34話 リアスの危機
シュレムを探し村の中を走るメル。
しかし姉の姿はどこにも無く、途方に暮れていた処……シルフがリアスの危機をメルへと伝えに来た。
メルはすぐに宿へと戻る為、エスイルを背負い夜の村を駆けて行くのだった。
メルは弟を背に抱えている所為か、いつもより足が遅く感じつつも宿屋を目に捉えるとそのまま駆け込んでいく――
「おいおい! 何慌ててるんだ」
宿屋の扉を開け、彼女が部屋へと向かおうとすると店主のそんな声が聞こえたが、それよりもリアスだ。
部屋までもう少しの距離をもどかしく感じた彼女は酒場を駆け抜け部屋へと向かい辿り着いた先で扉を乱暴に開け、部屋の中に飛び込んだ。
「……リアス!?」
部屋の中を見渡すとベッドで寝ていたはずの彼の姿は無く……
天族の男性……ライノの姿も無い。
彼が追手でリアスが攫われてしまったのだろうか?
そんな不安を抱えながらメルは精霊の名を呼んだ。
「ウンディーネ!!」
だけど、その精霊は姿を一向に現さず……いつもならすぐに答えてくれるのにだ……その違和感に不安を感じつつ彼女は水がある方へと近づく……
一歩、また一歩と踏み出した足元でぴちゃりと言う音が聞こえ、メルは視線を落とす。
そこは丁度入口からは見えない場所、ベッドの陰になっている場所で……メルが踏んだのは赤い液体……その先に恐る恐る視線を動かすと白い羽を赤く染めた男性が倒れていた。
「…………え?」
彼は苦痛に染めた顔をメルの方へと向けると、途端に申し訳なさそうな表情へと変え――
「ご、ごめんね……抵抗はしたのだけど……」
ライノは息を整え言葉を続ける。
「良い? 貴女はその子を連れて逃げなさい……ちょっとしたらあの男の子を探しに行くから……」
ライノの怪我はどう見たって軽傷で済まされる物じゃなく……メルは何故、彼が倒れているのかと一瞬考えるが、そんな理由など現状を見れば分かり切った事だろうと下し――
彼の元へとすぐに寄ると相棒に向け声を上げる。
「シルフ! ウンディーネは!?」
『それが――』
「メルお姉ちゃん! 水が無いよ!!」
シルフが答えようとした所をエスイルが樽を見ていてくれたのだろう、声を上げた。
その言葉にメルはぞっとした……精霊は住める環境でなければそこに居つかない。
例えメルのお願いであったとしてもそこだけは変わらないのだ……つまり、リアスと彼を襲った相手はメルとエスイルが居る事を知っていて、何らかの手段での精霊との会話を恐れたのだろう……
「……ぐぅ!?」
「――――ライノさんッ!!」
いや、今はそれ所ではない、まずは彼の傷をとメルは急ぎその傷を確認して、息を飲んだ。
恐らくは剣か何かで切られたのだろう切り傷は背中にまっすぐに走っている。
羽にも深い傷があり、慌てて確認したが、最悪の状態ではなくほっと息をついたが、メルの魔法ではこの傷は治せないだろう……薬を使っても今ある魔力をすべて使ってやっと少し傷が治る位だと言う事が彼女には分かった。
だが、血が出すぎている……今から医者を探している暇はないだろう……
「……あ、確か!」
メルは何かを思い出し腰に身に着けた鞄へと手を伸ばす。
取り出したのは小さな小瓶、その中にはトロリとした薬が入っていて……リラーグでもらった物だ。
続いて器と棒、薬草、包帯と取り出し――
「ライノさん、染みますけど我慢してください」
彼へそう告げたメルは用意した器に薬草を入れ磨り潰すと薬と混ぜる……そしてそれを綺麗にした傷口へと塗り込むだけだ、
以前、シンティアに教えてもらった方法でこうすると薬の効果が高まるとの事だ……ただ、難点としては磨り潰した薬草が傷に入り込み激痛が伴う。
幼い頃メルが怪我をした時には我慢できたのに治療の時に大泣きした位には痛いのだ……
一通り薬を塗りこんだ後は薬草で蓋をして包帯で巻く、とはいえメルの巻き方は結構雑になってしまった。
「…………ふぅ、終わりましたよ」
「え、えらくしみる薬ね? でも、ありがとう……」
メルの治療を受け終わった彼はそう言うと二人を交互に見て……
「じゃ、リアスちゃんは任せて、メルちゃん達は――」
「駄目です、それは治した訳じゃないんですから……」
立ち上がろうとし、メルは慌てて彼を止めた。
「それに傷も酷かった……動いたりしたら広がってしまいます」
あの傷だ。もし彼女がウンディーネをついて行かせてなかったら、帰って来てた頃には彼は死んでいたかもしれない。
いや、現状、間に合って手当は出来たと言っても彼の背中からは未だ血が流れ出ている。
医者に早く行った方が良いのは変わりがない……
「……何があったんですか?」
「………………子供を危険な目に遭わせる訳にはいかないわ」
だと言うのにライノはそう言ってまた立ち上がろうとする。
危ない目に遭ったのは自分だと言うのに……
「……そうですか、でもその大怪我で何が出来るんですか? 最悪傷が広がって血が溢れ出る……そうしたらライノさんは……死ぬかもしれないんですよ?」
「そうだよ! 血がいっぱい出てるんだからメルお姉ちゃんの言う通りだよ」
彼が腕に自信があったとしても、あの怪我ではうまく動けないのはメルには分かってる。
何より人が死ぬかもしれない――
そう思うと彼女は――いや、そうじゃなくても危険な目に遭った人を向かわせる訳にはいかないだろう。
「だからと言ってね、子供を守るのは大人の役目なのよ?」
「同時に怪我人を守る役目があるのは元気な人ですよ……少なくとも今、問題なく戦えるのは私だけです。リアスは……どうなったの?」
ライノが襲われてリアスが消えた……そしてその前にはシュレムも消えてしまった。
「……消えた?」
『メル?』
リアムもシュレムも酒場で消えた。
ううん実際にはシュレムは出て行ったんだけど……シルフは酒場からは誰も出てきたところを見ていない。
「…………外よりも中の人間を信じるな……」
あの人が仮に外の人だとして、何故メルにそんな事を教えてくれたんだろうか?
あの時、彼が聞いているのは彼女が姉を探して迷い込んだと言う事だけだ。
「メルちゃん? 聞いてるの? 早く逃げなさい」
でも、あの人の言葉が本当だと言う事は証明できないし……騒ぎを聞いていただろうウンディーネは居ない……
「――――っ!! そうだ!」
そう、そこにウンディーネは居ないのだ。
だが確かに騒ぎは知っているはずであり、ライノが襲われたのも知っている唯一の証人――
「撃ち放て水魔の弓矢……ウォーターショット」
彼女は樽へと手を向け魔法を唱える。
本来、水の玉を飛ばす魔法であるそれを応用した方法だ。
それは飲み水にもなり、魔法で作ったとは言っても本物の水と何ら変わらない――つまり。
暫くすると住処となる水を感じたのかウンディーネは部屋の中へと入って来てメルを見つけるなり、その表情を真面目な物へと変えた。
『メル! 誰かが部屋に入ってきました』
彼女が言っているのは先ほどライノが襲われた事なんだろう……その証拠に今部屋に誰かが入ってくる様子は無い。
視る事も聞く事も実体化無しでは出来ない精霊達ではこの部屋に誰が来て何を喋ったかなんて事は分からない……だが彼女がウンディーネを呼んだのは理由がある。
「他の子は?」
『水を持ってたのでついて行きました』
流石は小さい頃から一緒に居てくれた皆だ。
次に彼女が求める事を予測して動いてくれていたんだろう……ならメルは頼むだけだ。
「ちょ、ちょっとメルちゃん? 何をして――」
「探すんです、リアスをそれに……シュレムも近くに居るかもしれない」
シュレムが消えた理由であり、リアスを攫いライノを襲った人なら話が早い。
「ウンディーネ! それにシルフも……目を貸して」
メルの目はナタリアやホークと同じで特別だ。
精霊に景色を見せる事が出来る。そして……本来なら精霊が見る事が出来ない景色を見る事が出来る。
ただ、いくつかの問題があるのが辛い所ではあるが……
『分かった!』
『はい、畏まりました。私達の目をお貸ししましょう』
その問題は当然と言えば当然。
まずは声が聞こえない、耳を貸してもらうことが出来ないからだ……
そして、魔力の消耗も激しい、何より――
「行くよ……ッ!!」
見れる景色は頼んだ精霊達の見ている物だ。
つまり、彼女の目にはいくつもの景色が一気に流れて来る。
当然、気分が悪くなり吐き気に襲われ、頭も割れそうになる位に痛みを訴え…………魔力だけじゃなく体力まで奪われてしまい長くは勿論、頻繁には使えない。
だから少ない時間で手掛かりを見つけるしかないのだ……
「ぅ……ぅくっ……」
次々に流れて来る景色の中、メルは必死に手掛かりを探す。
痛みの所為で上手く思考は働かず……普段これをやって何かを見つけられたのは稀だ。
しかし、他に方法が無い以上、意地でも見つけるとメルは景色を見続け――
「――――たっ!!」
あったと呟いた言葉は痛みとも取れてしまう物で……
だが彼女は言葉通りそれを見る事が出来た。
「い……い、ょ……」
視界を切る言葉と共に流れて来る景色は消え、ひどい頭痛と疲労感がメルを襲う……
「メルお姉ちゃん、お水……」
エスイルに手渡された水を手に取り一気に飲み干し――
「ありがとう、エスイル……」
メルは未だ頭痛を訴える頭を押さえる。
思ったより時間が掛かってしまった所為で負担が大きい、だからと言って――
「……メルちゃんこれ飲みなさい」
「え?」
メルが頭を抱えつつ立ち上がるとライノからなにやら紙包みを渡された。
「良く分からないけど、頭痛が起きてるのね? 今は効果の低いこれしか無いけどそれ飲んで早く逃げなさい」
「……ありがとうございます」
薬を口に運ぶと苦く……メルは思わず顔をしかめてしまった。
勿論すぐに頭痛が収まってくれるわけもなく……ふらふらとした足取りで扉へと向かう――
「ライノさん、エスイルをお願いします。シルフを付かせますから後で追います……ここから逃げてください」
怪我人に頼むのは申し訳なかった。
だけど、無理な動きさえしなければ傷が広がることは無いはずと思いメルは彼に頼んだ。
なのに――
「全く言う事聞かない子供だな……」
怒らせてしまった様で苛ついた声が聞こえ――
「……でも情けない事に動けないのよね、この子はここに残らせるより、メルちゃんに付かせた方が安全よ」
そう言ってライノはエスイルを手招きし呼ぶと何かを手渡した。
「これはエスイルちゃんが危なくなったら使うのよ、使い方はね――」
ライノは傷の痛みを耐える様な表情のままメルの方へと目を向け――
「気を付けて行ってらっしゃい……」
「……はい」
駆け寄ってきたエスイルの手を握り、メルは彼へと答えた。
なんでなのかは分からなかった、なのに何故か彼は……ライノは信用出来るそんな感じがした。




