35話 二人を探して
精霊の瞳、それはメルが見ている風景を精霊達が見ることが出来る。
しかし、その能力には違う使い方もあり、精霊達が目を向けている物がメルの目に映る物だった。
体力、魔力を消耗するもメルはそれを試み、シュレムとリアスの居場所を探り当てたのだが……
頭がズキズキする……そんな言葉では表現が足りないとは思ったが、他に考えられる余裕は彼女には無かった。
しかし、メルは足を止めず走る……彼女が向かわないとリアスもシュレムもどうなってしまうか分からないからだ。
「お姉ちゃん……」
エスイルの声が聞こえ、彼女は笑顔を作り弟に答える。
「大丈夫……すぐに助けに行こうね」
歯を食いしばり、メルは目的とした場所に着いた。
そこは人が騒ぎ立て、声と声が重なり、最早何を喋っているのか分からない場所。
彼女達が泊まる酒場だ。
「おう、どうした?」
にやにやと笑っているような中年の男性に声を掛けられ、彼へと近づく……
「あの二人は何処? 話があるの」
そう言うと彼は笑いつつも困った様な表情を浮かべる。
器用な人だ……とメルは思いつつ、その男性は一旦無視することに決め店主へと詰め寄る。
「あ? あいつ等なら別の依頼で――」
「それはおかしいよ、酒場の中に居るのに依頼なんてあるの?」
彼女が見た景色で掴んだ手掛かりは少なくとも造りは同じ部屋……そこに居たのはリアスとシュレム以外に見覚えのある二人だったのだ。
もしそれが間違いでなければ、たった今見たばかりの景色から依頼を受け出掛けるには早すぎる。
そして、依頼に出たと言うのが本当だとしたら内容の話をロクにしていないと言う事だから、それは流石にないはずだ。
「何を根拠に……」
根拠も精霊達が何も観たからであるが、それを出来るのはメル一人、精霊召喚を行える母フィーナ、そして魔族の身でありながら唯一精霊との対話が出来る母ユーリの娘であるからこそだと、彼女はナタリアより聞いていた。
その力は信頼できる人以外には黙っておいた方が良い……そうも言われもした、なにより彼女にとってこれは切り札みたいなものだ。
言いふらして利用されたりするのは目に見えてる、重要なのはメルが知っていると言う事実だけだ。
「ライノさんを斬ったのも二人だね? お客にも冒険者が居るみたいだから血の匂いは隠せる。だけど……なんであの人達はリアスとシュレムの二人と同じ部屋に居るの?」
「おいおい、だから何を言ってるんだ……」
当然、白を切るつもりらしい店主に対しメルは言葉を投げる。
「匂いだよ……リアスが居なくってライノさんが倒れてて慌てて匂いを追った……そうしたら外に出たと思ってたシュレムもここに居る」
勿論嘘だ……純血であるフィーナなら可能だろうが、混血であるメルではそこまで嗅ぎ分けられない。
…………だが、彼女は見た目が見た目。
この嘘は効果があるはず――
「…………ぁあ? 居なくなったったってお前、その姉を探すとか言ってなかったか」
「そうだよ、だけど部屋からリアスも消えた! ライノさんももう少しで死ぬ所だった!!」
メルが声を上げ叫ぶと、目の前に居る店主は見る見るうちに顔を変えて行き……
「ちょ、ちょっと待てライノってさっきの変な喋り方するあんちゃんだろ? 怪我は大丈夫なのか? それに消えたって俺は此処から出ていくのを見てないぞ!」
「…………え?」
その様子は明らかに慌てていて……作った表情にしては自然過ぎ、彼は慌ててカウンターから飛び出ると――
「い、いやそんな事より、今は怪我人だ! 店ん中で死なれたら困る!」
物をひっくり返しながら、どたどたと真っ直ぐに部屋へと向かっていくのだ……
メルは予想外の事に瞳を大きくし、その場で呆然としてしまったが、そうこうしている内に店主は奥へと行ってしまった。
メルは暫くそれを見送っていたのだが、もしあれが演技だったとした時の事を考え慌てて追いかけようとする。
したのだが……走ろうとした時、左腕に何かが絡みつき体が引っ張られた。
「きゃぁ!?」
「メルお姉ちゃん!?」
転びそうになり慌てて足を動かし、頭痛に耐えつつ腕を見てみると何故かロープが絡みついていた。
それは良く店で売っている物で重りが付いて巻きつきやすいようになってる物だ。
何故そんなのが彼女の腕に巻きついてるのか? その理由は一つしかない……
相手はばれる事をなんとも思っていないのか、堂々としていて寧ろここに居た人で無関係だったのはライノと、もしかしたら店主、二人だけだったのかもしれない。
メルはそう考え、出来れば店主がそうなのか確認したいと思ったが――
「すぐには向かえないかな……」
そう呟き、ロープの先を睨む――
今までお酒を飲んだりしていた人達は立ち上がり、武器を取り出す……中にはフォークや食事用のナイフを手に取った者も居たが……見た限りだとメルでも分かる位大半の人が素人だ。
「こ、のぉぉぉガキィィィィ!」
メルの腕に巻きついたロープの先に居る男性は声と共に引っ張るが……その力は弱く、あの二人組の冒険者以下……その証拠に子供のメルですら耐えれてしまうぐらいだ。
「…………シュレムとリアスは何処?」
この人達が二人を攫った人に関係するのではないか? そう思った彼女は尋ねるとへらへらと笑う声が酒場にこだまし、一人の男性が告げてきた。
「すぐに連れっててやるからよ、大人しくしてろ」
その言葉にメルは口元を歪ませた。
殆どの者が素人である事は先程分っていた……中には強い者も居るだろうが、あの二人以下である事は構えなどを見て分かる。
ただ――油断はできないとメルは感じ、身構えた……いくら相手が素人であろうとも、相手の人数が多く……現状に恐怖を覚えた。
しかし、彼女はリアスの言葉を思い出し深呼吸をし、考える――
「お、おい早くしろ!」
「ま、待ってくれこのガ――」
相手の大半は素人だ。
なら、その中で強い者より自身が遥か上である事を示せば良い、メルはそう決意すると左腕に力を籠め――
「キ!? な――!!」
――未だにロープを引っ張る男を睨み、左腕を振る!!
すると、捕らえられているメルではなく男の方がよろけ、前へと倒れこんだ。
「シュレムお姉ちゃんも仲間も返して」
彼女の行動は彼らの予想の外だったのか、他の者達は呆然と立ち尽くしていて、引っ張られた男性は転んだ拍子に足をぶつけたのか悶えていた。
それを見て普段なら謝る所だったが……辺りを見回しつつ力の差に安堵を覚えた。
『メル!! エスイルが!』
だが、一瞬気が抜けかけたからだろうか? シルフの声が聞こえそれを捉えると――彼女は右腕を動かしアクアリムを鞘から抜き放ち――
「――ッ!!」
エスイルへと忍び寄っていた男性の喉元へとアクアリムの切っ先を当てる。
恐らくは無力であるエスイルを捕らえ、メルの降服を狙ったのだろうが……メルには精霊達が付いている。
例え彼女が見逃したとしても精霊達が気が付くと言う事は十分にあり、それを知る術もない者達にとっては目の前に居る小さな少女がまるで手練れの冒険者の様に見えただろう……
「二人を攫った上、その子に手を出したら私は本当に怒るよ……」
ただでさえ我慢するのがやっとの所だというのに……もし、エスイルにまで手を出されたら……彼女は再びためらわずに人を斬るかもしれない。
例え相手が許してくれって言っても聞けないかもしれないと言う事を彼女自身、理解していた。
何故なら、今も無意識とは言え選んだのは剣を抜く言う選択だったからだ……
再び同じような状況になれば、恐らくは自制が聞かず……命乞いをされても無意味だと言う自覚もあった。
「……二人は何処?」
だから彼女は剣を付きつけ、ロープを逆に引っ張り二人を追い詰める。
殺すつもりはなく、だが……抵抗するのであれば傷位はつける覚悟で……
「わ、わかった……教える! だから――もうやめてくれ!!」
先に声を上げたのはロープの方で、彼女が剣を鞘に納めると――
解放された男性は再びエスイルへと手を伸ばし――
「怒るって言ったよ」
「――がっ!?」
メルは彼の顔目掛け拳を振るった。
静まり返っていた酒場の中では最初の笑い声とは違い、怯えた声が響く……
「今度は何だ!! ……なん、だ?」
騒ぎを聞きつけて来たのか、医者を呼ぼうとしたのか分からないが、店主は戻って来るなり呆然と辺りを見回しメルとロープの男そして、彼女に殴られ倒れている人へと目を向けた。
「おい! 面倒事は――」
「この人達が私の姉と仲間を攫ったみたい…………」
あの様子じゃ店主は関わりが無いんだろう……店で騒いだ事は後でちゃんと謝罪をしようと決めたが……今は――
彼女はロープを引っ張り、男性を自身の元に寄せる。
今は……二人の方が優先だ……
「すぐに案内して」
「は、はい!」
メルは返事を聞くと自分の腕からロープを外し、男へと巻きつける。
これで先を持ってれば逃げられる心配はなく、案内はしてもらえるだろう……
何より安全だ、流石に二人の冒険者に加えてこのロープ男まで襲ってきたら危険な事は分かり切っていた。
メルは彼を縛った所で酒場に居る人達へと再び目を向け――
「戻ってきた時に何かあるようだったら……分かるよね?」
念には念をとクロネコに教わっていて、バルドに威嚇をする時の事も聞いていた彼女は地を這うような声でそう彼らに告げ、ロープの男へと鞘に納めたアクアリムでつつき急かす。
すると、男が向かったのはやはり外ではなく……
「やっぱり、この中なんだ……?」
「お、おい! 何がどうなってやがる!!」
「……店主さんはついて来ても良いし、来なくても良いよ? ただ、来れば何が起きてるかは分かるから……」
メルは危険かもしれないと少し考えたものの店主にそう告げた。
もし、店がただ利用されていただけなら……彼は自分の酒場の現状は知っておくべきだろうと考えた結果だった。
彼女としてはついて来ない方が巻き込む事も心配しないで済むと思ったが、どうやら店主はついてくる気のようで……メルは一つ溜息をつくと目の前の男に――
「……早くして」
「は、はい!」
――そう一言で脅しをかけ、酒場の奥……二人の冒険者が寝泊まりするであろう部屋へと急がせた。




