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神さまの遺書  作者: ハタ
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かき氷

「はあ、はあ」

「トウヤ、大丈夫?」

向かいの屋台までがむしゃらに黒衣を搔き分け走っていき、漸くその波から脱け出すと、膝に手を着いて深呼吸を何度も繰り返した。そうしていれば、同じく息を切らしたウミカゲが、そっと手を握ってくる。その手はやっぱり、走って来たわりには、あまりにも冷たかった。

「何か怖い事、思い出してしまったんだね。でもそんな事は、忘れてしまおう。今日は、二人でお祭りを楽しみに来たんだもの。」

優しく僕の手の甲を撫でる手は、冷たいながらに僕を安心させる。僕の胸も落ち着いてきて顔を上げれば、うっかり何かの煙の中に頭を突っ込んでしまい、思い切り咳き込んだ。

「けほっけほっ。い、一体なんだ。」

「煙草だよ。ほら、あのかき氷の屋台のおじさん、キセルをふかしているよ。」

見上げると、かき氷機の後ろへ座る、白いバンダナを頭に被った目付きの悪い男が、一杯に吸い込んだ煙をふうと無表情で吐き出していた。

「本当だ。」

「おじさんじゃあねえよ。俺はこう見えて、チョコバナナを売っているガキと同じ歳なんだ。」

「食材を扱う屋台の人が煙草なんて、どうだろう。僕は感心しないけども。」

僕らの使った言葉に訂正を求める声をさらりと無視して持論を述べるウミカゲに、彼はちっと一つ舌打ちして、灰落としへ灰を捨てる。それから立ち上がると、そのバンダナで出来た影からギラリと光る、三白眼と言えなくもない怖い目で僕らを見つめた。肩にかけた法被が、また彼を大きく、恐ろしく感じさせる。

「なんだ、ようく見たら、お前トウヤか。そうだよな、そんな可笑しな格好をしていりゃあな。」

しかし彼は僕を見て、ここで初めて優しい表情を見せた。

「し、失礼な。貴方がたの知るトウヤという生き物は、そんなに滑稽ですか。」

対して僕はこのように不満げで、子供らしく頬を膨らませて見せた。

「なあに、誰もそんな事は言ってない。見てわかるだろう。ここは、特別な役割のある者以外、皆同じ格好をするのさ。屋台だって、人手が足りなくて奴らを使う始末だ。」

そう、彼がキセルを向けた先の焼き鳥の屋台やらくがきせんべいの屋台には、眼前の黒い布に“テキ屋”と白く大きく書かれた黒衣の人が一人ずつ立っていて、屋台を営んでいる。僕はかき氷の屋台の青年が言った事を、ここに来た時からずっと感じていたものだったから、何も返せず黙り込んでしまった。

「まあ、いいさ。来ちまったもんは、仕方ないだろう。大丈夫だ、俺はお前の味方だ。」

 しゃり、しゃり、しゃり

氷を削る懐かしい音が、青年の優しい声と相まって心地よい音色となって僕の耳に届く。

「俺はこれでも、一番にお前の事を考えているんだぜ。お前が、どうしても生きたいって願うなら、俺は神さまだって殺せる。」

「えっ。」

「…さあ、出来た。これは奢りだ。お前、いちごのシロップが好きだったろう。」

あまりに単調に話すもので反応が遅れたものの、その言葉にはぞわぞわっと悪寒が走って、外気に晒された腕のあたりは鳥肌が立っていた。だって、彼の座るパイプ椅子には、日本刀が立てかけられていたのだ。

「ねえ、ねえ、お兄さん。僕の分は?」

「お前、名前があるだろう。自分で買いな。」

「なんだい、名前を伏せたって無駄じゃあないか!」

ウミカゲとかき氷の屋台の青年の会話に、少しずつ先程の緊張が解けていく。僕は小さく微笑んで、かき氷を受け取った。

「ウミカゲ、僕と半分こしよう。お兄さん、ありがとう。このスプーン、もうひとつおくれよ。」

「ちっ、なんだい、あげちまうのか。」

「やった!仲間はずれはよくないのさ。」

かき氷の屋台の青年から、もう一つスプーンを受け取る。その時僕は、ぎゅっとそのごつごつとした手を掴んだ。

「誰も、殺さないでね。そんなの、望んでないんだから。」

するりと掴んだ手が離れていく。それを不安げに目で追うと、手は僕の頭に乗っかり、乱暴にわしゃわしゃと髪を撫で乱した。

「分かった。お前が、心からそう思ううちは、何もしない。」

優しい微笑みと共に届いた言葉に、僕は満足げに微笑みを返す。その時、隣でしゃり、しゃり、と小気味良いリズムでかき氷の山を削る音がした。

「ああっ、ウミカゲ!君、なんて食べるのが早いんだ!」

「ほうら、言っただろう。仲間はずれはよくないのさ。」

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