2話 攫われたメル
冒険者になっては駄目、母ユーリからそう言われたメルはしぶしぶ屋敷へと戻る事に……。
そこで家族と食事を取っていたのだが、今度は好き嫌いをきっかけに子供扱いをされてしまい、機嫌を損ねてしまった彼女は屋敷を飛び出したのだった……。
不満を抱える中、シルフの案内でいつの場所へと向かったメルだったが、何者かに攫われてしまって……?
「ん……」
頬に何かが当たり、メルは目を覚ましゆっくりと瞼を持ち上げた。
どうやら水滴が垂れて来ていた様だ……。
次第にはっきりする意識の中、彼女の耳に届いたのはすすり泣く声、それも一人ではなく何人もの声だ。
「ぅぅ、真っ暗だよ……声は……女の子?」
その鳴き声は女性、それも若い者であるとメルは考え辺りを見回すが、暗く……良く見えない。
暗闇に嫌悪と恐怖を抱いたメルは自身の身体を左腕で抱く様にした。
……彼女は暗闇が嫌いなのだ、その理由は母であるユーリが気絶したり血塗れになって帰って来た理由があの雲の所為だと思っていたからであり……。
世界を暗闇へと変えたあの雲が無くなっても恐怖だけはメルの中に残っていた。
「我が行く道を照らせ、ルクス」
詠唱と魔法の名前を唱えると、生み出された光は部屋の中を照らしていく……。
眩しさに目を細めながらも、メルは明るくなった部屋を見回す……そして――。
「――――!?」
メルは息を飲んだ。
ここに居るのは彼女と同い年位の子から、年下、年上と何人もいるのだ……それも女性が殆どだった。
男の子と言えばメルよりも年下ではないか? と思うぐらい小さな子が一人。
掴まっている中で目立つのは恐らくは彼女より年上の女性達で……彼女達の衣服は所々破れていて、中にはぐったりとしている女性もいた。
メルが疑問に思っていると彼女達は一斉に驚いた顔をメルの方へ向けて、メルを見るなりまた泣き始めた。
「えっと……」
メルは状況が理解出来なかった。
ただ、分かるのはこれは好ましくない状況だという事で……。
人攫いだろうかと考えるが、メルはすぐにそれを否定した。
母達が居るこのリラーグでここまでの犯罪をする何てあり得るはずが無いと……。
だが非情にも彼女の周りには同年代位の子や小さな子も泣いていて、中には瞳に涙をためながらも他の人を励ましている人もいる。
その声は彼女には遠く感じそれがありえない事だと思い込みたくても現実を受け入れるしかなく……彼女はハッとし辺りを再び見回す。
「そんな……なんで誰も?」
彼女が探していたのは精霊、だがここは精霊にとって住みにくい場所なんだろう……。
求めた友人は彼女の目の前には現れなかった……メルがその事実にがっくりと項垂れ瞳に涙を溜め始めた所だ。
「ままぁぁぁぁぁぁぁ!!」
小さな男の子が叫ぶ声が聞こえる。
泣きわめき、声が張り裂けんばかりの声量で叫ぶ。
その声に再びハッとして、メルは頭を振った。
泣いている場合ではない、冷静さを取り戻していく頭の中で彼女は考えた……自分がしっかりしないとっと……。
彼女が先ほど魔法を使った時、周りの少女達は驚いた顔をした。
つまり、魔法が使える者がここにはメルしかいない、その証拠に誰一人として口が塞がれていない。
いや、それどころか魔法をメルぐらいの年で使うには師に巡り合わない限り独学では難しいのだ。
それもあって相手は油断をしたんだろう、メルも拘束はされていなかった。
彼女は瞳に溜めていた涙を袖で拭うと辺りを見回し……一つの扉へと目を向ける。
「あそこだけだ……あれさえ何とか出来れば……」
「まま、ぱぱぁ!! おねぇちゃ……っ……」
だが彼女はその前にと泣きわめく子供の近くへと歩み寄る……その子はまだ小さい少年だった。
泣き続ける少年に幼い頃の自分を重ね合わせたメルはそっと少年の頭へと手を乗せ、ゆっくりと撫で始めた。
「ひっ? ぅく……」
「だ、大丈夫だから、ね? お姉さんが何とかするから!!」
メルの言葉に少年は目を丸くし涙目でじっと彼女を見つめてきた。
その何処か助けを求める様な瞳に決意を固めたメルの耳に聞こえたのは……。
「出来る訳ないでしょ?」
呆れた様子の否定の言葉だった。
振り向くと服がぼろぼろの少女はメルを睨んでいる。
彼女は苛立っているようで頭をくしゃくしゃとかきながら、メルに怒鳴った。
「捕まったの! 売られるしかないの! まだ子供のアンタには分からないだろうけど、私が味わった目と同じように遊ばれるしかないんだよ!! 私たち子供になにが出来るの? 仮に出れたとしてここがどこだか分からないのにっ!!」
「リラーグだよ」
「はぁ!?」
メルはなぜこの少女の衣服が破けているのか良く分からなかったが、ここが何処であるのかは理解していた。
そして、それが間違いないとも確信していた……その理由は――。
「私がここに居るから、ここはリラーグ」
「馬鹿なの!?」
「うわぁ……酷いよ……」
メルの説明では仕方がないとはいえ、キツイ一言を投げつけられてしまい苦笑いをしながら会話を続ける。
「だから、リラーグにはデゼルトって言う龍が居て……」
「それぐらい知ってるわよ! ここに居る子はリラーグの子なんだから!!」
それを聞き、メルは心の中で良かったと呟き、やはりここはリラーグだと確信した。
「じゃぁ、外に出れれば大丈夫だね?」
なら、後は外に出れば精霊を呼んで迷わずに酒場に行ける。
そう思った彼女は胸を張った。
だが、メル一人が納得しても彼女達は納得できるわけがなく……。
「だから! リラーグだって証拠がないじゃない!!」
メルに突っかかる少女は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「だってデゼルトはうちのユーリママのドラゴンだもん、私を勝手に連れ去った時点で外に出てたら食べられちゃってるよ?」
リラーグの護り神と呼ばれている龍……名をデゼルト。
それは街の龍だと殆どの人間が口にするが実際にはメルの両親、それもユーリが戦い手懐けた龍だ。
それ故にユーリの子供であるメルには良く懐いている。
だからこそ、彼女の言う通り攫えばそれまで……匂いでバレてしまい、食べられてしまうだろう。
しかし、メルは今牢屋らしき場所に掴まっている。
そこからメルは自分達が捕まっている場所がリラーグだと確信したのだ。
「………………」
「ん?」
だが、その事実を口にしても周りの少女達は目を丸くするだけで……。
その様子にメルはまぁ、良いかと考える事にすると扉へと向かい一つの魔法を唱えた。
「我が意に従い意思を持て……マテリアルショット」
扉はメルの意志に従い、何度か激しく音を立てた後に壊れ宙に浮かぶ、それをどかした所には驚いた顔をした大柄の男が二人。
だが、彼らはすぐに表情を切り替えると――。
「お、おい! なんてやつ連れて来てやがる!!」
「俺に言うなよ!? っていうか森族が魔法を使えるはずがないだろ!!」
そう叫んだ。
彼らの言う事は事実だ、普通であれば精霊エルフの子と呼ばれる森族には魔力が無い。
魔力を持つのは魔物と魔族だけであり、魔法が使えるのは魔族だけだ。
だが、彼らには見分けがつかない程、メルは森族の特徴があるが実は魔族であるユーリ、そして森族であるフィーナとの間に生まれた子。
その影響か魔力を持ち、魔法を使うことが出来た。
「おやすみなさい、おじさん達」
メルは状況を未だ理解出来ていない男達に壊れた扉をぶつけ、壁に叩きつけた。
だが、それだけでは壊れやすい扉でダメージは少ない。
いくらメルの魔法の力が加わっていたとしても、脆い扉にもかかわらず男達が気絶したのは単純に彼女は運が良かったのだろう。
だが、ただ気絶しただけだ、このままではいずれ気が付く……。
しかし、すぐには起き上がるのは無理だとメルは考え、気を失った彼らへ一瞬目を向けると扉の向こう側へと向かって歩き出す。
「あっそうだ――」
通りすぎる前にどうせなら、何か借りて行こうと考えたメルは男性の腰にあった長剣を見つけそれへと手を伸ばした。
取り外すのに苦戦しつつも剣を手に入れたメルは聞こえていないだろう、人攫いの仲間に向かって――。
「ちょっと借りていくね?」
そう一言告げた。
その時、メルはふと視線を感じ、不思議に思い視線が向けられている方向へと目を向ける。
そこには部屋に閉じ込められている少女達が何故か未だに呆然とした目でメルを見つめていて、その中でたった一人先ほどの少年が未だ濡れる瞳で彼女の元へ駆け寄ってきた。
「おねえちゃんすごい!!」
だが、その顔はついさっきと違い笑顔でどこか声も嬉しそうだ。
その言葉と表情に気を良くしたメルは男の子の頭を撫でつつ――。
「ね、なんとかなるって言ったでしょ? さぁ、行こうか」
メルが少年にそう告げると彼は元気良く頷く、それを見たメルは思わずにやつき、ああ、こんな可愛い弟だったら欲しかったなぁ……と頭に過ぎった。
血がつながってない弟なら屋敷にいるのだが、その少年は泣き虫で口が達者……メルが思うに可愛くない弟だった。
だからこそ、こう素直な少年を見るとこういう子が良かったと考えてしまうのだが……。
そんな事を悠長に考えている中、部屋からは次第に歓声が聞こえ始め、次々に少女達はメルの元へと向かう。
「も、もしかして……私、今冒険者みたい?」
自分の求める冒険者の姿にそっくりな現状に酔いしれていたメルだったが……。
「大人が何人もいるのよ……」
浮かれていた彼女の耳には先ほどと同じ声が聞こえた。
「ん?」
「ん? じゃなくて大人が何人もいるの! 魔法を使える奴もいるはずよ……良い? 逃げれば死ぬかもしれない貴女の所為で……私達子供が出しゃばったばかりに殺されるかもしれないの!!」
彼女の言う事は正論だった。
それを証拠に歓声は小さくなっていき……メルは慌てて彼女達に告げる。
「ここに居たってリラーグから移動する時にデゼルトに襲われるかもしれないよ? あの子は私は守るだろうけど、下手したら皆は危ないかもしれない……お願いしても間に合うか……」
そう、メルの声ならデゼルトは聴くだろう……だが、あくまで優先するのはメルの安否だと言う事も理解していた。
彼女達が無事に帰れるという保証もないのなら……と思うメルは自然に――。
「なら全員が助かる為に私がここで暴れた方が良いよ」
と彼女に告げた。
「どういう訳か魔法使えるみたいだけど、数年前まで魔物だった鬼族ならともかく剣を持ったって所詮は森族でしょ? 偶然に――」
「私はフィーナママとユーリママの子供だもん! それに鬼族は元々魔物じゃなくて私達と違う場所で同じような暮らししてただけだよ!」
「なにそれ、魔物は魔物でしょ? それに貴女はたかだか子供、私達とそう変わらないじゃない!!」
その言葉に少女達は騒めきだし、不安を漏らし始めた。
そう、その通りなのだ……。
せめてメルが魔族であれば、賛同するものも多かっただろう。
だが、残念ながらメルの見た目は森族本来であれば剣を持って戦う事は無い。
「じゃぁ、皆そこで待っててよ……私一人で安全に出れるようにするから……」
つい数秒前までは理想の冒険者だった彼女はそれがまやかしにされてしまった事に不満を感じ、ぶっきらぼうにそう言い残すと乱暴な足取りで部屋を去ろうとする。
「おねえちゃん!!」
だが最初に駆け寄ってくれた少年だけは再び彼女の元に駆け寄り、その様子に少し嬉しさを感じたメルは再び少年の頭を撫でると……。
「大丈夫、待っててね」
「うん、でも……」
少年は頷いた後に不安そうな表情を浮かべ気絶をしている二人の男へと目を向ける。
その様子にメルは再び大丈夫と告げた後で魔法を唱えた。
「具現せよ強固なる壁、アースウォール」
現れた石の壁は二人の男性をすっぽりと覆った。
空いているのは空気を通す小さな穴だけだ、正直に言うとメルはこの魔法に自信が無かった。
だが、残る事になる少年達の不安を少しでも払い、万が一男達が起きた後の時間稼ぎにはなるだろう……と考え唱えたのだ。
「じゃぁ、大人しく待っててね」
「うん……きをつけてね、おねえちゃん」
「ありがとう、私がなんとかするからね!」
メルはそう言うと身を翻しその場から走り去る――。
「絶対に助けて見せるんだ! そうすればきっとママ達も……」
そして、部屋から少し離れた所でそう呟いた……。