5話 敗北と救出
女性を救うためにはなった魔法、それは失敗かと思われた。
だが、男を拘束する事には成功し……いざ、女性を助けようとメルは声を掛ける。
しかし、安堵する彼女達の目の前に現れた赤鬼の男……メルは彼に対抗するも敵わず……。
絶体絶命化と思われたその時、赤鬼ゼッキは自身の正体を明かしたのだった。
それからメルはゼッキと言う男に連れられ、捕らえられていた少女達が居る部屋へと戻り彼女達と合流し外へと向かう……。
「やっぱり結局何もしてないじゃない!」
メルはその言葉にビクリと身体を震わせ、ゆっくりと顔を伏せた。
彼女がそうした理由は何もしていないと言ったのが子供では無理だと言っていた少女の言葉だった事。
そして、ゼッキとの実力の差もあった。
もし、彼が冒険者ではなく、本当に用心棒だったら……今頃メルは何をされているか分からないのだから……。
ううん、私だけじゃない……きっとあの部屋で待ってたこの人達も巻き添えに……。
……そう思うとメルは何も言い返せなかった。
「お嬢ちゃん……」
メルは自分が呼ばれたと思い、身体をビクリと震わせ声の方へとゆっくりと顔を向ける――だが、声の主である赤鬼はメルではなく別の少女に向けられていた。
それを理解した少女は慌てた様に自身を指差す。
「え? わ、私?」
彼女がそう答えるとゼッキは頷く……その表情は何処か怖いものだった。
「そうや、助けてくれた人ん事、あんま悪く言うなや? この嬢ちゃんはちっこいのに十分頑張った! それに強かったからなぁ……将来が楽しみや」
そう言ってメルの方を向き歯を見せて笑うゼッキは「な?」っと何故かメルに同意を求めてきたのだが、メルは頷けなかった。
ゼッキに負けたのは事実だ……あの男を倒せばそれで終わり、もし傭兵が出て来ても大した強さではない。
自分なら大丈夫だ! そんな勝手な妄想が目の前の赤鬼に負けるという結果を招いた……。
エルフの使者と使者を護る剣、大魔導士とリラーグで讃えられている三人……その弟子であり、その血を力を受け継いでいる自分が負けるはずが無い。
きっと憧れである両親達の様な冒険者になれる。彼女はいつもそう思っていた。
……だが、現実はそんな甘いものでは無く……彼女は最初に言われた通りただの子供だった。
確かに途中までは大した相手は居なく、策もすぐに思い付き比較的冷静に対処はしていた。
しかし赤鬼に勝てないと確信した瞬間――彼女は何も出来なくなってしまった。
ユーリママならあんな状況でもきっとどうにかしてるのに……。
「…………ッ」
彼女はゼッキの言葉に答えず、ただ唇を噛みしめた。
悔しい……怖い……そんな感情がメルの頭の中に渦巻いて行く――。
「外に着いたで」
その言葉と共に温かい光が身を包み、捕らえられていた人達は一斉にお礼と歓声を上げる。
だが、礼を言われているのは当然メルではなくゼッキだ……。
『メル!!』
不意に声が聞こえた。
その声には聞き覚えがある、風邪の精霊シルフだ……。
メルは顔を上げないまま声の正体に気づくとゆっくりと足を動かす。
周りは未だざわついていたが、自分が気にすることは無い……メルはそう思った。
なにせ自分は何も出来ていないのだからと……。
「帰ろう、シルフ……案内して……」
涙を貯め、それを見えない様にしていた所為か彼女は誰かにぶつかった。
ひどく安心する感じがしゆっくりと顔を上げると其処には――。
「メル!! 良かったぁ」
夕日色の髪に精霊シルフを乗せた母、ユーリの姿があった。
その瞳は涙で濡れ若干揺らいでいる。
「なん……で?」
「メルを探してフィーと逸れて困ってたらジェネッタさんが見つけてくれて、教えてくれたんだ。それで精霊を呼びだしてくれて、そしたらメルが攫われたって……それも目星をつけてたここだって言われてシルフの案内で急いで来たんだよ」
その言葉を聞きメルは自分は本当に必要なかったのだと納得した。
そもそも子供が居なくなっているのに問題になってないはずが無いと……。
だが、リラーグではいくら冒険者でも先ほどゼッキが言った通り、子供達の為だと言って隠されていては証拠をつかむ方が先だろう……。
何せ本当に善意で子供を守るため親と話させる人は居るからだ。
彼らの真相、それを調べる為にメルでさえ知らない冒険者を忍び込ませ、証拠を掴む予定だったのだろう……と……。
「あーなんや? 姉さんの子供だったんか……通りで強い」
「ゼッキもご苦労様」
「かまへん、かまへん! まさか試練で侵入して来い言われた時には、そりゃ目ェ飛び出るかと思うたけどな」
カラカラと笑う赤鬼ゼッキ、その様子はどこか楽しそうだ。
「しっかしまぁ、参ったで? 警戒してなかなか尻尾見せんし、やっと動き見せたんが今日の事やからなぁ」
「今日って、侵入お願いしたの二日前だったような気がするんだけど……」
「嫌や、待つのは嫌いなんや」
拗ねたような赤鬼を見てユーリはクスリと小さな笑いを浮かべる。
「嫌いって……ケルムと言いナタリアは基本、信頼が出来ても何か癖がある人連れて来るのが癖なのかな?」
「何や失礼やな? 子供を助けるためにこっちに来いって言ったのは姉さんもやし、癖があるんは姉さんも一緒やろ?」
何時知り合ったのかは気になるが、どうやらメルの母であるユーリとゼッキは親しいらしい。
だからこそ頼んだのかもしれない……メルはそう思いつつ先ほど彼が捕らえられた男へと目を向ける。
あの男に信頼されるように動けばきっと行動に出る、だけど相手に懐柔されては意味が無い……。
それだとドゥルガやバルドと言った手練れが信頼もあり適任だが……今度は顔が割れてしまっている。
だが、誰も知らず信頼もあって実力もある者が居るなら……頼むのは当然だ。
「僕も!? ……ま、まぁとにかく、その子達を親の元に返してあげないと」
そう言葉をゼッキへと告げたユーリに手を引かれメルは歩き出す。
勿論、ゼッキは被害者の家は分からず、ユーリでは迷子になってしまう事からシルフの手を借り一人一人の家へと向かう。
最後に訪れたのは泣いていた少年と部屋で襲われかけていた少女の家だった。
二人の両親はユーリとゼッキに何度も頭を下げお礼を告げていて……涙声でもはや言葉になっていない。
メルは二人の姿を瞳に移しながら……誰かの為に何かをする冒険者、それは資格さえ得てしまえば簡単になれるのだと思っていたそれが遥か遠い存在に思えた。
彼女が呆然とそれを見つめる中、不意にスカートが遠慮がちに引っ張られ、メルはそちらの方へと顔を向ける。
すると、そこにはあの少年が居た。
「おねえちゃん、ありがとう!!」
彼は嘘偽りのない笑みを浮かべメルへと礼を告げる。
「……え?」
メルは思わず一言だけ漏らし呆然とするが、目の前の少年は確かにメルの目を見て礼を告げていた。
少年だけではない、破られた服の上を布で覆い隠している少女もまたメルへと顔を向け――。
「ありがとう、もし来てくれなかったら……本当にありがとう!」
「そんな……私は何も……」
――はっきりと感謝の言葉を告げてきた。
「ワシ、駆けつけるんが遅かったからなぁ……ホンマお嬢ちゃんが居て良かったわ」
ゼッキは申し訳なさそうに頭をかきながらそう口にすると彼女達の両親はメルを冒険者と勘違いしたのだろうか……?
大粒の涙を流す目を丸めながらも慌てて彼女に向けて頭を下げ始め――。
「「ありがとうございます」」
メルへと感謝の言葉を告げた……その声は涙声で言葉になっていないはずだったのに、メルにはやけにはっきりと聞えた気がした。
家へと戻ることが出来たメルは酒場の椅子に座り、報告している母とゼッキを待っていた。
そんな中、彼女の耳には先ほどの家族の言葉がずっと残っていて、それが無意識の内に繰り返されるたびに彼女の心臓は小さく跳ね、尻尾はゆらゆらと揺れ続けている。
たったの一言で依頼金が貰えたわけではない、メルも攫われた一人だったのだからそれは当然だ。
それでも――――。
「メル、どうしたの?」
あの言葉は彼女の消えかかっていた火を勢いづけるのには十分過ぎる物だった。
恐怖はあった、だがメルは確かにあの時、自分が何とかしなければと考えた。
……結果としては力は及ばなかったが、それでも動いたからこそ助けられた者が居たのもまた確かだ。
「えっとねユーリママ、私やっぱり――」
だからこそ、たった一言の礼が嬉しく感じ、この酒場の冒険者達が笑っているのはああいう言葉があったからなんだと彼女には思えて……。
「やっぱり冒険者になりたい!」
母ユーリへとその思いを真正面から告げた。
だが――。
「…………今日危険な目に遭ったばかりでしょ」
「で、でも……」
いつもは優しい母であるユーリはナタリアの様に目を釣り上げる。
流石は親子と言った所なんだろう、怒っている時のユーリは何処かナタリアの顔にそっくりであり、唯一違うとすればナタリアは普段からそうだと言う事だけだ。
「怪我じゃ済まない時だってあるんだよ? 確かに感謝されることもあるけど、人と殺し合わなければいけない時もあるんだ! メルはそれを分かってる?」
「――――ッ」
メルはユーリの言葉を聞き、ゼッキに負けた時の事を思い出し、身体を震わせた……。
人との殺し合い、最初男達は奇襲もあって気絶させることが出来た。
だが、ゼッキは違った……もしアレが本気だったのなら、ユーリが言っている事が実際に起きているのだ。
「仲間だって死ぬかもしれない……」
死という言葉を聞き、震えはますますひどくなったが、彼女は身体に対抗するように首を振り、真っ直ぐとユーリの目を見つめ告げる。
「そ、その時は……私が守るよ! その為に頑張って来たんだもん!」
目の前にいる母だってそうしてきた。それを知るメルだからこその答えだった……だが――。
「その結果、人を殺めるとしても?」
「…………え?」
続けられた母の言葉にメルは何も言い返せなかった……。
予想外の言葉だというのはあった、だが同時にそれを避ける続ける事は無理だろうと理解してしまったからだ。
彼女は今日初めて人と対峙し、戦うために魔法を使った……だが、その全てが相手を殺さない様にと考えての物だった。
意識的にそうやって時もあり、無意識でやってしまった時もある。
その証拠にメルはゼッキに「無意識の内に手を抜いた」と言われてしまっているのだから……。
もし、本当に命の駆け引きになった時、メルはきっと手を抜いてしまう。
そうなれば、当然仲間を守る事はおろか、自分さえ守れない。
今回の様に……。
「それにねメル……人の命は天秤にかけられる物じゃないんだ……悪人でも善人でも殺めたら人殺しは人殺し、それを理解して苦しむか、理解してなお楽しむか二通りしかない、例え世界を救ったとしてもずっと裁かれない罪に苦しむしかないんだよ?」
メルに告げられた言葉はやけにゆっくりだった……まるでその分、胸に刺さるようにも感じた。
裁かれない罪……メルは当然そんな事を考えてはいなかった。
ユーリの英雄譚もそうだが、彼女が読んできた物語の中では、世界を絶望へ貶めた闇の王、それを切り伏せ世界を救った貧しき村の少年、少年は英雄と讃えられ、世界一の美女とまで言われた姫と添い遂げる話。
自分勝手な王、民を苦しませながら他国に戦争を仕掛けた……他国の王は打ち取られた。
だが、その息子……王子が剣を持ち父の敵を取り、讃えられる話など他にも沢山人と戦う物語はあった……。
だが、そのどれもが人を殺めても英雄と崇められているものばかりだった。
たった今ユーリの口にした裁かれない罪について何も書かれていない。
普通の家庭ならばそんな事言われてもと思うんだろう……だが――。
メルの前に居る母は紛れもなく世界を救った英雄だ。
敵は母ユーリ本人の親類である闇の王……タリムの王。
彼は世界を闇に堕とし掌握しようとした……だが、それを成し遂げる前に仲間や精霊ソティルと共に打ち滅ぼした。
それだけではなく、祖母ナタリアから聞いた話では死の運命にあった亡国の姫であり、メルの産みの母フィーナを運命を捻じ曲げたかのように助けている。
おかしな話ではあるが彼女とは夫婦となっていたし、事実メルは二人の血を受け継いだ子だ。
更には彼女の知人には此処リラーグの王シルトとフォーグ地方レライの王シュタークが居る。
家系もリュミレイユと言う貴族の家系であり、メルの曾祖母に当たるイリアは勿論領主として生活をし、祖母は当時から名の知れていた魔法使いナタリア……。
ユーリ自身は攻撃魔法が苦手だが、強力な魔法を使える精霊ソティルが付いているし、更にはエルフとに認められ膨大な魔力と精霊と会話する力を授かった。
そしてデゼルトと言う龍まで従えている……メルはそんな母を誇りに思っていた。
だが――だからこそ、彼女には母の言葉が重い物だと分かってしまい、メルは返す言葉を見失い長い沈黙が保たれる……。
周りがうるさい分……そこだけは妙に静かすぎる。
そう、まるで自分達だけが切り離されたかのようにメルは感じていた。
丁度そんな時――。
「なんや姉さん、説教なんて」
――特徴のある言葉が沈黙を破った。




