、ねぇ! あの魔物様子が変よ!!」
アイビーの叫びが聞こえ、リアスが振り返ると其処には――。
「な? なんだ……誰、だ……?」
そこに転がる異形はまるで人の様で人ではない……そう、彼が昼間にあった様な魔物の姿をしていた。




