第088話 「古都音の怒り」
人は、生まれてから初恋の人と結ばれる確率がかなり低いと聞きます。
私もそうだと感じていました。だって、己が好きになるということは他の人も誰かしら、相手を好きになっている可能性があるのですから。
女は強い人、優しい人など魅力的な人に群がります。私だってそうだと思いました。
終夜グループの娘として生まれた私、古都音は物心のついた頃から様々な男と関わってきました。
皆、私のことを「美しい」といい、結婚してくれるならどうとか、こうとか。
私はその言葉が嫌いで仕方がありませんでした。たしかに、私は生まれつき顕現力の数値が平均以上で、密度も普通の【顕現者】よりも高い。
それに両親が両方共回復関係の顕現特性を持ち合わせているからか、遺伝で私もそれが使える。ステータス的には誰もが欲しがるものだとわかっています。
けれど、私はそれが嫌でした。この【治癒】も、自分が慕い、その人のために使いたいものだと考えていたからです。
お父様も、それを理解してくれたようで私に多くのことを言いません。
初めてゼクス君に出会った時、私は何か悲しいことがあったのかな? と予想しました。
ずっと普通なように「偽装」していても、何故か分かりました。理由はアマツ君から軽く事情を聞いていたけれど、周りを常に警戒しているように感じたのです。
復讐のために生きている。それを知った時、特に否定的なものは感じませんでした。ただ、復讐をするということは自分の古傷をえぐり返すということ。
そんなことをして、今の精神すら壊しかねないかただそれが心配で。
――私の目の前で、刀眞遼さんを殴り飛ばした時。
彼が、ゼクス君が泣いているような気がして、私も思わずその感情に当てられてしまったのです。
気がつけば涙を流し、彼も涙を流していました。
思い出せばその時初めて、誰かを支えたいと考えたのです。
そして今、私の隣には。支えたい男の人が確かに立っています。間違っていなければちゃんとした初恋の人です。私が終夜の家でも特別扱いしていないのは、自分も【三劔】だからでしょうか。
ゼクス君ははっきりと、自分は愛がまだわからないことを私に忠告しました。
でも、それで構わないのです。私が、ゼクス君に教えてあげられる。
ゼクス君と一緒にいられるだけで、私は幸せなのですから。
――などと考えていた私の気持ちは、目の前に知らない女の子が1人現れた時点でものの見事に打ち砕かれました。
丁度私たちは自主訓練が終わって、雑談をしながら寮に向かう途中でした。目の前に学生寮が見えます。が、1人の女の子がこちらを阻むように手を広げたと思えば、私に敵意を向けてきたのです。
この敵意は……この前、私を狙ってきた栄都さんによく似ています。けれど、夜の外灯に照らされた少女の顔は、栄都さんではありませんでした。
……そんなことよりも、隣で殺意が噴き出しました。
発生源はゼクス君。
人を殺せそうな顔でその少女を睨んでいます。
ゼクス君の復讐対象は、この学園で3人と聞きました。男2人に女1人と。
ということは、この人が……。
待ってください、今日は【神牙結晶】をゼクス君は付けていません……。私達の前では今さっきまで安定していたこの2ヶ月を一気に不安定へと崩し去るように……。
「よく俺の目の前に出てこれたものだな、東雲契」
ドスの効かせた重い、引きずるような低い声。
その声に、冷撫さんは思わず彼から離れるように1歩下がり、私も離れたくなります。
でも、離れるわけには行きません。
……ゼクス君と出来るだけ近い場所で、彼の感情を感じ取らなければ。
東雲、と呼ばれた少女も反射的に1歩後ろへ下がり、けれどなんだか申し訳無さそうな顔を浮かべてペコリと頭を下げます。
「5年前はごめんなさい、ツグ君。……これから少しずつでも良いので、たくさんお話をして仲直りしませんか?」
その声に、「なんで私が」というような感情を聞き取れて私は首を傾げます。たしか、私が聞いた限りでは5年前の件はゼクス君を、切り捨てたからですよね?
「あの時は進さんや親に無理強いされて……本当は思ってなかったの、だから許してください」
ゼクス君の殺意が、おさまるどころか徐々に倍増していくのを感じました。それは私も同じ気持ちで、完全には理解できませんが少なくとも彼女が「謝ろう」という態度をしていないように感じます。
私が間違っているのでしょうか。と後ろを振り返り善機寺さんとアマツ君を見つめましたが――。
――二人共、さほど変わらない「敵意をむき出しにした」顔を、あちらに向けています。
何故そこまで苛立ってくるのか、私は真剣に考えることにします。
そしてすぐに気が付きました。相手は、「謝ってやっている」という上から目線が半端でないこと。
自分は全く悪くないと思い込んでいるので、謝罪に誠意が感じられないのです。
それが大したことでなくても、誰だってそれで怒ります。私だって怒ります。
「あの時から思ったんです、人を傷付けることってこんなに辛いんだって。大人にならなきゃって」
……そろそろ私も、張り倒していいですか?
人を傷つけて辛いと感じるのなら、その前にやめればいいのに。
何故、こういう事を口にするのですかね?
私は無意識のうちに、顕現力を周りへ放出し始めていました。
あの時、冷撫さんに向かってやったように。
私はアガミ君と一緒で、相手に直接【顕現】で攻撃する術を持ちません。
ですが、こうやって顕現力の調整をすることは得意です。『威圧』というらしく、【顕現者】なら誰でもやれば出来るらしいのですが、私のように調整するのは難しいと。
相手がどのくらいの実力を持っていて、自分の目の前にいる人がどれだけの実力を測ることが出来るのか私にはわかりませんが。
このくらい出せば相手も気づくだろうという程度に密度を高めます。
「ひぇっ」
アガミ君と冷撫さんが、そんな声を出して私から離れるのを感じました。
ゼクス君はぎょっとした顔をして、アマツくんと善機寺さん合わせた3人が東雲さんに向けていた敵意・殺意を消して私に注目します。
それは、どうしようかと困惑しているようでもありました。
正直、ゼクス君がこんなに困ったような顔をしているのは初めて見た気がします。
ですが、これを止めるわけには行きません。
相手がゼクスくんの視界から消え去るまで、10秒ごとに倍々にしていきましょう。
2倍、4倍、8倍、16倍、32倍……。
今は2倍程度ですが、3桁まで続ければ周りに誰もいなくなるのではないですかね?




