20話 あの人に会いに
ナタリアから彼女と同じ名の剣アクアリムを受け取り、両親からは月夜の花のペンダントを受け継いだメル。
彼女は少年リアスと旅立つ……
まずはリラーグに居る者に会いに行くのが目的だが――?
「そうだ!」
町中を歩いてる途中でメルは声を上げる。
「な、なんだよ……」
その声にびっくりしたのか、身体をビクリとさせたリアスはゆっくりとメルの方へと向き彼女は彼に詰め寄った。
「えっとね、おじさんの所に寄っても良いかな?」
リラーグを出る事になると言う事は暫くは屋台には行けない。
何よりメルはいつも世話になっている店主に何も言わずに出ていくのは気が引けたし、仲間を連れて行くという約束もあるのだ。
彼を紹介した方が良いのではないか? そう思いメルは彼にそう告げた。
「おじさん? メルの家族ってあの屋敷の人だけじゃないのか?」
「えっと……家族ではないかな? 昔から良くしてもらってはいるけど……ほら、私が居た屋台のおじさんだよ」
「あ? あ~~あの屋台の人か」
どうやら一応は覚えていたのか、彼は顎に片手を当てながら答える。
「……大丈夫なのか?」
「え、えっと改めて紹介するよ? おじさんが作る肉巻きは美味しいんだよ!」
リアスの言葉にメルは慌ててそう返す、屋台の主人は実際優しく良い人なのだが、見た目の所為で誤解されがちなのだ。
それを知るメルはもしかしたら彼も勘違いをしているのでは? と心配になった――すると……
「…………」
「……ん?」
そんな事を考えているメルを彼はじっ見つめ、リアスは気が付き見つめ返してくる。
幼いながらも何処か凛々しい顔に見つめられたメルは段々と顔に熱を帯び……
「分かった、そんなに心配なら行くか? 急ぎだけどそれぐらいの時間なら大丈夫だからな」
余りの恥ずかしさのあまり目を逸らした所で彼はそう言い。
「ほ、本当?」
っと彼女は答えながらももしかしたら顔に色々出ていたんじゃないだろうか? と不安になっていると――
「おいおい、まだ行くってだけなのにそんな安心した顔すんなよ」
「ふぁ!?」
そう告げられ、不安が的中した事にがっくりと項垂れる。
それでもナタリアの様に心を見られないだけましだ! と立ち直りゆっくりと顔を上げたが――やはり恥ずかしくリアスから少し視線をずらす。
「それじゃ行くか」
「う、うん……」
そんな彼女の視界の端に少し笑ったリアスが映り、彼の言葉にメルは答えた。
未だに顔に熱を感じつつもメルはリアスの後をついて行く。
いつの間にかメルの近くに来ていたシルフは彼女が暑がってると思ってるんだろう、心地良いそよ風をメルは感じつつ歩みを進めた。
何故か自分の体調がおかしいように感じたメルは屋台に着くまでに治ると良いんだけどと考えるが……
「あそこで良いんだよな?」
無情にも目の前を歩くリアスは彼女の方へと振り返り声をかけ――
思わずメルはそちらへと目を向けると彼の顔が視界に入り、再び顔に熱がこもってくる。
「お、おい、さっきから顔赤いぞ? 大丈夫か?」
だが顔に出やすいのが仇となったのか、彼は心配し手の平をメルの額に当てて来て――
「――――――!?!?!?」
振動が一回大きく跳ね呼吸が止まるのではないか? と彼女は感じた……
「熱は……無いみたいだな?」
「きょ、きょきょ今日は暑いから……」
メルは思わずそう口にすると、彼は首を傾げ……
「そうか? 確かに暑いかもな」
メルの言葉に納得してくれたのか、リアスは前へと向きメルはほっと息をつく。
だが、すぐに今のやり取りを屋台の主人に見られていたのではないか!? と心配になり目を向けると――
そこには人だかりが出来ていた。
「なんか、穏やかって感じではないよな、なにかあったのかもしれない」
「まさか……」
リアスの言う通り遠目に見ても穏やかではないのは分かり、メルは嫌な予感とシルトの言葉が頭を過ぎった。
食料をタダで手に入れた……リラーグにも貧困はある。
もしかして……あの人だかりって……! とメルは焦り彼の横を走り抜ける。
「お、おい!? メル!!」
遠目からでも分かったそれは近づくとはっきりと声として伝わってくる。
「おい! 俺にも肉を寄越せよ!」
「私も!」
リラーグは比較的裕福な街とは言ってもそういう所があるのに気が付かなかった事をメルは悔いた。
この街には母達が居る、だから大丈夫なんて言うのは理由にならない……
だからこそ、例え知人の好意であっても売り物を受け取ってはいけなかった……
シルトが言った通りあの場は見られていて、それを聞いた彼らは食事にありつけると思ったのだろう、人垣を抜けるとメルの目に映ったのは屋台にぴったりとくっついている男の子と女の子だ。
「だから言ってんだろ! 食いたいなら金を払え! 肉って言ったってうちのは安い! すぐに稼げるんだろ!」
店主は当然の事を笑いながら言っている。
……実際子供のお遣い程度の仕事でも買える値段だ……嘘は言ってない。
だが……
「この前タダで上げてたんだろ!!」
このままじゃマズイ……その証拠に彼らの空気が変わった……言葉は苛立った感じになり、メルの他にも人垣を抜けて来る者達が居て、彼らは皆痩せ細っていた――
「おじさん!」
メルは声を上げ急ぎ屋台へと向かう、すると彼女の声を聞き後ろを向いた一人が指を指してきて……
「兄ちゃん! アイツだ! アイツがタダで貰ってた奴だよ!!」
隣に居る少し大きな男の子にそう伝えている。
店主とメルに向けられる言葉は次第に罵声になっていくが、メルも考え無しに屋台に向かってる訳じゃない。
「おお、メルちゃんじゃないか!」
騒ぎの中、メルの声は届いたのだろう、店主はこちらへと視線を向けるといつも通りの笑顔でメルの名を呼ぶ。
「おじさん! 肉巻きを二つ頂戴?」
なるべく自然に……何時もの様にメルはそれを注文する。
布袋を懐から取り出し、銀貨を三枚掴むと彼女は店主が出して来た手の上に乗せた。
「おい、メルちゃん一個銀貨一枚だ」
だが、当然の様に店主は多い分を返そうとして来る事に彼女は察してくれると思ったんだけどなぁ……と内心呟いた。
「えっとその一枚は昨日払い忘れた分だよ、お腹空いてたから助かったよおじさん」
彼女はえへへと笑い、銀貨を受け取らない様に手を引っ込める。
払い忘れたならメルが全面的に悪い事になり、店主には迷惑が掛からないだろう。
第一元はと言えば家を飛び出したメルがお金を持っていなかったのが悪かったのだ……親切でくれた目の前の店主に迷惑をかける必要はない。
メルはそう思い、念のため屋台から一歩遠ざかった。
「いや、あれは――」
だが、店主もあげたものを返してもらうつもりが無いのだろう。
困った様な顔を浮かべ――メルはそんな店主に対し鈍いなぁ……と再び心の中で苦笑いをすると――
「それよりね、おじさん!」
話題を変えるべくいつもより大きな声を出す。
「な、なんだ!?」
驚いてしまったのか、若干引かせてしまった事にメルは声には出さず謝ったが、目の前の男性が笑顔で話を聞いてくれる事にホッとする……が――問題はまだ解決はしてなかった。
「おい!」
店に集まっていた一人がメルの腕を掴み、声をかけてきた。
しかも力を込めていて……それでもメルならば振り払うことは出来たが、彼女はそれを我慢し――掴んでいる腕の方へと目を向ける。
「な、何?」
「お前ただで貰ったんだよな? こいつに言えよ」
代金は支払ったはずなのに、メルはそう思ったが標的が店主ではなく自分に回った事に安堵しつつ答えた。
「私は昨日お金忘れてたのそれで今払った……」
「嘘つくなよ!!」
「っ!?」
その声は大きく叫ぶようでその時に余計に力が入ったのだろう、メルは掴まれた腕から痛みを感じ思わず顔を歪めた。
「お――」
「うるさいな……」
それに気が付いた店主が何かを言おうとした時、メルの腕を掴んでいる腕を別の誰かの手が掴む――メルがゆっくりとその手を辿っていくと其処にはリアスが居て、彼は低く唸るような声で――
「この手を離せ……」
――と告げた。
「な、なんだよ?」
「手を離せって言ってるんだ、それに今メルが言ったことが嘘なら金を多めに払う必要もないよな? だけど多めに払ったってのはそう言う事だ」
リアスはその手に力を込めたのか、メルの腕を掴んでいる人の顔は痛みに耐える物へと変わり……徐々に力が抜けていく――
「痛ったいんだよ!!」
「手を離せって言ったよな?」
メルの腕からは手が完全に離れ、今度がリアスが相手の腕を掴んでいる事になったのだが、それにメルは顔を青くした。
それもそうだろう原因が自分にあるのだから、肉巻きをねだっていた人には何の罪もなく罪悪感が彼女を襲い……メルはリアスの服を掴み慌てて伝える。
「リ、リアス? 大丈夫だから、ね?」
幸いメルに怪我はない若干後は残ってはいたが、ただちょっと痛かった位だ。
助けてくれた事には素直に嬉しいと感じたが、それでも自分よりはるかに痛そうな顔をする彼に申し訳なくなったメルは――
「リアス、早く離して? お願い」
少し強い口調でリアスに願う。
「はぁ、分かったよ……」
リアスはやれやれと言った風な態度で手を放す――すると今のが堪えたのか彼らは早々に去って行き……
「タダ飯ぐらいが!」
なんて去り際に悪口を残して行ったが、放って置くことにした……なにせ、周りにはまだ人が居る。
これ以上騒ぎになるのは店主に迷惑だ。何とかしたいそうメルは思い人垣を見回す、すると――
「なんだ、ユーリさんの所の娘がツケで食べただけじゃないか……」
「お金もちゃんと払ってたし、何事かと思ったよ」
周りの人達は一部始終を見終わると早々に去っていく……
先ほどの彼と同じような事を言って去る者も中には居たが、その殆どが『ユーリの娘がツケで食べていただけ』だの『例え遅れても親が払うに決まっている』という言葉ばかりで――
特別扱い……そう言われても仕方のない現状がそこにあった。
メルはそれを見て、聞き……自身の立場に気持ち悪さを覚えた……
「メル? 大丈夫か……?」
思えばリアスと此処で口論になった時もそうだった、その時もそれに気分が悪くなった覚えもある。
それが何故なのかは分からなかったが、今ははっきりと分かってしまった。
――英雄の娘だから何でも許される……これでは反感を持った人が居ても何もおかしくは無い。
「うん、大丈夫……それよりさっきも言ったけどここの肉巻きは美味しいんだよ?」
だが、メルはこの街を旅立つ……そうなったら特別扱いなんてない。
今まで普通だった事はもう違うんだ……そう心に刻み彼女は答えた。
「おい、そいつは……」
あの時、傍に居た店主は彼の顔を覚えていたんだろう……
ちゃんと言わないと誤解されてしまう、その事をメルはそうならない様にすぐに店主へと告げた。
「うん、この人はリアス、その色々あって騙されて……鞄盗んだの私の所為だったんだ……そのそれでお仕事の手伝いをする事になったの」
「そうだったのか……っと肉巻きだったなちょっと待ってろ」
店主は複雑そうだったが、メルの話を信じてくれた様で彼女はこれも特別なのだろうか? と一瞬疑ったがすぐにそれを取り消した。
「ほいよ肉巻きだ! メルちゃん、自分で悪いって認めたのは偉いぞ!」
いつもとは違う真面目な顔で店主は肉巻きを二つメルへと差し出して来たからだ……
「ちゃんと、許してもらえるようにな」
「うん……」
まるで両親が注意してくれる時の様な店主に何故か感謝をしつつメルは二つ渡されたそれを一つリアスへと手渡すと、肉巻きへとかぶりつく。
メルの好物でもある肉巻き……それは暫くは食べれなくなる、彼女はゆっくりと隣にいる仲間と共にその味を噛みしめた。




