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神さまの遺書  作者: ハタ
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金魚すくい

「ねえトウヤ。あのお姉さん、随分綺麗だねえ。」

二人チョコバナナを食べながら、次は何処へ行こうと考えていた所。向かいの屋台を指さして、ウミカゲはうっとりとそう言った。

そこにあったのは、金魚すくいの屋台。赤、黒、金の三色が織りなす艶やかな着物を羽織る黒いおかっぱ髪の女性が、金魚の入ったガラスのケースの奥に座って、金色の瞳を光らせている。美しい。そう思うと同時に、ちょっぴり猫のようで怖い、とも思った。

その金とぴったり目が合うと、彼女は優しく微笑んで、こちらに手招きをする。

「おいでって。行ってみよう。」

黒い人の流れに逆らうように、僕らは真っ直ぐに金魚すくいの屋台へ向かった。




「いらっしゃい。」

さっきよりうんと近い距離で、黒い髪が揺れる。金の瞳が光る。瞬きに長いまつ毛が揺れるのまで分かる。それに本当ならまたうっとりする所だが、そうはいかなかった。

「お、男!」

彼女、否彼の声は、とても女性とは騙しきれない、甘いテノールだったのだ。

「ねえトウヤ、金魚すくい、やっていくでしょう?」

また、教えてもいないのに名を呼ばれる。ここに来てから大抵そういう扱いを受けるのだ。どうしてこうも皆、僕の名前を知っているのだろう。僕は僕の知る所、有名人ではない。黄色い歓声だって無いのだから、そうに決まっている。皆、当然のように知っていて、それでいて珍しいものでもないのだ。

そうだこれは、猫だとか人間だとか、神さまだとか、誰でも知っている大きな種類分けをした時の呼び方と似ている。

「ぼ、僕は止めておくよ。持って行けないんだ。トウヤはどうする?」

「え?そうだなあ、僕も、持って帰られるか分からないから、止めておこう。」

「あら、残念。」

金魚の形の赤い提灯が、見張りのようにぷかぷかと屋台の中を泳いでいる。金の瞳がまたきらりと光って、その途端、僕は蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなってしまった。

 ちりん、ちりん

鈴の鳴る音がする。

それが金魚すくいの屋台の青年の、首飾りに付いた鈴の音だと気付いた時には、いつの間にか彼の肩に真っ黒い猫が乗っかっていた。濁った目が僕を真っ直ぐに見つめる。苦しい。上手く、呼吸が出来ない。

「……死んでる。あの猫、死んでいるよ。」

その猫を震える指でようやっと指し示し、ウミカゲを見る。しかし彼は、困ったように首を傾げた。

「トウヤ、どうしたの?そんな事、失礼だよ。生きてなきゃ、動かないだろう。」

「違う、違うんだ。あいつ、死んでいるよ。死んだはずだよ。」

口が勝手に喋り出すのを、どうにも止められない。今明確に理解出来るのは、全身に降り注ぐどうしようも無い恐怖だ。

「僕を、責めに来たのか…?」

濁った金が僕を見据える。何も言わない。動かないのが、一層恐怖を煽る。黒猫と暫く見つめ合っていれば、二人だけの世界が出来たように、周りの景色が凍っていく。その世界にヒビを入れたのは、屋台の青年の声だった。

「…ここって、金魚すくいっていうでしょう。その名の通りね。救われなかった金魚たちは、今夜中にお腹を空かせた猫の腹の中。」

「そんな、何だって、急じゃあないか!」

「そんな事は無いわ。今決めた事でも無いのよ。この夜は、ずうっと昔に始まって、終わりは検討も付かないきっと遥か先。誰かがどこかで死んで、誰かがどこかで生き延びる事は、ずうっと昔から決まっていたのよ。きっとそれは、誰も抗えない銀河という水槽の中の、約束事。だから、誰にも止められない。私のせいじゃあ無いの。」

金魚すくいの屋台の青年の顔が歪む。僕はとうとう怖くてたまらなくなって、ケースの前にしゃがみ込んだ。

「僕が全部掬ってやるさ。ポイをよこせ、全部だ。僕には救えるんだ、抗えなくなんか無い!」

錆付いた缶の蓋を開け、毟るように小銭を鷲掴む。目の前が、真っ赤になっていくような感覚に陥る。

「トウヤ!落ち着いて、どうしたの!落ち着いて!」

ウミカゲが僕の手を握る。それでも激情は収まらない。

「二人とも、こっち!」

そんな僕らの手を、誰かが引いた。金魚すくいの屋台が遠ざかっていく。

「今の貴方には救えないわ、何も。」

賑わいの中、金魚すくいの屋台の青年の声だけが鮮明に、僕の耳に届いた。

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