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四煌の顕現者  作者: 天御夜 釉
第4章 春から夏へ
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第096話 「手を取る者」

 ゼクスは、自分の抱いた感情そのものに対して困惑しているようも感じられた。

 ……少なくとも俺の捉え方だが、今まで復讐対象とされた人以外に殺意を覚えたことがなかった……というのが推測だ。

 

 彼は苦戦しながらも、俺と一緒に栄都アインを地面に取り押えることを成功させる。

 栄都はそれからは、驚くほど抵抗をしなかった。彼が誰かわかっているからこそ、無駄な抵抗をすると余計なことになるかもしれないと判断したのかもしれない。


蒼穹城そらしろの時と同じように、選択を与える」


 でも、俺は復讐者であるゼクスへの違和感を、抑えることができない。

 復讐者というのは、容赦のないものではないのか、相手が死ぬまで復讐を続けるものではないのか?

 しんの時も同様に、結局殺すことができなかった。


 それなのに、彼は「ひとまずは」1つ目が終わったと言っている。


「……選択?」

「そうだ。これ、刀眞家から『貸し』与えられたものだろう?」


 ……ゼクスが振り回したのは、【髭切鬼丸ヒゲキリオニマル】ではなく。

 栄都から奪い取った刀の方だ。

 

 それを弄ぶように、玩具のように振り回す。刀そのものを侮辱するような行為に、栄都は怒りを隠せていなかった。

 

「やめなさいよ」

「そういうことが言える立場か?」


 ゼクスは笑っていなかった。冷ややかな目で、敗者である栄都を見つめている。

 その顔に感情はなく、また殺意もすでに消えている。

 ただ、まるで何かを執行するために生まれてきたような顔で、選択を言い渡しているだけだ。

 

「いい刀だとはわかる。……が、俺には無価値なものだ。【髭切鬼丸ヒゲキリオニマルで叩き砕ける」

「まさか……」

「そこで選択を与える」


 その、ゼクスの不気味さに俺は背筋を凍らせた。

 申し訳ない。先ほどの「容赦ある」という発言を撤回したい。


 ……ゼクスは、真に価値のある物を知っている。それを条件に引き出す。

 例えば、あの時。蒼穹城進に「蒼穹城進の命」か「【顕煌遺物】:【髭切鬼丸ヒゲキリオニマル】」かを選択させた。

 つまりはそういうことか。

 

 そして、俺は次にゼクスが何を言わんとするかわかってしまう。

 

「さて、選択の時間です。【ここに刀眞遼を連れてくる】か【この刀を叩き割る】か、どちらがいいでしょうか?」

「…………」


 俺は心底、目の前の男が怖くなった。

 

 この場に刀眞遼を連れてくると、形式上雇われている栄都アインとしてはその信用をなくすばかりでなく、大好きな刀眞遼すら危険に晒すことになる。

 しかし、だからといってその刀を叩き割られるというのは……。おそらく刀眞獅子王が信用して与えたもの、数千万の価値はあるだろう。貴重さを考えたらもしかしたら、それ以上かもしれない。

 それを無くすというのは、どんな理由であれ次は栄都の命が危ない。

 

 ……まあ、どちらとしても。

 八龍ゼクスに栄都アインが敗北した、ということは知れ渡ることになるだろうが。

 

「……よ、呼んでくるから返しなさい!」

「は? 連れてきてからに決まってるだろ」

 

 ……当たり前だな。

 ダッシュで主の場所へ向かう栄都の後ろ姿は、どうしようもなく惨めなものであった。

 

「……ふぅ」

「あの、ゼクス?」

「おう、ありがとう」


 一息ついたゼクスの声色が、いつもの物に戻ったことを確認して俺はそっと話しかける。

 と、彼は。俺が差し出した【髭切鬼丸ヒゲキリオニマル】を礼を言って受け取った。その顔には笑顔が戻っており、先ほどの無表情でどうしようもなく不気味な姿はない。

 

はやて、ありがとうな。あの補助がなかったら今頃負けていただろう」

「お、おう?」


 今頃負けていた、か……。ゼクスの負けるイメージがわかないのは俺だけだろうか。

 否、他の人たちも同意見のようで、それぞれが曖昧な顔をしている。

 

「アマツもありがとう」

「いや、俺は……何も?」

「居てくれるだけで安心するんだよ」


 ゼクスの言葉に、どう返していいかわからなくなって神牙が言葉に詰まる。

 ……仲間を労う心、か。進にはなかったものだ。明確に、無かったものだ。

 進にも進なりに「対等な」存在へ考えるものはあったけれど、少なくとも「ありがとう」を聞いたことはない気がする。


「……刀眞遼を呼んできてどうするつもりだ?」

「そうだなぁ、9月までの安全を確保したいかな」


 ゼクスはたった今思いついたように右手の人差し指をピンと伸ばして、俺の方を向いた。

 ……ああ、そういうことか。俺は理解する。

 

 目の前のゼクスという男は、【神牙派のパーティ】と、【終夜家訪問】の2つをトラブルなく終わらせたいようだ。トラブルを起こしたのは相手だから、そのくらいは解るだろう。

 

 ……それもわからなく、こちらに再び襲撃を仕掛ける大馬鹿者ではないだろうし。

 

「さっき、颯は俺を復讐者らしくないと感想を抱いただろう」

「…………」


 心を読まれた。そう感じて俺は、絶句して頷くことしかできなかった。

 少なくとも、俺の想像していた復讐者とは程遠い生温さだとは考えたが、すぐにそれが違うことが分かった。

 

「俺はね、あまり人間から脱したくないんだ。そうすると、次こそ一人になってしまうだろうから」


 たしかに、人を殺すということは人間を脱してしまうことだろう。

 人間でありながら、それは一つの禁忌を犯した化物になってしまう。


 ……目の前の男は、良くも悪くも抑制されているのだ。

 一度失った、【愛】という存在に。八龍冷躯さんと、カナンさんに、周りの人に。



 そして、……終夜古都音という少女に。

 愛を与えられ、愛を教わろうとしているのだろう。

 

 何かを躊躇するように、ぴくりと動いた右手をとったのは。

 鈴音冷撫ではなく、終夜先輩であった。

 

 前まで、鈴音冷撫はゼクスのことが好きだったときいている。おそらく今でも好きだろう。

 が、ゼクスの手を取ることができるのは。


 恐らく、この終夜古都音だけなのだ。

冷撫がヒロインだったら、このときゼクスの手をとっていたのは冷撫でした。


次回更新は今日です。こんな遅い時間になってしまって申し訳ありません。


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