表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神さまの遺書  作者: ハタ
1/24

序章

短編にするには長くなりすぎてしまったので連載とさせていただきましたが、話数も少なく全体的にさくさく読み進められると思います。

教訓といえる程の事は書いてありませんが、何か感じていただければ幸いです。宜しくお付き合い願います。

 こぽ、こぽこぽ。

何かが海へ沈む音。苦い…苦しい。泡沫は僕を置いて水面へ進む。僕は、僕が帰りたいと望むのは…。




僕はふと目覚めると、長く続く石畳の階段に佇んでいた。その階段を幾つもの赤鳥居が跨いでいて、それらを暗闇に点々と浮かぶ提灯が照らしている。

帰らなくちゃ。

何故だか咄嗟にそう思って、階段を降りる方向へ振り返る。

 ずおお、ごう、ごう、ごう

僕は喉の奥の方で、ひっ、と小さく悲鳴を上げた。ひしゃげた提灯。何も照らすものの無い暗闇のその奥には、無数の青白い手が蠢いていた。皆、此方へ来たいともがいている。それを見てゾクゾクと背筋が震えたのは、きっと恐怖からだけではあるまい。

「おや、貴方もお祭りへ?」

低くしゃがれた声に驚いて振り返る。すると誰も居なかったはずのそこに、奇妙な爺が杖を支えに立っていた。その衣装は、簡単に言ってしまえば芝居などでよく見掛ける黒衣。顔を隠すように垂れ下がった黒い布には、白で大きく”客”と書かれていた。

「お祭り…ですか?」

「ええ、ええ。しかし貴方、変わっていますねえ。お名前でもあるのですか。」

この爺に変わっているとは言われたくなかった。思わず長い前髪を梳いて、顔を隠す。

「…え、えっと…トウヤ、」

「ああ!トウヤ様でしたか!いやはや、成る程、これは失敬。」

その後も道理で…だとか、眼福じゃ…やら、僕を布越しに見つめ一人で呟いていたので、僕は痺れを切らして声を掛けようとした。しかしそれより先に、ずいと黒衣の爺の顔が眼前にまで近付く。

「それでは、トウヤ様。酩酊の最果てまで、ごゆっくりお楽しみください。」

そして次の瞬間にはぶわりと風が吹き、カラカラと提灯を揺らしては、黒衣の爺は階段を上った先へと消えて行ってしまった。

今一人になり、改めて考える。どうして自分はこんな所にいるのか。名前は?と問われて咄嗟に口から零れた名前は、正しいもののはず。しかし自分は、何者なのか。それから、自分はどこに帰れば良いのか。

「…祭り、か。」

ふと階段の先を見つめる。先は長そうであったものの、それをずうっと提灯が照らしていてくれる。金に眩しく照らされる階段を、一つ、また一つと上りだした。

下へは行けない。今の僕には、行けない。そんな気がしたのだ。




「はあ、はあ、」

あれからどれ程上っただろう。行く先を見つめていた僕の視界も、今は延々と続く石畳を映していた。

 わあ、わあ

しかしその時、うっすら賑わいの声が耳に届く。僕は思わず顔を上げた。

 から、ころ、わあ、わあ、から、ころ

一際大きな鳥居が目の前に現れて、その先には眩しいまでに輝く世界が広がっていた。祭りだ。やっと、やっと着いたのだ。

「はあ、はあ…着い、た…。」

最後の階段を上りきった時、その疲労と達成感についそう口から洩れてしまった。

またそこで驚かされたのは、祭りに来ている人々全てが黒衣を身に纏っていて、その全ての眼前に垂れる布には”客”と書かれている事。黒い沢山の人間が蠢いている。これでは、先ほどの爺に変わっていますね、と言われても可笑しくは無い。少し気味が悪くて、後ずさった。

「トウヤ!トウヤ!」

するとその黒く蠢く山から、晴れた朝の海に浸したように、キラキラと光る青い髪の少年が飛び出してきた。僕の名を呼びながら、駆け寄ってくる。

「!…一体、誰だ?」

「ええっ!酷いなあ。僕はトウヤの親友じゃないか。」

少年は驚いた後、酷く悲しそうな顔をした。それを申し訳なく思って、必死に記憶を探る。

「ええと…君、名前は?聞いたら、思い出すかも知れない。」

「名前?そりゃあ、名前は…、なまえ、は……」

そこで、少年は考え込むように黙ってしまった。そしてそれから、ブツブツと独り言を呟き始める。

「みか、ミカゲ…、海、ウミ……、ええと、ああ。そう。ウミカゲだ。ウミカゲに違いないよ。」

記憶喪失ではあるまいし、自分の名前をど忘れするなんてあるだろうか。しかしどちらにしろ、僕はその名に聞き覚えが無かった。

「ごめん、分からない。でもきっと、僕殆ど分からないんだ。だから、君の事だけじゃあ無いよ。」

「記憶喪失、って事かい?…そうか。でも、それってきっと、今の君に必要だったんだよ。ねえ、取り敢えずお祭りを楽しまないかい?君と僕は約束したんだよ、一緒にお祭りに行こうって。」

そう微笑み手を握る彼の手は、とてもひんやりとしていた。

こぽ、こぽこぽ。

耳元を泡の音が掠める。

「…約束……」

 ざっ、ざざっ

『…今日は、雨が降っていたんだ。人も冷たければ、当然雨も冷たかった。地下鉄は、銀河の旅へは…連れて行ってくれない…。…髪から頬に、伝わったそれが…丁度泣いている、ようだったので、僕は…今日に決めたんだ…。』

「っ!な、なんだ…?」

突然賑わいの先、ずっと奥の方から、ノイズ混じりにそんな放送が聞こえてきた。驚いているのはどうやら僕とウミカゲだけのようで、黒衣の客人や屋台のテキ屋たちは、変わらず祭りを楽しんでいる。

「神のお言葉ですヨ。」

その時聞こえてきた男の声に、声の主を探すように顔を上げる。声の主は、どうやらチョコバナナを売る青年のようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ