79話 宿屋の魔物
宿の中に響き渡った女性の悲鳴。
その正体を探るべくメル、リアスそしてリリアは声を頼りに一つの部屋へと辿り着く。
しかし、そこには魔物がおり、悲鳴の正体は……その魔物だったようだ。
「な……に?」
細く長いその腕は誰がどう見ても人間の腕ではなく……。
少なくともメルが今まで見て来た魔物の腕でもない。
メル達が驚く中、その異形の腕は何も掴めなかったからかゆっくりと部屋の中へと戻って行った。
「なんでこんな魔物が街の……しかも宿の中に?」
そして、リアスが呟いた当然の疑問。
誰かが運んできた?
メルとリアスは中を窺うために身をずらす……。
そこには――。
「どうやってこんな所に……こんな魔物を……」
「む、無理だよ……だって……」
部屋全体とは言えないものの扉よりは大きな魔物。
メル達が泊まった場所が大部屋だとアイビーも言っていた事から、この部屋にある窓も彼女達の部屋にあるものより大きいと言う事はないだろう。
だが……そこには確かに魔物が居り、恐らくは中で動いているのだろう……ひたひたという音が聞こえ――。
「ふ、二人共こんな所で何を……それに……な、何? 今の悲鳴……」
「「っ! アイビーさん?」」
そこに現れた女性はこの宿の主人アイビーであり、驚き振り返った二人の瞳に移ったモノは……。
「急に叫び声がしたから……もしかしてアンタ――メルちゃんを!」
アイビーはリアスに向かって鋭い瞳を向けるが、彼の視線は彼女を捕らえておらず。
その顔は最初は何かを睨んでいる様だったが、次第に驚愕の物へと変わっていき……。
「さっきからなにを見て――」
「アイビーさん!! 逃げてぇぇええ!!」
メルの叫びがその場に木霊すると同時に彼女はリアスの視線を追う様にし……。
「ひっ!? ま、まも――」
そこには何も無い天井の上から這いずり出てきた腕。
異形の腕はメル達が先程見た部屋から出てきた物と同じであり、それはアイビーを掴もうとしていて……。
「チッ!!」
リアスは咄嗟に針と投げ――それは寸分狂うことなく腕へと刺さる。
だが、腕は痛みを感じていないのだろうか? その腕は止まる事が無く……。
「お姉ちゃん――!!」
リリアがメルのその手に忍ばせていたナイフを持たせると――。
「っ!! 我が意に従い意思を持て!!」
それを受け取った彼女は詠唱を唱え――。
「マテリアルショット!!」
ナイフを宙へと浮かせアイビーへと迫る手を射貫き、そのままその手を壁へと貼り付けた。
「…………な、なんで魔物が天井から!?」
アイビーは言葉を詰まらせながらも縫い付けられた手から瞳を逸らさずに二人に問うが、その二人は部屋の中へと再び瞳を向けており――。
「部屋の魔物とは違う?」
中で蠢く魔物を確認するとメルは震える声でそう言葉にした。
「へ、部屋の魔物? こんなのがもう一匹居るって言うの!?」
狼狽する主人……それもそうだろう、自分の家でもある宿に魔物が突然現れたのだ。
そう闇の中から突然に……。
「…………アイビーさん私達から離れないでください……」
だが、そんな主人の質問には答える事無く、メルは彼女へとそう告げる。
その顔は真剣な物であり……壁へと縫い付けた手を睨む。
「メルちゃん?」
……闇の中から現れる魔物……確か、何も無い所から魔物が湧き出た事があるってママ達から聞いた。
もし……これがその魔法を使ってるなら……。
「一匹、二匹で済まないかもしれません……」
「そ、それってどういう……」
メルはアイビーの疑問を聞き、真剣な顔のまま喉を鳴らすと……。
壁に縫い付けられた手が外れないか、警戒をしつつ辺りの音に耳を澄ませる。
「あれはタリムの王の配下かもしれません……」
「なっ!? この魔物がか? でもあの魔物たちは……俺達じゃ――」
その魔物を知っているのだろうリアスは狼狽をする。
彼がそう言うのも仕方が無い。
タリムの王の配下……いや、魔物はその大体が似たような特性があるのだ。
それは――。
あの魔物……キメラだとしたら尋常じゃない頑丈さが自慢の魔物。
普通の武器や魔法じゃ殆ど効かない。
だけど……リリアちゃんのナイフは効いた? ううん、リアスの針もちゃんと当たってるし刺さってた。
だとしたら痛みを感じないだけ?
「多分、あの魔物とは違う……だったらリアスの針やナイフがそう簡単に刺さらないと思う……」
「そ、そうか……それならいいんだ」
メルはリアスの方へと視線を動かしつつも辺りを警戒したままそう告げる。
だからこそ、彼女はソレに気が付けたのだろう……。
「っ!! まさか!?」
僅かな音に逸らしていた視線を腕へと戻す。
すると腕に力が入っているのだろう、音は徐々に大きくなり、メルは言葉を失った。
そこからはずるずると新たに腕が天井から這い出て来ていたのだ。
「ななななななんなぁあああああ!?」
その様子に驚いたアイビーの叫び声が上がる。
そして、まるでそれを合図にするかのように部屋の中からも魔物の手が伸びてきて――。
「ひっ!? いやぁぁあああああ!?」
その腕はリリアを掴み、メルから引き剥がす。
「リリアちゃん!?」
「チッ! メル!! リリアを頼む!!」
「う、うん!」
武器を構えたリアスの言葉に頷き答えたメルは素早く、ランプに明かりを腰に身に着けリリアを追い部屋の中へと身を飛び込ませた。
「お姉……ちゃん……」
そこには手にしっかりと拘束された少女が苦しげな表情をしてメルへと訴えている姿があり、その横には……。
「リリアちゃんを離して……」
昼間逃げる際にすれ違った人の様で人ならざる一人の少女の姿があった。
彼女はメルの言葉に口元を歪ませる。
そして徐に口を開くと……。
「何を言ってる? こいつは元々私達の仲間だ」
そう口にした少女は筒のような物を持っており……それをリリアへと近づけるが――刃が鞘から抜き放たれる音に少し遅れ――その筒その中身ごと真っ二つになり、少女の手から落ちた。
「なっ!? お、お前動けるのか!?」
メルは現在戦えない、そう思っていたのだろう、少女は彼女の行動に驚く、対するメルは苦悶の表情を浮かべ、唇を噛みしめつつもアクアリムをしっかりと左手に握りしめている。
「リリアが負わせた傷は深いと聞いたぞ!!」
「だか、ら……何?」
「な、何って……」
「本調子じゃないだけで……完全に動けない訳じゃない……」
「お、お姉ちゃん……」
メルは全身から嫌な汗が流れるのを感じつつリリアへと精一杯の笑顔を向けると……。
「待ってて、リリアちゃん……その魔物をすぐに倒してすぐに助けるからね」
いつもの口調でそう彼女に告げた。




