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四煌の顕現者  作者: 天御夜 釉
第4章 春から夏へ
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第089話 「理解不能」

「5年前はごめんなさい、ツグ君。……これから少しずつでも良いので、たくさんお話をして仲直りしませんか?」

「あの時はしんさんや親に無理強いされて……本当は思ってなかったの、だから許してください」

「あの時から思ったんです、人を傷付けることってこんなに辛いんだって。大人にならなきゃって」


 私は、目の前の一団にそう言いました。謝りたい人はゼクス君で、今それを果たせたことに私は満足。

 頭を下げて、そう言って。優しいツグ君のことだから私のことはこれで許してくれると、確信しています。

 だって、ツグ君ですから。今はこんなに強くなって、仲直りすれば全てが元通りです。

 そうだと思っていたのに、何故。


 何故、ツグ君の隣にいるこの女の人は、私を見つめながら顕現力を放出しているのかな?

 そもそも関係ないんじゃないかな、この人。確か終夜よすがら古都音ことねさんって言ったっけ、遼さんから聞いたけれど。

 

「なに、これ」


 また一段階、顕現力が増しました。これで4倍、私は声を出すのがやっとで、上手く話すことが出来ません。

 なんでこんなことに。私は、ツグ君に謝っているのに。


 ほら、ツグ君もぎょっとして彼女を見ています。止めてくれるのかな?


「貴女には何もしていないのに」


 声を発する度にまた一段階、次は放出量8倍。

 彼女の周りに居る人間はほとんどがジリジリと彼女から離れていきます。ツグ君はそのままで、様子を伺うように彼女の顔を覗き込んでいるけれど。


 こっちはツグ君に謝ってるのに、優しいツグ君のことを何も知らないで、なんで心配されてるんでしょう。


 私が顕現力の放出にかろうじて耐えながら、突っ立って居ると終夜古都音は口を開きました。


「そんなもの、関係あると思います? あなたの今を見て、腹が立っているだけなのですよ、私は」


 また一段階、次は……16倍。

 身勝手な人ですね。ツグ君も、よくこんな人に構っていられます。


「ゼクス君の前から去りなさい」

「落ち着け古都音ことね


 ほら、ツグ君だってついに我慢ができなくなって、終夜古都音を叱っているじゃないですか。

 やっぱりツグ君はツグ君です、私の事を誰よりも――。


「でも」

「俺の獲物だ」


 ――え?

 ちょっと、今のは私の聞き違いですよね?


 だって、私は今謝って、それで許してもらったんですよね?

 優しいツグ君のことだから、どうせ何もせず許してくれるんですよね?


 私の考えとはほぼ逆で、ツグ君は終夜古都音の手を優しく右手で包みながら私を思いっきり睨みつけました。

 なんで私が、そんな目を向けられるのか意味がわかりません。


 反省していなければ先ほど、わざわざ頭を下げて謝ったりしません。

 そのくらいのことも分からないくらい、ツグ君は周りの人たちに洗脳されましたかね?


 ツグ君は、私を睨みつけていました。親の仇を睨みつけるような顔で、後手に終夜古都音を庇いながら。……いつの間にか顕現力の放出も収まっているというのに、それは、終夜古都音から私を守っているのではないのですか?


「今すぐここから消えるか、命ごと俺に消されるか選べ。東雲契」

「ちょっと、何言ってるのかわからないのだけれど」

「消えろ。貴様からへの復讐はもっと人の多い場所でやってやる、その時に精々華々しく散れ」


 ツグ君の言葉は、深く私の心に突き刺さります。

 ツグ君は私が謝っているのを理解できていないのです、ただ、過去に囚われて。


 そんなことで何になるのか、私にはわかりません。せっかく今、チャンスが有ったから謝っているのに。


「確かに酷いことをしました。それでも私もあの時辛い思いをしました」


 でも、それを乗り越えて今があるのです、過去を気にしても何も帰ってきません。


「だからごめんなさいと言っているのに」

「人を裏切っておいて『辛い思い』、か。いい御身分だなぁ」


 ツグ君は私の気持ちを何もわかっていません。


「ここまでひどいことを言われて、お互い様とならないなんて」

「……お前、本気でそれ思ってる……?」


 急に、ツグ君は困惑しきった顔をしました。

 その後ろに居た終夜古都音も、ツグ君に何かを囁いています。


 私、何かしましたっけ?

 これだけ「散れ」だの「消えろ」だの言われて、私の心だって傷ついているのに。


 私に味方は何故居ないのでしょう? 何故誰もツグ君を止めないのでしょう?

 おかしくないですか?


「……話にならないわ」


 ツグ君はそういって、腰につけていた1本の刀を抜きました。

 あれは、進さんから奪い取ったという【髭切鬼丸ヒゲキリオニマル】ですね。


 あれを奪い取ったのなら、もう満足なのではないのですか?


「今すぐ選べ。死ぬか消えるか」

「……またお話しましょう。そこに居る人達のせいで、ツグ君が変わってしまったの――」


 次の瞬間、私の髪の毛は数本がハラハラと頭から切り離され、地面に落ちました。

 いつの間にか目の前にはツグ君がいて、殺気立って血走った目で私を見つめています。

 その顔には憤怒の表情がうつっていました。


 私は思わず1歩、大きく後ろにさがります。


「……次いったら斬る」


 どうも、私はツグ君の逆鱗に触れてしまったようです。

 ……やっぱり、洗脳でもされているのでしょうか、前の優しいツグ君はそこには居ません。


 私は話にならないと首を振って、もう一度頭を下げます。

 そして踵を返して寮に戻ることにしました。


 さて、どうやってツグ君の洗脳を解こうかと。

 元の優しい「本当」のツグ君に戻ってくれるのかと、考えながら。

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