19話 受け継がれたモノ
シアの部屋へと訪れたメルは髪を切って欲しいと願う。
その間彼女はシアに今回の事を話し旅立つ事を告げた。
その後、メルを心配するシアと分かれ少年の待つ部屋へと戻るのだった……
メルは部屋の扉の前に立ち尽くす……何故か先程から心臓が高鳴り、何度か深呼吸したのだが一向に収まってくれないのだ。
普段はそんな事が無かったのになぜだろうか? と疑問に思うが理由が分からない。
何故か大人たちは知っている様だったが、その理由を教えて欲しいと思うぐらいだ。
「すぅ……はぁ…………よしっ!」
メルは何度目かになる深呼吸の後、覚悟を決め扉へと手をかける。
ゆっくりと扉は開いて行き部屋へと足を踏み入れる……すると――
「遅い! お前何勝手に人の荷物を預けて――」
彼の声が聞こえると何故かメルの心臓は跳ね、おずおずと彼の顔を見てみると……
其処には怒った様子の彼の顔があり、慌てて謝ろうとする――が、彼の顔は一転した。
「メ……メル?」
だが真っ先に聞こえた声はユーリの物で……それに続く様に少年の声が聞こえる。
「お前、髪どうしたんだよ……?」
彼は驚いた顔でメルの頭を指差す。
ユーリは名前を呼んだ後に固まってしまっているし、フィーナとナタリアも口を開けたまま驚いている。
それも当然だろう、生まれて12年間……彼女はほとんど髪を切った覚えが無い。
それだけ手入れも大変だったが、大事な大事な宝物だったからだ。
「へ、変じゃないかな?」
かなり軽くなった頭に違和感と不安を感じつつメルはそう言葉にした……
「い、いや……良いんじゃないか?」
ナタリアは真っ先にそう答えたが……驚きすぎたのか間の抜けた言葉だ。
「うん、あの状態だったし仕方ないよね?」
フィーナはメルの頭を撫でつつそう言ってくれ、メル自身も仕方が無いと思っていたし、なにより彼について行くという意志の表れだとも思っていた。
「ぅぅ……」
ユーリはがっくりと肩を落とし――
「僕とお揃いの髪が……」
どうやら、かなり衝撃を受けてしまったみたいだ……
メルも知っている事だが、ユーリは髪の色が一緒だった事を喜んでくれていた。
髪を伸ばしていたのもメル自身がユーリの真似をしていた事もある……メルはユーリの残念がるその姿を見てもう一度ちゃんと伸ばそうと決めた。
その時は立派な冒険者になるんだ! という強い意志と共に……
「ふふふ……」
シンティアはニコニコとし、少し笑っていたがメルは彼女の様子に首を傾げた。
シンティアは一体なにを考えているのだろうか?
「…………」
そんな中、ただ一人黙った少年を見て、メルは不安そうに告げる。
「や、やっぱり変かな?」
つい先ほどであったばかりの少年だ。
感想を聞いても何も返ってこないよね? 出会った時は長かった訳だし、その印象は強いはず……もしかしたら、短いのは似合わないのかもしれない、そう思われてたりするのかな?
そんな事を考えると彼女は途端に怖くなった。
「…………似合ってるよ」
でも、彼から出た言葉は全く違う言葉で、メルは思わずナタリアの方へと目を向けると――
「嘘ではないな」
「本当!? えへへへ……」
彼とナタリアの言葉にメルは嬉しさを感じ思わず声を弾ませる。
すると――
「な!? こんな事まで嘘かどうか見るなよ!? って言うか! 見ても言うなよ!!」
と言う声が部屋の中に響いた……だが、少年はすぐに落ち着きを取り戻すと自身の身体を見下ろし溜息をつく……
「どうしたの?」
メルは当然少年に問うと、彼は頭をかき答えた。
「……黙ってついて来られても困るし、一緒に行くなら頼みがある」
「頼み?」
「ああ、首飾り君が持っててくれ、俺は病み上がりだしこんな身体じゃまともに動けない」
彼のその言葉を聞きメルは尻尾をだらりと下げる。
それもそうだろう、自分のせいなのだから……
「分かった絶対に守り通してみせるよ」
だが、顔を上げるとそう言い、ナタリアから例の首飾りが入った箱を受け取るのだった……
それから少し経ち……メルは旅立ちの準備を本格的に始めていた。
とは言っても彼は怪我人、メルとしては出発を遅らせたかったが、彼の話で追手が来るといけないと言う事ですぐに出る事になったのだ。
なのでゆっくりと街に出て新しい装備を買う暇なんてない。
だから、メルは母達が使っていた物を貸してもらう事になった。
昔のと言ってもちゃんと手入れされ、保管されていて、ちょっとくすんではいるけど十分使えるのだから問題は無いだろう。
野営道具に水袋、鍋に肉や野菜を切るためのナイフ……順調に揃っていく道具も残すは武器だけだ。
こればっかりはリーチェの店に行った方が良いのでは? そんな事を考えていると――
「さて……メル、良い物をやろう」
一緒に準備をしてくれていたナタリアの声が聞こえ、メルは振り向く。
「良い物って?」
メルが気になり聞きに行くと、ナタリアの手には古い剣が握られていた。
細く、長い……長剣と言う部類の剣だろう、それはどこか惹きつけられるような何かを感じた。
「私が昔……タリムの王と戦った時に使っていたアーティファクトだ。名をアクアリムと言う……」
「アクアリム? それって……」
メルはすぐにその名が聞きなれた者である事に気が付いた……他でもない目の前に居る祖母ナタリアの名前だ。
正しくは偽名……ナタリア・アクアリムという彼女の祖母は本当はディーネ・リュミレイユと言う名前だ。
だが、ナタリアはある事をきっかけに家を出る事になり名を捨て、今は娘であるユーリにその名を継がせた……とメルは聞いた覚えがあった。
「ああ、リュミレイユ家代々伝わる家宝でな……名を聞けばわかる通り私の名はこの剣からもらった物だ。……少々古いが軽く扱いやすい上に魔力を込める事で水が迸り、血糊を洗い流し切れ味が衰えない名剣だ。その気になれば水の刃を飛ばす事も出来る」
ナタリアはそこまで言うとすっとメルの前にその剣を差し出してきた。
「昔ユーリに譲ろうと思ってたのだが、あの子は剣も攻撃魔法が苦手だったからな……だが、メルなら扱いこなせるだろう持って行け」
彼女はゆっくりとナタリアと同じ名前を持つその剣に手を伸ばす……
鞘を掴み、握る為に力を込めた所で思わずごくりと生唾を飲んだ。
目の前にあるのは――そう、今メルが掴んでいるのはアーティファクト。
ユーリの左腕の様に特別な魔法が込められている物で過去の魔法使いが作った魔法の道具。
それはタダの魔法の道具という訳ではなく、道具そのものやそれに宿っている意思が持ち主を決める。
ソティルが私を認めなかったように……この剣も私を認めてくれないんじゃないだろうか?
彼女にはそんな不安がよぎり……頬から一つの汗が落ちた。
メルはしっかりと鞘を握っていたのだろうか? 不意に剣の重さが増えた気がし、ナタリアへと目を向ける。
彼女の祖母は微笑んでいて、その重さの理由は祖母が剣から手を離したのだとやっと気が付いた。
「剣を抜いてみろ、くれぐれも魔力を込めるなよ? 後でシアに怒られてしまうからな」
メルは頷き、ゆっくりと鞘から剣を引き抜いて行く……鞘とは違い真新しい刃が見え、その美しさに彼女は思わず見とれた。
銀色の中にうっすらと残る水色。
まるでナタリアの髪の様なそれは、どこか温かく……優しい感じがした。
メルは剣にそんな事を感じるなんて言うのはおかしいと思った……事実それは実際に命を奪う為の武器だ……
だが、そんな彼女の心を読んだのか? ナタリアは微笑んだまま――
「剣と言うのは確かに命を奪う、だが同時に大事なものを守るための力でもある、勿論魔法も同じだ。フィーもユーリもそうやって戦ってきた……メル良いか? 力を正しく使うんだ。そうすればきっと魔法やアクアリムは答えてくれるだろう」
母達もそうやって戦ってきた……と言う言葉を聞き彼女は思う――
私はただついて行きたいんじゃない……彼を守りたいんだ! もう二度とあんな姿になるのが見たくないんだ……例えそれが私の目の前で起きる事じゃなくてもそうなるのが嫌だ! と――
心の中でそう自身の意志を確かめたメルはナタリアへと向き直り、頷く。
「うん、ありがとうナタリア」
私にはナタリアの言った言葉……力は命を奪う事もあるけど、守るためのものでもあるっていうのはまだ良く分からない。
でも、この旅でその意味に気が付けるようにならないと……!
「と、ところでメル? やはり私も……」
「駄目だよ? もしばれたらお店の信用無くなっちゃうかもしれないんだから」
「そ、そうだな……」
メルの言葉が余程残念だったのか、がっくりと項垂れた祖母の姿を見てメルは困った様に笑った……
準備が終わり、メルは酒場へと降りてきた。
彼女が旅立つ事を恐らくユーリ達が漏らしたのかもしれない。
目の前には見知った顔の人たちが居て……彼女を見送りしてくれている。
「「メル……」」
優しい声が聞こえ、彼女はその声の出所を探す。
いや、探す必要なんてなかった……だってその人達は目の前に居たのだから……
顔を見たら泣いてしまうかもしれない、そう思って咄嗟に顔を伏せるとなにかが首にかかった様な気がした。
「これって……」
幼い頃から何度も見せてもらったそれはまるで夜空の様な宝石で……その中には花に咲いている綺麗なペンダントだ。
でも、それは彼女が知る物と少し違った……いつもはその宝石が一つしかついていないはずだが彼女の首にかかったペンダントには宝石が二つ付いていた。
「大事な物だからちゃんと返しに来るんだよー?」
フィーナのそんな言葉が聞こえ、メルは伏せた顔をゆっくりと上げる。
そこには寂しそうな両親の顔があり……
「ソティルを連れて行ってもらえたら安心なんだけど……こればっかりはね?」
ユーリは自身の左腕を見て困ったような声を出すと――
「わ、分かってるって……何度も危険だって聞いたんだから……」
更に困った様な表情で左腕を見つめ呟いた……メルが思うに恐らくソティルと言う精霊に何かを言われたのだろうと察しながら母達をその瞳に写す。
決心したはずだった……だが、二人を見てしまうとメルはやはり涙を漏らし抱きついた。
「帰ってくるから、ちゃんと……帰ってくるから」
今更やっぱり行かないなんて言える訳が無い。
条件が出されてしまっている以上、誰かについて来てほしいなんて事も言えないのだ……そして、彼を見捨ててここに残ると言うのも嫌だった。
だから、メルは二人にそう告げた……
不意に頭の上に手が乗せられた気がし、メルは顔を上げる。
そこには先ほどまでの寂しそうな表情からぎこちない笑みへと変わった二人が居て……
「「行ってらっしゃい、気を付けるんだよ」」
若干涙声が混じった様な言葉はメルの耳に焼き付いた……
「うん、行ってきます」
これ以上彼を待たせるのも悪いと名残惜しさを感じつつもメルは両親から離れ、袖で涙をぬぐうと入り口まで走り――振り返る。
そこに居るのは彼女の両親、祖母……その仲間達に酒場の皆、そして隠れているつもりなのかドゥルガに支えられ、涙を流すシアの姿も見えた。
「行ってきます!!」
彼女は今度こそはっきりと言えたはずのその言葉と共に住み慣れた屋敷を飛び出した。
「良かったのか?」
いつの間にか酒場の外に出ていた彼は律儀に待ってくれていたのだろう、家族達を別れを告げた彼女にそう言葉を掛けてくれた。
「うん……」
「そうか……」
彼ほどの実力なら今首飾りを取り返してさっさと行ってしまう事は出来たはずだ。
だがそれをしないと言う事はメルがついてくる事を本当に許してくれたのだろう……
……メルは前を進み始めた彼の追うように後からついて行く、すると彼は何かを思い出したようにメルの方へと振り向き――
「そう言えば名乗ってなかったな、俺はリアス、リアス・アルリッドだ」
複雑な表情を浮かべながらも名を彼女へと告げてくれた。
「あ、えっとその、私はメアルリース、メアルリース・リュみゅッ!?」
メルは突然名乗られたからだろうか、慌てて自分の名を告げるが……
舌を噛み、うぅぅぅと言う声を絞り出す。
「お、おい?」
「ぅぅ……メアルリース・リュミレイユ……です、メルで良いよ?」
それでも痛みを我慢しながらもう一度ちゃんと名乗ると彼、リアスは優しい顔を浮かべ。
「しっかりしてくれよ? 護衛を名乗り出たんだから、とは言っても出来る限り守るよ……でも危なくなったら逃げてくれ」
「そ、それは護衛というより、私が守られてるような‥‥…?」
やはり、頼りないと思われたのだろうか? メルは若干傷つきながらも引きつった笑みを浮かべると目の前には手が差し出され――
「よろしくな、メル」
その言葉で目の前にある手の意味に気が付き、彼女は慌てて彼の手を握り言葉を返した。
「うん、よろしくね! リアス!」




