9話 嘘か真か
良い事をし、気分が良かったメル。
だが、そんな彼女の元にあの泥棒が現れた……。
しかも彼はメルが泥棒だと言い、憲兵まで連れてきたのだ。
果たして彼の言う事は嘘か真か?
屋敷に向かう中、メルはうんざりとした様子で歩みを進めていた……。
「どいう方法で調べるのか知らないが……覚悟しろよ泥棒!!」
「泥棒が泥棒扱いしないでよ……」
ボロのフードの少年はこれから嘘がばれると言うのにずっとこの調子であり、メルは一瞬でもちょっとかわいそうと思った事を撤回した。
そんなやり取りをしながら歩いていると屋敷……酒場に辿り着き、そこへと足を踏み入れる。
すると――。
「メルちゃん、おかえりなさい」
屋敷の中、酒場でもある一階の机とカウンターを忙しく動き回る森族の女性がメルに気が付き、彼女を微笑みつつ出迎えてくれた。
「……ただいま、ジェネッタさん」
いつもなら元気に言っていたその言葉も今日はどうも元気が出ない。
先ほどまでは気分も良かったのだが、今は最悪だ……そんなメルを見て首を傾げたジェネッタと呼ばれた女性は……。
「メルちゃん?」
「はぁ……ナタリアは居る?」
「え、ええ……今日は部屋で本を読むとか言ってたけど……」
「ありがとう、ジェネッタさん……行こノルドお兄ちゃん」
「あ、ああ……そうだね」
此処に着くまで何度も大声で泥棒と呼ばれ、かなり不機嫌になった彼女はぶっきらぼうにそう言うと、いつもより乱暴な足取りで酒場の中を進む。
「メルちゃん、なんかご機嫌斜め?」
いつもとは違うメルに対しジェネッタは心配したのだろう、横を付きながらそうノルドに尋ねる。
「実は――」
それにノルドは答えようとした所――メルは二人へとその鋭い眼光を向け――。
「早く、さっさと、終わらせる!!」
と一言を放ち、ノルドの手を乱暴に引いた。
すると、引きつった笑みを浮かべたジェネッタはその場に取り残され、呟く――。
「な、なんか……斜め過ぎてシュカさんみたいな口調になってない?」
メルはジェネッタには悪いとは思ったが、すぐにでも少年を追い払いたいと思い、急ぎナタリアの部屋へと向かった。
そして目的の部屋に着くなり、乱暴なノックをする。
すると中から物音がし、それに少し遅れ――。
「だ、誰だ?」
聞きなれた師でもあり、祖母の声がメルの耳に入る。
「私だよ」
「…………な、なんだメルか、やけに乱暴だな、入っても大丈夫だぞ」
少し間があったのは気になったメルだったが、恐らく怒った声が原因だろうと考え、彼女に言われた通り部屋の中へと足を踏み入れる。
「どうした、またユーリに……って何かあったのか?」
「何かあった! 泥棒から鞄を取り戻したら泥棒扱いされて困ってるの!!」
彼女は怒鳴り声にならない様気を付けながら、ナタリアに何があったのか伝えた。
ナタリアであれば、そんな嘘はすぐに見破ってくれると知っているメルは眉を吊り上げたままの顔で少年を睨んだ。
「それで、その泥棒扱いすると言うのはその少年か?」
「なんだよ、泥棒の嘘が見抜けるって聞いたけど、さっきから見てればこいつの家か!! 騙したのか!? 結局は俺を泥棒扱いか!!」
だが、その少年はあろう事かノルドに怒鳴り声を投げつけ、掴みかからん勢いで詰め寄っている。
その様子に尚更、頭に血を登らせたメルはやっぱり追い出そうと彼に近づこうとした――が――。
「そう怒るな、メル」
メルの頭に手の平が乗せられ、彼女が見上げると其処には祖母と言うには若く美しい女性が微笑む姿があり……彼女は何処か自信に満ち溢れた顔をしていた。
その顔を見てメルは思わず顔を綻ばせた……何故なら――少年の嘘がバレタからだ。
「さて――結論から言おう、二人共嘘をついていない」
と……思ったのだが……。
「「へ?」」
「やはり、でしたか……」
メルとフードの少年が呆然とする中、やはりどこか困った表情のノルドはナタリアの言葉にそう返す。
「ああ、連れてきたのは正解だな。そのまま少年を牢に入れていたら問題だった……」
ナタリアも頷きつつそう言うと、彼にそう言葉を返した。
しかし、メルは呆然とする頭を左右に振り――。
「ど、どういう事?」
疑問を祖母に問う。
「メルは確かに泥棒を追いかけ鞄を取り戻した、だがその少年は確かに泥棒に鞄を盗られたと言う事だ」
「だ、だからどういう事なの!? 私はお婆ちゃんの鞄を――」
「恐らくメル、お前は騙されたんだろう、見た目でな……お前の事だ老婆を見て助けなければと思ったのだろう? そして、恐らくそいつは誰でも良いからそれを狙っていた」
「な……なな」
つまり、メルでなくても誰かが少年を追いかければいい、そう思っていたのではないか? とナタリアは言っているのだ。
そして、少年へと目を向けると……。
「この少年の考えている事は恩人の荷物を盗られたと言う事とそれに対する罪悪感、そして泥棒……つまりメルへの怒りだ」
メルはナタリアの言葉にまるで頭を鎚で殴られたかのような感覚に陥った。
それもそのはずだ、メルは老人を助けたつもりだったのに、実は騙されて泥棒の片棒を担がされていたのだから……。
「そんな……だって私……」
「だからアイツは……ジ……婆さんは知り合いか? って聞いたんだよ……どうだよ、ご自慢の方法なんだろ? 俺が嘘なんて言って無い事が分かったじゃないのかよ!」
メルは少年がそう言っていたのは勿論覚えていた。
いや、忘れることなどできないだろう、何故なら彼は道中で怒鳴り声とは別に今も言ったようにお婆さんの知り合いなのか? と言う事を何度も聞いてきていたのだ。
ただの嘘つき、それも泥棒の言葉と聞き流していたメルは慌てて頭を下げ――。
「ご、ごめんなさ――」
「ごめんで済むかよ……」
かけた所で少年にそう言われてしまった……。
その声は諦めたかのような小さなもので、メルはナイフで心臓を刺されたらこんな風な痛みを伴うのだろうか? といった感覚を覚える……。
「で、鞄持ってないんだろ? 俺もう行って良いよな?」
メルの手には鞄は無く、少年はその理由を察したのだろう……。
その部屋から去ろうとし――。
「待っ――」
「待て、少年」
制止の言葉を告げたのは、メルの祖母……ナタリアだった。
「メル、その鞄はどこにあるのか少しも分からないのか?」
「え……それは……」
メルは老婆の顔を思い出すが、もし……最初からあの鞄を狙っていたのなら……この街の者ではないのでは? と考えたが……。
確かに家へと送った事は覚えており……。
「一応家には送ったけど、もしかしたら空き家かもしれない……」
「顔はどうだ?」
「覚えてるよ? 人の良さそうなお婆ちゃんだった……」
メルはそう答え、おずおずとナタリアへと目を向けると……。
「……っ!?」
メルの目を見てナタリアはニヤリと笑った。
ナタリアがこう言う顔をする時は嫌な予感しかしない。それはメルの母ユーリから何度も言われていた事だったし、メル自身もこの頃は母の言葉は本当だったんだと感じ始めてきたところだ。
「そうか、ではそれを詳しく教えてくれるか? ユーリとフィーに鞄と取り返させよう」
「――なっ!?」
そして、嫌な予感は的中した。
騙されたとは言ってもやってしまった事はやってしまった事、理由が理由だが二人には冒険者を目指すなら、人を見かけで判断せずに見分けなさいと言われてしまうのは目に見えていた。
「当然だろう? 二人はメルの親だ」
「だったらナタリアが――」
「メルの祖母である私が動いても良いが、メルは楽をするだけだからな」
メルはナタリアの言う通りだと言う事は理解した……彼女が動けばすぐに済む……。
何故ならメルが送った家の周辺を調べて怪しい人が居るかどうか調べ、後は魔法でどうにかすればいいだけだ。
少年も鞄が帰ってくれば満足だろうし、祖母が動いたなら何も両親に告げる事じゃないと言えてしまうはずだ。
「ただの悪戯なら笑って許されるかもしれん、だが、今回は違う……メル、分かるな?」
「…………」
ちゃんと怒られろ……そう言う風に聞こえなくもないが、ナタリアが言いたい事は別だとメルは考えた――。
無自覚、ほんの人助け、それがきっかけだったとはいえ、メルが荷物を盗んだことは事実、そして本来の持ち主であった少年を困らせたのもまたメルだ……。
「わ、分かった私がやった事だよ……私がなんとかする」
「よく言った、一般人の手を借りんとまともに盗めなかった者達だ。簡単に捕まえられるだろう、だが油断はするなよ?」
ナタリアは再び笑みを浮かべ、その様子にメルは垂れた耳を更に垂らし、尻尾も垂らすとそれを丸める。
最初から自分でなんとかすると言わせるのが目的だったんだよね?
……なら、はっきり言えば良いのに、ママ達をかけ合いに出すのはいくらなんでも卑怯だよ。
そんな事を口に出さずにメルは考えると……。
「ん? 何か思ったようだな?」
普段はメルの心を読まない約束である祖母の顔は意味ありげに微笑み……。
メルはその顔にぞくりとしたものを感じた。
「ぅぅ……なんでもないです、探してきます!」
慌ててその部屋を飛び出していく、背中越しにフードの少年の……。
「お、おい!? 待てって!!」
そんな声を聞きながらも振り返る事無く、メルは駆けて行った。




