第077話 「密度増大」
古都音先輩の身体から溢れだす顕現力を見つめて、俺は「まずい」と思った。
正直、先ほどの栄都阿音襲撃よりも危機感を覚えたかもしれない。
俺はそれが何かわかっていた。密度を増やしているのだ。
顕現力の密度は、【顕現】の強さに直結する。その言葉通り、【顕現】や【顕現属法】の効力に直結するんだから当たり前か。
それがどういう効果を及ぼすかといえば、例えば父さんがそれをやると人が気絶するときがある。
酔うんだ、簡単にいえば。格段に強いものに直接当てられると、脳が揺れる感覚がするらしい。
俺は威圧程度のものなら感じたことがあるけれど、ソレ以上のものはないかなぁ……。
実際に、11家会議の時にも刀眞獅子王と父さんが出しあって、数人意識を失ったらしいけれど。俺はすでに戦いによる『オニマル』への配給のし過ぎで終わってたしな……。
「……うぐぐ」
ついに密度が元の6倍になった。さっきから5分ほどたっただろうか。
ほえー、結構凄い。俺もこれは無理かもしれない。訓練したら行けるんだろうけれど、そこまで訓練しようとも思わな……思う。
冷撫がうめき声を出してじりじりと後退し始めた。それほどに、目の前のものが恐ろしく「見える」のだろう。
けれど、それはただの幻覚と一蹴するには難しい。
【顕現者】ってそういうものだし。外見とか、「攻撃できない」なんていうデメリットで人を考えちゃいけない。
身体から出てくる顕現力だけで酔ったら戦いにならない。
「今からUターンして、ここから立ち去っていただけると有り難いのですけれど」
古都音先輩の声はいつもどおりだが、どこか素晴らしく威圧感たっぷりのものだった。
俺はその声が心底怖い。正直俺がUターンして帰りたくなる。
先輩ってこんなにも、顕現力の放出だけで相手を威圧することが出来るのか。
「…………」
そして冷撫がくるりと踵を返し、屋上から出て行く。
校舎は真ん中が10階建てのビルで、俺たちはそこに居たわけだが。
飛び降りるようにして出て行くのではなく、正規の手段を使ってほしいと考えてしまった。
「……で、先輩そろそろ止めてください」
「うーん、これやっぱり強いですね」
強くないわけがなかろうよ。
直接的な攻撃ができないなら、間接的に威圧で相手を押しとどめようとするその心意気やよし。
「まだ、お昼まで時間がありますよ?」
古都音先輩は、元の表情でそう優しく微笑む。
俺をみつめて、その心酔したような顔を向けるのはやめてほしい。思ったよりも反応に困る。
自分から意見を言わず、古都音先輩の意見に従うことにする。
「先輩はどうしたいんですか?」
「お持ち帰り、じゃなくて……。あ」
なんだか、不穏な言葉が聞こえた気がした。
しかし、俺が反応する前に善機寺が俺たちの場所を分かったのか、竜巻に乗ってやってきた。
軽い着地音。なんともまあ、【顕現属法】の扱いに長けている人間だなぁ。肉弾戦好きな俺には無理な芸当だ。
「"颯"、さっきはありがとう」
「……どうも」
顔に巨大な傷を残した少年は、そっぽを向いたように体の向きを変えると、頭を抱えてうんうん言い始めた。
なんだこいつ。
「どうしたんだ、頭を抱えて」
「……不可解な事態を目の当たりにして」
善機寺のことばに、俺たちも唖然とする。
先ほど栄都がやったことがすべて「なかったこと」にされているらしい。
どーうせ強い顕現特性か何かだろう。もう慣れてきた。
いや、でも。
まわりの人含め、かなりの人数を騙せる特性なんてあるのだろうか。
でも、俺はその衝撃を確かに背中で感じた。それは古都音先輩だって同じはずだ。
ということは? いったいどういうことなんだ?
「直っていたんだ。……寧ろ、最初から被害はなかったように」
「狐に化かされたのかね」
俺は半ば本気でそう考えた。全てが偽物なんじゃないかと。
まあ、この事件については後で鳳鴻たちにも報告せねば。
……と、古都音先輩が颯をじっと見つめている。
「あの」
「……?」
颯はどこか疑問を浮かべた顔で、目の前の少女を見つめている。
古都音先輩は真面目な顔で、次の言葉を紡ぐ。
「善機寺颯さんは、ゼクス君だけの味方なんですか?」
「……情報が回るのが、早いな」
どこか爽やかに、どこか獰猛に。
俺を見、古都音先輩を見つめてニヤリと彼は笑った。
「俺は、八龍ゼクスの味方だ。八龍ゼクスが味方と示してくれるのなら、誰だって守ろう」
でも、俺は。
颯が少し眩しく感じる。
誰かを「守れる」のか、この男は。
俺よりも凄い人間じゃないか……と。
次の更新は明日。




