第073話 「安心の嫌われ具合」
『あれ、終夜古都音じゃね?』
『かわいいわ~』
『おい、話しかけてみろよ』
古都音先輩がいるのはいつもの場所だった。校舎の北入口で、どこか儚げな雰囲気を隠そうともしない少女に、上級生らしき候補生たちが話しかけようとしているのが見える。
当の本人は気がついていないようではあったが、しかし。
俺的には、その中の1人に見覚えがあって思わず身構えることになる。
東雲契を襲おうとした、鉄谷セイのあの1団。4人組だ。
正直、東雲契はあの時助けなくとも良かったかもしれないが、古都音先輩はアガミに頼まれたということもあり、最も優先して大切にすべき存在だろう。
そう判断した俺は、わざわざ古都音先輩から少々離れた場所で、先輩に声をかけた。
「八龍ゼクス、到着しました」
「……おはようございます、ゼクス君」
こちらを向くなり輝きださんばかりの笑顔を見せる先輩。
それと対称的に、鉄谷セイご一行は俺に気づいたようで、うげっと言ったような顔をしている。
よし、よろしい。蒼穹城のクソ馬鹿野郎とは違って1度で恐怖が染み付いているようだ。
……だよなぁ、2分と経たずに瞬殺されたもんなぁ、この人達。
いや、そんな話は重要じゃない。まずは先輩に今日の予定をきこう。
「古都音先輩、今日の授業は?」
「今日は全授業、ゼクス君と同じですよ」
そういって彼女は俺を見つめながら微笑んだ。
多分ここで抱きしめても、先輩は笑顔で受け入れてくれるだろう、そんな雰囲気がする。
流石にするつもりはないけれど。
……まだ、つきあっていないからな。
アガミは「もうお付き合いなされたら?」なんて冗談めかして言っているが、古都音先輩はまだ憧れの先輩を少し脱した程度の認識だ。
俺には、これが「好き」だとか「愛している」だとかという感情なのかすらわかっていない。
とんだお笑い種である。だって、この……腰に差している【髭切鬼丸】ですら、蒼穹城國綱という好きな人間が居るというのに。
他の人のことはわかっていても、自分のことを判断できないというのは。少しどこか悲しいというか、寂しいというか。
「ゼクス君……落ち着いてきましたね」
「そうですか?」
古都音先輩と廊下を歩きながら、俺はさり気なく周りに気を配った。
先輩を狙っている人というのは多いのだろう。それが分かるほど、男からの視線は多い。
それに対して、俺は威嚇するように一人ひとりと目を合わせようとする。
――まあ、そんなことをしようとすると決まって俺達から離れていくんだが。
どうも、俺は蒼穹城進を2回に渡って復讐したことにより【復襲者】なんて不名誉な呼ばれ方をしているらしい。
正直、格好いいと考えた時もあったけれど……周りがこの反応。
お世辞にも人気があるとはいえず、ただ悪目立ちしているだけだろうと。
――っと、気づけば古都音先輩は俺の方を見つめていた。
どことなく真面目な顔で、さて何をしたやら、俺は。
知らない間にセクハラでもしていただろうか? ……ないわ。
「ゼクス君は、私のことをどう思いますか?」
「今日の髪型ですか? お嬢様っぽくていいなって」
どう思うかと聞かれて、俺は一瞬首を傾げそうになる。
しかし、彼女に注目してみれば何時もと髪型が少し変わっている気がした。
何時もは姫カットで、そのまま伸ばしているのに。
今日はどうも、アズサさんを真似たのかお嬢様結びだ。
「隣を歩きたくなります?」
「なっていないと今いませんよ」
先輩の疑問に軽く返すと、彼女は何を思ったのか顔を少々赤らめて俺を見つめているではないか。
俺にはその意味がわからない。誰かと一緒に歩きたい、例えばアマツやアガミなら軽口を叩きながらで楽しいし、アズサさんや古都音先輩、冷撫なら安心できる。
心が安らぐんだ。心が暖かくなって、リラックスできるというか。
「……このあとは授業が無くなったんでしたっけ」
「出張で休講ですね……お昼まで、どこかで」
思い出したように古都音先輩。それにつられて俺もそれを思い出し、さてどこか時間を潰せる場所があるかと周りを見回してみる。
食堂の集中しているところに行くのも一つの手だろうが、やっぱり古都音先輩と2人でいられるのなら、人の少ないほうが有り難いな。
それは彼女も同じ意見だったようで。
古都音先輩は、食堂の密集地から少し離れたカフェを指差した。
「あそことかどうですか?」
「……古都音先輩が指定するなら、どこでも」
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喫茶店は、人でごった返しているというわけでもなかった。
人はそこそこいて、どこかシックな雰囲気のするそこに、ギャアギャアとうるさく喚く輩はいない。
寧ろカップルの空間、というふうな。
とろけ出すような熱い空気が肌をなで、俺は少々古都音先輩に「なんでも」といったことを後悔した。
「ねえ、ゼクス君」
「はい」
店員にコーヒーを頼み、学生証を操作して今日の予定をチェックする。
俺はアガミみたいに多忙でモテモテ、いつも【八顕】の女の子に熱いアピールを食らっているような人間ではない。
――古都音先輩だけでいい。
俺は半ばそんなことを本気で考えながら、運ばれてきたコーヒーをそのまま一口含んだ。
対面席に座っている先輩を見れば、少々困ったように俺を見つめている彼女の美しい顔がある。
「みんな、ゼクス君をみて逃げてませんか?」
「みんなの前で蒼穹城進の目を貫き、腕切断しましたからね」
そう思えば、そうだ。俺は一躍有名人になってしまったのだ。
決闘の場とはいえ、アレだけ人々にインパクトを与えたんだから、怖がられるのも仕方がない。
けれど、他の人はどうでもいい。
危害を加える必要も無ければ、逆に頑張って接しようとも思わない。
「……よかった」
「ん?」
「だって今、幸せそうですもの」
古都音先輩の言葉を聞いて、俺は思わず笑ってしまった。
自分でも自然すぎて、自分が笑ったのか判断しかねる。そんな笑顔。
目の前の先輩を見れば、彼女はきょとんとした顔で俺を見つめている。
美しい顔だ。……正直、こんなに美しい先輩に好意を持たれていること、本当に本当に、俺は嬉しく思う。
だからこそ、"護りたくなる"のだ。
「それは、古都音先輩と一緒にいるからですよ」
……ん? 俺、今古都音先輩を護りたいって自分で考えた?
いや待て。そんなはずはない。
誰かを傷付けることしか考えていない俺が、そんなことを考えるはずが――。
しかし、それよりも。
こちらに近づいてくる1人の女性がいた。
明らかに雰囲気に、違和感がある。
これは……敵意か、嫉妬か。ほかに何が混じっているんだ?
「気に入らないわね、終夜古都音」
「……誰だ?」
誰だ、とかよく言えたものだ。
俺はこの女を知っている。だって何度か会ったことはあるし、顔合わせの日だって背筋をピンと伸ばして椅子に座っていたではないか。
「知ってるでしょ貴方。……私の名前は栄都阿音」
そう彼女は名乗る。灼髪灼眼、いかにも焔を操っています、なんていう少女だ。髪の毛は灼髪の言葉が刺すように真っ赤で、目も赤い。
容姿的には美少女だろうが、それを覆い隠すほどその目には敵意が向けられている。同じ【三劔】として、中々見逃したくない敵意だ。
……ただ、俺が戸惑ったのは、それが俺ではなく古都音先輩に向いているということ。
古都音先輩を横目で確認すると、寧ろ「どなたでしょうか……?」なんて言葉を発している。
少女は俺と同じように、腰に帯刀しているその剣を抜いた。
俺が古都音さんを庇うように立ち上がるのと、オニマルが言葉を発するのと、少女が宣戦布告するのはほぼ同時だっただろう。
『"敵"じゃな。……ゼクスよ、貴様が終夜古都音を味方とする限り、彼女は貴様の"敵"じゃ』
「目的には貴方は邪魔よ、八龍ゼクス」
栄都=エイト=8なのに阿音=アイン=1とはこれ如何に。
次回更新予定は今日です。お昼に更新できればいいですね。




