30話 カロンへ
一行はリラーグから近い町カロンを目指す。
しかし、その道中シュレムはどうやら魔物をおびき寄せてしまっていた様で、戦いを余儀なくされたメル達は何とか魔物を倒しつつも目的地へと辿り着いたのだが……
リラーグから旅立ちなんとかカロンへと辿り着いたメル達は門兵にお金を手渡すと街の中へと入る。
「やっと……着いたぁぁ……」
メルはその場に座り込みたいのを堪え膝へと手を置き、やっとそこにたどり着いた事を安堵した。
昼間の魔物達といい、その後も戦闘を繰り返していたのだ……しかし、もう街へと着いたのだこれからメル達が向かう先は勿論……
「取りあえず、泊まる所だよね?」
メルは棒になった脚の痛みを感じつつリアスに問うと、彼はやや……いや、かなり疲れた様子で頷いた。
「そう……だな……」
若干息を切らしているのは見間違い、ではない……あれから彼は外での冒険が初めてのメルとシュレムのお守をする羽目になった。
それも、主に魔物へと向かって行くシュレムのお守だ……
「とにかく、俺はもう寝たい……」
「情けない男だ……エロ師匠の方がマシじゃんか」
「え、えっと……リアスが疲れてるのは私達の所為だよね?」
それもヴォールクに襲われた後も魔物へと突っ込んで行ったシュレムがリアスを情けないと言うのはどうなんだろうか? その度にリアスは上手く立ち回り、メルに的確な指示を出していた。
普通なら見捨てられていてもおかしくはないはずなのにだ……
「ああ……正直、戦力が増えたはずなのに手間が増えただけだと後悔してる」
無意識なのか故意なのか、メルには分からなかったが彼のその言葉を聞き、何も言えずに落ち込んでしまう。
当然だ……と……
「メル」
「ひゃい!?」
そんな彼女は突然名前を呼ばれ悲鳴に近い返事を上げる。
そして、身構えてしまった、もしかしたらここでお別れと言われるのでは? と考えたからだ。
「広場を抜けた所に酒場がある、だけどここはリラーグよりかなり治安が悪い、逸れない様について来てくれ」
「あ……う、うん」
だが、彼が告げてきたのは全く違う事で、それに彼女は安堵しつつもやはりリアスは優しい人だと実感した。
その上でメルは……
二度も捕まった事がある身だ、人より警戒しないと! 流石にそんなヘマはしたくないっと尻尾を立ち上げ
一人考えていると――
「メルお姉ちゃんは僕が守るよ?」
エスイルに頼もしい一言を告げられ……自分はそんなに頼りないのだろうか? と尻尾を垂らした。
「あ、ありがとうエスイル……ちゃんと手を繋いでいようね?」
まさか護衛対象に守ってあげるなんて言われると誰が思うだろうか? それも、小さな子にだ……
「安心しろ! オレが――」
「シュレムは余計な事をするな、後で話もしよう……メル、エスイルは頼んだぞ」
「わ、分かった……」
メルは一歩後ろへと下がりながらもリアスの言葉に頷き――気が付いた事があった。
一つは自分――メルはリアスにとって及第点と言った所なのだろう、そして――鋭い言葉と共に射抜くような瞳を向けた先、シュレムは――
「おい!! 余計ってなんだよ?」
「言ったままだ、詳しい話は後でする。それ位我慢しろ」
どうやらリアスの怒りを買ってしまったようだ。
「テメッ――」
「ちょ!? シュレム押さえて!! 話なら酒場で、ね?」
拳を握ったシュレムの腕を慌てて押さえたメルは上ずった声になりつつも姉をなだめようとする。
すると彼女は歯ぎしりを立て――
「話の内容によっては殴る――分かったか? ガキ」
当然、説明もなにも無い状態では納得は出来なかったみたいで、メルの手を乱暴に払うとシュレムはそっぽを向いてしまった。
取りあえずは収まってくれたことにメルは引きつった笑顔をを浮かべ、リアスの方へと向く――
「……はぁ」
するとリアスは溜息をついて、メルの方へと目を向け――
「……悪かった、でも話しておかないとな」
「う、うん……」
彼の申し訳なさそうな顔でメルは何を言おうとしているのか、大体予想がついてしまった。
「行くか……」
リアスにそう促され彼女達はゆっくりと足を動かす。
だけど、昼間とは違いメル達を取り囲む空気は険悪だ……ピリピリとしたそれを肌に感じながらメルは更に重くなった足を動かした。
『メル……』
メルの耳と尻尾はすっかりと垂れてしまって誰が見ても落ち込んでいるのが分かる様で心配したのかシルフは彼女に声を掛けた……
「うん、大丈夫……」
本当は大丈夫ではなかったが彼女は今は逸れない様について行かないと……そう思いリアスの後を追う。
やがて見えてきた広場を抜けると彼が先ほど言った酒場らしき店が見えて来て、彼は迷わずに一つの店の扉を開いた。
後をついて行くと彼がカウンターで何かを言っているのが聞こえ――
「泊まるのは四人で部屋は二つ、出来ればカギ付きが良いんだけど頼めるか?」
「ああ……っと言いたい所なんだが、部屋が足りなくてな相部屋でカギ無しでも良いか?」
男女別で考えてくれたのだろう、メルとしても嬉しい事だが彼らの会話は耳の良いメルには聞こえていて……彼女は口を小さく開けたまま立ち止まった。
そして、それが聞き間違いではないその証拠にリアスは若干引きつった顔でこちらへと目を移し近寄ってきて……
「部屋が足りないらしい……カロンじゃ他に酒場は無いし宿も無い……ごめん一日我慢してくれるか?」
「え、えええと……その!?」
「お前は野宿すれば良いだろ」
「シュレム!?」
メルは半ば叫ぶような声で姉の名を呼び、慌てて彼女に語り掛ける。
「駄目だよ、ここは治安があまり良くないって言ってたでしょ? リアス一人だけ野宿なんて危ないよ!」
「それはそいつが弱いからだろ?」
「とにかく駄目!! リアス、その……相部屋で良いからね?」
シュレムも怒っているのだろう、だがここで言い合っていても無駄に時間が過ぎ空いている部屋は取られてしまう……
そうなったら四人とも野宿になり、流石にそれは危険すぎる。
それが頭に浮かんだメルはリアスにそう言うと彼は複雑な顔を浮かべながら――
「ごめん、助かるよ」
彼はそう言うとすぐにカウンターへと戻り店主に告げる。
すると店主は――
「じゃ、案内するぜ」
そう言ってメル達を部屋まで案内してくれた。
通された部屋は一番奥にあり、お世辞にも綺麗とは言えず……藁ではなくベッドなのがせめてもの救いに思えるぐらいの部屋だ。
だが、部屋の中は埃っぽくまるで使われていないのが分かる位で村唯一の酒場だと言うのにこれはどうなのか? といった具合だった。
「お、おい……これは酷い部屋だな?」
「つっても他のは埋まってるんだ仕方がないだろ」
リアスもそう思ったのだろう、店主に訴えるもすぐに言葉を返され黙ってしまった。
メルは部屋の中を再び見渡してみるが、一番綺麗なのは奥にある水樽だ。
ウンディーネも居る事から水も新鮮なのだろう……だが、他は蜘蛛の巣が張ってたり……その巣は作られてから時間が結構経ってるのか家主は見つからない。
メルはゆっくりと足に力を入れてみると床からは若干ミシっという音が聞こえ……底が抜けてしまうのではないか? と言った不安も感じた。
だが、酒場の主は彼女のそんな不安など見て見ぬふりをし――
「じゃ、ごゆっくり」
彼女達にも選択の余地はなく、その言葉を最後に店主は不機嫌そうな顔を浮かべ部屋の外へと去っていった。
四人になった部屋に流れるのはピリピリとした空気。
これなら多少不機嫌でも店主が居てくれた方が良かったのかもしれない。
そんな事をメルが考える中、リアスはゆっくりと口を開いた。
「シュレム、アンタには悪いけどこの旅を降りてくれ……」
その言葉を聞きたくない、彼女はそう思い垂らした耳から聞こえた言葉はたった一人の名を告げていた。
「…………え? シュレムだけ?」
エスイルと繋いでない方の手を強く握り、身構えた彼女だったが……自分の名をいつまでも告げられることは無く呆けた声と共に彼女はリアスの方へと目を向けた。
「おい、どういう事だよ?」
「簡単だ、メルは確かに突発的な事に弱い……だけどこっちが咄嗟に指示を出せばちゃんと対処をしてる……後は慣れだ。だけどシュレム、アンタは注意したにも関わらず突っ込んで行く――それもこっちに気付いてない魔物にまでな」
リアスが言った事は此処に来るまでの事だ。
確かにシュレムはメル達を認識してない魔物に対して咆哮の様な声を上げ突っ込んで行く。
勿論リアスはばれてないなら無駄な特攻はしないで余計な体力を使わずにそのまま行った方が良いと言っており、もしもの時の警戒を促されたのにも関わらず……
だが、シュレムは迷わずに特攻をした……しかし――
「シュレムは強いよ? それに守ってはくれてたし……」
戦いの中、姉は親譲りの怪力でメル達を守ってくれていた。
それは事実のはず――いくらなんでも彼女だけ降りろって言うのは――メルとしても納得がいかない。
「ああ、確かにそうだな、だけど旅って言うのは一つの間違いが命に関わる。結果として倒せたから良いじゃいずれ死ぬ事になるんだ……戦力としては文句のつけようは無い。だけど、それ以上に危険すぎる」
「テ、テメェ!! 良いか? オレが魔物に向かって行ったのは気づかれた時の事を考えてだな!!」
「その時の対処は俺とメルでしてただろ……」
リアスも怒ってるんだろう、メルの背中には何かゾクリとしたものが走り――シュレムもそうだったのか思わず口を閉ざした。
「俺達はその子を無事に送り届けないといけないんだ。リラーグで分かっただろうが俺達の敵は魔物だけじゃない、人だっている……そんな時、ロクな考えも無しに動かれて足枷になられるのは迷惑だ。勿論死なれるのもな」
「リアス!」
流石に言い過ぎだよ! そう思って彼の名を呼ぶと――彼はメルと初めて出会った時の瞳を彼女へと向けてきた。
その瞳に何かがズキっと訴えるが、メルは言葉を続ける――
「戦力は必要だよ? だって、その……」
「分ってる、だからついて来てもらったんだ。だけどな……このままだと一番つらい目に遭うのは君だぞ?」
「私――?」
メルはそう言われ、一瞬どういう事か考える――
「は? なんでメルが辛い目に遭うんだよ? オレが守ってやるんだそんな訳――」
「アンタが死んだら誰が一番悲しむんだ?」
その声は低いものなのにやけに響いて……
メルの頭に浮かんだのは助けに来てくれたリアスが傷を負い、死にかけた時の事だった。
その時は喧嘩した他人だった彼が死ぬ……ただそれだけで怖かったはずだ……それがシュレムだったら?
きっとメルはヒーリングを使う事すら出来ず、シルフに助けを求める事すら出来ないのかもしれない。
「アンタの両親は勿論だ、だけど……その死を目の前で味わうのは俺達だ……特にメルやその子は仲間ってだけではなく姉の死を味わうんだぞ? アンタ守る守るって言ってるけどさ、それは守るって言えないんじゃないか?」
殆ど年が変わらないはずのリアスの言葉は重く――
彼女は何も言葉に出来なかった……全員無事で生きていたから失念していたのかもしれないその言葉はまさに――
母ユーリに告げられ、メルが実際に体験した事だったからだ……




