40話 毒草の洞窟
リアスとシュレムの二人は毒に侵されている。
彼らを助けるには解毒剤が必要だが、しかしライノの手元には材料となる薬草が無かった。
しかも、心当たりがある場所に行っていては到底間に合わない。
困り果てるメル達だったが、ライノが以前買った情報の中にユーリ達が昔足を運んだ毒草の洞窟の話があり、もしかしたらそこにあるかもしれないとの事だ。
メルは其処へと向かう事にしたのだが……果たしてそこにあるのは薬草か毒草か?
次の日の朝、メルはすぐに荷物をまとめる。
勿論首飾りは元の箱の中へとしまい、鞄の中へと入れた……もしも、追手が来るとしたら自身を狙ってくるはずだと思っての事だ……
「本当に一人で行くの?」
「はい、エスイルをお願いします」
メルはライノの言葉にそう答えると、手招きをされ首を傾げつつも近寄っていく、すると布袋と包みに緑色の液体が入っている小瓶を手渡された。
彼女はこれは何だろうか? と考えつつそれを眺める。
「布袋の方には傷薬が入ってるわ……昨日メルちゃんが使ってくれたものよりは効果が落ちるけど、そこらで売っている物よりは質が良いの」
「ありがとうございます、でもこの包みと小瓶は?」
「ええ、昨日エスイルちゃんに渡したのと同じもので包みに入っている粉を振りかけると火傷のような傷を負わせられるの」
効果を聞いてやはり昨日のアレはこの薬の所為だと気づいた彼女は感心し……すぐに、その顔を青くした。
「そ、そんな危ないものを昨日エスイルに? お蔭で助かったんですけど……その――」
「大丈夫よ、そっちの小瓶に入っている液体をすぐに塗れば、ね? そっちは火傷薬だから」
薬師はにこにこと笑っているが、ずいぶんと危ない薬だなぁっと思いつつ、ベッドで寝ているエスイルへと目を向ける。
「……大丈夫よ、今度は守って見せるから……ね? それと薬草は少なくても五枚あれば足りるわ、よろしくね」
「はい……ありがとうございます、では行ってきます」
まとめた荷物を手に取り、彼女は扉へと手をかけ……振り返る。
そこには今だエスイルと同じように寝ているのに全く違う表情を浮かべ、汗を流す二人の姿が目に映った。
もし、薬草が無かったら……そんな不安が彼女を包むが頭を振り、きっと助けて見せると意気込むと扉を開け廊下を走った。
目指すのは以前クロネコに教わった洞窟……
店の方に出ると店主はもう起きていたのか、メルへと目を向けてくれたので軽く頭を下げるとメルはそのまま走り抜けようとした。
「気を付けて行って来いよ!」
背中に向けられた言葉に彼女は――
「はい!」
と一言だけ答え、走る。
そして、街の中シルフの案内により、昨日くぐったばかりの村の門へと辿り着いたメルは門兵に理由を告げ外へと飛び出した。
「シルフ、急ぐよ!」
『毒草の洞窟だね? 任せて!!』
頼もしい相棒はいつもより顔を引き締めて答えてくれ、それを聞いたメルは一つの魔法を唱える。
「我らに天かける翼を……エアリアルムーブ」
その魔法は小さい頃に両親をびっくりさせようとして唱え、失敗したもので……その事は今でも鮮明に覚えていた。
一時期はこの魔法が使えなくなる程、怖い思いをしたはずだが、メルにとっては大事な思い出だ。
屋根にしがみつく事しか出来ず、いつか落ちるのではと怖くて泣いていたメルを励ましてくれていたシュレムとシウス……
同じ魔法で助けに来てくれたユーリ……その手は、声は温かく、ひどく安心するもので……今自身が空を飛べるのも三人のお蔭だと、彼女は感じていた。
「お願い、なるべく急いで!!」
『分かった!』
シルフはメルの前を飛んでいき、彼女は何時もの様にその後に付く……
リラーグでは空の方が魔物が少ないはずではあるが……彼女の目には珍しくもドレイクバードが映る。
本来、森などに生息する魔物で普段はここら辺には居ないはずのその魔物は彼女に気が付くとその牙と爪を向けて来た――
だが立ち止まってのんびり戦ってる暇は無い! そう考えたメルはアクアリムを鞘から引き抜き――
「どいてぇぇぇぇぇ!!」
魔物目掛け銀線を描く……勢いを殺すことなく、二つに分かれた魔物へと突っ込み鞘で払いのけると彼女はそのまま真っ直ぐに飛んでいく。
すると少し遠かったリラーグは徐々に近づいて来て……
『メル、きっとあそこだよ!』
シルフは一つの洞窟を指で示し、メルは彼女の後を追った……
洞窟の前へと降り立ったメルはランタンの火を灯し、中へと入っていく……
昔は静かで、何も生き物が居ない洞窟だったって話は聞いていた。もし今もそうなら、毒草が生えていて薬草のカノンドは無い可能性が高い……んだよね。
だが、聞いた話では昔は精霊も居なかったとメルは聞いていた……つまり、精霊さえいれば毒草が無い可能性が高いと言う事だが……
メルは宙に漂う相棒へと瞳を向け尋ねる。
「シルフは大丈夫? 辛くない?」
『まだ風が入って来てるから大丈夫! でも、そろそろウンディーネに代わった方が良いよ?』
シルフはそう提案し少し奥に見えた小さな川を示す。
メルはそちらへと向くとほっとした表情を浮かべた……シルフの言う通り、そこには水の精霊ウンディーネが居たのだ。
水の近くに居た精霊はメルに気が付いたのだろうゆっくりと近づいて来ると微笑む。
メルは提案通り、案内をウンディーネに頼むことにし、ここまで連れて来てくれたシルフへと顔を向けた。
「シルフ、いつもありがとう! 帰りもお願いね」
『任せてよ! メルのお願いはいつでも聞くよ!』
メルがシルフにそう言うとシルフは嬉しそうに飛び回った後に入口の方へと向かって行った。
彼女はそれを見送った後、ウンディーネへと目を向け――
「ウンディーネ、お願いね? それと――」
『はい、任せてください……ですがメル、この先に気を付けてください』
その声は決してふざけているものでは無く、メルはまさか精霊が居るのに毒草があるのだろうか? と考え――
「それってどういう事?」
と問うと、ウンディーネは困ったような表情を浮かべ――
『分かりません、今は観えていますが普段は観えないので』
と答えた。
「……分かった、気を付けて進もう? ウンディーネも周りに注意してくれるかな?」
『はい、勿論です』
ウンディーネに案内を頼み、メルはゆっくりと洞窟の中を歩いていると……一つの事に気が付いた。
ウンディーネ達は勿論、ドリアード達もこの洞窟に居る。
だが……
「魔物も動物もいない?」
思わず呟いてしまったが、何も居ない。
精霊以外は何も……何時だったかは忘れたがメルはフォルが本を抱え、まるで自身が最初から知っていたかのように語っていたのを思い出す。
動物も魔物も精霊も自分が危険だと思うと其処には近づかない……つまり、ここには精霊以外には危険があるって事だろうか?
少なくとも毒草では無い事は分かる。もしそうであれば精霊達ですらいないはずなのだから……
だとしたら、一体どんな危険があるというのか?
『キチキチ、キチキチキチ……キチキチ、キチキチキチキチ………」
「なぁっ!?」
何も居ないはずの洞窟の中に響くのは不気味な音で……
続けて聞こえてきたのは
『ピチャピチャ、ピチャピチャ』
と言う音……辺りを見回してみてもその音の正体は見つからない。
その場から見えないと言う事は洞窟の奥から聞こえるのかもしれないが――
「こ、これ……何の音?」
メルが分かる事と言えば音がある以上、なにかの仕業だとであり、それは幽霊の類ではない。
幽霊なんか居る訳が無い! メルはそう信じたいが母ユーリや祖母ナタリアは居るかもしれないし、居たらどう対処して良いか分からないと言っていた事を思い出し顔を青くする。
だが、居ないはずだと……メルは自身を安心させるために「居る訳が無い」と心の中で叫ぶ――
『キチキチキチ……』
だが、洞窟の中を進むとその音はどんどん大きくなって来ていて、姿も見えず……彼女は本当に幽霊ではないのか? と思い始めるとその大きな瞳に涙を貯め始めた。
それでも止まる訳にはいかないと足を必死に動かし、前へとメルは進む。
すると……曲がり角を進んだ先に見えたのは脚が何本もついた何か……
それが動く度に『キチキチ』と言う音が鳴り響く……音の正体は幽霊ではなく巨大な何かだった……
メルはそれを見るなり、苦手な虫を思い出し青い顔をしつつ魔物だろうか? と考える。
だが、メルが見たり聞いたりした中ではここまで大きな魔物はそうそう居ない。
そんな事を考えていると、それは突然動き出し……何本もある足は飾りではなくうぞうぞと動き出す。
それを見て彼女はぞわっとし……思わず。
「ひっ!?」
っと悲鳴を上げてしまった。
それも仕方の無い事だ……メルは虫が苦手なのだから……魔物だろうと普通の虫だろうと近づきたくないし見たくもない。
だが、この場は我慢すべきだった……
虫の魔物は今のメルの声で気が付いてしまった様で……動きを一瞬止めた後――
『カチッカチッカチッ……』
っと顎を鳴らしその頭を彼女の方へと向けてきた――
「『――――っ!?!?!?』」
虫は威嚇をしているのか、それとも彼女を餌と見ているのか頭を上げ……その何本もある足をキチキチと言う音を立てながら動かす。
『メル!? あ、あああああれは何なんですか!? き、気持ち悪いです!?』
普段はおとなしく静かなウンディーネはその小さな体でメルへ抱きつき訴える。
今までは観えないから大丈夫でも観えてしまったから嫌悪感を持ったのだろう……
「し、知らないよ!?」
メルはそれは何の虫かは分かった……が――
「あんな大きいのは知らない!!」
『み、観ないでください!? アレは気色悪いです!?』
メル自身見たくは無いと思ったが、ウンディーネの注文は無茶な物だとも感じた。
巨大虫を見ずに突破できるのであれば良いのだが、道は一本……広めではあるが大きすぎる虫が居て通り過ぎるなんて事はまず無理だ。
目を閉じたら最後、虫の強靭そうな顎でメルは真っ二つになってしまうだろうと考えると更にぞっとした。
だが、そんな事を考えている内に巨大虫はメルに狙いを定め終わったのかゆっくりと身体を動かし――
「『きゃぁああああ!?』」
メルへと飛び掛かって来た……
慌てて避けた彼女はアクアリムへと手をかけ魔物の胴体へ目掛け銀色の線を走らせる。
魔力を込めていなくても切れ味は相当良いのだろう、魔物は見事に両断され……メルはその場から奥へ目掛け走った……のだが――
『キチキチキチキチキチ……』
メルの耳にはゾッとする音が再び聞こえ、嫌な予感を感じ後ろを振り返ると――
「『ひッ!?』」
両断したはずの虫は頭をこちらへと向けて、それだけではなく足を動かし向かって来ている。
「もう嫌ぁぁぁぁ!? 焔よ我が敵を焼き払えっフレイムボール!!」
魔物へ向けて放った炎球は外れるはずもなくそれを包み異臭を放つ……
その臭いの所為で気持ち悪くなりつつも、メルは身を翻し奥へと急いだ。
『メル酷いです!? 観ないでって言いましたのに』
「み、見てなかったらあのまま食べられてたよ……」
道が一本しかない以上、帰りもあの道を通らなければならない事をメルは気が重く感じつつ、帰りの時にもう半分が動いていませんようにと祈りながら先へと急ぐ――




