第093話 「【氷神切兼光】」
閑話。その頃の進のお話。
――僕は、真っ黒な空間に浮かんでいた。
前後左右上下どこを見渡しても、何もなく。
ただ、どこかすらもわからない場所で彷徨っている。
「くくく……」
「誰?」
前の方で声がした。笑い声で、妙に高い声。
確実に男のものだとはわかるけれど、僕よりも小さな年と考えられるような、声。
最初の方は姿こそ朧げでわからなかったけれど、時間が経つにつれてそれすらはっきりと見えた。
黒い髪の毛、同じく黒い目。少々筋肉質な身体。
その姿は、幼き日のツグによく似ている。
「俺はそうだな……ま、この際は関係ねえわな」
彼は自分の名前をボカした。まだ伝える時ではないと僕に諭しているようだった。
そして「なんでも知っている」ような顔をして、僕を見つめている。
全てを知っていて、問題を出すように。
「どうなったか知っているか? 自分が」
「ツグに負けた」
「で?」
そして、答え合わせをするように。
僕は記憶が途切れる前のことを思い出し、ぞっとした。
「腕を、切られた?」
「そうだな、そしていまはご覧のとおり。お前は昏睡状態に陥っている」
ここはお前の精神世界だと、彼は言った。
昏睡状態になった理由はわかる、僕はツグの1度目の復讐でも認めなくて、2度目を受けたんだ。腕は失ったし。
なぜこうなったんだろう。
そのくらい分かっている。僕がツグを見捨てたからだろう。
僕がもし、あの時ツグを庇っていたらおそらく今はこうなっていないかもしれない。
刀眞家が拒否しても、友人を大切にしなさいといっていた父さんなら、ツグを養子にすることも考えたはずだ。
あのとき、父さんにそうするって言われていたから。
契は不安そうに僕を見つめているだけだったけれど、あれは電池だからどうでもよかった
なのに、僕はそうしなかった。
僕の責任だ。そう考えれば考えるほど気分が下がっていく。
見下している人は見事に僕よりも高みに登ったわけだ。
もし、あのとき捨てていなかったら、今頃は神牙派と一緒に対立していたかもしれないのに。
「僕は、自分の友人を傷つけたんだ、見捨てたんだ、もう、しょうがないね」
「何いってんの? 手を切り離されたから、次はお前が復讐する番だろ」
彼は、弱音を吐く僕を厳しく指摘する。
次は僕が復讐する番か。よくわからないな。
やり返したいという感覚はあるだろうが、怖い。
ツグが怖いんだ、あの殺気立った目を向けられただけで、正直今は逃げ出したくなるくらい。
「でも、僕は」
「自分に完全な自信を持っていた蒼穹城クンはどこに行きましたかぁ?」
言い訳を考えるように、言葉を探していた僕を彼は揶揄うようにニヤリと笑う。
自分に完全な自信を持っていた僕はもう、それを間違ったものだと認識できた。
その代償が、目一つと腕1本というのもどうかと思うけれど。
僕は、自分の気持ちを吐露する。告白する。
「僕は、僕は。強くなりたいよ。ツグに負けない力が欲しい、11家すべてを支配しうるような力が欲しい」
「俺がやるよ、欲しければ欲しいだけな」
そのことばに、彼は「気に入った」と笑った。
そして僕に近づくと、手を差し出す。
きょとんとした僕は無意識にそれを取ると、自分の身体に力が溢れてくる感じがした。
どこか暗い感覚もするけれど、それは確かな「力」の一つ。
僕を高みに連れていってくれるようなもので。
「ん?」
僕は、目の前の彼が笑っていることに気づく。
ツグによく似た少年は、僕をじっと見つめていた。
この間にも、力はこちらへ流れている。
血液が体に充満するように暖かくなり、不思議な感覚がした。
「俺の名前は【氷神切兼光】。カネミツって呼んでくれ」
「もしかしてその名前は……」
「嗚呼、俺は【顕煌遺物】だ。お前のその心、気に入った」
カネミツが僕のなにを気に入ったのかわからない。
けれど、僕は彼が【髭切鬼丸】と同等の存在であることを察する。
「俺はここにいる。来ればお前の前に姿を現し、所有者として認めよう」
カネミツは、一つのイメージを僕に送った。一つの地図で、実家とそう遠くない場所にある遺跡のことだとすぐにわかる。
でも、そこに【顕煌遺物】はなかったはずだ。調べられるところはすべて調べている、
「俺たちは、初代所有者と認めた奴が来ねえと発現しないんだ」
「ぼくを、所有者と?」
ああ、とカネミツ。
力か。少なくとも、所有者と認められるようになればツグと同じ力は手に入れられるわけだ。
僕は頷き、カネミツも頷く。
そして僕は、導かれるようにして意識を取り戻したのだった。
感想返信で「進は闇の力で蘇ります」と言っていましたがこういうことです。
やっと目覚めました。悪い方向に。
次回は今日。焦らしてすみません、次こそアイン対ゼクスです。
↓人気投票まだまだ受け付けております、古都音先輩は決して偽善者ではありません。




