74話 疑問と不安
メル達は新たに当てられた部屋で見張りを立てつつ休むことを決めた。
不安が膨らむ中、メル達は同じような事を考えているのだった……。
果たして、首飾りを……リリアを狙う者は何なのだろうか?
そして、何故母ユーリへの手紙があったのだろうか? 疑問もまた膨らむ……。
「なぁ旦那……」
「何かしら?」
淡いランプの光が差す部屋……一人の少女と青年は声を絞り会話をする。
まるで幼い少年の様にぼさぼさな髪を持つ少女は辺りを見回す。
「暇じゃないか?」
と不機嫌なのを隠すことなく天族の青年へと告げた。
「その方が良いでしょう?」
ライノは溜息交じりにそう言うと薬学の本を閉じ、仲間達へと目を向ける。
「それにしても……ちゃんと休ませてあげたいわね」
そしてそう呟いたのだが、シュレムは眉を歪め答えた。
「休んでるだろ? しっかりと……」
「いや、これじゃ外に居る時と変わらないわ……昼間は動きっぱなし、夜は見張りを立てて……いや、そうじゃないわね」
「そうじゃ……ない?」
シュレムは言葉を繰り返し、ライノは深く頷く。
「ええ、カロンでは二人が攫われ、イアーナでは知らない内に閉じ込められて……出たと思ったら追手に襲われリシェスについたと思えば今度はちゃんと休むことも出来ない……」
「そう、言われるとそうだな……まぁ、カロンでの事はオレも悪いんだけどさ」
「……なんか妙じゃない?」
ライノは顎に手を当て口にする。
「街一つ買収する財力があるなら首飾りをその値段で買い取ると言っても良いわ、それにもし奪い取る事に執着しているなら冒険者を雇えば良い……なのにそうしない」
「ただ単にそれに気が付いてないんじゃないか?」
「そうだとしたら、相手は相当なお間抜けよ?」
「なんでだよ?」
間抜けと言われたのがシュレムとしては気にくわなかったのだろう、少し頬を膨らませ尋ねると。
「冒険者ではないとはいえ皆の実力は駆け出しを遥かに凌ぐわ、現にここまで凌いで来れる程度にはね……中でもメルちゃんはたった一人で二人を救った……エスイルちゃんも機転を利かせたみたいだけど、メルちゃんは危険な子供って思われているはずよ?」
「ん?」
「つまり、相手はむやみやたらに実力不足の連中を雇えない……だからイアーナではメルちゃんを含めた皆が傷つける事を躊躇するであろう実力の無い人達をあえて買い追い詰めた……事実、私達は多少痛めつけたけど手を抜いたのだし、それは分かるわ……でも、なんで突然強力な追手が来たのかしら?」
彼はそう言うとリリアへと目を向ける。
「メルの実力に気が付いたから、最初から二重の策にしてたんじゃないか?」
「じゃぁ、なんでメルちゃんの親に手紙何て書いたの? 凄腕なんでしょう? アタシだったら下手に喧嘩を売らず交渉に持ち込むわ……ここまで一緒に来たから何となく察してるけど、相手は親が出てこないなんて知らないでしょう?」
「……へ? な、何を言って前にも言ったけどリアスの奴の金がな?」
しどろもどろになるシュレムに微笑んだライノは笑みを浮かべたまま――。
「良いのよ、メルちゃんはご両親が好きみたいだし、そんな子の親が何もしないっておかしいじゃない……だけど相手はそれを知らないはず、なのに名指しで手紙を書いていたそれも操っていたリリアちゃんに……それじゃまるで私達がイアーナをどうにかして出て来るって分っていたみたいよね?」
「うーん? でもよ、イアーナの中に居たんじゃないか? それで慌てて追って来た……とか」
「……そうだと良いのだけどね、なんか心配性みたいねアタシは……」
彼はそう口にすると立ち上がり、リアスの方へと向かって行く……。
「そろそろ交代の時間よ? シュレムちゃんもしっかり休んでおいた方が良いわ」
確かに妙だ……。
見張りを後退したメルとリアスは同じ事を考えていた。
「ねぇ……リアス」
そして、メルは少年へと声を掛け――その意図に気が付いたのだろう少年はメルへと複雑な表情を向けた。
「メルも起きてたか……」
「うん……」
メル自身、寝た方が良いのは分かっていた。
だが、やはりリリアの事が気になって寝れなかったのだ……。
そうこうしている内にライノの話が始まり、よくよく考えれば妙だと気が付いた。
ライノの言っている通り、事情が事情とはいえメルに何かあったのならば飛んでくるであろう母達……そんな彼女達に手紙を書いていた追手。
「どう、なんだ?」
「ママ達を知ってるなら……敵対は避けたいはず……」
そう、ライノが言っていた通りであるのはメルも理解していた。
ユーリ一人では大した力はない、だがそこには必ずフィーナ、そしてナタリアにドゥルガと言った仲間達が居る。
その仲間達は一人一人が凄腕の冒険者であり、彼らに危機が訪れたならユーリもまたその実力以上の力を発揮するだろう事はメルには予想が出来る。
いや……手紙が彼女達に渡ると言うのはその前にメル自身が危機に陥っているはずなのだ。
「きっとユーリママは怒る……前に聞いた事あるんだけど、フィーナママの危機には凄い魔法を使ったって……リラーグにグリフィンが来た時も飛んでほぼ一人で戦ってたって聞いた。それに何よりデゼルト……元は水龍だったあの子を手懐けたのはユーリママ……精霊と一緒だったらしいけど、傍から見たらたった一人で龍に負けを認めさせてる」
「……グ、グリフィンを!? それにあの龍……本当にユーリさんが?」
驚くのも無理はないだろう……メルはそう思いながら頷く。
グリフィンと言えば空の王者、中途半端な攻撃では羽ばたき一つで交わされる。
メルの祖母ナタリアであれば地上に居ても魔法で倒すことは出来るだろう……だが――ユーリは空を舞い戦ったのだ。
「そんなに魔法が得意なのかあの人は……」
「ううん、寧ろ苦手……はっきり言ってその魔法単体だったら習いたての魔法使いの方が上」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……じゃぁ尚更どうやって――」
「グリフィンの時もデゼルトの時も浮遊を使ってたって聞いた……なんか、空中で戦うのが得意みたい」
「……空って水龍はまだ分かるが、グリフィンは――」
人が空を文字通り自由自在に飛び回る事がどれだけ難しいのか、それはメルは十分理解していた。
彼女自身、出来ないのだ……どんなに練習しても母の様には飛べない。
何時の日か祖母はメルに『ユーリはまるでドラゴンの様に空を飛べる……あれはきっと生まれ持った才能だ。私達には出来ん』と言っていたが、メルはそんなことは無いと練習したがとうとう無理だった。
「浮遊を始めとする、補助、防御の魔法はユーリママの得意分野……多分誰でも敵うことは無い、でもそれよりも――」
「それよりも?」
「戦うのが苦手なのを感じさせない程、ユーリママは魔法の使い方が上手い、失敗している魔法でも有効に使って来る……合成魔法を考えたのもママだし、何をしてくるかなんて想像がまるで出来ない。リアスならそんな人に手紙を書いてそれを私達を襲う子に持たせる?」
「………………」
先程のライノの言葉の繰り返し……だが、リアスにはメルとライノでは同じような言葉でも全く違うもの聞こえていた。
攻撃魔法が苦手、だがそれをあえて利用し使って来る。
彼女の話を聞く分には空は少なくともグリフィンと同程度には飛び回れる……メルが使った合成魔法を空から撃たれたりすれば逃げ道は無いだろう事が理解出来た。
更には彼の傷をあっという間に治療して見せた回復魔法……仲間を傷つけてもすぐに立ち上がってくるかもしれない。
そう考えるとリリアの手紙は不自然なのだ……。
手紙を書いたと言う事は少なくとも彼女の名を耳にしたと言う事だ。
全くその噂が流れて来ないという訳ではないだろう、ましてや手紙を書くほどだ調べない愚か者など居るのだろうか?
「俺なら相手を調べて……その上で敵わないならライノの言った通り交渉する……」
「そう、だよね……でもねユーリママを知っていたって事よりも、もっと気になってることがあるの」
「ん? 他にあるのか?」
メルは頷き――リアスの顔を真剣なまなざしで見つめる。
何かが不自然……首飾りを狙っている事もそうだけど……価値を知ってるならまだ分かる。
ユーリママへの手紙もタリムの王の事はともかく、これまでにママのしたことが絶対の正義って言いきれる訳じゃない……ママだって人を殺めている。
だから、あれにもし恨み言が書かれていても……分かる。
それよりも気になる事……。
「それはね……リリアちゃん」
「リリア?」
「なんで追手はリリアちゃんに依頼をしたの? ううん、ただ依頼をしただけなら失敗したリリアちゃんを取り返そうとするかな?」
まだ油断はできない、だが少なくとも昼間は本気で取り返しに来ていたのだろう……メルはあの筒に黒いミミズが入っていた事をしっかりと見ているのだ。
そして――。
「リアス言ってたよね? 小さい時に急に変わったって……」
「正確にはある時から殺しに興味を持ったんだ……別に暗殺術を習ってたんだし急にって訳じゃ――」
「でも、それまでは興味が無かったんだよね?」
リアスは昔を思い出しているのだろう……腕を組み考え込むと頷き――。
「ああ、リリアは色んなものに興味を持つが優しい子だった……」
「だとしたら……その時にミミズを入れられたんじゃ? でもそれならおかしいと思わない?」
「……何がだ?」
「だって、暗殺術を学んでる子を小さい時に操ったって……自分の手を汚さず誰かを殺したかったって事だよね?」
「ああ、そうだろうな……技術はリリアの方が上だったからな、俺じゃないのも納得がいく」
メルの言葉に頷くリアスは何処か辛そうに顔を歪め答える。
「でも、私達の時は依頼って言ってた。それはよくある事だろうしおかしくないよ、でも……本当は操られていた」
嫌な予感がしていた……。
リリアを取り返そうとしていた者達は皆何処か人ではない何かだったのだ。
そして、見た目があどけない少女であるリリア……容姿だけ見れば相手を油断させることも出来る。
今回の事もそうだ変身が使えるのならば、リアスも騙し、外に居る者から順に殺していけばいい……なのにリリアはそうせず真っ先に狙ったのはメルだった……。
「何が言いたいんだ?」
「リリアちゃんの雇い主……ううん、彼女を操った人の狙いって……」
首飾りはあくまでおまけなのではないか? いや、そもそも首飾りを狙っている者達とは別ではないのか?
母に出す手紙、それが暗殺者の手にあったと言う事はほぼ間違いなく恨みによるものだろう……。
メルが考え付いた、その答えはあくまで想像だ。
「首飾りを狙ってる人とは別で……狙いは私……ううん、本命はユーリママ……」
それならば納得がいくのだ。
わざわざ逃げ場のない馬車の中へと入り込みメルを真っ先に襲った事も手紙を持っていた事も……。
「メルとユーリさんが狙い? なんでまた……」
だがあくまで仮定、これまで狙われてきたのは首飾り……リリアもまたそれを狙っていた事は本人が口にしていたのだ。
「それに、首飾りを渡せば見逃すとも言ってたじゃないか」
「私はそれ聞いてないよ?」
「……っ」
そう、メルは聞いていなかった……少ない時間ではあったが気絶をし意識は無かったのだ。
それに相手がそれほど首飾りに執着していないのはこの街に来てから感じていた事でもあった。
「そうだ、あの時メルが死ぬかもしれないって……」
見逃すと言っているのに奇跡的にナイフが当たる場所を逸らせたメル。
だが、あの時仲間達は焦っていた……彼女の死が迫っていると思い。
「リリアもメルの魔法を避けれなかったって事は仕留めたと思ってたんだろう……だとすると、本当別の奴らが動いてるのか?」
「分からない……でも、今日の人達がリリアちゃんを使ってまだ何かしようとしているのは――確かだよ」
それにママ達が関わってることも……。
メルはリラーグで待つ母達の姿を思い浮かべながらリリアへと目を移す。
そこには寝息を立てる少女の姿があり――何か細い物が動いているのが暗闇の中で見えた。
まさか!? っとメルは立ち上がり、彼女へと駆け寄った時――少女の身体はびくんと大きく揺れ――。
「ひっ!? いやぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
「リリアちゃん!?」
少女の悲鳴と共にそれは彼女の耳の中へと入り込もうとし――。
「――リリア、どうした!!」
「黒いミミズが――!!」
咄嗟に動いていたメルの手によりそれは彼女の身体を離され床へと叩きつけられた。
部屋の中は確認したのに……何処から!?
もしかしたらまだ部屋の中に!?
「我が往く道を照らせ! ルクス!!」
真夜中……ランプの明かりだけが灯っていた部屋に魔法で作られたまばゆい光が現れた……。




