42話 虫の魔物
無事薬草を手に入れたメル達。
後は戻るだけだ……そう思っていた彼女達の目の前に現れたのはメルが倒した魔物を食らう同じ虫の魔物。
洞窟は一本道、魔物を倒すしかないのだが……
メルを警戒しているのか、先ほどの魔物とは違いすぐには襲い掛かって来なかった。
しかし、以前の魔物より少し小さくなったとはいえ、これほどまでに大きな虫は一体どこから来たというのだろうか?
『キチキチキチ……』
メルが思考していると虫はそう音を立て、幾つもの足を動かし彼女の方へと向かって来る。
その動きに気持ち悪さを覚えるもメルは剣を振り下ろす……さっきは胴体を狙ったが、今回は真正面から両断するつもりで、だ。
それなら流石に動かないはず……だと思った。
「……え? う、そ……?」
だが、剣は音を立て衝撃を手に伝えただけ……目の前に居たはずの虫は体をぐにゃりと曲げ、その顎でカチカチと音を立てている。
地へと叩きつけられた剣を見てメルが唖然としていると、先ほどの不気味な音を立てた魔物はメルへと再び襲い掛かる。
……彼女は慌ててそれを避けると虫の牙は地面へと刺さり、抜けないのか隙が出来た。
「今度こそっ!!」
これなら避けられない、そう思い再び剣を振るう――が、ランタンに照らされた視界の中、何か黒い物が彼女迫り――
「――がっ!?」
それを避けることが出来なかった彼女は壁へと叩きつけられ、痛みと息苦しさを感じ普段では出す事の無い声を発する。
「けほっ……けほ、はぁ……ぅぅ……」
その激痛で手から力が抜けかけるが必死に剣を持つ手に力を籠め立ち上がったメルは――ここで倒れる訳にはいかない! そう心で叫びを上げ、ふらふらとする視線を魔物へと向けた。
「……え? あ、穴?」
はずだった……
だが、そこには先ほどまであった巨虫の姿はなく、代わりに大きな穴がぽっかりと口を開けていた。
一体どこに? 穴を掘ったなら静かすぎる……なにか音がしても良いはずだと言うのに彼女はその音を聞いていない。
いや、聞こえないのだ……
「どこにもいない?」
ランタンを掲げ、辺りを見回してみるが、魔物の姿は全く見えず……
「ッ!! 我が往く道を照らせ! ルクス!!」
もしかしたら天井に居るかもしれない、灯を呼び出し、その光で照らすも……
「……え?」
そこにも魔物は居らず、あったのは無数の穴。
その穴は大きさがどれも違い、何故そんな穴が? とメルは疑問を浮かべたがそれはすぐに答えを理解した。
「ひっ!?」
それは丁度、彼女が魔物を探し壁へと目を向けた時だ。
壁は溶ける様に消え、姿を現したのは消えたはずの虫。
ああやって溶かして移動していたから音が聞こえなかったのだろう……そう理解したメルは思わず腰が抜け、ズリズリと服を擦らせながら移動する。
隙だらけの彼女だったが、どういう訳か魔物は彼女を見失ったらしく、辺りを見回しているだけだ。
今の内に外に出てしまおう……メルはそう考え、見つからない事に安堵しつつ移動する――すると、突然にちゃりとするモノに手が触れた。
「な、何? ……き、きゃぁぁぁああ!!」
彼女が触れた物は形はかろうじて残ってはいたが先ほど魔物が食べていた同じ魔物の死骸――だが、触れた部分は驚くほどに柔らかく粘ついていて……簡単に形を崩した。
「ひっ、あ、熱っ!? あぐぅ……」
壁を溶かした唾液の所為だろうとメルが理解したと同時に触れた手は突然、痛みと熱を訴え……メルはまさか手が解けてしまうのではないか? と冷たい物が背中を走り――
「撃ち放て水魔の弓矢! ウォータショット!」
――慌てて魔法を唱え手に付いた物を洗い流した。
「うぐっ……ぅ、ぅぅ」
幸いにも溶ける事は無かったが、水の所為で痛みは増しメルの瞳からは涙が堪え切れず零れた。
だが、後は逃げるだけだ……メルはそう思うが……
『キチキチキチ……』
『メル! 逃げて!!』
ドリアードの声と共に彼女の耳に入ったのは虫の足音……はっとし、顔を上げると――虫の牙はもうそこまで迫っていた。
「い、嫌ぁぁぁぁぁあああああ!!」
まだ見つかってないと油断していた……いや、もしかしたら魔物は彼女が死体に触れる事も考えていたのかもしれない。
何と言っても穴を掘り奇襲を仕掛けようとしたのだから……それだけの知能があるのならば見つからないふりをするかもしれない、そう頭に過ぎった時にはもう遅く――
「ぁ、ぁぁ? ………ぁ」
もう逃げれない、魔物はそう思ったのだろうか? メルには分からなかったが、虫は見せつける様に顎を動かし、良く見れば奥にも顎があるのが見えた。
怖いよ……で、でも体は言う事を聞いてくれな……嫌、だ……私もああやって溶かされて食べられるの……!?
その疑問に答えを見せつける様に顎は更に開かれ……
メルは唯一出来る抵抗、目を閉じる事にした……
それからすぐに大きな音が聞こえ、彼女はゆっくりと目を開ける……
「え……」
目に映ったのは襲い掛かろうとした虫に新たな壁から出てきた虫が噛みついている所だった。
噛みつかれた方はまだ生きているのかバタバタと悶えていて、それを押さえつけるのは……無数の足。
まさか、天井に居たのは別の虫で消えた一匹は時間を置いて彼女を襲おうとしていたとでもいうのだろうか?
そんな狡猾な魔物にメルは更にゾッとし……歯は震え……自分を襲おうとしていた虫が徐々に力を失っていくのを怯えながら眺めていると……
『メル!! 薬草を使って!!』
「薬草……っ!!」
ドリアードの声が届き……メルはハッとする。
そう、彼女は薬草を届けなくてはいけないのだ……仲間の為、姉の為に……
死の恐怖で忘れかけていたそんな大事な事を思い出すと彼女は立ち上がる。
幸いもう一匹現れたお蔭もあり、たった今メルを狙っていた魔物は動かず……もう一匹はメルより大きな獲物に夢中の様だ。
「……痛ぅ」
手は相変わらず痛みを訴え――先程ぶつけた背中も息をする度、動く度に痛みを訴える……
だが、狙うなら今……今なら――
「焔よ我が敵を焼き払え!! フレイムボール!!」
――隙だらけだ!
解き放った魔法は真っ直ぐと二匹の魔物へと轟音を立てながら近づく……だが、その音の所為で気が付いた捕食者は焔から逃げようと身をよじらせるのが見えた。
「させないっ!! 見えぬ刃よ我が敵を切り裂け! エアリアルショット!!」
今ここで逃がしたら、もう後が無い!
彼女はすぐにもう一つの魔法を唱え、風の刃ではなく風そのものを火球目掛け解き放つ――
とっさの判断ではあったが、火を起こす時の事を思い出した事でこの方法を思いついたのだが……その判断は正しかったのか、風を受けた火の球は火の渦となり魔物へを捉えた。
「……あ、当たった?」
だが、二つの魔力はろくに込められなかったのだろう、すぐにその炎の海は消え――そこには炎に焼かれのたうち回る魔物の姿があり、その魔物達はゆっくりとではあるが徐々に動きが鈍くなっていく。
その様子にようやく戦いが終わった事を実感した彼女ははっとすると――
「ドリアード、ウンディーネ!」
二人の精霊の名を叫ぶ……すると近くに居たドリアードは彼女の肩に乗り――
『大丈夫だよ、奥までは火が届いてないみたい。他の子の話だと水も無事みたいだよ!』
っと告げられたメルはほっと一つ息をついた。
無事に終わった、そう安堵していると他の精霊から戦いの終わりを告げられたのだろう、ウンディーネは目を瞑ったままメルの元にやって来て服の中へと隠れ――
『目を瞑っても観えます!?』
――と当然の事をメルの服の中から訴える。
メルは視界に映っていたそれに気づき、すぐに入口の方へと向き直ると――
「外に出よう!」
外へ向かい走る。
途中、他の魔物が追って来るのではないか? と警戒したが、その様子は無く……とはいえ、音もなく壁を移動する魔物だ。
早く出る事には越したことは無いと彼女は痛みを訴え続ける身体を動かした。
「はっ、は…………はぁ……つぅ……」
ようやく洞窟の外へと無事たどり着いた彼女は息を整えていると、左手の痛みを感じる。
急いで洗い流したとはいえ、溶けているのでは? そんな不安を感じつつも手を確認してみると……
「うわぁ……痛い訳だよ……まるで火傷みたい」
それは焼けただれたような傷になっていた。
「そうだ、ライノさんにもらった薬……」
メルはエスイルが使った毒も火傷を負わせるものと言っていた事を思い出し、傷薬には間違いないそれを取り出し早速使ってみると……
「っ!?」
慌てて塗ったからと言うのもあるのか、薬は傷に染みた……だが、空を飛べば風が当たりもっと痛い思いをすると考え、我慢し塗り、不器用ながらも包帯を巻く――
それが解けないか確認した所で彼女は――
「我らに天かける翼を、エアリアルムーブ」
――魔法で空へと舞い上がった。
『メル! おかえりっ!!』
そう言ってメルの目の前を嬉しそうに舞うのは精霊シルフだ。
「ただいま、さぁ、帰ろうっと……その前に二人共」
メルは肩に乗っている精霊ドリアードと服の中で震えている精霊ウンディーネに声を掛け――
「ほら外の景色だよ」
ほんのお礼代わりに空から見える景色を見せる。
『うわぁぁぁ、高い……空もあんなに近いよ』
精霊も普段は飛んで移動してはいるが見る事は無い景色……それを目にし、ドリアードはメルの周りをはしゃぐように飛び回る。
一方顔だけを服の外へと出したウンディーネの方は……
『もう、一生これだけを見ていたいです……あのうぞぞぞぞは嫌です』
「い、一生って……」
ちょっと大げさな気もするとメルは考えていると、ウンディーネの言葉に疑問を持ったのだろうシルフは首を傾げ――
『メル、うぞぞぞぞってなに?』
「うん、シルフは観ない方が良いよ? うぞぞぞぞは気持ち悪いから……」
メルはそうシルフに言いつつ、彼女は心の中で――私がもう見たくない、龍と違って全然可愛くないし! と呟いた。
『ん? そんなに……なの?』
「そんなになの、とにかく急いで戻ろう? シルフお願いね!」
メルは何時もの様にシルフへと道案内を頼み――
『分かったついて来てっ!』
シルフは何時もの様に答えメルの前を飛ぶ――
無事……とは言い切れないだろうが、薬草は手に入った。
後はライノに薬を作ってもらうだけだ……
「リアス……シュレム……すぐ戻るからね」
そう呟いた彼女の声は風の音に消え……急ぎメルは二人の待つカロンへと向かう――




