第095話 「八龍ゼクスの忠臣」
「……ゼクスが戦っている」
……俺、善機寺颯は中庭の方でかすかな戦闘の音と、ゼクスの顕現力を感知しそちらに目を向けた。
今は授業中だ、確か今日……ゼクスと終夜先輩は授業を休んで学園内デートに勤しんでいたはず。
出来るだけゼクスの身を守れるように、同じ授業をとっていたが2人がいないということはそういうことなのだろう。
……それにしても、嫌な予感がする。
「善機寺、どうしたよ」
「ゼクスが戦闘中だ、加勢に行ってくる」
「ちょ、おま、まて」
……いきなり立ち上がった俺に、神牙アマツが慌てて呼び止めようとする。
同時に他の生徒や教授もぎょっとした表情を見せていたが、ソレは無視。
「少々席を外させてもらう」
【八顕】である俺に、文句を言える教授は1人しかいないが、その1人すらこの場にはいない。
それなら寧ろ好都合である。俺はそのまま窓に足をかけ、下へ。
「待てよ!」
と神牙もついてきた。……できれば、邪魔をしないでくれると有りがたいが。
俺は【顕現属法】を使い竜巻を生み出し、神牙もキャッチして宙に浮く。
「ここからアーチを描いて突入する」
「……お前、すげえな」
……どうも、この人は評価はできるようだ。
俺は頷き、今から俺がしようとしていることを説明する。
「……何か、防御手段もしくは防衛手段を持っているか?」
「ああ、あるけど」
「ならそれを使って終夜先輩を護ってもらいたい」
「善機寺は?」
「……ゼクスの補助をする」
奇襲の得意な【顕現属法】のほうを攻撃に使用し、神牙の得意な【顕現】で先輩を護ってもらう。
……作戦としては問題無いだろう。神牙も、頷いてくれた。
「お前、本当に忠臣タイプなのか」
「当代からそうだった。……だから、俺も親の辿ってきた道を、俺自身の【意志】で辿る。使命感や任務に対する義務感ではなく、自分がしたいことをする」
それが、俺の決意だ。
神牙は、俺の言葉を聞いて少々動揺したのか、下を向く。
が、もう時間はない。
「着陸準備」
「……お、おう」
竜巻を霧散させ、地面に着地。
……状況を確認。中庭にあったベンチが殆どぐっちゃぐちゃになって栄都アインの回りに転がっている以外は、特に問題なしと。
「授業中じゃなかったのか?」
「加勢しに来た。……神牙は防衛を」
唖然とした様子の栄都とゼクスを見つめながら、俺は一礼して彼の隣に立つ。
……さすがゼクスだ。俺と神牙が何をしに来たのか、超速で理解してくれたらしい。
頷き、一緒に栄都を見つめる。
彼女の顔は、引きつっていた。
「こんにちは、裏切り者さん? いえ、今は八龍家の狗だったわね」
「……こんにちは、刀眞遼への片思いさん」
煽り文句には煽り文句で。
こちらは狗か……まあいいか。狗でも何でも構わん。
そんなことを言っていると、隣にいる人が許さないだろうが。
「決定」
ゼクスが口を開く。その目線の先には栄都アインがいて、目線は先程よりも強く鋭い。逆鱗に触れた龍の如く、怒気を煮え滾らせて。
宣戦布告を、した。
「……栄都アイン、貴様は俺の敵だ」
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「……俺が補助をする」
「なら、颯は栄都の操作しようとする無機物に顕現力を流してくれると嬉しい。これを使えば、動いた場所を察知してくれる」
そういって、ゼクスは【顕煌遺物】の【髭切鬼丸】を地面に刺し、【顕装】の【始焉】を手にして栄都に突進していった。
これを触れということだろうか。……触っても所有者が居る場合、俺では特に効力を発揮できないと思うが……。
とりあえず、刀の柄にそっと触れた。
――途端、周りの情報が全て頭のなかに流れ込んでくる。
風の向き、流れ。顕現力の向き、流れ。
人の動き、息遣い、重心、次に何をしようとしているのか。
また、それら全てが擬似的に可視化されたのだ。
「くっ」
情報の伴流が脳を酔わし、俺は思わず膝をついた。
同時に、脳に声が響く。少女の声。
涼風に乗せられてコロコロと鳴る、風鈴のような声だった。
『はじめまして、善機寺颯』
どうすれば良いのか分からず、またどこからソレが聞こえてきているのかも分からず。
俺は困惑する。止めどなく情報は入ってきて、それが一刻一刻と更新されていく。
『ここじゃここじゃ。……貴様が握っているソレじゃ』
『は?』
【顕煌遺物】は、人格があるものなのか?
俺は唖然として情報を頭で処理しながら、目の前にあるその刀を見つめる。
燦然と輝いているようにも見えたそれは、頷くように点滅した……気がした。
『ゼクスに頼まれたから貴様にも言葉をかけるが、このことは他言無用じゃ』
『……承知した』
『ならよし、では情報処理の一部を我が受け持とう。貴様は可視化された栄都アインの顕現の流れを全て阻止せよ』
全て……か。
中々無茶を言い出す【顕煌遺物】だ。
しかし、すぐに頭が楽になる。脳が一瞬麻痺して、視界がクラクラと揺れる。
……そうか、これが顕現力で酔うという感覚か。
目の前ではゼクスと栄都が剣戟を繰り返している。
栄都が王道で切り伏せにかかる方だと考えれば、ゼクスは確実に邪道だ。
あの、【始焉】といったか……? 終夜グループが作った【顕装】。
……武器の有効範囲がこの、【髭切鬼丸】のように、わずかにだが伸びていないか?
『我の模倣か。……中々、再現できている』
……俺はスピードと瞬発力を競うゲームをやっているような感覚に陥っていた。
「見た」顕現力の流れを、妨害するようにして目標に顕現力を流す。
別の方向に向かった栄都の流れを妨害し、また顕現力を流す。
……確かに、俺に任せるには最適なものだ。
これは【顕現】というよりは、【顕現属法】の分野だろう。
その結果として、栄都は自由に顕現特性を扱うことが出来ず、目の前のゼクスに集中せざるを得なくなっている。
ゼクスが右足で1歩、踏み込んだ。
踏み込んだ影響で土埃が広く舞い、顕現力が突風となって栄都に襲いかかる。
初めて見た、敵に対するゼクスの気迫そのもの。
それが風を生み出しているのか、と推測しながら。
俺はただただ、栄都アインの防御手段を封じた。
ゼクスの、【始焉】から放たれる一撃を耳で感じ取りながら、目で顕現力の流れを読み取る。
……寧ろ、2人がかりでやらないと、あの顕現特性は防げないのか。
厄介なものだ。
『加勢しないのか?』
『主人よりも前に出るのは盾になる時だけだ』
……【顕煌遺物】に聞かれたが、俺はそう応えて集中する。
広範囲に干渉する顕現特性が条件でのみ、発動可能っていうのはやっぱりキツイものなのか。
まあ、今の彼には必要のなさそうなものではあるが。
俺は怒涛の勢いで剣を何度も振り下ろすゼクスと、2人を取り巻く顕現力の渦を監視しながら、そう思ったのだった。
アマツの成長の鍵は颯っぽい。
次回更新は今日……と言いたいところ。
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