36話 酒場で何が?
メルは酒場の店主の元へと出向き仲間を返すように告げる。
しかし、店主は何も知らないようでライノが怪我をしたと聞くと顔色を変えて部屋へと向かって行った。
彼が去った酒場ではその場に居た者達がメルへと刃を向けるのだが、メルはこれを押さえると戻ってきた店主と共に事の真相へと足を踏み入れるのだった。
メル達は酒場の中を進み一つの部屋へと辿り着く。
「おい、この部屋は使えないはずだぞ」
当然酒場の主である店主はその部屋が何なのか分かっているはずであり、彼は使えないと言う事をはっきりと口にした。
だが、ロープの男は――
「この中だ……」
そう言いつつ顎で部屋を指す。
メルは扉を慎重に開けると……使えないと言っていた割には中は他と変わらない普通の部屋だ。
それ所か彼女達が泊まっている部屋なんかよりずっと綺麗で当然の疑問が生まれた。
「ねぇ……なんで使えないの?」
その疑問を声に出したエスイルに店主は何処が居心地が悪そうな顔を浮かべ、口を開く……
「ああ、泊まった奴から色々言われたんだよ……出るとかな」
「……へ?」
出ると言う言葉を聞きメルは顔を青くすると慌てて振り返る。
「で、ででででで出る!?」
その言葉の意味は恐らく一つしかなく……メルの母フィーナや知人のマリーはそんなものは居ないと言っていた。
しかし、一方で見えないのだから居るかも分からない……そう言ったユーリとナタリアの言葉もあり、メルはそれに恐怖心を抱いていた。
もし、出たとしたら魔法が効くとも限らないからだ。
「ぅぅ……」
「メルお姉ちゃん大丈夫だよ、そんなのは居ないってママ言ってたよ?」
だが、そんな事を考えているのがばれたのか、エスイルにそう言われるなり、彼女はがっくりと項垂れた。
「坊主言う通り、出る訳がねえ……俺もそう言ってたんだが、調べたら声が聞こえてな。だからこの部屋は閉じたはず、なんだが……どういう事だ?」
そう言って店主は中へと入り、後を追うようにエスイルまで入ってしまった。
「エスイル!?」
慌てて部屋に入り、弟の手を取ったメルがほっとするも束の間……
『ぉ、ぉぉぉ……』
「ひぃっ!?」
人の声らしきものが聞こえ、彼女は声を上げ弟に飛びついた。
それは確かに聞こえ、人の声の様だった……
『……ぉぉぉ、ぉぉ……ぉぉ』
「ま、まままままま」
「やっぱり聞こえるな……」
メルは顔を青くして弟にしがみつく様にしながらもロープの男へとその瞳を向け――睨む。
もしかしたら、これは罠ではないのか? そう考えた彼女は――
「リリリリアスとシシシシュレムは何処なの!?」
――部屋に入ってこようとしない男に声を上げると、彼はゆっくりとした足取りで部屋の中へと入ってくる。
それとほぼ同時だろうか、メルの目の前にはシルフが現れ――
『メル! メル!! 通り道だよ!!』
そんな事を言い、シルフは何故か喜んでいる。
可愛らしいその顔はこの状況ではありがたいと思ったメルだったが……怖いのは変わらず。
聞こえてくる声も――
『ぉぉ、ぉぉぉぉぉ……』
「ひぅ!?」
途絶える事は無くメルの精神を削っていく。
「お姉ちゃん、苦しいよ……」
メルは最早弟を守らなければいけないと言う事すら忘れ、涙目で辺りを見回した。
この部屋の中、透明の精神物体……つまり幽霊が居る――そう思えてならなかったからだ。
『通り道だ! 通り道だよ!』
しかし、シルフは怯えるメルの周りを嬉しそうに飛び回り――
「はぁ、こんなガキに負けたのか……」
ロープの男はメルを見てため息をつきながら歩き……
「居るはずが無いんだがな?」
当の酒場の主は首を傾げている。
「ここだ……」
そう言ってロープの男は足で床を鳴らす。
そこには当然何も無く……隣にベッドがある位だ。
「これをどかせ」
今度は脚でベッドを蹴る男は早くしろと急かし――
「一体なんだって言うんだ」
酒場の主人は首を傾げつつもそのベッドを動かした。
すると――
『通り道だよ!!』
シルフはより一層の笑顔でベッドのあった場所へと飛んで行き。
その辺りをぐるぐると飛んでいる。
『ぉ、ぉぉぉぉぉぉ……』
呻き声は未だ聞こえた、が……シルフの様子にようやく合点が行ったメルは――
「人じゃなくて、風の音?」
それに気が付いた、それならばシルフが突然喜びだしたのも分かるからだ。
恐る恐るそこへと足を運び、床を調べてみる……
良く見てみると隙間の様なものがあり、そこへ手を入れて動かすと抵抗なくそれは動き始めた。
下にはまだ新しい梯子がかかっている。
どうやら、下に道がある様だ……
「お、俺の酒場になんだって……こんなものが」
リアスとシュレムはこの奥に居るのだろうか? とは言えこれ以上はロープを縛ったまま男に案内をさせる訳にもいかない。
だが、拘束を解くなんて言うのは危険すぎる……この部屋の隅にでも繋いでおこうと考えたメルはその前にと思い――
「この先に何があるか全部教えて?」
にっこりとロープの男に近づき問う。
梯子を下りた後、メルは腰につけていたランタンの火を灯し……その先の洞窟を進む……
洞窟の中はシルフが喜ぶほどの風が吹いているのにとても短く、また梯子があるだけだった。
「変……だよ、風があるのに……」
辺りを見回してみると彼女の目に緑色の石が映り、それへと近づいてみると……
「きゃぁ!?」
その石から突風が吹き、身体が持っていかれそうになる。
「お、おい大丈夫か? こいつは……」
店主が身体を支えてくれて転ぶのは避けられ、ほっとしていると石へ興味を示したのか店主はじっと緑色の石を見つめた。
「知ってるの?」
「マジックアイテムだな」
その答えにメルは思わず転びそうになった。
誰がどう見ても他の道具には見えないだろう事は分かっていたからだ。
「はぁ、それは封風石って言って風の魔法を閉じ込めてる物なの、でも――普通はここまで強くは無いし、持続性もない……はずなんだけど」
見た所、石は固定されてるし簡単に取り外せそうもない。
『……あれ?』
「どうしたの? シルフ」
『誰も居ないよ? 風があるのに』
メルは相棒にそう言われ、辺りを見回す……
すると、確かに精霊が居ない事がメルとエスイルにはすぐに分かった。
実際には精霊という者達は意志は共通だから誰も居ないという言い方は疑問だが、シルフがそう言うのだから特に気にする必要はないだろう……問題は彼女の言う通り他のシルフは見当たらない。
『それに、なんかこの風怖い感じがする』
ほんの少し前までははしゃいでいたシルフは途端に怯えた声を出すと、メルの服の中へと隠れる様に入り込む……
道具とはいえ封風石は魔法……精霊が怖がるのもおかしくはないのだが……メルは普段魔法を使ってもここまで怖がらないのに……と疑問を浮かべた。
しかし、目の前の道具は確かに普通では無い事は分かり……もう一つ分かった事は風が向かっている場所は……
「この風……あの部屋に向かってるの? メルお姉ちゃん」
「うん、そうみたいだね……エスイル」
弟の答えにメルは頷き答えた。
そう、風の向かっている先には先ほどの部屋に続く道がある。
つまりあの『ぉぉぉ……』っていう風はこれの所為で起きている。
その結果、幽霊騒ぎになったんだろう……恐らくは故意であり、そうまでして隠したい部屋がこの梯子の先にある。
リアスとシュレムもきっと、そこに居る! メルはそれを願い――
「登ろう!」
――と口にした後、梯子へと手足をかけた。
蓋を持ち上げ、隙間からゆっくりと辺りを見回す。
人の気配や足跡は今の所無く……
「シルフ」
メルが小声で精霊の名を呼ぶと相棒はおどおどとした様子で服から出てくると部屋の中へと身を投じ――
『大丈夫だよメル』
と教えてくれた。
シルフの言葉に安心して中へと入り……改めてそこを見てみる。
辿り着いた場所は小さな部屋……メルはその風景に見覚えがあった。
先ほどまでいた酒場にそっくりな場所で――
「一緒だ……」
――内装、家具……そう言ったものがほぼ同じでパッと見ただけでは別の場所だとは分からない。
いや……そもそも移動してきた距離を考えるとまだ酒場である可能性が高い。
「こ、ここは何処だ?」
だが、後を続いた店主は首を傾げつつ部屋を見ている。
「あ、あれ? エスイル?」
メルは近くにエスイルの姿が無い事に焦り辺りを見回すと弟は扉の方へと向かって行っている。
「エスイル、まだ傍から離れたら駄目だよ」
そんな弟に声を掛けた時だ。
扉がゆっくりと動くのが見え――
「エスイル!! 早くこっちに!!」
「え?」
メルは慌てて弟の名を呼んだがエスイルは呆けた声を放ち、のんびりと扉の方へと顔を向ける。
このままじゃ間に合わない! そう判断した彼女は床を蹴り、扉へと急ぐ――しかし、それを嗤うかの様に扉からは赤い髪の男性と銀色の何かが姿を現した。
いや、それが何かは彼女は分かっていた……
「――エスイルっ!!」
もう一度、床を強く蹴り鞘からアクアリムを抜き、彼へと向かい振り抜くと金属同士がぶつかり合う音が部屋へと響き――
「ひっ……!?」
その金属音に怯えた声がメルの下から聞こえる。
良かった、なんとか間に合った……
そう安堵しながらも彼女はエスイルへ目を向け――
「下がって!」
そう告げるとメルは赤髪を睨む……すると扉から出てきた赤髪は苛立ちを隠す様子もなく――
「どうやってここに来やがった……それに何でおっさんが居るんだ?」
「仕方ねえ始末しとくか……前みたいにさ」
ケラケラと笑いながらナイフを手にした青髪の向こう側にぐったりとしているシュレムとリアムの姿が見え……
「二人を返して!!」
メルは瞳を怒りで揺らしながら、そう叫んだ。




