第071話 「小話 入学式の前の日に」
「ゼクスごめん、明日入学式に俺もカナンも行けないんだ」
入学式前日の夜、八龍宅。
カナンに呼ばれて夕食を食べにダイニングへやってきたゼクスは、目の前で頭を下げている男を見て唖然とした。
勿論、冷躯である。詫びの言葉を入れ、深々と頭を下げている父親に向かって、ゼクスは数秒固まり……。
我に返って適当に手を振った。
「あー、うん。気にしなくていいよ父さん」
出るつもり無いし、とは言えないゼクスである。入学式の時間を使って、学園を見学するつもりなどとは言えるはずもなく、曖昧に答えた。
そんな様子を、カナンが見つめる。その顔にはなんとも言えない表情が広がっており、ゼクスの言わんとしていることが理解できている
「冷躯も私もお昼からなの。……学園には私が送って行くわね」
「ありがとー」
どことなくほわほわとした雰囲気で笑顔を浮かべ、ゼクスはカナンに礼を言う。
しかし、その顔に少々の硬さがあるのを感じ取って、冷躯は何かを感じ取ったようだ。
ふかぶかーと下げていた頭を上げ、ゼクスの頭をわしゃわしゃとかきむしった。
「緊張してるのか?」
「しないわけ無いよ。……7年間暮らすだろう場所なんだ」
正直、少し怖いという気持ちもある。
同時に復讐に燃え、武者震いをしていることもあった。
そんな息子の状態を見て、冷躯は彼を呼ぶ。
席につかせたあとで、にっこりと笑顔を見せて一言。
「後で話があるんだけれど、いいかな」
「……はい」
気づかれたか、とゼクスは冷躯を見つめた。
顔は笑っている。口は横に広がってつり上がっている。
が、目は笑っていない。
厳しくゼクスを見つめていた。
夕食が終わり、ゼクスはいつもの様に鍛錬を始める。
午後7時。だいたいこの時間が鍛錬開始の時間であり、まずウォーミングアップとして【顕現】を使った簡単な武器の生成から。
ここで冷躯が指示したのは「無詠唱で【顕現】を実行」することである。
発声によりトリガーを引くのでなく、意志でトリガーを引く訓練だ。
今のところ、無詠唱で完全な【顕現】が出来るのは世界を見ても冷躯1人である。
武器を生成するのではなく、例えば焔属性を体にまとう、などであれば訓練すれば1ヶ月とかからないうちに発動は出来るだろう。
けれど、どちらかと言えば魔法という概念に近い【顕現属法】だ。
自分の感情や意志を武器に変える【顕現】はわけが違う。
ゼクスもそれには苦戦しており、2年以上たった今でもそれは実現していない。けれど、使おう使おうとしているうちに【顕現】に対しての熟練度は増しに増した。
「ゼクス。明日入学する学園には、ゼクスの元友人たちも居る」
「…………」
冷躯の言葉に、ゼクスは首で頷きながらも発声はしなかった。
声を出せば、それがトリガーとして勝手に認識してしまうおそれがある。
そのため、【顕現】のイメージを損なわず両手から剣を生成しようとしながら、耳で冷躯の話を聞いていた。
「復讐するのは、俺はおすすめしない。憎しみが何も生まないなんて言わないけれど、それは殺意の連鎖を生むんだ」
「…………」
冷躯の言葉は優しかった。確かに優しいものだったけれど、それは同時にゼクスの心に強く突き刺さるものだ。
ゼクスは自分の養親を見つめる。
【顕現】の手を止め、彼の話をじっと聞く。
「でも、恐怖を相手に植え付けることで相手を自粛させることは可能だ。それは良いけれど、限度の過ぎたことはやめてほしい」
「父さんは、知ったように口を利くね」
「まあな。……俺もそう変わらない人間だったさ」
むすっ、とした表情のゼクスに冷躯は苦笑した。
未遂とはいえ、あの時もし実行されていたら冷躯だって復讐鬼になっていたかもしれない。
冷躯とカナンは、出会った時からお互いがお互いを好きあっていた。
出会って2日とかからないうちに「とある」別の事件が発生し、その後はいつの間にか付き合っていたようにも思える。
運命、という言葉が本当に存在するのなら。
2人はまさしく、運命で結ばれた関係だったのだろうと。
冷躯は自分のことをそう回想する。
「俺は学園に入ってから、殆どカナンのために戦ってきた」
自分のために。
同時に、彼女のために。
その中に苦悩はあったが、同時に確かな幸福も得ることができた。
勿論、5年前に養子にしたゼクスも。与えてくれた幸せの一つだと冷躯は感じている。
「ゼクスにも、そんな存在ができて欲しいとおもう。憎しみで人を傷付ける力よりも、誰かを守るために使う力のほうが、【顕現】は応えてくれる」
誰かを護りたい。カナンを護りたい。そしてゼクスを護りたい。
その気持が強くなりすぎた結果、冷躯は「守護者」になった。
彼は、息子に幾つかの助言を与える。
「憎しみのために、出来るだけ【顕現】は使わないこと」
「……はい」
肉体の能力なら構わない。と冷躯は言った。
けれど、つかって毒にも薬にもなる【顕現】に、負の感情を付与した場合何が起こるか。
冷躯には分かっているようにも思えて、ゼクスはごくりとつばを飲み込む。
しかし、この復讐心は止まらないように思えた。ずっと考えてきたのに。
ずっと、自分を抑えこもうとしているのに、たまに復讐したくてたまらなくなる。
そんな自分が怖い。今は大切な人がいないからまだしも、いつかソレにさえ手をかけてしまうんじゃないか、と。
「ゼクスは俺達の息子だ。そしてゼクスは、入学時点で上級生に勝てるだろう。頂点に行かないにしろ、充分な実力は持っている。決して無能なんかじゃないんだ」
「わかってるよ、父さん」
自分が狂っていると感じたのなら、自覚した方がいいとも冷躯は言った。
異常だと自覚していると、正常なように「偽装」できる。
「俺も蒼穹城には良い顔をしないけれどもな。……目をえぐったりはしないでくれよ、流石に問題になるからな」
「うん」
うん、とはいったものの。
本当にそれが実行されたのは、入学して3週間と経たなかった。
小話やっぱり1話で。出来が良くないような気もするけれど……。
次回から4章にします。今日中に更新したいですね。




