95話 シュレムの助言
メルが医者に診察をしてもらってから早数日……。
『ユーリ達も警戒してくれてるって!』
『ですが、あちらにも何もないそうです』
シルフとウンディーネの報告を聞く彼女はベッドの上で座りながらも考え込む。
安静を言い渡されたメルは動く事が出来ず、この数日間はほぼベッドの上で過ごしていたのだ。
そのお陰もあって頭痛も引き、動けるようにはなってきた。
だが、心配事を少しでも解消しようと精霊達に頼みユーリ達との連絡を取れるようにしてもらっていた。
しかし、その心配事の原因である、あの手紙の主は不気味な程、動きを見せていない。
いや、最初から居なかったのではないか? と疑いたくなるほど話を聞かないのだ。
『メル……』
『どうしましょう? 皆さんに探してもらいますか?』
ウンディーネの言う皆さんとは恐らく仲間達の事だろう。
確かにこのリシェスをねぐらにしている可能性はある……だが、メルは静かに首を振った。
「相手の正体も分からないんだよ? それに……」
気がかりなのはもう一つあったのだ……。
あの異形の少女と少年……数日前の夜に襲ってきた時に居たのは三人だったはずだ。
しかし、リアス達の話とメルが実際に目にした者達……数が合わない。
「手紙を送った人とは別にもう一人居るかもしれない」
あれが手紙の主本人なのか、それとも別人なのかは分からない。
とはいえ、下手をしたら街を一つ滅ぼしかねなかった危険人物である事は変わりがないのだ……。
そして、その者達が狙っているのは母ユーリとリアスの妹であるリリア。
母の実力は知っており、仲間がいる限り安心だ……しかし、リリアは違う……だからこそ、メルは――。
「だから、早くリリアちゃんの目を治してあげたい」
狙われている少女の名を呟き、ベッドから降りると机へと向かう。
「……ぅぅ……」
だが、メルはすぐに頭を抱える。
そこに書き出されているのは無数の魔法陣……式とも言われる魔法の大本となるものだ。
「やっぱりこの図だけじゃ思い浮かばないよ……」
医師の残した図、それにはざっと書かれた瞳の構図。
どうやって人が物を見ているのか理解することは出来たが――だからこそ、これだけでは出来ないと思えてしまった。
「これって結局、神経が駄目だったら……」
そう、瞳に問題が無く、脳へと伝える神経に問題があった場合……そこだけを治す魔法と言うのが思い浮かばないのだ。
ましてやそれが出来るとなれば――。
「ますますユーリママの魔法じゃなきゃ無理なんじゃ?」
そう思わず口にしてしまったメルだったがすぐにリリアの顔を思い出すとぶんぶんと頭を振り、尻尾を立てる。
「今はママにここに来てもらう訳には行かないよね、リリアちゃんを向こうに行かせるにも危ないし……どうにかして少しでも私が治してあげる様に考えないと!」
そう意気込むとペンを握り直した。
『できそう?』
「うぅ……」
シルフの質問に唸り声で答えるメルはすぐに頭を机へと押し当てた。
『少し、頭を休めてはいかがでしょう? この頃ずっとそうですよ?』
心配するウンディーネの言葉に顔を上げた彼女は首を振った。
手紙とイアーナの事でただでさえ不安なのだ……寧ろすぐにイアーナに向かいたいと思ってるぐらいなのだから。
だが、リリアの目を治すと言った手前、それは出来ないと思っているのだろう。
「少しでも進めておきたいから」
メルは精霊達にそう伝えた。
それから暫く唸りながも、式と格闘していると外からどたどたと言う音が鳴り響き……。
それに心当たりがあったのだろうメルは頭を抱えつつ扉の方へと目を向ける。
『誰でしょうか?』
疑問を浮かべるウンディーネはメルの肩に乗り、一緒になって扉の方へと顔を向ける。
『多分シュレムだよ!』
メルの頭に乗っかっているシルフはそう答えると……。
「メルーーー!!」
シルフの予測通り、シュレムの声と同時に扉は開け放たれ満面の笑みで手に持っている物をメルへと見せてきた。
「何を持ってきてるの!?」
それを見たメルは思わず叫んだ。
何故ならシュレムの手には必死にもがく動物の姿があり……。
「ああ、メルが喜ぶと思って持ってきた!」
絶対に喜ぶことを確信しきった顔を浮かべたシュレムははっきりと言い切った。
するとメルはがっくりと項垂れ、もがく動物へと目を向ける。
「何でそう思うかな? もう、その兎放してあげよう?」
そう、シュレムが手にしているのは兎。
「何でだ? 美味そうだぞ!」
「…………」
シュレムがそう言う様に兎は食用。
その為に買って来たのだろうとはメルも分かってはいたのだが……。
「私どうも兎だけは食べれないんだよね……」
メルは兎肉が食べれないのだ。
その理由は母ユーリの所為でもあり……。
「え? そうだったのか?」
「う、うん……」
昔、ユーリママがこっそり飼ってた兎が良く懐いて来て可愛かったんだよね。
いつの日のか居なくなったって騒いでて……二人で探してたら、結局その日の夜に……あれは絶対、そうだよね。
「メル?」
「な、なんでもない……とにかくその兎は放してあげて?」
「でもなぁ……高かったしな」
メルはシュレムの言葉に呆然とした。
何故なら……。
「買ったの!? というか何処からお金出したの!?」
「ああ、旦那から小遣いをもらったんだ!」
そう聞いたメルは自分の為にわざわざその小遣いを使ってくれたことに感謝しつつ、がっくりと項垂れ尻尾を垂らす。
「ありがとう、シュレム……でもなんで?」
「まぁ、メルさ目の事を調べてるだろ?」
シュレムの言葉に頷くメル、その事となにが関係があるのだろうか? そう考えていると……。
「オレはそれで……こいつの目使えないかなって思ったんだよ」
耳を掴まれたままの兎はもがき疲れたのか、ぐったりとしており……その兎をメルは見つめると――。
「この子の目が?」
「ああ、だけど……どうするかな? メルが食べないんじゃ……うーん」
「え、えっと……気持ちは本当に嬉しいんだけど……シュレム?」
メルは何故兎を連れて来たのかようやく理解し、苦笑いをする。
素直に嬉しいのだ、だが――。
「なんだ?」
「あの、言いにくいんだけど……瞳の構造は分かってるから実はその……意味ないよ?」
メルの言葉はショックだったのだろう兎を手放したシュレム。
床へと落ちた兎を見てメルは慌てて駆け寄ると抱き上げ――。
「実は神経が駄目になってたら瞳が大丈夫でも見えないんじゃないかって思って」
「そ、そうだったのか……でもそれってそんなに難しい事なのか?」
疑問を浮かべるシュレムにメルは頷き――。
「難しいよ、だって瞳が駄目なら同じ構造のマジックアイテムを作れば何とかなるけど、神経が駄目になってると其処を治さないと駄目だから……」
それこそ回復魔法が必要だ。
メルはその言葉を飲み込んだ……だが……。
「だったら、メルが回復魔法を作ればいいだろ?」
「……え?」
予想外の言葉を告げられ、メルは呆けた声を出すのだった。




