第082話 「救いようのない……」
「俺はもう、蒼穹城派じゃないんだ」
善機寺颯は苛立っていた。目の前の神牙アマツが全くもってこちらの話を聞こうとしていないからだ。
空中戦に持ち込んだのは良いものの、空中戦を得意とする【顕現属法】使いの颯に対し、扱い方に粗があるアマツは時間が立つにつれて押され始めている。
「それでも、スパイである可能性だって」
「そう思うならそれでいい。八龍ゼクスに危害を加えるつもりは毛頭ない」
正直、颯は神牙アマツのことなどどうでも良かった。ただ、相手から仕掛けてきたのなら、応じないわけにはいかない。
もともと戦うのが好きで、【顕現属法】を学んだ颯にとって、それはやはり自分の力を示すのに一番適したものであるからだ。
【顕現】に比べ、【顕現属法】は効果の割には評価されていない能力である。ものを体現する【顕現】と、現象を体現する【顕現属法】は同じようで違うものであり。
だからこそ、颯はその現象に見初められたのだ。
「ゼクスの周りに、そんな疑いのある人をおいちゃいけないんだよ!」
アマツが吼え、両手から焔を吹き出しながら1つの、ロケットのように颯へ突進した。溢れ出る熱気が颯の身体を焼き尽さんとするが、それを風の膜で防御しきる。
風の膜は、颯の防御の要であり唯一の防御手段でもあった。しかし、その練度は一般的なものではなく、それだけで「鉄壁」と呼べるものである。
「話が通じてないぞ。こちらは……これからは八龍ゼクスに忠誠を誓うと言っておろうが!」
次は颯が吼える番であった。
しかし、その単語「忠誠」にアマツが予期しない動揺。
まゆをピクリと動かし、小さく呟く。
「忠誠?」
「そうだ。やっと俺は、【その人のために全力を出しても良い】人に出会った、それが八龍ゼクスだった」
アマツは、颯の言葉が本心だと分かっている。
こんな場所で虚勢を張っても無駄だと相手も分かっているだろうし、だからこそ本心を聞ける場としてアマツは決闘を好む。
「本気なんだったら、戦う必要はないんだけれど」
「なら何故、こうやって決闘に応じていると考えているんだ」
颯はバトルジャンキーではあるが、今回のことに関してはゼクスに迷惑をすでにかけている。
だからこそ、早く終わらせられるのならそれでよかった。
「……うーん。でも、本当にか?」
アマツはそれでも、信じがたい。しかし颯はあまりにも堂々としており、アマツは自分の中にあった猜疑心を少しずつ抑えていくことにする。
「完全には信用しない」
「少しは信じてくれるなら、それで構わない」
颯は自分がしたことのリスクを考えた上で、蒼穹城から家族ごと離反したのだ。
それをしてまででも、自分の上にいて欲しい人を見つけたから。
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「……嘘」
東雲契は目覚めたあと、俺――刀眞遼から説明をきいてそう言葉を漏らした。
何が嘘だと言うんだろう。
「嘘じゃないさ。進は2ヶ月は学園に戻ってこないし、善機寺颯は一族ごと離反した」
「……でも、でも」
何かを考えるように、言い訳を考えているように感じて微妙な気持ちになる。ただ、目覚めて数時間と経過していなく、頭がぼうっとしているのか。
しかし、俺が聞いたのは想定していた言葉よりも数十倍意味の分からないものだった。
「なんで恨まれてるの? 私が?」
「……本気で言ってるのか?」
思わず、契の記憶が電池扱いのときに吹き飛んでしまったのかと、俺は錯覚した。自分ですら、何も文句は言えないほどだというのに。
反省、という言葉でなんとか出来る問題ではない。胤龍の復讐心は、それはもう俺たちをころさんとするものだ。
進は【顕現】を扱う身体の回路……ある一種の血管のようなものを切断され、右半身に【顕現】が出来なくなってしまった。
恐らく、【顕現者】としての人生は終わってしまったと思う。傷の状態を劫さんに聞いたけれど、【顕現】関係のものを全て拒絶しているらしい。
【顕現者】である進の身体が、それを拒絶しているというのもおかしな話だけれど、とにかくそういうことで。
医者も頭をひねっているそうだ。顕現特性がどこまで有効なのかわからないけれど、簡単にいえば胤龍のそれは不可能を可能にしたということになる。
「私が傷つけたからですよね、多分」
多分? ……多分、それで間違っていないんじゃないかなと。
俺も、進も、契も。契だって断ることくらいは出来たはずなのにしなかったし、俺も断れなかった。
見捨てただけ、なんていう人もいるかもしれない。そのあとに胤龍は八龍家に引き取られているし、復讐が過剰という人もいる。
けれど、俺はそう思わない。同じことをされたと考えて、短い間でも全てを失うっていうのは怖い。
「謝ったら許してくれますよね?」
「は?」
俺は、思わず思考を停止させて契の方を見つめた。
彼女は、何を考えているのだろうか。女だから赦すとか、そういう次元の話ではないと思うんだけれど。
……ああ、と。
今まで進からの扱いが悪く、「ごめんなさい」って言えば進は頭が弱いから扱いが少し良くなる。それでなんとかなると思っているのか。
ここに進が居ないから、だんだん本性を晒してきた感じはある。
何時もは弱々しく「振る舞って」いるけれど、中身は弱々しい方がいいと考えるくらい酷いものだと。俺忘れてたわ。
俺には今の境遇を救える権限はないけれど、彼女も救いようのない人間だって忘れてた。
「だって、私には私の生活がもうありますし、関係ないですよね?」
反省の「は」の文字も無いような顔で契は笑う。
俺は胤龍がこの光景を見ればどう思うのか、簡単に予想がついた。
しかし、首を振ってそのイメージを追い払う。
……はぁ、それにしても俺も半身顕現不能になるかもしれないのか。
勘弁して欲しい。
「栄都」
「……?」
俺は、先程から黙って立っている少女に声をかける。
日本人らしからぬ容姿をした栄都アインは、俺を見てきょとんと首をかしげた。
「八龍ゼクスは敵以外に危害を加えないから、君に終夜古都音を連れて来て欲しいんだけれど」
「……はいはい、分かったわよ」
さすがアインだ。
すぐに言うことを聞いてくれるなぁ。
次の更新は今日です。4時半までには。




