17話 少年の目的
メルはリラーグを出る事になるかもしれない。
そう告げられ、ナタリア、ユーリは勿論フィーナまでもが取り乱す。
それもそうだろう、彼女達は冒険者……魔物の怖さも人の怖さも知っている。
しかし、メルは自身の選択を変えるつもりはなく、どうするかを考えるが――それは母達に認められるものでは無く、反対をされてしまう――そんな時、少年が起きたとの知らせを受け……?
「こんにちは? 怪我の具合は大丈夫?」
部屋に入るなりフィーナは彼に声をかける。
メルはユーリの後ろに隠れているので彼の姿が良く見えないが声だけは聞こえてきた。
「アンタ……お姉さんは?」
「ここの冒険者で……君が助けてくれた女の子の母親だよ?」
「っ!! あの子は無事なのか?」
自分の事を心配してくれてたんだ……そう思うとメルは何だか顔が熱くなってくるような気がした。
恐る恐ると言った感じでメルはユーリの後ろから様子をうかがおうとすると……
「はぁ……そんな事せずにもちゃんと顔を出せば良いだろうに」
ナタリアのため息と言葉が聞こえ――
それはそうなんだけど、今更こんにちはっ……なんて顔を出せるはずもないし……
そう、困っていると……
「もしかして、そこに……いるのか? ――っ!!」
彼はベッドから降りようとしたのだろうか?
物音が聞こえ、どこか辛そうな声が漏れた。その途端にメルの中で不安が広がっていき、慌てて彼の元へと走る。
頭を押さえてるって事は多分血が足りないか、急に動いたから目眩がしたかのどちらか……そう思ったが、不安は一向に収まってはくれず。
「だ、大丈夫? どこか痛いの!?」
はっきりと言ったはずの言葉は震え、あの時の恐怖が甦る様で瞳は熱を持ち涙はたまり始める。
もしかしたら、母ユーリにさえ治せない傷だったのかもしれない。
そんな事は無いはずなのに、そう思えてしまって……彼女は怖くなった。
「な、なんだ、無事じゃないか……怪我でもしてたのかって思ったよ……」
だが、辛そうな顔なのまま彼は口元を笑ったように歪めるとメルへそう告げた。
それだけで……メルはなんだか安心出来て、先ほどとは違う意味で涙は溢れた……
「ぅ……く……ぅ――」
「へ? ちょ……なんで泣き始め……」
良かった、理由はただそれだけで……
悪い事ではないのに彼女の涙は止まってくれなかった……弟であるフォルの事をよく泣き虫と言っておいて情けない、そう思ったが止める事は出来なかった。
「お、俺なにかまずい事を言った?」
そうじゃない、そうじゃないと、言葉を発しようとしても声は出てくれず、彼女は首を横に振り泣き続けた。
その後、話が始まったのは彼女が泣き止んでからだ。
「ひとまず無事で安心したよ。それで、俺の荷物は何処にあるんだ?」
随分と泣きはらしてしまい、恥ずかしさを覚えたメルは再びユーリの後ろへと身を縮め隠れるようにしている。
首飾りの事もある、メルも話に参加した方が良いのだろうが……恥ずかしいという気持ちが先立ってしまった様だ。
「無事だ、ここにある」
ナタリアはそう言うとシルト達に見せた中身を彼へと見せている。
「何勝手に開けてんだよ!!」
だが、メルの元には怒ったような声が聞こえてきた。
当然だ、荷運びは普通その中身を見ない。だから怒っているのだろう……
「すまないな、しかし……荷運びとは言え人間だ。命を優先するはずがここまで執着する荷物が何なのか気になってな……だが、なぜ中身が首飾りと知っていた?」
「そ、それは……」
言葉を詰まらせる少年……それは当然のようにも思えるが、メルは疑問に思った。
荷運びはそれが何なのかある程度は依頼主から聞くものだ。
じゃないとその荷物が爆発物やマジックアイテムなど危険がある物の場合、命にもかかわるのだから……だとしたら首飾りとまでは言わなくても装飾品であることは分かっていたはず。
「依頼主から聞いたんだと思うけど……」
そう思ったメルはユーリの後ろから声を上げる。
だけど、ナタリアはゆっくりと首を振ってそれを否定した。
「確かに聞いていたとは思うが、これだとは言い切れんだろう? だが、これだと確信して声を上げたな? それは何故だ?」
「別に、理由なんて簡単さ……依頼主が着けていた物で俺が箱に詰めたからだよ」
その言葉にメルは再び疑問を持った。
依頼人が身に着けていた物、それを何故荷運びが持っていたのか?
ましてやシルト達が一様に驚く品物を依頼主はそのまま持っていて、ただの荷運びへ渡したと言うのも謎だ。
それほど重要な物なら依頼主自体、それなりの実力はあるのではないか? と……
「とにかくそれを返してくれ、今すぐに届けないといけないんだ」
「いや、まだ聞きたい事が――」
「ナタリア……ちゃんと話さないと」
早くしろっと言う彼に対しナタリアは話を続けようとした、ユーリが会話の中に割って入る。
「ちゃんと……ってどういう事だよ?」
話を今から聞く彼は当然、そう訊き返し……
「……この首飾りはとても高価な物だ。それはお前も分かっているだろう? これをメルが届ける事になった」
「はぁ!? ――っ!?」
大声を出したからだろう、再び頭を押さえぐらつく彼を見てメルは慌てて駆け寄ると、彼は片手でメルの身体を押し一人の女性に狙いを定めた。
「ふざけるな! この子がどんな目に遭ったか分かってるんだろ!? あんたが取り戻して来いって言ったからあんな目に遭ったんだぞ!! いや、そもそもは俺が荷物を盗まれたのが原因だ! また危ない目に遭うかもしれないってのに何考えて――」
「それはメルがお前を助けるために人を殺したからだ……ちゃんとこれを無事に届ける事がメルの罰となった」
「罰? なんだよそれ……」
ナタリアがそう言うと、メルへと彼は視線を向けて来る。
それを感じたメルはなぜか変な気持ちを覚えたが……少年は――
「それがリラーグ王の下した判断だ……」
「……王だって? 届けるだけ……なのか?」
――そっと視線を動かし、再びナタリアの方へと向く。
少しは落ち着いた様子の彼を見たユーリもナタリアの方へと向き直ると……
「……そのはずだよねナタリア?」
メルの耳に少しだけ気弱になった声が聞こえた……
「ああ、王は責任をもって届けろと言っただけだそれで終わる」
ナタリアの言葉を聞き彼は考え込む……やがてその答えを出したのだろう。
静かに首を振り――
「やっぱり駄目だ! どんな目に遭うかも分からない、それにこれは俺が届けないといけないんだ」
「………………」
その言葉に黙り込んでしまったナタリアは彼を瞳に捉えたままだ。考えを観るのはナタリアの得意な事の一つだが、メルが小さい時に起きたある事件があってからは減った。
だが例え本人は観ていないといっても言葉に出さなければ本当はどうか分からない。
しかし、それでもメルは観ていないと思った。
その理由はもし観ていれば彼女は此処で判断を下し、彼に伝えるはずだからだ。
「そんな睨んでも駄目な物は駄目だ! いくら強い冒険者が付いてたって危ないのには――」
「その……場所って遠いの?」
……大事な物だろう、そこまで拒否するのは分かるが、冒険者がついてくると思い込んでいる彼の言葉を聞きメルはそう尋ねる。
正直に言えばメルも危険な目に遭うのはもう嫌だったが、怪我人の彼をこのまま送り出すなんて事は出来る訳が無い。
それに先程少年は届けるだけなのか? と聞き迷った。
もしかしたら近いのかもしれないそう考えていると――
「……リラーグだ」
「なら!」
メルは表情を明るくし、声を張る。
リラーグと言う都市の名を聞き、皆もどこかほっとした表情になっていた。
なにせ届けるだけだ、しかも彼女はこの二日間でこの街も安全じゃない事は十分理解出来ていたし、慎重に行けばと考えたのだが――
「駄目だ!!」
「な、なんで?」
少年の言葉はそれでも拒否する物だった……
「その後はどうするつもりなんだよ!!」
「そ……その後?」
そんなの帰ってくるに決まっている。
当然だとメルはそう思う、何せ届けるのがメルの役目それ以上は無いのだ。
「ね、ねぇ? 君」
だが、彼の近くに来たユーリは膝を折り曲げ目線を合わせると彼に声をかける。
その時、一瞬彼の顔が赤く染まった様な気がしてなんだか面白くない気持ちをメルは感じ、首を傾げつつも話に耳を傾ける。
「な、なんだ……」
「もしかして、あの首飾りを狙ってる人が沢山居るって事かな?」
「…………そうだよ、だから俺じゃなきゃ駄目なんだ」
「そっか、つまり……荷物を届けた後って事はその人を守るつもりなんだね」
「……それ以外に何があるんだよ」
彼が告げた言葉、それにまるで血が抜けたような悪寒を覚えたメルは慌てて彼に詰め寄った。
守ると言う事は恐らくあの三人の様な恐ろしい人達と戦う可能性もある事はすぐに理解出来た……そして何より――
「君は駄目って言うけど、死にかけたんだよ? まだちゃんと治った訳じゃ!!」
ユーリの魔法にだって治せない事はある。血や体力までは回復する事は不可能で、最悪……死んでしまったらどうにもならない。
嘗てナタリアを救った時は死ぬ前に抜け出た血を体に戻したとフィーナからメルは聞いていたが、何故か同じ魔法が使えないとユーリは言っていた。
もはや人を助けるのが趣味と言っても過言ではない母がそんな嘘をつくはずもない、そう思うメルはその話を信じるほかなかった。
第一、今回の様に運良くユーリが居て駆けつけてくれるなんて事は無い、彼が無事でいる可能性は低い……そう考えると――
「次は無いかもしれないのに、死んじゃうかもしれないのに、はいそうですかって送り出せるわけないでしょ!!」
メルの紡いだ言葉は思ったより大きく、叫ぶようになってしまった。
だが、その言葉を聞いた少年は――
「そんなのは皆な同じなんだよ、明日不治の病にかかるかもしれない、馬に蹴られるかもしれない、魔物や人に殺されるかもしれない……ただ単にドジ踏んじまうだけかもしれない。だけど、人はそんな簡単な理由で死ぬんだよ……だけど生きてんなら俺は自分のやるべき事をやるだけだ」
「そんなの……」
それはメルにも理解出来る事だった。
いくらリラーグ一の冒険者が集う酒場とて死人が出ない訳じゃない。
彼女自身、何人も土の中に埋められる所を見てきた……だが、その度に悲しみ別れを惜しんでも次の日にはまた依頼が舞い込む。
明日、母が……祖母が……その仲間がそう思うと怖くて寝れない時期も未だにあるのだ。
「分かったろ? 首飾りをこっち渡してくれるか? 君の事はリラーグを発つ時に王様には俺も口添えしてやる、力になれるか分からないけどな……」
彼はそう言うとベッドから降り、首飾りを持つナタリアの方へと向かって行く……
恐らく……いや、きっと彼は一人でそれを成し遂げるつもりなんだろう。
彼の瞳は強く、悲しい物を含んでいた……恐らくは辛い事を経験したこともあるのだろう……例えば目の前で誰かが亡くなったと言う事かもしれない。
だが……それでもメルは――
「待って……」
小さな声で呟いた……
だが、彼の手は徐々にナタリアの持つ首飾りへと近づいて行く……それを見ると少年がまるで暗闇に飲み込まれていくようなそんな感覚が彼女を包む。
「待って!!」
暗闇が彼を飲み込んでしまう、そう思ったからだろうか? メルの声は先程より大きく……
その手が止まり、どこか辛そうで、悲しそうな瞳が彼女の方へと向いた……
「私も行く……それなら私一人じゃないよ……」
「メ、メル!? 何を言って……」
声は震え、怖かった……何故彼を止めたのかすら彼女には理解出来なかった。
だが、立ち止まった彼を見てメルには見えないはずの生命を司ると言う精霊。
その精霊達が彼の元から飛び去って行く様な気がして――
「なんて言われても私はついて行くからっ!!」
メルは叫ぶようにそう告げた。




