11話 鞄は目の前に
自身の所為で奪われてしまった少年の荷物。
それを取り戻すため、メルは老婆を送った家へまでたどり着いた。
どうやって潜入をするか、悩んでいた彼女だったが間抜けな男のお蔭で潜入は難なく出来たのだが……?
メルがどうしようか悩んでいると……。
鉄棍棒の男が辺りを気になったのか部屋の中を見回し始めた。
「どうした?」
老人はその様子に疑問に思ったのだろう、怪訝な表情を浮かべ一言を漏らす。
すると、声を掛けられた男も怪訝な表情を顔へと変えると――。
「いや、なんか良い匂いがするんだよな、食いもんじゃねえ……」
「――――っ!!」
その言葉にメルは息を飲んだ。
「なんだと? …………確かに良い匂いだな、だがなんだこれは?」
老人も彼の言葉を聞き鼻を利かせるとすぐに気が付いた。
メルは冷や汗をかき始め……思わず自身の口を塞ぐ……。
私だ……!!
メルは何時も薬師であるシンティアという女性が作った石鹸と言う物で体を洗う。
以前は殺菌性のある樹液が主だったが、それよりも香りが良く……リラーグの人達、特に女性に人気な商品だ。
何故ならリラーグは一度雲に汚染された地域だと言うのに元が水龍であるデゼルトのお蔭もあり水が多く綺麗なため風呂が一般的で暖かいとより良い匂いがする石鹸が人気だった。
石鹸事態、安価とは言い切れないが香水よりは安く、その殺菌性も相まって土産として買っていく者も居るぐらいだ。
「花か? いや……なんか違うな」
なによりその石鹸には色々な香りがあり、メルも当然、気に入っていた……だが、彼女はこの時ばかりはそれが仇となった事に気付き表情を固める。
「兄貴、どうしたんですか?」
そうこうしている間に扉の男は二人の男の様子に気が付き、メルの居る方へと向かって来る。
気が付かれた!? そう彼女が焦る中、鉄棍棒の男は扉の男へと答えた。
「なんか変な……良い匂いがするんだよ」
「はぁ? ……確かに」
そう言われて扉の人も鼻を利かせ始めたのを見てメルの心臓はその鼓動を早めた。
嗅がれて恥ずかしい普段ならそれだけだっただろうが、今は見つかったら終わり……その恐怖もあったからだ。
何とかばれない様にとメルは祈りつつ、下手に動かない様に身を低く保つ……。
「あ、これは……」
「なんだよ知ってるのか?」
扉の人が何かに気が付いたようで表情を変え、二人の……いやメルを含めて三人の視線が彼に集まる。
「これ、確かリラーグで人気の石鹸ってやつですよ……今日街で見かけて」
「なんだテメェまた金を無駄に使いやがって」
「全くだ。しょうもない物を……」
その言葉に彼女はほっと息をついた。
扉の男が買っているなら、なんとかこの場は凌げる。
そう思ったからだ。
「い、いや……」
だが――扉の人は焦った様に手をバタバタと振り乱す。
「なんだ? 言い訳か?」
「違うって事ですよ、俺買ってないです! 匂いが苦手でして……嗅いだだけで買ってないんですよ、そもそも買ってたらとっくに気が付いてたじゃないですか!? 鼻の良いルッツの兄貴が気が付かないはずないですよね?」
扉の男は鉄棍棒の男の方を向き告げた……。
その言葉はメルにとって一瞬の安堵の後に再び底に落とされたかのようなものだった。
「そうだな、確かに俺が気が付かないはずがない……だがよ、ラゴンが買ってないならどうして急に匂いがし始めた?」
「分からないです、少なくとも俺では無いですね!」
「馬鹿かお前!! 誰かがここに居るって事だろうがぁ!!」
メルは自身の身に危機が迫っていると言うのに老人の言う通りだと思った。
何故ならラゴンと呼ばれた男は何故と聞かれたのに清々しいまでの言葉で俺では無いと言い切ったのだから。
でも、これじゃもう時間の問題だよ! こうなったら……。
メルはそう思いじりじりと鞄のある机へと近づく――。
「親父の言う通りだ、とっとと探して来い!! 話聞かれてたら問題だろうが!!」
だが――。
「い、いやでもその必要は――」
メルはその言葉でビクリと身体を揺らし、固まった。
見上げる先にはラゴンと呼ばれた男がルッツと言う男に襟首を掴まれている。
だが、そんな事はどうでも良かった……そう、いくら老人の言う通り馬鹿な人だったとしてもラゴンと言う人物は石鹸を実際に見ている。
だとしたら、もうすでに時間は無くなっているのではないか? メルはその事に気が付き――。
「ごちゃごちゃウルセェんだよ!!」
「だって、それそんなに強い匂いじゃないんです、この部屋から匂うって事は!!」
「ああ?」
確信した――。
それと同時に彼女は床を強く蹴り、机の上にある鞄を手に取る、
「――なっ!? 親父!!」
「ひぃぃぃぃ!? 亡霊だ!!」
当然、鞄は宙に浮き、彼女が何処に居るかなんてばれてない方が無理な話だろう。
「亡霊な訳が無いだろうが!! さっさととっ捕まえろ!!」
部屋の中には怒声が鳴り響き、メルは咄嗟に――。
「我が行く道を照らせ……ルクス!!」
光の魔法を唱えそれを目晦ましに使うと一気に扉まで向かう――。
あとちょっと、あとちょっとで扉に手が掛かる!! だが――それはあまりにも無謀で甘い考えだった。
「その声……あのお嬢ちゃんか……」
――そう、彼女は素直に扉……つまり出口から出るべきではなかったのだ。
「素直に帰ろうとするとはガキはガキだな」
「――――かっ!?」
老人の声らしきものがしたかと思うと首へと掛かる負担。
一体なにがと思って見てみると……見るまでもなく太い腕があり……。
「――ぐぅ!?」
彼女の身体は首に巻かれた腕に持ち上げられた。
魔法はちゃんと発動していた、だが老人だけはまるで何もされていないようで――。
「おおっとどうやら首に入ったみたいだな? どうやって消えてるのか分からないが、ここには居るみたいだな、それと教えておいてやるよ魔法には詠唱って言う弱点がある。詠唱さえ知ってりゃぁそれがどんな魔法でどういった使い方をするかなんてのは予想が付くんだ……よっ!!」
最後の一言でますます首を絞める腕に力が入る。
「――っ!? ――――!!」
自分の首が折れてしまうのではないか? メルはそんな恐怖と息が出来ない状況に頭が真っ白になってしまい、透明化の魔法は解けてしまった。
「おーおーこれも魔法か? やっと姿を現したぞ、ほれ」
「……っ! ひゅっ!?」
「なんだよ結構将来楽しみな顔じゃねぇか、それも売り物にしようぜ親父」
彼女が彼らの会話を聞いている中も腕は首を絞め続け、体からは徐々に力が抜けていく……。
「ああ、そのつもりだ。こいつがさっき言ってた珍しい物だからな躾けてやれば物好きには今の容姿で十分高く売れるだろ」
まただ……また捕まった。
薄れゆく意識の中、それを理解したメルは真っ白になっていく頭に恐怖を感じるが自分では抗うことが出来ず――。
身体から力が完全に抜け、手から鞄が地へと落ちた。
「お、おい!? 親父!!」
「ん? おっと危ねえ危ねえ……」
ルッツという男の言葉で老人が不意に首にかかっていた力が抜き、メルはやっと酸素を身体へと取り込む――。
「ひゅ、――はっ、はぁ――」
必死に呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻したメルは自分が自由になっている事に気が付き鞄へと飛びつくが……。
「んむぅ!? むぅ――――っ!!」
それはあまりにも無意味な行動であっさりと彼女は布で口を塞がれてしまった。
慌てて解こうとしても、相手の動きの方が早く腕は後ろに回され拘束されてしまう。
たった数秒でメルは芋虫みたいに地を這う羽目になってしまった。
ついてないなんてものじゃないよ……昨日も捕まって襲われかけたのにまた捕まって……。
これじゃ昨日の繰り返しだよ!
自身の情けなさと不運に苛立ちを覚えたメルは必死にもがき……。
「むぅ、……むぐ――!!」
声を上げようにも口が塞がれてはくぐもった声しか出せず。
その姿はあまりにも無力で滑稽だ。
なにが責任取って自分で荷物を取り戻すなんだろうか? この二日でメルへと突き付けられたのは、魔法と剣術をちょっと使えるだけのただの子供だったと言う事実だけだ。
それでも、最初から逃げずに攻撃に転じていれば隙はあったかもしれない。
それなのに、彼女はまた人を傷つけることを恐れ――更には相手を甘く見ていた……。
あの少年の言う通り、その結果がこれだ……。
「な、なぁ兄貴これ味見しないのか?」
その言葉にビクリと身体を震わせた彼女は声の出所であるラゴンと言う男性を見る。
彼の顔は歪み、その目はメルへと向けられている。
ラゴンは昨日の男と同じ目で、その味見と言うのが何を意味するのかは昨日の経験から理解したくはないが出来てしまった……。
「馬鹿野郎!! こういった商品はな傷物より新品の方が高くつく、髪の毛一本汚すんじゃねえ!!」
だけど、老人は金の事しか興味は無いのだろう、ラゴンの首を容赦なく締め上げ怒鳴りつける。
「わ……わか……た、ごめ、オヤジ……」
その言葉を聞いてやっと首から手を放し、再び剣の手入れをし始める彼に対し今度はルッツと言う人が声をかける。
「それにしても親父、あのデカブツはどうするんだ?」
デカブツ? もしかしてデゼルトの事?
そうだ! この街にはデゼルトが居る! だからきっと助けてくれる!
「……ああ」
だが、そんな彼女の期待も――。
「この街の護り神だか何だか知らないが、所詮翼の付いたトカゲだ」
「いや、そうじゃなくてな……あれも売れそうじゃないか?」
まるで何の問題もないものであるように二人は言葉を交わす。
相手はドラゴン。しかもこの世界の創造主であるエルフの作った原初の龍だ。
リラーグへと太陽の光をもたらした護り神……リラーグではそう言われている――。
「それもそうか……おい、確かトカゲに効く奴があったな、どうせ戻るつもりはない出る時に首を落とした上で鱗を剥ぐとするか」
ましてやメルにとっては幼い頃から仲が良い龍であり、母の従える龍だ。
「むぅ!! むぅ――――!!」
それだけは駄目だ! そうメルは力いっぱい叫んだ――つもりだった……。
「何か訴えてるぜ、奴隷が」
「ガハハハ、まさかトカゲを殺すなとでも言ってるのか!?」
だが、彼女が何も出来ないのは男達の見た通りで言葉もすでに封じられている。
だただた彼女の姿は滑稽な物としか取られなかった……。
「…………むぅ……」
お願い、あの子をデゼルトを殺さないで……そう叫んだ所で、願った所でメルの目の前に居る人達は止められない。
デゼルトは死に自分は売られ、荷物もあの少年の元には戻らない――メルはそう、理解してしまい……涙で床を濡らし――。
誰か……誰か助けよ……お願いだから……助けて――。
そう願うしかなかった。




