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神さまの遺書  作者: ハタ
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序章

短編にするには長くなりすぎてしまったので連載とさせていただきましたが、話数も少なく全体的にさくさく読み進められると思います。

教訓といえる程の事は書いてありませんが、何か感じていただければ幸いです。宜しくお付き合い願います。

 こぽ、こぽこぽ、こぽ

 何かが海へ沈む音。苦い……苦しい。泡沫は僕を置いて水面へ進む。僕は、僕が帰りたいと望むのは……ー



 僕はふと瞼を開くと、長く続く石畳の階段の途中に佇んでいた。その階段を幾つもの赤鳥居が跨いでいて、それらを真っ暗闇に点々と浮かぶ提灯が照らしている。

 僕は濃紺の浴衣を羽織っていた。その身体、広げた手のひらは小さく、僕は幼い少年なのだと知る。そう考察するほど、僕の頭はすっからかんだった。

 帰らなくちゃ。

 何故だか唐突にそう思って、階段を下った先へ振り返る。

 ずおお、ごう、ごう、ごう

 僕は喉の奥の方で、ひっ、と小さく悲鳴を上げた。下へ下へと行く度ひしゃげていく提灯。何も照らすものの無い暗闇の底には、無数の青白い手がぼんやりと光ってうごめいていた。皆、此方へ来たいともがいている。それを見てゾクゾクと身震いしたのは、恐怖からというだけではない。

「おや、貴方もお祭りへ?」

 何の気配も無く、突然響いた低くしゃがれた声に、驚いて振り返る。すると誰も居なかったはずのそこに、奇妙な爺が杖を支えに立っていた。奇妙と言って差し支えないその装いは、簡単に言ってしまえば芝居などでよく見掛ける黒衣(くろご)である。顔を隠すように垂れ下がった黒い布には、白で大きく”客”と書かれていた。

「お祭り……ですか?」

「ええ、ええそうですとも。しかし貴方、変わっていますねえ。お名前でもあるのですか」

 この爺に変わっているとは言われたくなかった。思わず長い前髪を引っ張るように梳いて、顔を隠す。

「……え、えっと……トウヤ、」

「ああ、トウヤ様でしたか! いやはや、成る程。これは失敬」

 納得してくれたのは良いものの、その後も「道理で」やら「眼福じゃ」だの、僕を布越しに見つめ一人でぼやいていたので、痺れを切らして声を掛けようとした。しかしそれより先に、ずいと黒衣の爺の顔が眼前にまで近付く。

「それでは、トウヤ様。酩酊の最果てまで、ごゆっくりお楽しみください」

 そして言い終えた次の瞬間にはぶわりと突風が吹き、カラカラと上へ続く提灯を揺らしながら黒衣の爺は階段を上った先へと消えて行ってしまった。


 今一人になり、改めて考える。どうして自分はこんな所にいるのか。名を問われて咄嗟に口から零れた答えは、きっと正しいもののはず。しかし自分は、何者なのか。それから、自分はどこに帰れば良いのか。

「……祭り、か」

 ふと階段の先を見上げる。先は大分長いと予想されたが、見えないてっぺんまで提灯がずうっと眩く照らしてくれている。黄金色に浮かぶ階段を、一段、また一段と上りだした。

 下へは行けない。今の僕には、行けない。そんな気がしたのだ。



「はあ、はあ」

 あれからどれ位上っただろう。階段の先に待っているものを見るべく、行く先を見つめていた僕の視線も、今は延々と続く石畳に注がれていた。

 わあ、わあ

 諦めが頭を支配し始めたその頃、うっすら賑わいの声が耳に届く。僕は思わず顔を上げた。

 から、ころ、わあ、わあ、から、ころ

 一際大きな鳥居が目の前に現れて、その先には眩しいまでに輝く世界が広がっていた。

 祭りだ! 神社だ! やっと、やっと着いたのだ!

「はあ、はあ……着い、た……」

 最後の階段を上りきった時、疲労と達成感についそのように口から洩れる。しかし、その口は次の言葉など発する事は出来なかった。

 祭りに来ている全ての人々が、先程の爺と同様に黒衣を身に纏っていて、その全ての顔を隠すように垂れる布には、それぞれ”客”と書かれている。黒い、沢山の同じ生き物が蠢いている。これでは、爺に貴方は変わっていますね、と言われても可笑しくは無い。少し気味が悪くて、後ずさった。

「トウヤ! トウヤ!」

 黒く蠢く山から、子ども特有の澄んだ高い声が響く。じっと目を凝らすと、晴れた朝の海に浸したような、キラキラと青く光る髪の少年が飛び出してきた。僕の名を呼びながら、僕の方へ迷いなく駆け寄ってくる。

「! 一体、誰だ?」

「ええっ! 酷いなあ。僕はトウヤの親友じゃないか」

 少年は驚いた後、酷く悲しそうな顔をした。それを申し訳なく思って、必死に記憶を探る。

「ええと……君、名前は? 聞いたら、思い出すかも知れない」

「名前? そりゃあ、名前は……、なまえ、は……」

 僕に名を問われると、少年は考え込むように黙ってしまった。そしてそれから、ブツブツと独り言を呟き始める。

「みか、ミカゲ……、海、ウミ……、ええと、ああ。ああそう、ウミカゲだ。ウミカゲに違いないよ」

 記憶喪失ではあるまいし、自分の名前をど忘れするなんてあるだろうか。しかし本物にしろ偽りにしろ、僕はその名に聞き覚えが無かった。

「ごめん、分からない。でもきっと、僕殆ど分からないんだ。だから、君の事だけじゃあ無いよ」

「記憶喪失、って事かい? ……そっか。でも、それってきっと、今のトウヤに必要だったんだよ。

 ねえ、とにかくお祭りを楽しまないかい? 君と僕は約束したんだよ、一緒にお祭りに行こうって」

 そう微笑み僕の手を掴む彼の手は、切ないほどひんやりとしていた。

  こぽ、こぽこぽ

 耳元を泡の音が掠める。

「約、束……」

 ざっ、ざざっ!

『……今日は、雨が降っていたんだ。人も冷たければ、当然雨も……冷たかった。地下鉄は、銀河の旅へは……連れて行ってくれない。……髪から頬に、伝わったそれが……丁度泣いている、ようだったので、僕は……今日に決めたんだ……』

「っ! な、なんだ……?」

 突然賑わいの先、神社のずっと奥の方から、ノイズ混じりにそんな放送が聞こえてきた。驚いているのはどうやら僕とウミカゲだけのようで、黒衣の客人や屋台のテキ屋たちは、変わらず祭りを楽しんでいる。

「神のお言葉ですヨ」

 動揺していたその時、上から降ってきたややカタコトな男の声に顔を上げる。声の主は、どうやらチョコバナナを売るテキ屋の青年のようだった。

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