プロローグ
初投稿です。
僕の手を握り締める彼女を、咄嗟に作った軽薄な笑みを浮かべながら見つめる。
どうしてこうなったのか。そんな事、僕は知らない。だって、僕は高校の入学式、眠たげな頭を誤魔化しながら校長先生の有難いお話を流し聞きし、全校生徒の代表として文章を認めた目の前の彼女の話を聞いていただけだ。いや、それだけじゃなかったかもしれない。そう、そのあとの話もしよう。
別段、第一印象ではあまり仲良くする気も起きないクラスメイト達とお互いに自己紹介を終わらせ、これから一年か二年か三年か、はたまたそれ以上なのか。兎も角、長期間はよろしくしないといけないだろう担任教師の自己紹介も受けて、そして何かしばらくHRをやって学校での一日は終わるはずだったのだ。手提げ鞄を手にブラブラと揺らしながら、革靴で軽快に足をならして歩いていた僕は曲がり角で彼女にぶつかったのだ。それだけだったのだ。教師から何やら仕事を頼まれていたのか、ぶつかったせいで盛大にずっこけて書類をぶちまけた彼女の手伝いを何となく、そう、僕の中の善性がちょっとアレだったので書類を拾ってあげたのだ。ちゃんと綺麗にたたんでまとめて、順番とかあったのかもしれないが僕には半ば関係ない事なのでまとめるだけにしといた。まあ、そこはどうでもいい。それからだ、彼女は赤面をしながらすみませんすみませんと続けるので、僕は大丈夫ですよと返し、その場を後にしようとした。そしたら、どうだ、彼女は僕の手を握って引き留めようとしているのだ。そして、今に至るのだ。
「えっと……僕。あの、急いでる? わけではないんですけど、その、その手を離していただけませんか?」
いい加減、めんどくさくなったので、取り敢えず手を離すように促した。彼女は何やら奇妙で甲高い声を出したあと、すいませんといって離してくれる。なんだ、話がわかるじゃないか。なら、さっさと物理的にだけじゃなく状況的にも解放してくれないか? 赤面をしながら、僕の顔をぼーっと見つめる彼女に気まずさを感じながら心の中で舌打ちをする。くそ、面倒臭い。僕が何をしたというんだ。お前の今の心境に何の関係があるというんだ? それは説明しなくてもいいから、いい加減に解放をしてほしいのだが。
「あ……あの、わ、わ、あたし、あ、あの。そ、そう、アタシ! 千藤和っていいますぅ!」
はい、知ってます。代表演説的なあれのときに、名乗ってましたね。明日になったら忘れてるいらない情報のはずが、今の状況のせいで忘れられそうにないよ。
「そ、それで。あの、失礼ながら……お名前を」
「あぁ? 名前。僕の?」
「そ……そうです。その、貴方の名前をぉ……」
もじもじしながら名前を聞いてくる彼女。かなり面倒臭い。なんで、僕なんかが目を付けられたのか。そっとしておいてほしい。
「美緒恵人です。よろしくね?」
外面は清廉潔白な人間でいたいというのは当たり前のことだろう。だから、心の中ではどれぐらい悪態を吐いても、僕は対面的には紳士に、そして模範的な生徒として接する。
「そ、そうですか。美緒恵人さん。美緒……恵人。美緒、恵人。美緒恵人。美緒恵人! うん、はい、覚えました! ふ……ふつつかものですがよろしくお願いします!」
図々しく僕の名前を幾度も繰り返す彼女に欝々しながら僕は内心、で? と言葉を浮かべながら、雰囲気で彼女に続きの言葉を催促する。早く本題に入れ、と。それだけ? と。
「そ、それでですね恵人君――」
「うん。何かな?」
「あ、アタシと一緒にUMA研究会を立ち上げてくれませんでしょうか!?」
UMA研究会。うん。UMA研究会、ね。わかるよ? UMAね。Unidentified Mysterious Animal――略してUMA。つまり、未確認動物。そういえば、さっき彼女がすっころんだ時に散らかった書類をちらりとみると、部の申請書だとかビッグフットっぽい写真だとか河童のミイラに関する話とかがあった。気がする。
わーお。変人だ。とても関わりたくない。僕は一般的に帰宅部で青春を消化しようと考えているのに、彼女はそんな僕を巻き込んで変な部活を立ち上げようとしているのだ。厄介事極まりない。そっとしておいてほしい。僕を巻き込むな。
「だ、大丈夫ですよ! 安心してください! とっても楽しいですから!」
お前が楽しいだけだろ? 僕は少なくとも今の状況からして楽しくないし面白くもない。安心できない。やめろ、両手を握ってぶんぶんと上下にリズミカルに振るんじゃない。
そんな僕ら二人をぎらぎらと眺める視線に耐え切れず、後ろを向く。割と整った顔立ちで、幼さを残しながらもどこか綺麗と形容できる雰囲気の千藤と真逆の美しさというのか、そこには高身長で大人な感じを醸し出すも、幼さを残した童顔で麗しく可愛らしさを感じる顔立ちのポニーテールの女性が笑みを浮かべながら立っていた。恐らく、教師。
「あ! 林先生!」
成程。林というのか。予備校の現代文を担当してそうなお方である。
「恵人君! こちら、林夕子先生! 林先生!こちらが――」
「あぁ、知ってる知ってる。美緒恵人だろぉ? 有名だぞ? 面接だけはハキハキと模範的な回答。なお、入学試験のテスト関連はダメダメ! 中学時代の担任教師曰く! 運動はなおさらとのこと。通称、口先優等生だ! あーっはっはっはっは!! まあ、私が勝手に言ってるだけなんだけどね?」
快活に笑うその女とは対照的に僕の笑みは引き攣る。見た目がドストライクだっただけに、彼女に対する僕の株は値下がりまくりだ。痛いところばかり突いてきやがる。中学校の奴らも無駄なことばっかり言うんじゃない。全く、なんだってんだ。僕はただ人間のプリミティブな感情を隠しながら、プリミティブな欲求に従って生きているだけ。何とも人間的な人間だろうに。
「ち、違いますよ! 先生! 恵人君はすっごく良い人なんです!」
なにその好感度。こわい。僕たち、あってから殆ど時間経ってないよね? なんで君の中ではそんなに僕が美化されてるのかな。
「うーん? どうかな。お前ら、サイコパスって知ってるか?」
「サイコパス……。えーっと、反社会的人格を持つ人たち、でしたっけ?」
「あぁ。そうだな。よく知ってるじゃないかぁ、美緒恵人。精神病質者――サイコパス。よくあげられる特徴として、良心が異常に欠如している。他者に冷淡で共感しない。慢性的に平然と嘘をつく。行動に対する責任がとれない。罪悪感が皆無。自尊心が過大で自己中心的。口が達者で表面は魅力的……等々。さて、どうだろうか美緒恵人君。私的には幾つか君は当て嵌まると思うんだけどねぇ」
つまるところ。彼女は俺のことをサイコパス扱いしているらしい。こんなにも良心に溢れていて、協調性があり、意味のない嘘はつかないし、責任感溢れていて、常に罪悪感に弄ばれていて、自尊心が低すぎるあまり生きづらいと感じている人間は稀有だろうに。いや、半分ぐらい冗談だ。正直に言おう。幾つか当て嵌まる。
だけど、だからといって。そう易々と自分を人間のクズ扱いするような言葉には頷けない。
「な、なにが言いたいんですか!? 先生」
僕をかばうように先生を問い質そうとする千藤さん。有り難いけどちょっと静かにしててね。
「こいつを引き込むのはやめた方がいいってことよ。一丁前に外面だけ取り繕って本音隠して、でも、ほらさ、ちょっと突かれただけ黙り込んで張り付けたような苦笑いを浮かべるようなやつなんて。ろくな人間じゃないだろうさ。腹ん中煮え繰り返ってるだろうねぇ~。今頃さぁ。こんな奴、私たちの活動に巻き込もうなんざやめときなよ」
「で、でも……恵人君なら――。あ、あの子の」
「諄い。こいつが選ばれるような人間に見えるか? あぁ。和ちゃんにはそう見えるだろうね。でも、私には薄汚い心の持ち主としか判断できないよ。ごめんね。大人しく別の候補を探そうか」
「で、でもぉ……」
あぁ。成程。わかったわかった。こいつがUMA同好会だかなんだかの顧問っぽいだとか。なんか怪しい会話をしているだとか。そんなことはどうでもいい。こいつは僕を見下している。掃き溜めの汚らしい虫だかなんだかと同視しているに違いない。ムカつく。他者の意見や評価を受け取って、自分の意見も交えて相対的に僕をクズと定めている。ああ、そうだろう。正しいだろう。貴女の意見は。真っ当だ。ぐうの音も出ない。だけど、逆らわない理由にはならない。
「千藤さん。えっと、UMA同好会? でしたっけ」
「UMA研究会です。えっと、それがどうか……」
「いいですの。えぇ。とっても魅力的。いいですよ。一緒に立ち上げましょう。実は僕、そういうのとっても気になっていて――」
嘘だ。欠片も興味はない。
「チッ! おい、美緒恵人。本当に入るのか?」
「あの、貴女――林先生でしたっけ? さっきから何が言いたいんですか? ていうか、本当に教師ですか?」
面倒臭い。黙ってろ。煩わしい。僕の邪魔をするな。人を真正面から小馬鹿にするようなやつは数多くいる嫌いな人間ランキングでもトップクラスに入るレベルだ。馬鹿にするのは構わないし、低評価を下されるのも別段興味はない。正し、本人がいないところで勝手にやっていてくれという話だ。こっちは間接的に清廉潔白な人間でいたいのだから、神経を逆なでしてメンタルを崩したりペースを乱したりしないでほしい。心でもない綺麗ごとを吐き出して、あまりやる気もしない偽善的行動を反射的にやっているだけなのだから、気力を削ぐようなことをするな。会話をするのも億劫だが、反骨心一つだけで反抗する気力は湯水のように湧いてくる。
「ふ~ん……。逆に聞くけどさぁ、アンタも、何が言いたいの?」
「碌に教育もしないで、成長の糧になるようなことも施さないで。ただ腐った蜜柑だと、蛆虫のようなやつだと評価を下して断じる。それが教師のやることなんですかね。いや、僕、将来的には教師になりたいのでどうかちょっと一つ御指導いただきたいんですけどね。ねぇ、林先生? ちゃーんと、教育してくださいよ」
お前がやってくれたように、お前の神経を逆なでしてやる。どんだけガバガバな理論だろうが、意見だろうが構わない。僕の高校生活スタートダッシュを最悪にしてくれたお礼だ。くそ教師。
「あぁ。良いよ。教えてあげる。私がね、教師としては失格だなんんて十分自覚があるわ。だけど、今はそれより優先するべきことがある。あんたみたいな奴に関わって時間を溝に捨てるよりも大切な事柄がね」
「ふ~ん……。なら、一枚噛ませていただきますよ。大切な生徒の教育よりも優先すべき大変な事にクラスメイトとセンセーが関わっている。見逃せないでしょ?」
「あんたさぁ……。はぁ、メンドクセェ。大人気なく反抗してるのも時間の無駄だなぁ? おい」
そうか。貴女はそういう人間か。そこでクールダウンしてしまうのか。残念だ。
「つまり、僕の参加を認めてくれるってことですよね?」
勝ち誇ったような自分らしくない笑みを浮かべて僕は彼女に問いかけた。
「お? なんだ。嘘っぽいのじゃなくて、ちゃんと笑えるんじゃねえか。お前――」
にやっと嫌らしい笑みを浮かべたあと、林先生は僕の頭に手を置いた。おい、汚らしい手を置くんじゃない。思わず、乱暴に払いのける。
「悪かったね。あんた、サイコパスじゃないわ。ただの嘘つきってわけだ」
「はあ?」
何だこいつ。調子が狂う。一々、意味不明なのだ。何がしたいのかわからない。致命的なぐらいに僕とかみ合わない。あんまり進んで関わり合いたくない人種なのだが、最悪なことに勢いにのって噛み付いてしまったせいで引くに引けない状況だ。
内心で大きな舌打ちをして絶望に浸っていると、僕の手を包む生暖かい感触を感じた。なんだ、千藤さんか。お前は一々、ボディタッチが多いよな。
「よ、よ、よよよよろしくお願いしますね! 恵人君! わ、私と一緒に、私の親友を助けましょう!」
つまり、どういうこと?
◆
真っ暗な部屋の中。ディスプレイと窓から差し込む光だけが煌いていた。掛け布団に包まれながら、私は指に染み着いてしまった動きでキーボードを叩き、遠いどこかの誰か――もしくは以外と近いかもしれない場所に住む誰か。兎も角、場所も名前も知らない、たまあに声だけは聞いたことのある不特定多数のお友達と会話を繰り広げる。
時に論争を繰り広げ、時に馴れ合いを行い。平然と嘘をつき、だけどたまに現実の愚痴を漏らす彼ら。性別も年齢層も基本的にバラついていて、話題も噛みあわないときがある。だけど、この大型掲示板はとても居心地が良かった。UMAやオカルトを好む変な趣向の私でも平然と居付けられる雑談掲示板。
センチメンタルに浸りたい時は馬鹿にして笑い飛ばしてくれたり、同意してくれたり。好きなことを話したいときは、質問をしてくれたりもっと高レベルな話を提供してくれたり。学校に行くよりも彼らと話し合うことの方が有意義だと錯覚してしまうぐらいに居心地がいい。心根が屈折してしまった私にとっては麻薬のようにネットは中毒性を持っている。
自己主張したい。誰かに承認してもらいたい。誰かと楽しく会話をしたい。自己主張できない。誰にも認められない。誰とも話がかみ合わない。普通に生きていたいだけなのに社会の荒波は私が現実を泳ぐことを許してくれない。
でも、仮初は違った。違うのだ。私の存在が許される。どんなに会話が苦手でも、皆が私のペースを認めてくれる。時に叩かれて泣いてしまっても、匿名なのだがら何度でもやり直せる。なんて素晴らしいユートピア。言論の弾圧も社会不適合者の排除も存在しないし、現実のことが漏れてしまったお間抜けを馬鹿にして鬱憤を晴らすことができる。法も矯正も無駄な秩序も存在しない。
でも、所詮はまやかしだって分かっている。匿名での不特定多数との繋がりは微々たるものだ。IDというものがあれど、それは一日で変動する。繋がりができても、それは一日で終わってしまう。そういう関係を好む人がいるのもわかっている。というか、匿名掲示板では一期一会を好んでいる方が多数派だ。まあ、私はどっちでもいいのだが。そして、ネットには明確な秩序がない。そして、大概の人間はネットよりも現実を優先する。仕事で忙しかったり、転機が来たり、根本的に人格や価値観が変わるときもあるかもしれない。何より、ネットのコンテンツの流行やメインコンテンツの変動は激しい。何よりも新しいものは前時代のものより素晴らしい事が多い。素晴らしいことは良い事だ。そして、誰もがつまらないよりも面白そうなもの、欠陥があるものよりそれより上位のものを優先する。面白がる。好きになる。つまり、いつかここも廃れるのだ。
だけど、その時はその時で。未来のことを考えるよりも現在を楽しく活用した方が楽しいに決まっている。先の見えない真っ暗な先よりも、光り輝いていて楽しみに満ちている今を謳歌しよう。そうしよう。柄にもなく考え込んで、タイピングも捗らない私は静かに部屋の中で誓いとともにガッツポーズを決めていた。すると、タイミングを見計らったように机の上に置いてある、あまり使われもしないスマートフォンがバイブレーションを起こす。
「ふ、ふぁえっ!?」
奇妙な声を漏らしながら慌ててスマートフォンの電源を点けて通知を確認する。電話が来ていた。表示されている名前は千藤和――私の知り合いのメンヘラ女。類は友を呼ぶというように、私と同じ社会に適合できそうもない人間。そして私の幼馴染の一人。幼馴染でもう一人、姉気取りの林夕子という暴力女でDQNな奴がいる。頭だけは無駄によくて教師を気取っているやつだ。気に入らない。さて、通知を確認はしたが、どうしてやろうか。電話を切ってもいいのだが、あのメンヘラの事だし出るまで掛け続けて、面倒臭すぎて出たときには何で出ないのかひたすら質問攻めされて本題に入るまで軽く10分はかかること請け合い。そっちの方が手間だし面倒臭いうえに精神の疲労が半端なさそうだ。何よりストレスゲージががりがりと溜まりまくりそうだ。
全く、現実の人間付き合いは面倒臭いこと極まりない。
「もしもぉし……」
「葵ちゃん!葵ちゃん!結城ちゃ~ん!」
「な、名前を連呼するなぁ。で、でさ、何? 不躾に」
「不躾じゃないよぉ! あのね! 明日、お友達と葵ちゃんに会いに行くから! 夕子さんも一緒だよ! 楽しみだな~!! 久しぶりに葵ちゃんに会うの!」
「あ、あのぉ。そのお友達――ナニ? ダレ? 私の知ってる人?」
「ん? 知らない人」
「はぁ!?」
思わず大声が出てしまう。何を言っているんだこいつは。頭大丈夫か? ついにメンヘラ拗らせて精神崩壊してしまったのか? 大丈夫? 死ぬの? 死んでくれ。
「美緒恵人君って言ってね~。すっごい素敵な人なんだ~。葵ちゃんとも気が合うとも思うよ!」
名前や呼び方からして男の人。なんだ、このメンヘラ女の新しい犠牲者か。なら、記憶に残す必要もない。会いに来たら居留守して、それでもしつこいようならドアを一瞬だけ開けて帰れといって即刻閉じて――兎に角、まともに対応してやる必要はない。気が付いたら居なくなっているだろう。あのメンヘラは付き合うだけで時間の無駄なのだ。なんの利益も運んでこない。被害しか生み出さない。そんなものだ。私やあの女みたいな人種に何か期待するだけ無駄なのだ。
「それじゃあ、よろしくね!」
そう言うが否や、彼女は電話をぷつりと切った。他人の返答ぐらい聞けないのだろうか。
「はぁ」
思わず気の抜けた溜息を漏らしてしまう。どういうわけか、幼少期から私はあのメンヘラに気に入られていた。家族ぐるみの付き合いであるし、独り立ちする気もないので今更あいつとの縁を切るのはだいぶ難しい。
あの女に対する私の感情は、所謂ところの好きじゃないけど嫌いじゃない。だけど、無関心でもない。興味も関心も持っている。嫌いなところも好きなところもある。だけど、関わりたくはない。私の人生に介入してこないで欲しい。あの女はいつもそうだ。閉じ篭っている密閉された私の世界の中を、乱雑にこじ開けて、やりたい事だけやって何処かへと立ち去って行く。立つ鳥後を濁さずというが、あいつはそれの正反対だ。立つ千藤は後を濁しまくる。
昔からそうだった。保育園の時も、幼稚園の時も、小学校の時も、中学校の時もーー。あいつのせいで、私はたくさんの被害を被ってきた。どれだけ勉強や運動を頑張ってもあいつに適った事は無い。私はいつもあいつの後方にいた。だけど、腰巾着には成りたく無かったから目に見えるところで仲良くはしなかった。したくなかった。私にお節介を焼いて欲しくなかった。お前は私よりも優秀なんだから、こんな根暗女に構うなって、ずっとそう思ってた。なのに、それなのに、あいつは色んな事に私を巻き込んで来た。最悪極まりない。
だけど。最悪だったけれども、別に楽しくなかったわけじゃない。あの日まで、私は何処かであいつとの関係を楽しんでいた。青春を謳歌していた。あいつには責任感というものが無いから、後始末をいつもやる事になるのは最悪だったけれど、あの関係は悪くはなかった。あいつが何かを始めて、夕子さんが調子に乗って、私がやれやれと肩を竦める。そんな関係がーー。
「はぁ。ホント……柄でもない」
いつの間にか外では雨が降っていた。少し、冷えたかなと布団に包まる。
出来れば、明日が来て欲しくないな。そんな事を心の中でぼやきながら、私はインターネットの世界に沈んでいった。