13話 不安と焦り……
捕まってしまったメルはデゼルトさえ倒すと言う男達に対し成す術もなく泣くだけだった……。
だがそんな時、窓を割って助けに来た人物が現れる。
先程の少年だ……彼は奇妙な技、それとも術を操り見事メルを助け出す。
しかし、鉄棍棒の男ルッツの手により彼は重傷を負い、メルは彼を助けるためにルッツへ剣を振り下ろしたのだった……。
「――っ!? かはっ!?」
「……っ!」
メルがヒーリングで応急手当てをする中、時折彼の身体はビクリと動き……口からは血が吐き出される。
「駄目だ……やっぱり私の魔法じゃこの怪我は治せないよ……このままじゃ……死んじゃう……」
メルは焦る気持ちを押さえられずに扉へと目を向ける。だが、そこは一向に開く気配が無く……。
早く来てと願えば願うほど気持ちは焦り、時間だけが過ぎていく……。
それはたった数分の事なのか、それとも数時間の事なのか? メルは数えている暇などは無かった。
何故なら……目の前少年の命が長くはないと言う事と――。
「ぅぅ……もうちょっと、もう……ちょっと……だから――」
応急手当をしているメル自身の魔力がいずれ底を尽きるという二つ。
その底がもう近いと言う事も分かっていた……視界は霞み、頭はくらくらとしていた。
倒れたら駄目、僅かな手当だけでもしかしたら生死を分けるかもしれないんだから……。
そう自分へと言い聞かしつつも、ソティルの魔法を使う事が出来たらと自身の才能をこれほど恨めしく思った事は今までに無かった。
皆から優秀だと言われた彼女だったが、どうしてもソティルだけは継げなかった。
理由はユーリとの魔力の差だ。彼女の魔力はナタリアにも劣る……とは言っても一般の魔法使いよりは十分すぎるほど高い。
だが、それを遥かに凌ぐのがユーリでナタリアの言う事では現状この世界で最も魔力を持っている魔族であり、今後彼女以上の魔力を持つ者は生まれないと自慢げに語っていたのをメルは覚えていた。
そして、そんな祖母自慢の娘だからこそ尋常じゃない魔力を消耗するソティルの魔法を使える。
限界は七回だから多用は出来ないと本人は言ってたのをメルは聞いているが、逆に言えば例え他の魔法使いと対峙する事があっても、魔力比べに持ち込めば勝てるって事だ。
更に言えば攻撃魔法が苦手な代わりにメルの母は補助魔法が桁違い、ナタリアでさえ貫けない防御魔法を使うのだ。
だが……メルは違う。
ユーリとナタリアのオリジナルの魔法ヒーリング……これはユーリのヒールとは違いかすり傷を治す程度の魔法だ。
維持さえ出来れば治癒し続ける事は出来るが、その治癒速度は遅く……魔力の消耗も激しい。
母は愚か祖母より魔力が劣るメルの魔力はヒーリングを維持し続ければ当然……。
「…………っぅ」
底が見え――視界が暗転しかけるが、メルは唇を噛んで無理矢理意識を保つ。
だが、先ほどまでは淡い光を灯らせていた手の平からは徐々にその光が失われていく……。
完全に消えればメルの魔力は尽き倒れる事になるだろう。
もう駄目だ――彼女はそう諦めた。
その時――。
「「メル!!」」
部屋の中に声と音が響く……その顔は見覚えのある人達だ。
扉を開け入ってきたのは彼女の両親で先ほどシルフに連れて来るようにお願いした……来てくれるのを待ち望んだ人物。
「……ユーリ……ママ」
ちゃんと言葉に出来たのかは分からなかった。
だが、靄が掛かる意識の中でメルが理解出来たのは、慌ててこちらへと向かって来てくれたユーリが彼に左の手のひらを添えるとゆっくりと口を動かした事だった。
「傷つきしものに光の加護を! ヒール!!」
ユーリの言葉と共に光が灯り、それはとても暖かく……。
徐々にではあるが彼の傷は治っていっているのだろう、ひゅーひゅーという呼吸の音は少しずつ、確実に変わっていく。
表情もどこか安らかなものへとなっていって……やがて光が収まるとユーリはふぅっと一息を付いた。
それを見たメルは慌てて彼の胸に耳を当てると、もう片方の耳に優しい声が聞こえる。
「抜け出た血は戻らない、でも一命は取り留めたよ」
ユーリの言う通り、彼は生きていた。
耳からはとくんとくんとした音が聞こえ……。
彼女はほっとしたからだろうか? 魔力が付きかけていたと言うのもあるのかもしれない……ゆっくりと瞼を閉じた。
「ん……? ……んぅ」
目を覚ますとメルはいつものベッドの上に横たわっていた。
むくりと体を起こし、まだ眠く開ききっていない目をこすると服が変わっている事に気づく……。
誰かが着替えさせてくれたみたいだ。
だが流石に寝ている彼女の身体を洗える訳が無い、血の匂いに思わず眉を歪めた。
ベッドから降り、鏡を前にすると目に入ったのは自慢の髪だった。
メルが大事にしていた髪は誰かが拭いてくれたみたいだが、まだ所々血で汚れ……それは固まってしまって色が変わっている。
「…………」
いつもならそれに対し涙を浮かべてしまってたに違いない。
だけど、彼女が今思い浮かべたのはそんな事ではなく……。
「あの人は? 何処かな……」
メルを助けてくれた少年は大怪我負った。
だが、母ユーリのお蔭で一命を取り留めたはずだ……なによりメルは心臓の音を聞いている。
「シルフ」
メルは何時もの様に相棒の名を呼び、その姿を待つ。
程なくして笑顔を浮かべた精霊が姿を見せたが、メルを見るとすぐに表情を曇らせた……。
『メル、髪が……』
相棒である彼女はメルが自身の髪を大事にしているのも知っている。
だからこそ、その姿を見て心配したのだろう。
「うん、後で綺麗にするよ、それよりもあの人ってこの屋敷に居るんだよね?」
メルは確認の為に聞いたが内心、ここに居るに間違いないと考えていた。
その理由はメルの母ユーリが居て、薬師であるシンティアにも連絡が取れる。
……更に言えばナタリアお抱えの医者だっていざとなれば呼ぶことも可能であり、下手な医者に任せるよりは安心で安全な場所だからだった。
『うん、居るよ』
「何処かな? 案内して……」
やっぱり、メルはそう思いシルフにそうお願いした。
『ついて来て!』
そこは冒険者が寝泊まりをしている二階にある部屋だ。
途中、冒険者の人達に会うと彼らはメルを見るなり一様に驚いた表情を浮かべた。
当然だ、今のメルは血塗れではないがその臭いがこびりつき、髪に関しては見ればすぐに分かる。
龍に抱かれる太陽の冒険者は皆、メルが髪を大切にしているのを知っている。
だからこそ、皆驚くのだ。
『ここだよ』
「ありがとう」
メルはシルフにお礼を告げると扉をゆっくりと開ける。
するとその部屋の中には夕日色の髪を持つ女性と蝙蝠の羽を持つ女性が居た。
先程メルが考えた通りの二人……ユーリとシンティアだ。
二人は来た事に気が付くとそれぞれ違った反応を見せた。
シンティアはにっこりと微笑んでいるし、ユーリは慌ててメルの方に駆け寄ってくる。
「メル! 大丈夫? 怪我は……なかったみたいだけど、なんだってあんな無茶を!!」
「ええっと……大丈夫、動けるぐらいには回復したから……それと、あれは自分の所為でその……荷物が盗まれちゃったからだよ……」
メルはユーリに事の始まりから説明した。
こんな事になったんだ……言わない訳にはいかない……。
覚悟を決めて彼女はゆっくりと口を開く。
「それで、私は――」
だけど、彼女は彼を助けるために人を切った事には言葉を詰まらせてしまった。
私が騙されていなければこんな事にならなかった、それに彼は逃げ切っていたはず。
そうしたらきっと……こんな結果には……。
そう頭の中に過ぎってしまい……メルは俯き……言葉なく口を動かすだけだ。
「……人を切ったって事?」
「――っ!!」
ユーリの言葉を聞き、彼女は慌てて顔を上げる。
その時にメルが目にした母の顔は辛そうなものだった……。
「あれを見ればどんな状況だったかは分かるよ……それに実は……さっきナタリアから聞いてたんだ」
「ごめん、なさい……」
謝って済む問題ではない。
そんな事は分かっていた……彼女がやった事は殺人だ。
いくら人を護る為でもあの泥棒達に関してはユーリ達が動いていなかった……つまり、まだリラーグに置いて罪を犯していたり、他の場所からの依頼が来てないと言う事なのだろう……。
事情を話さないと……ノルドお兄ちゃんの所へ行かないといけないよね……。
そう思いつつもメルは母に告げる。
「……でも、その前にお願いがあるの」
メルは横たわる少年を見て、唇を噛み考える……。
彼の目的……荷を運ぶ事、それを邪魔したのは自分だと……今後彼の信用に関わるかもしれない事でもある。
「お願い?」
「うん、その人荷運びなんだって……だから荷物を届けてあげたいの――」
「その後でノルド……さんの所に向かうから……」
「……駄目だよ、まずは話しておいで」
だが、ユーリの言葉はメルの予想していた物でもあった……。
「メルのやった事はちゃんと言わないといけないよ……」
「…………」
「でも、今回はフォーレの犯罪者で殺人強盗集団だったみたいだし、ちゃんと話せばシルトさんは分かってくれるよ」
「え……?」
メルはユーリの言葉を聞きゆっくりと顔を上げる。
するとそこにはいつもの優し気な母が居り……。
「見つけ次第、極刑……住人は身の危険を感じたらどんな手を使ってでも逃げる様に……犯人の安否は考える必要はない。シュターク王から手紙が酒場とシルトさんの所に来たんだ……それもシルフが来る少し前に届いたみたいだよ」
「て、がみ……?」
「うん、犯人は僕達が捕まえたし、刑はシルトさんが直々にする予定で多少前後になっちゃったけど……もうすでにそう言う話が来たと言う事は街中には知れ渡ってる」
その言葉にメルは目を丸くし、ユーリを見つめる。
「だけど、僕が言った言葉覚えてるよね?」
「……はい」
「ユーリ様、そんな怒らなくても良いと思いますよ? それに、メルちゃんが好き好んでそんな事をしたって誰も思わないと思いますわ」
「そうはいかないよ……それにシンティア達がそう言ってくれても……」
メルは母から視線をずらし、言われた事を頭に浮かべる。
そして、今の母の言葉により一層の重みを感じた……。
「メルちゃんここかい?」
ノルドの声が聞こえ、扉が開くとメルは表情を引き締めた。
部屋へと入ってきたノルドにメルの祖母であるナタリアも続く……その顔は申し訳なさそうで……。
「……メル、私もついて行く安心しろ」
「うん……」
メルは一言の後、祖母の手を取った。
「……すみません、ユーリさん二人には――」
「うん、お願い……本当はついて行きたいけど……まだ目を覚まさないみたいだから」
本当はユーリにもついて来てもらいたいと思ったメルだったが、母の言う通り彼に何かあったら心配だと自分へと言い聞かせ――母ユーリへと目を向け告げた。
「行ってきます……」
「行ってらっしゃい、ちゃんと話すんだよ」
母ユーリの言葉に頷いた彼女は祖母ナタリアの手を引き、ノルドの後を追い部屋を去った……。
メル達の去った部屋でユーリは唇を噛みしめ拳を握る……それを見たシンティアは心配そうな顔を浮かべ――。
「ユーリ様……」
彼女の名を呼んだ。
ユーリは彼女の顔から言いたい事を察したのだろう……。
「うん……分かってる……本当は一緒に行った方がメルの為だ、だけど……それを良く思わない人も居るんだよ……大丈夫ナタリアがついてくれてるから……」
そう言う彼女は何処か無理をしているような笑みを浮かべた……。




