78話 悲鳴
メルは親が月夜の花……エルフの使者である事を仲間へと告げる。
そう、嘗てタリムの王と呼ばれた魔物を討伐した者達の事だ……。
彼女達がその話をする中、宿の中には突如女性の悲鳴が響き渡る。
真夜中、二人の少女と一人の少年はランプの灯を手に宿の廊下を進む。
「確か、声が聞こえたのはこっちだったな?」
「た、多分……」
リアスの声にそう答えたメルは震えつつもリリアを抱き……いや、最早それはしがみついていると言っても良いのかもしれない。
そんな二人に瞳を向けたリアスは……。
「というか、リリアは部屋で待ってもらった方が良かったんじゃないか?」
自身の妹にそう尋ねるリアスだが、何も捕らえていないはずの瞳は声の方へと向けられ――。
「一緒に行く……」
そう言葉が紡がれる。
先程のメルと同じ言葉を繰り返す妹にリアスは少し呆れたように溜息をつくと――。
「メルから離れるなよ」
念を押すように伝えたが……。
「な、何?」
その瞳はメルの方へと向き――。
「離れられないか……」
妹へと抱きつき離れる様子の無い彼女を見て苦笑いを浮かべた。
「は、離れる!? リ、リアス駄目だよ! 一人じゃ危ないよ!?」
「い、いや……そう言う意味じゃ……」
離れると聞いて、リアスがどこかに行くつもりだと思ったのだろう。
メルは慌てて彼にそう言ったその時――。
『あはは……』
「ひっ!?」
「――っ!?」
「メル!?」
彼女の耳に聞こえたのは童女のような笑い声……。
だが、それはリアスとリリアには聞こえなかったのだろう……リリアは寧ろメルの声に驚き、リアスもまた驚いたような声でメルの名を呼ぶ……。
「どうした?」
「い、今な、何か笑い声……」
「笑い声? 聞こえないよ?」
メルとリリア達では耳が違う、当然聞こえる物も違うはずであり、メルもその事は分かっていた。
だが――。
『おねーちゃん……あはは……』
「っ!? い、今お姉ちゃんって……お姉ちゃんって!?」
「落ち着け、さっき怖くないって言ってたろ? それに幽霊何て居やしない」
「で、でも出てきたらどうやって戦えば良いの!?」
メルは最早涙目で訴えるが、リアスは何を思ったか彼女の頭に手を乗せると――。
「その時は皆を引き連れてまた逃げるしかない」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「……あ……ぅ……」
突然頭を撫でられたメルは一瞬身体をビクリと震わせたもののそれを拒むことなくされるがままになり……。
「そ、そうだね……」
ランプの灯所為だけではなく、少し顔が赤くなった気がした。
「……にしても、メルだけに聞こえる声、か……随分と手の込んだ手口だな?」
「……へ?」
「だって、この宿に森族が泊まっているとは限らない。その幽霊の声も人がやってるのは間違いないはずだ」
メルの幽霊説は認める気が無いのだろう、リアスは顎に手を当てそう呟く……それをぼんやりと眺めているメルだったが……。
『あそ……ぼ? おねーちゃん……』
「ひぃ!? ま、まままままた聞こえたぁ!?」
どこか可笑しそうに紡がれたその声に尻尾と耳をピンッと立て叫ぶ、その際にリリアはさらに抱きつかれることになり……。
「おね、ちゃ……苦しい、よ……」
「っ! ご、ごめんリリアちゃん!?」
思わず顔を歪めたリリアにはっとした彼女は慌てて腕の力を抜く――。
「子供だましのはずなのに……メルにはかなり効果があるな……」
「ち、違!? 怖い訳じゃ――」
『あは、あははは……あははははははははははは』
「ひっ!?」
反論をしようとしたメルだが、再び聞こえた笑い声に小さく悲鳴を上げる。
その顔は明らかに怖がっており……。
「部屋に戻るか?」
「だ、駄目……こういうのは一人になった人から狙われるってユーリママが……」
「いや、メルはリリアと一緒だろ? 一人にはならないよ」
彼は安心させるためにそう言ったのだろうが、メルはぶんぶんと首を左右に振る。
余程怖いのか、尻尾は丸まってしまっているが……。
「わ、分かったじゃぁ行こう……声は奥から聞こえたのか?」
「う、うん……」
リアスにそう答えるとメルはゆっくりと歩き始め、抱きついているリリアもまるで息を合わせるかのように歩き始めた。
前を歩くリアスも二人に合わせてゆっくりと歩き、辺りを見回す……すると――。
「あはははははは」
「ま、また!?」
その笑い声はメル以外にも聞こえる大きさになり、更に歩き進めた所でふと足を止め、彼は部屋の扉を睨む……。
「リ、リアス?」
「この部屋から聞こえるのか? 多分何か、居るな……」
「何かって何……?」
メルは彼と同じように扉へとその視線を向けるが、やはりどこか怯えた表情で……。
「開けるぞ?」
その言葉に思わずメルは身を固くする。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ?」
「…………リリアちゃん?」
少女に慰められたメルはその顔を真っ赤に染める。
ぅぅ、な、情けない……。
私がしっかりしないといけないのに……リアスもリリアちゃんもお化け怖くないのかな?
ぅぅ……いや、お化け何て居ない! 居ない……よね?
「メル……」
「う、うん……お願いリアス」
メルは表情を引き締めそう告げるとリアスはゆっくりと扉へと手をかけ、力を加えていく……。
ガチャガチャという音がそこに鳴り響き……。
「鍵、か……」
彼はそう呟くと細い棒のような物を出し、器用に鍵を開け再び扉を開く――。
立て付けが悪いのか異様な音を響かせながらも扉は開いて行き……ランプの灯で部屋の中を見渡そうとした。
その時――。
「――っ!! お兄ちゃん!!」
少女の叫びが響き渡り、メルとリアスは咄嗟にその場から離れる。
「っぅ……」
急に動いたせいか傷の痛みに思わず顔を歪めたメル。
だが――。
「なっ!?」
部屋から伸びた異形の手を見て、その顔は痛みよりも驚きへと変わった。
「なんだ……こいつ……」
それはリアスも同様なのだろう……見た事も無い魔物へと驚愕の表情を浮かべる。
獲物を捕らえ損ねた魔物は手を握ったり開いたりしており、まるでその不満を漏らすかの様に……。
「キャァァァァアアアアアアア!!!」
まるで女性の悲鳴のような声を上げた――。




