25話 シュレムローネ
追跡者は賑やかな場所では仕掛けて来ないだろう……そう思い込んでいたメル達。
だが、それはすぐに破られ追跡者はメル達に牙を剥く――
その正体は牢へと入っているはずの老人だった……メル達は応戦するも老人の繰り出す攻撃に押されてしまう……
そして、メルへとその刃が振り下ろされた時――彼女を救う影が現れたのだった……
剣を盾で叩き弾く女性はまるで手入れしていないかの様な短い髪を揺らし、メルの方へと振り返る。
「メル大丈夫か!?」
「え……ぁ……?」
メルは何故、血の繋がっていない姉がここに居るのかが疑問だった。
朝は酒場に居なかったはずだ……そうなると彼女が向かっている先は心の師匠と呼んでいるケルムの元しかない。
そこは酒場から離れている場所ですぐに駆けつけられるはずはない……しかし今メルを助けてくれたのは紛れもなく姉シュレムローネだった……
「クソ、なんて酷い……オレのメルの胸がこんなに小さく……いや、いつも通りのぺった――なんでもない」
この人はこんな状況だと言うのに何を言い出しているのか……とメルが思いつつ剣を構えると勘違いをしたのかシュレムは明後日の方向を見てそう呟く……
いや、恐らくはメルがシュレムの身体を見て内心妬ましく思ったのが原因かもしれない……メルの身体は少し成長が遅れているのに対し、同い年であるはずのシュレムは成長が早い。
「エルフは不公平だ……」
「へ?」
だが、今はそれどころではない……メルは一言だけ呟いた後、老人の方へと視線を向ける。
そして、メルの瞳に映ったのは悠然と立つゴデスの姿で……
「シュレム! あの人――」
いくらドゥルガ譲りの怪力の持ち主だからと言ってシュレムが持っているのは盾だけだ。
身を守るための道具であるそれでは勝ち目がない、メルはそう考えていた――
「まー任せておけって」
だと言うのにシュレムは無邪気な笑みを浮かべると、大きな盾を片手で軽々と持ち上げゴデスの方へと向く。
「おい、爺! 痛い目見たくなかったら今なら一発で許してやるから殴られてとっとと帰れよ」
「はんっ! 良いかガキ、俺はそのお嬢ちゃんにガキを殺されてな、今のは許してやるからそこを退いてろ」
老人の言う事はもっともなもので……しかしメルもあの状況ではそれしか対処が出来なかった。
そうは思っていても老人の放ったその言葉はメルの心に刺さり、傷を広げていく……
「はぁ? 知るか、メルが理由も無しに人を殺す訳ないだろ? 話は聞いてるけどさ……そんな事よりオレの女に手を出したテメェは許さねえそれだけだ」
「いや、あんた……も女だと思うんだけ、ど?」
呆然と成り行きを見ていたリアスは今のシュレムの話を聞いて何とか頭が回ったんだろう、疑問を浮かべつつそう言葉にし――
シュレムはこちらへと振り向いた。
「違うね、エロ師匠に教わった――女でも兄貴と呼ばれるお方が居るって!! その人は漢だと聞いたよ……」
シュレムの陶酔しきった顔を見てメルはまたケルムが余計な事を教えたに違いないと考える。
そして、シュレムが武器を何一つ持たず盾だけ持っているのもケルムの仕業なのではないだろうか? とも疑ってしまった。
「………………」
そして、その意味の分からない言葉はゴデスにも理解が出来なかったのだろう……明らかにその場の空気は凍ってしまい、メルの目に映る老人は困ったと言うよりはかわいそうな者を見る目になっている。
「だから、メル嫁に――」
「この状況で良く冗談言えるね!?」
「仕方がない、この爺を倒したらきっと惚れるはず」
「いや、無いから……絶対にそれは無いから……」
はっきりと声に出し否定したメルの言葉は届いていないのか、シュレムは再びゴデスに向き直った。
彼女に睨まれたお蔭か何なのか、意識を取り戻したゴデスは先程よりも顔を険しいものへと変え――
「良く分からねぇが……邪魔なのは変わらねぇ!! ガキ退かねぇと殺すぞ!!」
シュレムへとその凶刃を向ける――
「おっかない爺だ……」
が、シュレムは盾を持った腕で弓を引き絞る様な動きをし……大きすぎる盾を刃に目掛け振り抜いた。
瞬間金属音が鳴り響き、体勢をぐらりと揺らしたのはシュレムではなく……
「な……っ!?」
巨剣を持つ老人ゴデスの方だ。
メルは目の前で起きた現実が理解出来なかった……盾を言えば身を守るための道具、決して武器ではないそう思っていたからだ。
だが目の前に居るシュレムは盾だけでゴデスの剣を弾いた……メルが見る限りでは武器らしいものやはり何一つ持っていない……目立ちすぎる大盾以外は――
なんで? いつもは戦斧を持ってるのに……
「――この、ガキィィィ!!」
武器を取り出さず、それだけで戦うシュレムに怒りを成したのか、それともシュレムとの怪力比べで負けたのが悔しかったのか……
それはメルには分からない事だったが、老人は体勢を整えると再びシュレムへと向かって行く――
だが……金属音が鳴ると同時に幾度となく押し負けるのはやはり老人。
「もう分かったろ? オレに勝つことは出来ないよ爺……アンタじゃね」
「武器も持ってねぇガキが粋がってんじゃねぇぞ!!」
先ほどのメルが考えたのと同じ事を口にしたゴデスはそれでも刃を振り下ろし――押し負け、後方に飛ぶ。
シュレムはその場に立って居るだけで、息を切らすのは老人だけだった……
これなら勝ってくれる! メルがそう確信した時、彼女の瞳に映るゴデムは再び体勢を戻し大地を蹴り――
「え?」
メルの方へと向かって来た。
当然だろう、彼女はシュレムの戦いに呆然としていた……いや、盾だけで剣を翻弄する姉の戦いに見惚れていたと言っても良い。
そんなメルに隙があるのは当然、そこを突かれ咄嗟に動けずにいた彼女は間抜けな声だけを出し――
「メル!!」
「きゃぁ!?」
横から飛び出して来たリアスの体当たりに受け身一つ取れずその身を地へと転がされた。
慌てて起き上がるとその刃が向かう先は当然――
「リアス!!」
彼の元で……彼女は慌てて剣へと魔力を籠め始め――振り下ろそうとした。
「…………え……」
したのだが……それは途中で止められた。
メルを助けた様に影が入り込んだからだ……その影は――
彼の元へ駆け寄ったのは勿論メルではなく、彼女は再び間抜けな声を上げそれを目にした。
巨大な盾は本来の使い方で構えるられたままゴデスと言う筋肉質の老人の身体を後退させ――その巨体を捉えた盾を持つシュレムはそのまま走り、老人を壁へと叩きつける。
「武器を持ってないって言ったけどさ爺……オレの武器はこの通りずっと手に持ってんだよな」
シュレムが盾をどかすとその場に倒れこむ老人に向けそう言葉を投げる。
老人は気絶をしているのか、動く様子は無く……シュレムはメル達の方へとゆっくりと歩み寄ってきた。
その姿は確かに男らしく……
「大丈夫だったかメル? それにしても酷い奴だメルの髪が…………短い!? ってどうしたんだそれは!?」
途中から叫ばれたメルは心臓が飛び出るかと思い胸を押さえ、対しシュレムは勝ち誇った表情を驚愕へと変わり慌て始めた。
き、気が付いてなかったんだ……いくら鈍いって言っても出会って間もないリアスが分かる位にはバッサリ切ったんだけど……ここまで鈍いとは思わなかった。
「ふふ……」
「メメメメメル!?」
メルは小さな笑いをこぼした所――それをどうとったのかシュレムの目が据わり――
「あの爺やっぱ磨り潰してくるわ……」
「へ!? ちょ……シュレム!? 待って待ってコレ自分で――シアさんに頼んだの!!」
それはシュレムはいつもの冗談とは明らかに違う声で、メルは慌てて姉を止めた。
「へ? そうなの?」
先程の姉の様子に恐怖したメルは何度も首を縦に振る。すると……
「なんだそれなら早く言ってくれって、その原因を作った男もぶちのめす予定だったんだけど……」
「それはもっと駄目!?」
原因を作った男と言うのはリアスぐらいしかメルには思い浮かばず、そもそもの原因は自分だとメルは思っている。
シュレムがそんな事をするのは納得がいかなかったのだろう、メルの声はいつもより大きく半ば叫ぶような物だった。
「な、なぁ……この人誰だ?」
そんな中、呆然としていたリアスにメルは声を掛けられ、彼の指はシュレムへと向けられていた事に気が付いた。
「この人は――」
メルが紹介しようと口を開いた時、当の本人に割り込まれ――
「シュレム?」
「オレか? オレはシュレムローネ、メルの旦――」
また良からぬ事を言い始めたとメルは理解し、すぐに割り込むと――
「姉みたいなものだよ」
と答えた。
冗談だとしても本当に勘違いされては困るからだと思っていたのだが、その所為かシュレムは若干不機嫌になってしまい。
「……で、なんでだよ?」
と言う質問をしてきた。
「なんで? って……」
「だから、なんでオレに言わずに行くかなって事だ……オレもついて行く」
「「「……………………へ?」」」
その言葉にはメル、リアスだけではなく今まで様子を見守っていたクルムさえも同じ言葉を発した。
「いや、待てメルには理由がある! だけどアンタ――」
「アンタじゃない、シュレムだ……」
「そうじゃなくてだな!? 危ないんだよ!」
メルはリアスの言葉に頷くが、当の彼女は溜息をつくと首を左右に振る。
「危ないね、確かに……こんな街中じゃお前は戦えないみたいだし、メルは年齢の割には強いとは言ってもまだまだ修行不足……オレがついて行く理由になんか不満でもある?」
「珍しく正論だ!?」
メルは年齢は同い年だと言いそうになったが、それは飲み込んだ。
事実、正論だったからだ……まだ冒険者では無いもののシュレムや冒険者になったシウスに比べメルは実力不足、リアスが居れば大丈夫だとは思っていたが、彼にも弱点はあった。
それは彼も思う所があったのだろう……言葉を失ってしまった様で……
「メルちゃん? とりあえずシルト様の所に行って話を聞きましょう? 大人が行った方が良いって言われるかもしれないし、もしそうならそっちの方が、ね?」
「クルムさん……」
エスイルの事だと言うのに冷静な言葉を告げてくれた彼女に感謝しつつメルは頷く。
「うん、そうしよう……シュレムもついて来て良いよねリアス?」
そして、メルは彼にそう尋ねると……彼は一つ大きな溜息をついて……
「反論の余地が無い……取りあえずはついて来てもらおう……もしもの時、居るのと居ないのとじゃ明白だからな」
そう言われてしまっては姉に負けた気がして悔しいとメルは心の中で呟き複雑な気持ちになり、姉の方へと目を向ける。
「よっし! じゃぁ行くか!!」
「なんでシュレムが仕切ってるの?」
何故か張り切り出した姉に呆れつつもメルは歩き出す……すると――
「その前にアイツを憲兵に突き出しておこう、追手来られると後々面倒だ」
リアスの提案にメル達は頷いた。




