129話 ディーネ
ナタリアの孫というのが嘘だと言われたメル。
思いがけない言葉に彼女は傷つく……そんな時街の中から現れた女性は――。
「ああ、やっぱり……その目ディーネによく似てる……」
そう呟いた。
「あ、あの……ディ、ディーネって……?」
メルは聞きなれない名前を聞き彼女へと尋ねる。
すると、一瞬きょとんとした女性は微笑んだ。
「そうだった、貴女達はナタリアって呼んでたね」
「ナ、ナタリア!?」
そう言えば呼び慣れてたから特に気にした事が無かったけど、ナタリアってほんとうは偽名で……。
本当の名前はアクアリムじゃなくてリュミレイユ。
でも、この人はディーネって呼んでる?
メルはその女性をまじまじと見てみるとどう見てもナタリアとは年が離れているように見える。
それもそうだろう、彼女の祖母であるその人は嘗て呪いにかかり、メルの母ユーリの手によりその呪いを解かれた。
しかし、年齢が刻めないと言う点だけは変わる事無く、若々しい姿を保っているのだ。
だが、目の前の女性がナタリアの知り合いであるとメルは理解し――。
「あ、あの……私達……」
街へと来た理由を彼女にもう一度伝えるべく、語り始めた所――。
「ライラさん! 危険です! 下がってください!!」
「そ、そうだ! そいつらが偽物ではないと言う理由にはならない!」
その言葉を聞くなり、うんざりとした表情を浮かべたライラと呼ばれた女性は溜息をつくと首を左右に振る。
そして、メル達から目を離し彼女を追って来た門兵の二人へと視線を向け――。
「仕事熱心なのは良い事だけど、一つ忘れている事があるでしょ?」
「は、は?」
「良く見て見なさい」
彼女はそう言うとメルの腰にある剣へと指を向ける。
「領主の家にあった水の剣アクアリム……これはディーネが持っていた。貴方達もこの剣の事は知っているでしょ?」
メルが祖母より受け継いだ剣は確かにこの街にあった物だ。
「お前、何故それを持っている!!」
「まさか、ディーネ様を!!」
だが、二人の門兵は頭が固いのかメルへと敵意を向け――。
「な、なんか面倒な連中だな」
「同意見だ……話を聞かないと言うのがここまで面倒だなんてな」
「う、うん、メルお姉ちゃんのお婆ちゃんがいる街に入るだけなのになんでそんなこと……」
「ま、まぁあたし達は珍しい客人なのだから警戒はされて当然よ? しすぎだとは思うけど」
四人は門兵に対しそれぞれ不満を漏らす。
すると、ライラは申し訳なさそうに困った表情を見せ門兵に近づくとなにやら小声で伝える。
「で、ですが……あの者達は」
「そうです、街の中に入れては――万が一の事が!?」
二人は納得がいかない様だったが、ライラは手を振りメル達の元へと歩み寄る。
すると、二人の門兵は深く溜息をつき持ち場へと戻って行った。
「ごめんなさい、あの者達には後でもう一度言っておくから、さ……領主様の所に行きたいんでしょ? 案内するからついておいで……どうせ、ディーネから迷子うつってるのだろうし」
「…………は、ははは」
その言葉に目の前の女性は祖母を知っていると確信を得たメルは笑みを引きつらせ乾いた笑いで答えた。
門兵にお金を渡し、街へと入ったメル達。
彼女達はライラという女性の案内により、メルの曾祖母の居る領主の館を目指す。
その間、始めて訪れる祖母の街をメルは見渡す。
「そんなに珍しい?」
「い、いえ……のどかな所なんですね」
その街には緑が多く、決して大きいとは言えない。
しかし、何処か懐かしい感じがした……メルはそれが何故か考えているとその理由に気が付いた。
そっか、この匂い……最初に住んでたタリムの屋敷に似てるんだ。
メルは生まれ故郷であり、もう戻れないその場所の事を思い出し少し悲しくなった。
「なんだか懐かしいな」
「……そうだね」
シュレムも同じだったのだろう、メルの隣を歩きつつそう呟き、メルもまたそれに答えた。
だが、メル達が懐かしさを感じているのとは別で街の者達はメル達を訝しむような顔か何処か睨む様な瞳で見つめており――。
「歓迎はされてないな……」
「ええ、その様ね」
「門でも何か恐かった……けど、此処の人皆同じような顔をしてる……」
仲間達の言葉を聞きメルとシュレムは敢えて目に入れない様にしていた人々へと目を向ける。
どう見ても歓迎はされていない、そんな空気にメルは落ち込み尻尾は力なく垂れゆらゆらと揺れる。
「ごめんね、今はちょっと問題が起きてて……とにかくイリアさんに会って皆に説明をしてもらえば、歓迎はしてくれるはずだよ」
彼女はそう言うとニッカリと笑い、メルは一人疑問を感じた。
「でも、なんで私がナタリアの知り合いだって分かったんですか?」
「ちょっと、その言葉本人が聞いたら泣くよ? 前に来た時に孫が可愛いとずっと言ってたからね……そんなに言うなら見せなさいと言ったら外は危険だし、冒険者になりたがるから駄目だなんて言うんだよ」
ライラは笑みを崩さずにメルの方へと向く……だが、メルはそれでも彼女が何故わかったのかが理解できなかった。
夕日色の髪は珍しくない……そう言われてしまえばそれで終わりだ。
ましてやメルの見た目はどう見ても森族、ナタリアは勿論ユーリも魔族なのだ……。
「で、でも――」
「いや、だって久しぶりに再会したら髪の色だけは変わってたけど見た目そのままだよ? そっちの方に驚いたよ。何時までも若いなんて全く羨ましい……それに、あの子ユーリちゃんとフィーナちゃんだっけ? 二人に子供が出来たって事で問い詰めたら『変な虫に捕まる位なら、二人をくっつけさせた方が安全だ』なんて言ってたからね」
まるで息継ぎをしないかのような言葉の後、今度は呆れたように溜息をついたライラはやれやれと首を振る。
「でもま、本人達が納得してその子供がちゃんと育ってるなら文句は言えないからね、その後は黙って聞いてた……だから私はディーネの孫が森族と見た目が変わらないってのを知ってたの」
「そ、そうだったのか……でも、それならそうとなんで街の連中はメルの事を知らないんだ?」
「いや、街の人全員に伝える必要はないだろ?」
シュレムにそう答えたリアスはやはりどこか呆れたようだったが、シュレムは憤り――。
「なんでだよ! この街はメルのひい婆ちゃんの街だぞ!?」
「い、いや……領主ってだけだからね? 曾お婆ちゃんの街といったらそうなんだろうけど、そのままの意味じゃないからね!?」
メルがそう言うも納得できない様子のシュレムの抗議の声は続き、その様子を見るライラは微笑みながら歩く――。
「ディーネは本当羨ましいよ……」
「……え?」
どういう意味なのだろうか? そう思いメルは訪ねようとした所……言葉を失った。
ライラは何処か悲しそうな、寂しそうな瞳をしていたのだ。
「………………」
「さ、着いたよ」
メルが訪ねられずに言葉に迷っているとライラは再びその顔に笑顔を張り付け、目的地に着いた事をメル達に告げた。




